↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
410/442

学院2年サラサ編 第八十二章 ミスティムーアの退治⓻ サラサたちの日常回復

医務室を出たあと、俺はその足で職員室へ向かった。リリィも隣を歩いている。廊下はいつも通りのざわめきに満ち、生徒たちは昨夜の出来事など知らぬ顔で授業へ向かっている。


扉を叩き、入室する。

数名の教師が書類に目を通していたが、俺たちを見ると手を止めた。

「例の四人の件か?」

年配の教師が静かに問う。

「はい。報告に来ました。四人とも現在は問題なく、症状は完全に消失しています」

室内の空気が、わずかに張り詰める。


「原因は判明したのか?」

別の教師が問う。

俺は言葉を選びながら答える。

「病ではありません。外部要因による一時的な魔力干渉です。原因はすでに排除しており、再発の可能性もありません」

曖昧にしすぎない。だが、必要以上の詳細は語らない。


教師たちは互いに視線を交わす。

「訓練中に発生した濃霧と関係があるのか?」

「はい。それが原因です」

短く、しかし丁寧に答える。

沈黙が落ちる。

訓練場で発生した濃霧は、結果として生徒に影響を及ぼした。それは事実だ。


「……学院側の管理責任が問われる可能性もあるな」

低い声が漏れる。

俺は一度、深く息を吸った。

「少なくとも、生徒に過失はありません。今回の件は不可抗力によるものです。処分や記録上の不利益が生じないよう、ご配慮いただければ幸いです」

強い口調ではない。だが、はっきりと。

教師たちはしばらく沈黙し、やがて頷いた。

「承知した。不問としよう」

「記録上は“原因不明の一過性魔力異常”として処理する」

それで十分だ。

俺は小さく頭を下げる。

「ありがとうございます。対応に感謝いたします」


職員室を出ると、廊下の光が少し明るく感じられた。

これで、学院内の処理は終わった。

四人は、余計な責任を背負わずに済む。

リリィが横で静かに言う。

「これで、正式にも終わりですね」

「はい。ようやく一段落です」

夜の戦いは、学院の中でも静かに閉じられた。


学院での報告を終えたあと、俺は大聖堂へと足を運んだ。石造りの回廊は静まり返り、足音だけが高い天井に反響する。昨夜まであれほど多くの人が視界を失い、祈るように座り込んでいた空間は、今は落ち着きを取り戻していた。


大神官は奥の執務室で待っていた。

「来たか、ルーメン」

「はい。本件の報告に来ました」

俺は一礼する。

「視界を失う現象は、すでに完全に消失しています。原因は特定済み、再発の可能性もありません」

大神官は静かに目を細めた。


「原因は魔物であったか」

「はい。魔霧を媒介とする個体です。魔力干渉による一時的な視覚遮断でした」

必要な部分だけを簡潔に伝える。

「排除は済んでいるのだな」

「はい。完全に。残滓も確認されていません」

大神官はゆっくりと頷いた。


「……見事である」

その一言は重かった。

「神位の癒しでも届かぬ領域を、そなたの調律は整えた。人の魔力を“正す”術――あれは特異だ」

俺はわずかに視線を落とす。


「特別なものではありません。ただ、干渉の形が異なるだけです」

謙遜ではない。だが誇示もしない。

大神官は穏やかに笑った。

「それを特別と言うのだ。少なくとも、この大聖堂では扱えぬ領域だ」


「今後、同様の現象が起きる可能性は?」

「現時点ではありません。発生源は消滅し、連鎖も完全に断ち切られています」

大神官は深く息を吐いた。

「ならば、街に告げよう。“異常は終息した”と」

それで、この件は公的にも終わる。

俺は静かに頭を下げた。

「ご協力に感謝します」

「礼を言うのはこちらだ。多くの民が救われた」

大神殿を出ると、広場には普段通りの往来があった。視界を奪われる者はいない。不安げに目を押さえる者もいない。

空は高く、澄んでいる。これで、街全体の収束も完了した。

夜の異常は、完全に歴史の一頁へと退いた。


大神殿を出たあと、俺は研究室へ戻った。午後の陽射しが窓から差し込み、机の上の資料を淡く照らしている。

扉を開けると、リリィが顔を上げた。

「お帰りなさい、ルーメン。大神官様へのご報告は終わりましたか?」

「はい。正式に終息したことをお伝えしてきました」

リリィは小さく頷き、手にしていたペンを置いた。

「では、本当に終わりですね」

その声には、確かな安堵がにじんでいる。

俺は机の向かいに立ち、静かに続けた。


「サラサの魔物化が消えたことで、三人への影響も同時に断ち切られました。毎晩発生していた魔霧の干渉は、完全に消えています」

「ええ。連鎖型でしたから」

リリィは落ち着いた声で整理する。


「発生源がサラサで、その核がミスティムーアだった。そこを解いたことで、外へ広がっていた干渉も消えた、ということですね」

「はい。その結果、四人全員の魔物化は完全に防がれました」

リリィはわずかに目を細めた。


「ルーメンの調律がなければ、あの核には届かなかったでしょう」

「いえ。リリィの拘束がなければ、あの状況で干渉を維持することはできませんでした。今回の成功は、共同の成果です」

互いに事実を述べるだけだが、それで十分だった。


少しの沈黙のあと、リリィが静かに言う。

「……調律魔術は、本当に特殊ですね」

研究者の目をしている。

「癒しとも違います。破壊でもない。“均す”という概念は、既存の魔術理論にはありません」

「基本は単純です。乱れた波長を整えるだけですから」

「その“だけ”が、最も難しいのです」

リリィは柔らかく笑った。


「核ごと消し去るのではなく、構造を保ったまま均衡を戻す。理論として整理できれば、大きな可能性があります」

俺は小さく息を吐く。

「理論化できるなら、価値はあるでしょう」

リリィはまっすぐに俺を見る。


「……協力していただけませんか?」

真剣な眼差しだった。

「調律魔術を体系として整理したいのです。私一人では届かない部分があります」

「危険な用途には使いません」

「分かっています」

「実験対象も慎重に選びます」

「当然です」

短い応酬のあと、俺は頷いた。


「分かりました。私にできる範囲であれば、協力します」

リリィの表情が、わずかに明るくなる。

「ありがとうございます、ルーメン。必ず理論として形にします」

窓から差し込む光が、研究机を照らしている。


事件は終わった。

だが、その結果は新しい可能性を生み始めている。

調律という力は、今回四人を救っただけではない。

静かに、次の道を開きつつあった。


数日後。学院の中庭は、いつも通りの賑わいを取り戻していた。石畳の上を生徒たちが行き交い、談笑し、課題の話をしている。あの夜の緊迫も、医務室の重い空気も、今はもう過去のものだ。


俺が中庭ででエアリスと話していた。

「それでね、ルーメン」

いつも通りエアリスと笑顔で会話がはずんでいた。

そこへ、小走りで近づいてくる足音がした。

振り向くと、サラサだった。

制服姿で、表情は明るい。足取りも軽い。夜の面影はどこにもない。


「あの……」

少し息を整えてから、サラサが言う。

「私も、ご一緒してもいいですか?」

エアリスがすぐにこちらを見る。

「ルーメン、女の子よく連れてくるね。ところでこの子は?」

責める口調ではない。ただの確認だ。


「魔物討伐訓練のときに助けにいったパーティーのリーダーのサラサだよ」

「そうなんだ」

エアリスはサラサをじっと見つめ、それからにこりと笑った。

「私はルーメンの幼馴染のエアリス。よろしくね」

「はい。サラサです」

サラサは丁寧に頭を下げる。


「ルーメンには、本当に救われました。エアリスさん、よろしくお願いします」

その言葉に、エアリスがちらりとこちらを見る。

「良かったよ、助かったんだね」

「はい」

迷いなく頷くサラサに、エアリスは一瞬だけ目を細め、それから笑った。

「それなら、仕方ないね。歓迎するよ」

緊張はない。探るような空気もない。

ただ、自然に輪が広がる。

「ありがとうございます」

サラサが小さく笑う。


中庭に吹き抜ける風は穏やかで、遠くでは鐘が鳴っている。

あの夜の魔霧も、暴走も、もうない。

残ったのは、普通の学院生活だ。

エアリスが歩き出し、サラサがその隣に並ぶ。

「次の授業、間に合いますか?」

「大丈夫だよ。ルーメンがいるから、迷わないでしょ?」

二人の会話に、自然と笑みが浮かぶ。

俺は少し後ろからその様子を見ながら歩いた。


四人は元の日常へ戻った。

学院は何事もなかったかのように動き続けている。

だが、確かに一つの事件は終わった。

ミスティムーアの魔霧は消え、魔物化は断たれ、夜の異常は過去になった。

そして今、新しい関係が静かに始まっている。

日常は、こうして続いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。