学院2年サラサ編 第七十六章 セリナの職業試験④ 剣術、位判定
翌日、学院の剣術場にはいつもとは違う緊張が漂っていた。
位判定の日。
ただの稽古ではない。これまで積み重ねてきた技量が、公に認められるかどうかが決まる場だ。
型の完成度、間合いの取り方、呼吸、判断、そして精神の安定。それらすべてを総合して位が与えられる。
剣術場の床は磨き上げられ、教師陣が整列している。見慣れた顔ぶれだが、今日はその視線がいつもより鋭い。教え子を見る目ではなく、剣士を査定する目だ。
セリナは列の中に立っていた。
背筋はまっすぐ、呼吸は一定。緊張がないわけではないだろうが、それを外に出さない落ち着きがある。昨日の父との稽古を経て、迷いは消えていた。
名前が呼ばれる。
「セリナ・プラム・ブロッサム」
短く返事をし、中央へ進み出る。
最初は陣越型。
構えた瞬間、場の空気がわずかに変わる。踏み込みは鋭く、しかし無理がない。力任せではなく、地面を掴むように重心が移動する。剣筋は一直線。無駄な揺れがない。
教師の一人が静かに頷いた。
次は背散型。
間合いを詰め、散らすように斬撃を重ねる。攻撃の流れが途切れない。型として完成しているだけでなく、実戦を想定した応用が自然に織り込まれている。
そして厳流型。
もっとも制御を求められる型だ。速さだけでなく、緩急と間の取り方が問われる。セリナは一瞬、静止する。呼吸を整え、次の瞬間、流れるように動いた。緩から急へ。止から動へ。変化が滑らかで、強引さがない。
剣が止まる。静寂。
教師陣は互いに視線を交わす。確認は短い。判断は明確だった。
結果は、その日のうちに掲示された。
セリナは三型すべて、聖位。
掲示板の前には人だかりができている。ざわめきが広がる中で、ひときわ目を引く文字があった。
三型とも聖位に達した者は、二人だけ。
セリナと、カルディ。
学院内でも上位層にいると噂されていたカルディと並んだことは、偶然ではない。それは、日々の稽古の積み重ねが形になった証だ。
「やっぱりな」
と誰かが呟く声が聞こえる。
「すげぇ……三つ全部かよ」
感嘆の声も混じる。
だが、セリナ本人は騒ぎの中心に立ちながらも、どこか冷静だった。喜びはある。だが浮かれてはいない。これは通過点だと、もう分かっている。
聖位はゴールではない。
職業試験が控えている。
学院内での評価がどうであれ、公職の試験は別だ。実戦の力量と人格を同時に見られる。位は武器にはなるが、それだけで合格が保証されるわけではない。
それでも……。
三型すべてが聖位に到達したという事実は、揺るがない自信になる。
昨日、父に言われた言葉がふと蘇る。
「もう十分通用する」
胸の奥が静かに熱を帯びる。
セリナは掲示板から一歩下がり、深く息を吐いた。
「……よし」
小さな声だったが、確かな決意がこもっている。
周囲のざわめきが遠のく。次に向かうべき場所はもう決まっている。
職業試験。
ここから先は、学院内の評価ではなく、自分の志と剣が問われる。
だが少なくとも今、セリナは剣術において、学院最高位に到達した。
それは紛れもない事実だった。
剣術の位判定を終えても、休む暇はなかった。
聖位という評価は確かに誇らしい。だがそれは学院内での到達点に過ぎない。
次に待っているのは、職業試験……卒業後の進路を決定づける、より重く、より現実的な試験だった。
職業試験当日。
学院全体の空気が、いつもと違っていた。廊下に響く足音は自然と静まり、笑い声もどこか抑えられている。華やかな卒業前の浮つきではなく、張り詰めた緊張が漂っていた。
この試験は、ただの形式ではない。
公職に就く者にとっては、国家に認められるかどうかの分岐点になる。
内容は三つ。
まず、大水晶による職業判定。
学院中央ホールに設置された巨大な水晶は、ただの装飾ではない。膨大な魔力と情報を蓄積し、個人の適性を読み取る特殊な魔導具だと聞いている。過去の記録、魔力の傾向、精神の波長、志向性。それらが総合され、適性のある職域が示される。
次に、実技試験。
これは希望する職業ごとに分かれる。衛兵志望であれば衛兵隊の上位者、護衛隊志望であればそのリーダー格が試験官となる。つまり、現場の実力者と直接刃を交えることになる。
最後に、論文筆記試験。
単なる作文ではない。「人となり」を見る試験だ。忠誠心、倫理観、責任感、そして将来の展望。力だけでなく、心の方向性が問われる。
この三つを総合して、職業決定が下される。
失敗すればどうなるのか。
明確に説明されることはない。だが、希望職から外れる可能性があることは誰もが知っている。だからこそ、皆の顔が強張っているのだ。
セリナは、その朝もいつも通りだった。
だが、俺には分かる。
わずかに呼吸が深い。歩幅が一定。無意識に心を整えている。
試験会場へ向かう途中、何人もの生徒がすれ違う。顔色は様々だ。青ざめている者、無理に笑っている者、何度も手を握り直す者。
セリナは、ただ前を見ていた。
自分の志望を書類に記し、順番を待つ。その間、巨大な水晶の前に立つ受験者たちの姿が視界に入る。水晶が淡く光り、判定結果が記録されていく。
あの光が、自分の未来を指し示す。
誰もが、その瞬間を静かに見つめている。
水晶の前に立つ時、嘘は通じないと言われている。見栄も虚勢も、意味を持たない。積み重ねてきたものと、本心だけが反映される。
セリナの番が近づく。
周囲のざわめきが遠のくように感じる。試験官たちの視線も重い。
だがセリナは、水晶の前に立っても、姿勢を崩さなかった。
恐れよりも、覚悟。
水晶が淡く輝く。
どんな判定が出ようと、受け止める。その強さが、背中から伝わってくる。
だが、水晶だけで終わりではない。
真の試験は、これからだ。
実技。剣を握る。
その瞬間から、言い訳は通じない。学院内の位も、評価も関係ない。目の前の実力者を相手に、自分がどこまで通用するかを示すしかない。
試験場に移動した時、空気はさらに張り詰めた。
受験者は一人ずつ呼ばれ、試験官と対峙する。多くの者は、数合で崩される。緊張に呑まれ、動きが硬くなり、攻めきれず、防ぎきれず、打ち砕かれる。
剣が弾かれる音。床に膝をつく音。悔しさを噛み締める声。
それらを見ながら、セリナは静かに順番を待っていた。
聖位という称号は、ここでは意味を持たない。
問われるのは、実際の強さと、揺るがぬ心。
やがて、名前が呼ばれる。
セリナは、一歩踏み出した。その背中に、迷いはなかった。これまで積み上げてきたものを、ただそのまま出す。それだけだ。
職業試験は、未来を決める場。
だが同時に、自分が何者であるかを示す場でもあった。
セリナは、静かに剣を握った。
……ここからが、本当の勝負だ。




