学院1年セリナ編 第七十三章 セリナの今後③ 気持ちの確認とカルディ
少しの沈黙が、研究室に落ちた。
セリナの状態が落ち着き、今後の学院生活にも大きな支障はなさそうだと分かった今、ルーメンの中で、どうしても避けて通れない話題が浮かび上がっていた。
「……セリナ姉」
声をかける前に、ルーメンは一瞬だけ言葉を選ぶ。
これを聞くことで、せっかく落ち着いた心を、再び揺らしてしまうかもしれない。
それでも……聞かずに曖昧なままにしておく方が、後々もっと傷を深くする。
「カルディさんのことなんだけど……」
その名前が出た瞬間、セリナの表情が、ほんのわずかに変わった。
嫌悪でも、怒りでもない。かといって、懐かしさとも違う。
そこにあったのは、距離だった。
「……今、どう思ってる?」
ルーメンは、あくまで静かに尋ねた。
責めるつもりも、結論を迫るつもりもない。ただ、セリナ自身の気持ちを知りたかった。
セリナは、すぐには答えなかった。
視線を少し落とし、自分の内側を確かめるように、ゆっくりと息を整える。
「……正直に言うわね」
そう前置きしてから、言った。
「まだ、好きって気持ちは……残ってると思う」
その言葉は、驚くほど落ち着いていた。
未練でも、執着でもない。過去をそのまま認めるような、淡々とした声音だった。
「でもね」
セリナは、すぐに続ける。
「もう、いいかな、って気持ちも同じくらいあるの」
ルーメンは、何も言わずに聞いていた。
「カルディが、私と別れたって周りに言ってたって聞いたでしょ」
「それって、向こうにとっても、もう終わったってことだと思うのよ」
事実として、そう判断しているだけだった。
「それに……」
セリナは、ほんの少しだけ肩をすくめる。
「周りに女子をいっぱいくっつけてたって話も聞いたし」
そこに、嫉妬の色はなかった。呆れでも、怒りでもない。ただ、距離を置いた視点だった。
「だから、復縁したいかって聞かれたら……」
セリナは、はっきりと言った。
「ないわ」
その言葉に、迷いはなかった。
「もう、前に進んだ方がいいって思ってる」
それは、強がりではない。自分の心を一通り見つめた上での、結論だった。
ルーメンは、その言葉を聞いて、内心で大きく息を吐いた。
「……そっか」
声に出すと、それだけだったが、胸の奥では、確かな安心が広がっていた。
無理に断ち切ろうとしているわけではない。未練に縛られているわけでもない。
「ちゃんと、自分で決めたんだね」
セリナは、静かに頷いた。
「ええ」
「それに……」
少し苦笑する。
「今は、恋愛そのものから、少し距離を置きたい気分かな」
「今回のことで、ちょっと疲れちゃった」
その言葉は、とても自然だった。
心がすり減ったときに、無理に次へ進まないという選択。
それもまた、前進の一つだった。
「……うん」
ルーメンは、素直に言った。
「それでいいと思うよ」
焦る必要はない。誰かと比べる必要もない。
セリナは、少しだけ目を細めて笑う。
「ありがとう」
その笑顔は、以前よりもずっと柔らかかった。
セリナの言葉を聞き終え、ルーメンはすぐには次の話題に入らなかった。
カルディへの気持ちが、まだ残っていること。それでも、もう前へ進もうとしていること。その両方を、セリナ自身が自覚し、受け入れている。
それが分かったからこそ……今、確認しなければならないことがあった。
「……セリナ姉」
少しだけ、声の調子を変えて呼びかける。
「もう一つ、確かめたいことがあるんだけど」
セリナは、すぐにルーメンの意図を察したようだった。
「なに?」
視線を逸らさず、真っ直ぐに返してくる。
ルーメンは、慎重に言葉を選ぶ。
「今の話を聞く限り、復縁するつもりはないってことだよね」
「うん、ないわ」
セリナははっきり言った。
「じゃあ……」
ほんの一瞬、間を置いてから続ける。
「もし、カルディさんについて、今まで知らなかった事実を聞いても」
「それで、気持ちが大きく揺れたり、立ち直れなくなったりはしない?」
セリナは、少し眉をひそめた。
「……なに、ルーメン」
「なんだか、回りくどいわね」
その反応は、もっともだった。
「はっきり言いなさいよ。何を隠してるの?」
問い詰めるような口調ではない。だが、誤魔化しを許さない声音だった。
ルーメンは、逃げなかった。
「隠してるつもりはないよ」
「ただ……」
「セリナ姉の気持ちが、ちゃんと整理できているかを、先に確認したかった」
セリナは、しばらくルーメンを見つめたあと、ふっと息を吐いた。
「……なるほど」
「つまり、聞いたらショックを受けるかもしれない話、ってことね」
「そう」
「でも、聞かないままにしておくのも、違う」
セリナは、少し考える素振りを見せたあと、はっきりと言った。
「大丈夫よ」
「今さら、何を聞いても、立ち直れなくなることはないと思う」
自信ではなく、覚悟のこもった言い方だった。
「カルディに新しい彼女ができた、とか?」
少しだけ皮肉を交えて続ける。
「それなら、そこまでの男だったってことだし」
「落ち込む理由にはならないわ」
その言葉に、ルーメンは小さく頷いた。
「……うん」
「今の言葉を聞いて、安心したよ」
セリナは、腕を組み、じっとルーメンを見る。
「じゃあ、そろそろ話しなさい」
「何を隠してるのか」
逃げ場は、もうなかった。
ルーメンは、ゆっくりと息を吸い、覚悟を決めて、口を開く。
「結論から言うね」
その声音は、真剣そのものだった。
「カルディさんも……」
「セリナ姉と、同じように」
「魔力暴走状態になってたんだ」
セリナの目が、はっきりと見開かれた。




