学院2年サラサ編 第八十五章 ルーメンの誕生日④ リリィの含み
食事の後、リリィ先生が「そろそろお風呂にしましょうか」と言った。
俺はいつも通り、魔術でお湯を張り、先に浴室を使わせてもらうことになった。
シャワーを浴び、湯船に浸かると、全身の力が抜けていく。
今日は本当に濃密な一日だった。エアリスとの未来への約束、リリィ先生からの現在の守護。二人の愛の形は対照的だが、どちらも俺には欠かせない大切なものだ。
ぼんやりと考え事をしていると、不意に浴室の扉が開いた。
「えっ!?」
驚いて振り返ると、そこにはバスタオル一枚を体に巻いたリリィ先生が立っていた。
湯気の中で、彼女の白い肌が艶かしく光っている。普段は研究者としてキリッとしている彼女の、無防備で扇情的な姿に、俺の思考は停止した。
「リリィ!? ど、どうしたんですか?」
「ふふ、驚かせてごめんなさい。背中を流してあげようと思って」
彼女は悪戯っぽく微笑みながら、ゆっくりと近づいてきた。
その瞳は潤んでいて、どこか熱っぽい。拒絶する隙も与えず、彼女は当然のように洗い場に座り、俺の背中に触れた。
「い、いいえ、大丈夫ですよ! 自分で洗えますから!」
「遠慮しないで。今日はルーメンの特別な日ですから、これくらいさせてください」
リリィの手つきは優しく、そして丁寧だった。
スポンジが背中を滑るたび、彼女の指先が肌に触れ、そこから体温が伝わってくる。
俺は硬直したまま、されるがままになっていた。
「ルーメン……」
「は、はい」
「私の身体、どうですか?」
唐突な問いかけに、心臓が跳ね上がる。
「え?」
「石化病が治って、傷跡も消えて……綺麗になりましたか?」
彼女は俺の耳元で囁くように言った。
振り返ると、そこには不安と期待が入り混じったような表情のリリィがいた。
病に侵されていたかつての自分を乗り越え、今の自分を認めてほしい。女として見てほしい。そんな切実な願いが、痛いほど伝わってきた。
「……はい。とても綺麗です、リリィ」
「そうですか。なら……もっとよく見てください」
次の瞬間、彼女は立ち上がり、体に巻いていたバスタオルの端に手をかけた。
するりとタオルが床に落ちる。
隠すもののない、彼女の裸身が露わになった。
絹のような白い肌、柔らかい曲線の体、お湯に濡れた艶やかな髪。湯気越しに見えるその肢体は、芸術品のように美しく、そして生々しいほどに女性的だった。
「リリィ……!」
「見ていいんですよ、ルーメン。あなたに見せるために来たんですから」
彼女は恥じらうことなく、真っ直ぐに俺を見つめていた。
その瞳には、もはや師匠としての威厳はなく、ただ一人の男を求める女の情熱だけが燃えていた。
「……っ」
俺は言葉を失い、ただ彼女を見つめ返すことしかできなかった。
すると、リリィはそのまま湯船に入ってきて、俺に抱きついてきた。
滑らかな肌の感触、柔らかい胸の弾力、甘い香り。全てが俺の理性を吹き飛ばすには十分すぎた。
「ルーメン、お誕生日おめでとうございます」
「リリィ……」
「愛しています。もう、我慢できません」
彼女は俺の首に腕を回し、唇を重ねてきた。
それは昼間のエアリスとのキスとは違う、もっと濃密で、むさぼるような大人のキスだった。
俺もまた、彼女の情熱に応えるように、強く抱きしめ返した。
湯気と熱気が充満する浴室で、俺たちの境界線は溶け合い、一つになっていった。
湯気と熱気が渦巻く浴室で、俺たちは互いの存在を確かめ合うように、長く、深い口づけを交わした。
時が止まったような錯覚。世界には俺とリリィ、二人しかいないように感じられた。
けれど、永遠に続くかと思われたその口づけを、リリィ先生の方からゆっくりと解いた。
「……はぁ、はぁ……っ」
彼女の肩が激しく上下している。
濡れた髪が頬に張り付き、瞳は潤みきって、その顔は見たこともないほど艶めかしい。
俺もまた、息を荒らげながら彼女を見つめ返すことしかできなかった。
今にも理性のタガが外れそうになる衝動。それを必死に押し殺しているのは、俺だけではないようだった。
リリィは、俺の胸に額を押し当て、乱れた呼吸を無理やり整えるように深く息を吸い込んだ。
そして、顔を上げると、悪戯っぽく、けれど慈愛に満ちた瞳で俺を見つめ、囁いた。
「ルーメン……お誕生日、おめでとうございます」
「……ありがとうございます、リリィ」
「ふふ、顔が真っ赤ですよ? ……でも、ごめんなさい。この続きは……また、あとですね」
彼女はそう言って、甘く微笑んだ。
その言葉には、「大人になるまで待つ」という意味なのか、それとも「今夜のベッドで」という意味なのか、含みを持たせた響きがあった。
彼女は床に落ちたバスタオルを拾い上げ、優雅な仕草で体に巻き直すと、最後に俺の頬へ、今度は羽根のように軽いキスを落とした。
「先に部屋で待っていますね」
濡れた足跡を残し、リリィ先生が浴室を出て行く。
パタン、と扉が閉まる音が響き、俺は再び湯船の中に一人残された。
静寂が戻った浴室で、俺は自分の胸に手を当てた。心臓が痛いほど脈打っている。
エアリスとの未来の約束。
リリィとの現在の誓い。
14歳の誕生日は、俺の人生にとって忘れられない、重く、甘く、そして幸せな一日となった。
俺は湯船に深く沈み込み、二人の愛の重みを噛み締めながら、赤くなった顔を冷ますのだった。




