表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
355/359

学院1年セリナ編 第七十四章 エアリスとの学院生活⑤ 繋がっていたい

しばらく街を歩いていると、エアリスの足取りが、ふいに止まった。

「……あ」

小さな声を漏らし、視線を向けた先にあったのは、通り沿いに並ぶ一軒の店だった。

木製の看板には、控えめな文字でこう書かれている。

 ――マジックアクセサリー コーネル。


「ルーメン」

エアリスは、俺の腕を掴んだまま、少し身を乗り出す。

「ね、ちょっとだけ、入ってもいい?」

その言い方は、遠慮がちでいて、どこか期待に満ちていた。

「もちろん」

そう答えると、エアリスはぱっと表情を明るくして、腕を離した。

「ありがとう!」


店の扉を開けると、鈴の音が小さく鳴る。中には、思っていたよりも落ち着いた空気が流れていた。

棚に並んでいるのは、指輪、首飾り、ブレスレット。どれも魔石を加工したものらしく、淡く光を反射している。

「わあ……」

エアリスは、目を輝かせながら店内を見回した。

「可愛い……あ、これも……」

ひとつ手に取っては戻し、また別のものを手に取る。

その様子は、学院で見せる真面目な顔とは違って、年相応に無邪気だった。

「こういうの、好きなんだ」

俺がそう言うと、エアリスは振り返って笑う。

「うん。実用的な魔道具も好きだけど、こういうのは……見てるだけで楽しいでしょ?」

「確かに」

俺は、エアリスの少し後ろを歩きながら、店内を眺めた。


彼女は、いくつか気になったものについて、店主に質問している。魔石の種類、効果、加工の方法。

そのやり取りは真剣で、でもどこか楽しそうだった。

「……これにしようかな」

しばらくして、エアリスは一つのブレスレットを手に取った。

赤みがかった小さな魔石が、さりげなく嵌め込まれている。

「いいと思うよ」

俺がそう言うと、エアリスは一度だけ俺を見て、こくりと頷いた。

「じゃあ、これにする」

会計に向かおうとするエアリスに、俺は思わず声をかけた。

「僕が払うよ」

すると、エアリスは首を振った。

「だめ」

「え?」

「ここは、私が払いたいの」

その言葉は、冗談でも遠慮でもなかった。

「……分かった」

理由は分からなかったが、エアリスの表情を見て、それ以上は言わなかった。

会計を済ませ、エアリスは小さな包みを受け取る。


そして……店を出てすぐ、くるりとこちらを向いた。

「はい」

差し出されたのは、さっきのブレスレットだった。

「え……?」

「ルーメンにあげる」

さらりと言ってのける。

「私と、お揃いだよ」

胸が、一瞬で跳ね上がった。

「ちゃんと、いつも身につけててね」

そう言って笑うエアリスの表情は、冗談とも本気とも取れる、絶妙なものだった。

俺は、言葉を探しながら、そっとそれを受け取った。

……ただのアクセサリーのはずなのに。

手のひらに伝わる重みが、やけに特別なものに感じられた。


エアリスから渡されたブレスレットを、俺はしばらく手の中で見つめていた。

赤い魔石は小ぶりで、派手さはない。

けれど、光を受けるたびに、内部で淡く揺れるような輝きを見せていた。

「……この魔石、何の魔石なの?」

自然と、そんな疑問が口をついて出る。

魔石には種類がある。

魔力増幅、防護、感応、補助――用途は様々だ。

エアリスは、少しだけ口元を緩めた。

「それはね」

一歩、俺に近づく。

「ひ・み・つ」

指を一本立てて、軽く振る。

「え……」

拍子抜けする俺を見て、エアリスは楽しそうに笑った。

「とにかく、早くつけてみて」

促されるまま、俺はブレスレットを手首につけようとするが、留め具の扱いに少し手間取ってしまう。

「貸して」

エアリスはそう言って、俺の手首を取った。

指先が触れた瞬間、ひやりとするほど白い肌の感触が伝わる。そして、思った以上に距離が近い。

エアリスは真剣な表情で、留め具を調整していた。

「……はい、できた」

顔を上げたエアリスと、視線がぶつかる。ほんの一瞬。それだけなのに、胸の奥が、どくんと鳴った。

「今度は、私ね」

そう言って、エアリスは自分の腕を差し出す。

今度は、俺がブレスレットをつける番だった。

さっきまで感じていた緊張が、そのまま移ってくる。手元が、少しだけ覚束なくなる。

「……こう?」

「うん、合ってる」

俺が留め具を留めると、エアリスは満足そうに腕を動かした。

赤い魔石が、二人の腕で、同じように光っている。

「お揃いだね」

その一言が、静かに胸に落ちてくる。

「……ああ」

それ以上、気の利いた言葉は出なかった。

本当は聞きたいことが、たくさんあった。

この魔石の効果。どうして秘密なのか。どういう気持ちで、これを選んだのか。

けれど……今は、聞かない方がいい気がした。


エアリスは、俺の反応を確かめるように、じっと見てから、ふっと表情を和らげる。

「大丈夫。変な効果じゃないから」

「……そういう問題じゃない気もするけど」

そう返すと、エアリスはくすっと笑った。

「じゃあ、なおさらいいでしょ」

意味ありげな言い方だったが、深追いはさせてくれない。

再び街を歩き出すと、エアリスは自然な動作で、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

さっきよりも、ほんの少しだけ、強く。

「……これ、リリィ先生が見たら、怒られないかな」

俺がぽつりと呟くと、エアリスは肩をすくめた。

「どうだろうね」

そして、悪戯っぽく微笑む。

「でも、外しなさいって言われても……外さないでほしいけど」

冗談めいているのに、妙に本気に聞こえた。

俺は、それ以上何も言えず、

腕に伝わる温もりと、赤い魔石の重みを意識しながら、街を歩き続けた。

甘くて、少しだけ落ち着かない学院生活は、確実に、次の段階へ進み始めていた。


街の散策を終えて、学院へ戻る道。

夕方の光が、石畳を淡く染めていた。昼間の賑わいが嘘のように、人通りも少なくなっている。

エアリスは、相変わらず俺の腕に腕を絡めたままだった。

さっきまでのように、積極的に話すわけでもない。けれど、離れる気配もない。

それが、妙に落ち着く。

「……楽しかったね」

エアリスが、ぽつりと言った。

「うん。思ってた以上に楽しかった」

本音だった。

学院に来てから、魔術のこと、研究のこと、考えることは多かった。

けれど、こうして何も考えずに歩く時間は、久しぶりだった。


「ね、ルーメン」

エアリスが、少しだけ声の調子を変える。

「このブレスレット……外さないでね」

お願い、というより確認に近い言い方だった。

「……もちろん」

そう答えながら、俺は手首を見る。

赤い魔石は、今も静かに光を宿している。

「よかった」

エアリスは、それだけ言って、小さく笑った。

しばらく、無言で歩く。

学院の建物が見えてきた頃、ふと、頭をよぎる。

……リリィ先生のこと。

週末は、エアリスと街を歩いた。

けれど、リリィ先生も、街を案内したいと言っていた。

魔術の指導者で、研究者で、そして、どこか放っておけない存在。

そのことを考えると、胸の奥が、少しだけざわつく。

「……どうしたの?」

エアリスは、すぐに気づいた。

「難しい顔してる」

「いや、なんでもないよ」

本当に、なんでもない……とは言い切れなかったが。

エアリスは、それ以上追及しなかった。

ただ、腕に込める力を、ほんの少しだけ強める。

「今は、いいでしょ」

小さな声。

「今は、私と一緒にいる時間なんだから」

責める響きはなかった。でも、譲らない意志は、はっきりと感じられた。

「……そうだな」

俺は、そう答えるしかなかった。

学院の門をくぐる直前、エアリスはようやく腕を離した。

名残惜しそうでもなく、かといって、そっけなくもない。

いつもの距離に戻る、その自然さが、かえって印象に残る。

「じゃあ、また明日ね、ルーメン」

「うん、また明日」

エアリスは振り返り、軽く手を振ってから、寮の方へ歩いていった。

俺は、その背中を見送りながら、もう一度手首を見る。

赤い魔石のブレスレット。

外そうと思えば、いつでも外せるはずなのに、そんな気には、まったくならなかった。

甘くて、穏やかで、そして、どこか不安定な学院生活。

エアリスという存在は、確実に俺の日常に根を張り始めている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ