表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
326/354

学院1年セリナ編 第六十九章 ルーメン対カルディ⑤ 父の救いと調律

制圧に踏み出した、その瞬間だった。

衛兵隊長の剣が、鋭く踏み込む。正面から、迷いなく。

重い金属音が響き、カルディの剣が弾き飛ばされた。

次の瞬間、隊長は体勢を崩させるように肩から押し込み、そのまま地面へとねじ伏せる。

「動くな!」

膝で背を押さえつけ、剣を奪い取る。

武装解除……確実な制圧だった。


(……終わったか?)

そう思ったのは、一瞬だけだった。

俺は、距離を詰める。まだ、近づかなければならない。

その時だった。カルディの体が、不自然なほど素早く動いた。

押さえつけられていたはずの体が、強引に跳ね起きる。

「――っ!」

衛兵隊長の体勢が、一瞬だけ浮いた。

その隙に、カルディの手が懐へ滑り込む。

次の瞬間、鈍い光が走った。

(……短剣!?)

忍ばせていた刃。

剣を奪われることを、最初から織り込み済みだったかのように。

短剣を逆手に握り、一直線に……俺へ。


判断より先に、体が動いた。

父から託された剣を、ほとんど反射で引き抜く。

甲高い金属音が弾ける。刃と刃が噛み合い、火花が散った。

衝撃が、腕に突き刺さる。軽い。だが、鋭い。

狙いは正確で、ためらいがない。

(……本当に、止める気がない)

勝つためでも、逃げるためでもない。ただ、排除するための動き。

カルディの動きは、剣術大会で見たものとは違っていた。洗練されているが、美しさがない。

効率だけが残り、感情の揺らぎが削ぎ落とされている。

父の剣で、短剣を弾く。

間合いを詰めさせないよう、最小限の動きで受け流す。


「……ちっ」

初めて、カルディの声にわずかな苛立ちが混じった。

視線は合わせない。位置取りだけで、存在を感じ取る。

背後で、衛兵隊長が再び立て直そうとしている気配がある。

だが、今はまだ……間に合わない。


(……ここだ)

短剣が、再び振り抜かれる。その軌道を、あえて深く引きつける。

次の瞬間、俺は踏み込んだ。

刃が触れ合う距離。逃げ場のない近接。

恐怖が、確かに胸を掠めた。

だが、それ以上に……

(父さん……)

剣を握る手に、重みが戻る。守るための剣。生き延びるための剣。

短剣を強く弾き上げ、間合いを一瞬だけ崩す。

次に繋げるための、ほんの一拍。

この距離なら……俺は、魔力を一気に走らせた。


魔力が、一気に走る。

距離は近い。近すぎるほどだ。だが、それでいい。

ただ、必要な形だけを即座に作り、放つ。

「サンダーボルト!」

短剣を弾き上げた直後、その隙間を縫うように、魔力が炸裂した。

「――っ!!」

乾いた破裂音とともに、カルディの体が硬直する。

サンダーボルトは致命を避けるように制御されている。だが、動きを止めるには十分すぎる威力だった。


全身を走る痙攣。短剣が、床に落ちる音。

カルディの膝が崩れ、前のめりに倒れ込む。

「今だ!」

衛兵隊長が即座に動く。

背後から組み伏せ、腕を極め、完全に地面へと押さえ込む。

抵抗は、ない。いや……正確には、抵抗できない。

サンダーボルトの余波が、まだ体に残っている。

筋肉が言うことをきかず、意識も朦朧としているのが分かる。


俺は、一歩、近づいた。

慎重に。視線を合わせないよう、意識を床へ落としたまま。

(……ここからだ)

剣を持つ手に、自然と力が入る。

終わっていない。制圧はしたが、原因はまだ残っている。


カルディの体に触れた瞬間、はっきりと分かった。

(……これは)

魔力が、正常な循環をしていない。

量が多いとか、出力が強いとか、そういう次元ではない。

流れそのものが、激しく歪んでいる。

感情に引きずられ、脈打つように波打つ魔力。

一定のリズムを失い、行き場を探して内部でぶつかり合っている。

(……完全に、暴走状態だ)

外から見れば、ただ制圧され、倒れ伏しているだけの人間だ。

だが、内側では今も魔力が荒れ続けている。


衛兵隊長が、低い声で確認する。

「……どうだ?」

俺は視線を上げずに答えた。

「このままだと、また動きます。拘束だけでは、止まりません」


それは事実だった。

剣を奪い、体を押さえ込んでも、原因が残っていれば意味がない。

魔力は、意志と切り離されて暴れている。触れている指先から、さらに鮮明に伝わってくる。

魔力が、命令する側に固定されている感覚。

周囲を支配し、従わせることを“正”として流れが組まれている。

(……だから、魅了みたいな形になった)

魔術として完成しているわけじゃない。

術式もない。ただ、歪んだ魔力の流れが、人の意思を巻き込んでいる。


だからこそ、危険だった。

放っておけば、また同じことが起きる。

いや……もっとひどい形になる。

俺は、息を整えた。

(……やるしかない)

必要なのは、抑え込みでも、切断でもない。この歪んだ流れを、正しい位置へ戻すこと。

……調律。


俺は、カルディの体に触れたまま、意識を深く沈めた。

外の音が、少しずつ遠のいていく。

衛兵の緊張した気配も、剣の擦れる音も、今は重要じゃない。

見るべきものは、内側だ。

(……荒れてるな)

カルディの魔力は、怒りと屈辱を核にして、いびつな渦を作っていた。

押さえつけようとすれば、さらに反発する。断ち切ろうとすれば、暴発する。

だから、やるべきことは一つしかない。

壊すのではなく、整える。

俺は、自分の魔力を、極力抑えた状態で流し込む。強さはいらない。必要なのは、同調と誘導だ。

乱れた流れに、正しい“基準”を示す。

怒りに引きずられていた魔力の波に、静かな周期を重ねる。

ぶつかり合っていた魔力同士を、無理に分けず、噛み合う位置へ戻していく。

その過程で、はっきりと分かる。

(……この人、ずっと張りつめてた)

負けた悔しさじゃない。失ったものへの悲嘆でもない。

「自分は上にいるはずだ」という感覚が、揺らいだ瞬間。それを認められず、押し込め続けた結果が、これだ。

俺は、唇を動かし、ほとんど囁くように言った。


「――ハーモニック・リコンストラクション」

魔力が、応える。

音も、光も派手じゃない。

ただ、歪んでいた流れが、ゆっくりと元の軌道へ戻っていく。

荒れていた魔力が、次第に静まり、脈が整う。

支配の形を取っていた流れが、内側へ引き戻されていく。

そして……カルディの体から、張りつめていた何かが、ふっと抜けた。

「……っ」

短い息が漏れる。

拘束されていた体から、力が抜け、完全に抵抗が止まった。

俺は、慎重に魔力を引き上げる。

余韻が残らないよう、最後まで確認しながら。

(……戻った)

完全ではない。だが、少なくとも今この瞬間、暴走は終わっている。

周囲で、空気が変わったのが分かった。

押し付けられていた重さが、少しずつ薄れていく。

誰かが、深く息をつく音がした。俺は、静かに手を離す。

これで終わりじゃない。だが、最悪の連鎖は、ここで断ち切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ