表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
349/351

学院1年セリナ編 第七十三章 セリナの今後④ カルディの行為とセリナの気持ち

セリナの目が、大きく見開かれたまま動かない。

「……え?」

短い声だった。驚きというより、言葉の意味がすぐに飲み込めていない反応だった。

「カルディが……?」

「魔力暴走状態……?」

セリナは、ゆっくりと復唱するように問い返した。

ルーメンは、静かに頷く。

「うん」

「正確に、いつからかまでは分からない」

だが、と前置きして続ける。

「少なくとも、セリナ姉と別れたあとからなのは、確実だよ」

その言葉に、セリナは小さく息を吸った。

「……何で」

「どうして、カルディが」

責めるような声音ではなかった。ただ、理解しようとする問いだった。


ルーメンは、少し言葉を選ぶ。

「原因の全部が分かってるわけじゃない」

「でも、感情の大きな揺れが引き金になった可能性は高い」

セリナは、視線を落とした。

「……私とのことが、関係してるって言いたいの?」

「少なくとも、無関係じゃないと思う」

否定せず、だが断定もしない言い方だった。

「魔力暴走状態ってね……」

ルーメンは、できるだけ落ち着いた声で続ける。

「本人の感情の向きと、無関係に起きることは、ほとんどない」

「抑え込んでいた感情とか、歪んだ執着とかが、一気に表に出る」

セリナは、唇を噛んだ。

「……私と、同じだったってこと?」

「形は違うけど、根っこは近い」

ルーメンは、はっきりと言った。

「プライドが許さなかったこと」

「負けを受け入れられなかったこと」

「感情を、うまく外に出せなかったこと」

それらが、積み重なっていた。

「カルディさんも、自分では気づかないうちに、限界を超えてた」

セリナは、しばらく黙っていた。

怒りも、嫌悪も、すぐには出てこない。ただ、理解しきれない現実を、必死に噛み砕いている様子だった。


「……それで」

やっと、声を出す。

「カルディは、どうなったの?」

その問いには、逃げも曖昧さもなかった。

ルーメンは、視線を逸らさず答える。

「僕が、正常化した」

「セリナ姉と同じように、魔力暴走状態を解除したんだ」

セリナの目が、わずかに揺れた。

「……助けたのね」

「うん、放っておけなかった」

その言葉に、セリナは何も言わなかった。ただ、深く息を吐き、静かに目を閉じる。


「……どういう状態だったの?」

セリナは、まだ落ち着いた声を保っていたが、その奥にははっきりとした緊張があった。

「カルディは……どうなってたの?」

ルーメンは、一度だけ息を整えた。

ここから先は、聞く側にも覚悟がいる。


「セリナ姉、“魅了”って聞いたことある?」

「……魅了?」

セリナは首を傾げる。

「正直、よく分からないわ」

ルーメンは頷いた。

「普通は、知らなくていいものだよ」

「魅了っていうのはね、本来は一部の魔物だけが使える能力なんだ」


言葉を選びながら、慎重に続ける。

「目が合った相手の意思に干渉して、感情や判断を歪める」

「簡単に言うと……操る、に近い」

セリナの指先が、わずかに強張った。

「操る……?」

「うん、魅了された人は、自分の意思で動いてるつもりでも、実際には違う」

「判断の基準が、魅了した側にすり替わる」

ルーメンは、はっきりと言った。

「カルディさんの魔力暴走は、その“魅了”に近い形で現れてた」

セリナは、息を呑む。

「じゃあ……」

「カルディの目を見た人は?」

「全員、影響を受けてた」

その言葉に、セリナの表情が凍りついた。

「意識が完全に奪われるわけじゃない」

「でも、逆らえない」

「命令されたことを、“正しい”と思い込まされる」

ルーメンは、淡々と続ける。

「魅了された人は、洗脳に近い状態になる」

「カルディさんの言葉が、絶対になる」

「……そんな」

セリナは、思わず口元を押さえた。

「それで……何を、させてたの?」

問いは、震えていた。

ルーメンは、すぐには答えなかった。だが、誤魔化すこともしなかった。

「全部は、分かってない」

「でも、確認できている範囲でも……かなり、ひどい」

その前置きが、すでに重かった。

「魅了された人に、学院の宝物庫から聖剣を持ってこさせたり」

セリナの目が、大きく見開かれる。

「……聖剣?」

「うん、それだけじゃない」

ルーメンは、少しだけ声を低くした。

「一番ひどかったのは……」

そこで、わずかに間が空く。

「女子生徒を、屋上から飛び降りさせてた」

言葉が、研究室の空気を切り裂いた。

セリナは、言葉を失った。

「……は?」

一瞬、意味が理解できなかったようだった。

「飛び……降りさせた……?」

「幸い、致命的な被害は出なかった」

「でも、間違いなく……命に関わる行為だった」

セリナの肩が、小さく震える。

「……最低」

吐き捨てるような声だった。

「そんな人だなんて……思いもしなかった」

ルーメンは、すぐに言葉を重ねる。

「ただね、正常化したあと、カルディさん本人に話を聞いた」

セリナは、顔を上げる。

「……覚えてなかった」

ルーメンの声は、静かだった。

「自分が何をしたのか」

「誰に何を命じたのか」

「ほとんど、記憶が残ってなかった」

セリナは、苦い表情を浮かべる。

「それって……」

「本人の意思かどうか、分からない、ってことよね」

「そう」

ルーメンは頷く。

「だからこそ、判断が難しい」

「魔力暴走状態がやらせたのか、本人の中にあった衝動が形になったのか、完全に切り分けることは、できない」

その現実が、重くのしかかった。

セリナは、深く息を吐いた。

怒りと、嫌悪と、わずかな同情が、入り混じった複雑な表情だった。

「……でも」

小さく、はっきりと言う。

「私は、別れて正解だったと思う」

その声には、迷いはなかった。

魔力暴走という事情があっても、彼女の中で、答えはすでに出ていた。


セリナは、しばらく黙り込んでいた。

怒りとも嫌悪ともつかない感情が、胸の奥で絡まり合っているのが、ルーメンにも分かった。

「……そこまで、ひどかったのね」

ようやく絞り出された声は、低く、硬かった。

「正直……聞きたくなかった」

それでも、目は逸らさなかった。

ルーメンは、小さく頷く。

「言わない、って選択もあった」

「でも、セリナ姉が前を向くためには、隠したままにはできないと思った」

セリナは、唇を噛みしめたまま、何も言わない。


「魅了は……本当に、危険な力なんだ」

ルーメンは、改めて言葉にする。

「意思を奪うだけじゃない」

「恐怖も、倫理も、罪悪感も、全部ねじ曲げる」

「命令を実行させること自体が目的になる」

セリナの指が、無意識に握り込まれる。

「……だから、あんなことを」

「うん、カルディさん自身も、止められなかったと思う」

「でも……」

ルーメンは、言葉を切った。

「結果として、やったことは消えない」

セリナは、はっきりと頷いた。

「分かってる」

声には、強い拒絶があった。

「どんな理由があっても、人を傷つけることは、許されない。まして……命を危険にさらすなんて」

吐き捨てるように言う。

「最低よ」

それは、感情的な罵倒ではなかった。価値観としての断絶だった。


「……学院も、相当な混乱だった」

ルーメンは、続ける。

「魅了されてた人の数も多かったし、学院外……家族や関係者にも影響が及んでた」

セリナは、思わず眉をひそめる。

「そこまで?」

「うん、だから、すぐに職員会議が開かれた」

「事実確認と、再発防止と、処分の検討」

セリナは、腕を組んだ。

「……処分は、どうなるの?」

ルーメンは、少しだけ言い淀んだ。

「正直に言うと……完全な免責にはならない」

「魔力暴走状態だったとしても、結果として被害が出ている以上、責任は問われる」

セリナは、ゆっくりと息を吐く。

「そう……よね」

「ただ」

ルーメンは、補足する。

「カルディさんは公爵家の人間だから、処分は、ある程度軽減される可能性が高い」

「それでも……学院には、もう戻れないかもしれない」

その言葉に、セリナの表情がわずかに揺れた。

「……覚えてないのよね」

ぽつりと呟く。

「自分が何をしたか」

「うん、正常化した直後は……混乱してた。何が起きているのか、理解できてなかった」

セリナは、目を伏せる。

怒りだけでは片付けられない現実が、そこにあった。

「……可哀想、って思わないわけじゃない」

正直な気持ちだった。

「でも、だからって、許せるわけじゃない」

「私が傷ついたことも、他の人が傷ついたことも。なかったことには、できない」

その声には、迷いがなかった。

ルーメンは、静かに頷いた。

「それでいいと思う。同情と、許しは別だから」

セリナは、ゆっくりと肩の力を抜いた。

「……別れて、正解だったわ」

「今は、はっきりそう言える」

その言葉は、過去を否定するものではなく、未来を選ぶための宣言だった。

魔力暴走が生んだ惨事は、重すぎる現実だった。

だが、セリナの中では、ひとつの決着が、確かにつき始めていた。


ルーメンの話を聞き終えたあとも、セリナはすぐには口を開かなかった。

研究室の空気が、わずかに張りつめる。

怒っているのは確かだった。

だがそれ以上に、感情をどう扱えばいいのかを、慎重に選んでいるようだった。


「……最低ね」

静かな声だった。感情をぶつけるような強さはない。

だが、その一言には、はっきりとした拒絶があった。

「聖剣を盗ませたり、人を屋上から飛び降りさせたり」

セリナは、途中で一度言葉を切る。

「……そんなことをする人だなんて、思いもしなかった」

怒りよりも、失望に近い響きだった。

「私、本当に……男を見る目、なかったわね」

自嘲気味に言って、小さく息を吐く。

「強い人が好きで、自分より強い人じゃなきゃ、って」

それは、今まで何度も自分に言い聞かせてきた価値基準だった。

「でも、それだけで人を見てきた結果が、これよ」

ルーメンは、すぐに否定しなかった。

セリナが、自分自身の言葉で整理するのを、待った。

「……別れて、正解だった」

今度は、はっきりと言い切る。

「魔力暴走状態だったから、って理由は分かる。でもね……」

視線を上げ、ルーメンを見る。

「どこまでが本人の意思で、どこからが魔力暴走だったのか。それを切り分けることは、私にはできない」

それは、責任転嫁でも、感情論でもなかった。

「結果として、傷ついた人がいる。それだけで、十分なのよ」

セリナは、腕を組んだ。

「それに……」

少しだけ、苦い笑みを浮かべる。

「周りに女子をいっぱいくっつけてたでしょ?」

「別れたって言いふらして。正直……あれを見た時点で、冷めてたわ」

ルーメンは、頷く。

「……そう言ってもらえると、正直助かる」

「復縁したい、とか言われたら、どう話せばいいか悩んでた」

セリナは、思わず吹き出した。

「何よ、それ。私を何だと思ってるの?さすがに、そこまで未練がましい女じゃないわ」

少しだけ、場の空気が緩む。

だが、すぐにセリナは真顔に戻った。

「……でもね」

声が、ほんのわずかに低くなる。

「魔力暴走状態だった、って聞いて、全部をカルディの責任にできない、って思う自分もいる」

それは、セリナの優しさだった。

「本人は、何も覚えてないんでしょ?」

「うん」

「それは……正直、可哀想だと思う」

「でも、だからって、私が一緒に背負う理由はない」

「私が壊れかけたことも……」

「存在を失いかけたことも……」

「なかったことには、できない」

その言葉は、揺れていなかった。

「……しばらく、恋愛はいいかな」

ふっと、肩の力を抜いて言う。

「正直、疲れちゃった」

強がりではなかった。自分の限界を、きちんと認めた言葉だった。

「恋愛ってね、幸せになるためのもののはずなのに」

指先を、きゅっと握る。

「いつの間にか、自分を追い詰める道具みたいになってた」

だから、とセリナは続けた。

「今は、誰かと向き合うより先に、自分を立て直したいの」

逃げではない。諦めでもない。

「ちゃんと笑って、ちゃんと怒れて、ちゃんと迷える状態に戻ってからじゃないと……」

そこまで言って、言葉を止める。

「また、同じことを繰り返しそうだから」

ルーメンは、ゆっくりと頷いた。

「それでいいと思うよ。休むのも、前に進む方法だから」

セリナは、少し驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと笑った。

「……弟にそんなこと言われるとはね」

でも、その笑顔は柔らかかった。

「ありがとう、ルーメン」

誰かに肯定されたことで、自分の選択が、より確かなものになる。

「今はね、恋愛よりも……」

言いかけて、少し考え、言い直す。

「“普通に生きる”ことを、大事にしたい」

学院で学び、剣を振り、友達と話し、夜はちゃんと眠る。

そんな当たり前を、取り戻すこと。

「それができるようになったら……」

未来のことは、まだ決めなくていい。

セリナは、静かにそう結論づけた。

ルーメンは、静かに頷く。

「それでいいと思う。無理に前を向く必要はない」

セリナは、少し考えてから、微笑んだ。

「ありがとう、ちゃんと話してくれて。隠さずに、全部」

それは、弟に対する信頼の言葉だった。

この瞬間、セリナの中で、カルディとの関係は、確かに過去になった。

怒りと拒絶。そして、自分自身への反省。それらを抱えたままでも、前へ進む準備は、整いつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ