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学院1年セリナ編 第六十九章 ルーメン対カルディ⑧ 事後処理と違和感

カルディは、床に座り込んだまま、ぼんやりと周囲を見渡していた。

剣も、短剣も、すでに衛兵の手にある。抵抗の気配はなく、ただ現状を理解できていないようだった。


衛兵隊長が一歩前に出る。

「カルディ・ハクエ・サランディーノ。君は保護対象だ。これ以上の行動は許可されない」

命令口調ではあるが、声音は抑えられている。

敵としてではなく、危険な状態にある者として扱っているのが分かった。


俺は一歩距離を保ったまま、カルディの様子を確認する。

魔力の流れは、ひとまず安定している。

だが、完全に回復したとは言い切れない。


(……ここに置いておくのは、危険だ)

学院内には、まだ影響を受けていた者が残っているかもしれない。

そして何より……カルディ自身が、再び何かを引き起こす可能性を否定できない。


「校長先生」

控えていた校長が、静かに頷く。

「イレンティア大聖堂へ搬送しよう。ここでの治療は限界がある」

判断は早かった。

学院外の、より高度な治療と隔離が必要だという認識が共有されている。


衛兵たちが動き、カルディを支えながら立たせる。

その間も、彼は抵抗しなかった。

「……俺は……何を……」

言葉は、途中で途切れた。

続きを探すように口を開き、しかし何も出てこない。


馬車の準備が整い、カルディはそのまま乗せられる。

公爵家の次男という立場を考えれば、異例の対応だ。

それでも誰も異を唱えなかった。

それが、この事態の深刻さを物語っている。


馬車がゆっくりと動き出すのを見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

鎮圧は完了した。

少なくとも、今この場の危機は去った。


だが……

(……終わった、とは言えない)

カルディの言葉。思い出せない相手。

そして、俺自身の中に残った、説明できない空白。

それらは、まだ何一つ解決していない。

ただ今は、「区切り」が打たれただけだ。

俺は視線を学院の方へ戻す。

ここから先は、後処理と説明、そして……考えるべき時間が必要になる。

静かに、そう感じていた。


学院へ戻ると、すでに講堂には教師たちが集められていた。

混乱は残っているが、秩序は辛うじて保たれている。


校長が前に立ち、短く咳払いをする。

「皆さん、本日の件について、状況は収束しました」

その言葉に、ざわめきが一瞬走った。

だが、安堵よりも先に浮かぶのは疑問だろう。


俺は一歩前に出て、校長の隣に立つ。

「今回の一連の騒動は、外部からの侵入や組織的犯行ではありません」

視線が集まる。教師たちの中には、まだ顔色の優れない者もいる。


「原因となった人物は、すでに学院外へ搬送され、治療と隔離の措置が取られています。現在、学院内に危険はありません」

事実だけを、簡潔に。余計な推測を生む言葉は避ける。

魅了……その単語は、ここでは使わない。


「宝物庫の件、屋上での事故については、後日改めて正式な説明がなされます。今は、生徒と学院の安全を最優先してください」

校長が頷き、話を引き取る。


「本日はここまでです。各自、持ち場に戻りなさい」

解散の合図とともに、教師たちは静かに動き出した。

混乱を完全に拭い去ることはできない。

だが、“今以上に広げない”という判断は、必要だった。


生徒たちに対しては、さらに情報を絞った説明がなされた。

 ――噂は事実ではない。

 ――危険は去った。

 ――不安を煽る行為は慎むこと。

それで十分だ。少なくとも、今は。


講堂を離れたあと、校長が俺に声をかけた。

「ルーメン君」

振り返ると、穏やかな表情をしている。

「今日の判断と対処は、見事でした。あの状況で、あれだけ冷静に動ける生徒はそういません」

評価としては、過分だ。俺は首を横に振った。


「僕一人の力じゃありません。教えてくれた人がいて、協力してくれた先生方がいたからです」

「師は?」

「リリィ・アーデントです」

その名を聞いて、校長は納得したように小さく笑った。

「……なるほど」

それ以上は、何も言わなかった。


別れ際、校長は一言だけ付け加える。

「今回の件、公式には“異常なし”として処理されます。だが、君は忘れなくていい」

その意味を、俺はすぐに理解した。

表に出せない問題。だが、確かに存在した歪み。


校舎を出て、夜風に当たる。ようやく、肩の力が抜けた。

……解決した。

そう言ってしまえば、確かにそうだ。

けれど。

(……引っかかる)

カルディの言葉が、頭から離れない。

「誰だ……?」

負けた相手。傷ついた理由。怒りの矛先。

どれも、はっきりしないまま消えている。


そして、それ以上に奇妙なのは……俺自身も、その「誰」を思い浮かべられなかったことだ。


(……誰のことだ?)

剣術大会で負けたと言っていた。

だが、今年の結果は、俺も見ている。

それなのに、違和感だけが残る。

名前が出てこない。姿も、声も、感情すら……

理由は分からない。今は、分からなくていい。

ただ一つ、確信していることがある。

(これは……カルディだけの問題じゃない)

学院に起きた歪みは、まだ終わっていない。

形を変え、場所を変え、次は、別のところから現れる。

俺は、静かに息を吸い込んだ。

……備えよう。次に来るものを、見失わないために。


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