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学院1年セリナ編 第六十七章 セリナたちの馴れ初め⑥ 別れと気持ち

セリナは、カルディをまっすぐに見つめた。

逃げ場のない視線だった。

それは責めるためのものではなく、約束を果たすための覚悟の眼差しだった。

「……約束したでしょ」

静かな声だった。

けれど、その一言は、剣術場に響いたどんな歓声よりも重かった。

「大きな大会で、私に負けたら……」

言葉の途中で、わずかに喉が詰まる。

ほんの一瞬だけ、感情が揺れた。

だが、セリナは続けた。

「……私より弱くなったなら、交際は終わり」


それは、最初に自分が口にした条件だった。

感情に流されたものではない。

剣士として、対等であり続けるために、自分で課した縛り。

「だから……」

セリナは、一歩だけ前に出た。

「約束通りよ。私たちは、ここで終わり」

その言葉は、突き放すようでいて、どこか震えていた。


カルディの肩が、わずかに揺れた。

「……そう、か」

絞り出すような声だった。

否定もしない。言い訳もしない。それが、彼の誇りだった。

「負けたのは事実だ。君の方が、強かった」

自分に言い聞かせるように、そう呟く。

「……剣で結んだ約束なら、剣で終わるのも、悪くない」

強がりの笑みを浮かべようとして、うまくいかなかった。


セリナは、その表情を胸に刻みつけるように見つめる。

(……ごめんなさい)

心の中で、何度も謝った。けれど、口には出さなかった。

同情も、慰めも、この場では許されない。

それをしてしまえば、この約束そのものが、嘘になる。


セリナは、最後に深く一礼した。

剣士として。一人の人間として。

「今まで……ありがとう」

それだけを残し、背を向ける。

扉に手を掛けた瞬間、胸が強く締めつけられた。

それでも、振り返らなかった。扉が閉まる音が、静かに響く。


残されたカルディは、その場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。

敗北と、別れ。

二つが同時に突きつけられた現実を、受け止めきれずに。


扉が閉まったあとも、カルディはその場から動けなかった。

剣術場の外では、まだ大会の余韻が残っている。

勝者を称える声、観客のざわめき、金属の擦れる音。

それらは遠くで鳴っているはずなのに、まるで水の底に沈んだように、はっきりとは届かなかった。


カルディは、ゆっくりと膝を折った。

床に触れた感触すら、どこか他人事のようだった。

握りしめた拳が、震えていることに気づくまで、少し時間がかかった。

(……負けた)

剣術大会での敗北。

それ自体は、剣士であれば誰もが経験するものだ。


だが今回は違った。

負けた瞬間に、すべてを失った。

剣士としての誇り。自分が積み上げてきた自信。そして……セリナという存在。

「……はは」

乾いた笑いが、喉から漏れた。

公爵家の次男として生まれ、欲しいものは努力すれば手に入ると信じてきた。

剣術の才も、家柄も、容姿も、与えられた条件を最大限に使いこなしてきたつもりだった。


だが。

(剣だけは……違った)

剣は、嘘をつかない。

どれだけ想いがあっても、どれだけ執念を燃やしても、結果は結果として突きつけられる。


セリナは強かった。

誰よりも真っ直ぐで、誰よりも剣に誠実だった。

だからこそ、自分は負けた。

そして、約束通り、切られた。

「……自業自得、か」

誰に聞かせるでもなく、そう呟く。

セリナの条件を受け入れたのは、自分だ。

勝てばいい、勝ち続ければいい……そう思っていた。

だが、勝てなかった。

剣士として負け、男としても負けた。


視界が滲む。

悔しさなのか、喪失感なのか、自分でも分からなかった。

(……強くならなきゃ、意味がない)

そう思って剣を握ってきた。

その「意味」そのものを、今、失ってしまった気がした。

カルディは、しばらくその場に座り込んだまま、動かなかった。

立ち上がる理由が、見つからなかったからだ。

誇りも、目的も、隣に立つ理由も、すべてが崩れ落ちた今、自分が次にどこへ向かえばいいのか、分からなかった。

剣は、まだ腰にあった。

だが、それを抜く手は、ひどく重かった。


その夜、セリナは一人、静かな部屋で天井を見つめていた。

大会の歓声も、剣がぶつかり合う音も、もう遠い。

今、耳に届くのは自分の呼吸音だけだった。

(……やってしまった)

胸の奥が、じわりと痛む。


カルディに告げた言葉は、約束通りのものだった。

自分で決めた条件。自分で口にしたルール。

だから、間違ってはいない……はずだった。

(でも……)

セリナは、ゆっくりと目を閉じる。

本当は、別れるつもりなどなかった。

負けたから終わり。

そんなふうに、本心で思っていたわけではない。


剣術大会で自分に勝てなかったことで、カルディが立ち止まってしまうのが怖かった。

剣士として、そこで満足してしまうのが怖かった。

(……もっと、強くなってほしかっただけ)

自分よりも強くあれ、という言葉は、支配でも傲慢でもない。

それは、剣を生き方に選んだ者同士としての、切実な願いだった。


剣を続けるなら、立ち止まってはいけない。

勝った負けたに関係なく、前を向き続けなければならない。

だからこそ、突き放した。

突き放して、突き落として、そこから這い上がってきてほしかった。

(……ひどいよね)

自分でも、そう思う。


優しさとは程遠い。

恋人に向ける態度としては、あまりにも不器用で、残酷だった。

セリナは、そっと胸元に手を当てた。

カルディが膝から崩れ落ちた姿が、脳裏から離れない。

あの背中は、強くあろうと必死だった背中だった。


(明日……)

心の中で、静かに決める。

明日になったら、話そう。別れの言葉を、訂正しよう。

負けたから終わりではないこと。

剣を捨てなくてもいいこと。

そして……それでも、隣に立ってほしいと思っていること。

言葉にするのは、怖い。

でも、剣でしか語ってこなかったからこそ、今度は言葉で向き合わなければならない。


セリナは、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

(……遅くないと、いいけど)

その祈りにも似た想いを胸に抱いたまま、彼女は静かに目を閉じた。

夜は、まだ長かった。


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