学院1年セリナ編 第六十七章 セリナたちの馴れ初め④ 交際と3年生剣術大会
交際が始まってからのセリナは、周囲が想像していたよりもずっと柔らかかった。
剣術場で見せる鋭さや張り詰めた空気とは違い、二人きりの時間では表情がよく変わる。
笑い、冗談を言い、相手の話に耳を傾ける……その姿は、これまで剣しか見てこなかったカルディにとって新鮮だった。
セリナは一度心を許すと、驚くほど面倒見がいい。
剣術の稽古でも、カルディの動きを細かく見ては的確な助言を与え、癖が出れば遠慮なく指摘する。
厳しい言葉の裏には、相手を強くしたいという意図がはっきりとあった。
週末には、学院の外へ足を伸ばすこともあった。
街を歩き、簡単な食事を取り、剣術以外の話をする時間は、二人にとって貴重だった。だが、それでも中心にあるのは剣だった。
次の大会、次の試合、次の成長……話題は自然とそこへ戻る。
カルディもまた、剣に対する姿勢を変えなかった。
恋に溺れることはなく、むしろ以前よりも稽古に打ち込むようになった。セリナの隣に立つためには、今以上に強くなければならない。その意識が、彼を突き動かしていた。
傍から見れば、二人の交際は順調そのものだった。
支え合い、認め合い、同じ目標に向かって進んでいる。
けれど、その関係の根底には、ひとつだけ消えない条件があった。
「負けたら終わり」という約束。
それは口に出されることもなく、話題に上ることもない。
しかし、剣を握るたび、互いの胸の奥で静かに存在感を主張し続けていた。
二人の関係は、恋人という言葉で括るには、どこか張り詰めていた。
それは冷たいという意味ではなく、むしろ逆だった。感情があるからこそ、安易に崩せない緊張感が常にそこにあった。
セリナにとって、剣術は人生そのものだった。
誰かの隣にいることも、誰かに想われることも、剣を置いてまで選ぶものではない。だからこそ彼女は、最初から条件を口にしたのだ。剣を基準にできない関係なら、最初から持たないと決めていた。
カルディも、その覚悟を理解していた。
公爵家の次男という立場や、周囲の評価は、セリナの前では何の意味も持たない。彼女が見るのは、肩書きでも血筋でもなく、剣を通した実力と在り方だけだった。
だから二人は、恋人でありながら、同時に剣士でもあった。
稽古場では容赦なく刃を交え、勝敗を分け、互いの弱さを突き合う。甘さはなく、遠慮もない。その時間こそが、二人を繋ぎ止めていた。
だがその関係は、常に危うさを孕んでいた。
強さで結ばれた関係は、強さで壊れる可能性を同時に持つ。剣を基準に選んだ以上、剣が結果を出した時、逃げ道はない。
それでもセリナは、その道を選んだ。
自分が尊敬できない相手と、曖昧な関係を続けることはできない。剣士として、ひとりの人間として、その誇りだけは曲げられなかった。
カルディもまた、分かっていた。
この関係が続くかどうかは、剣術大会の結果次第であることを。
だからこそ、剣を握る手に迷いはなかった。
誰も知らない約束が、二人の間に横たわったまま、次の大会は静かに近づいていた。
その約束を知っている者は、二人しかいなかった。
セリナとカルディ、ただそれだけだ。
剣術大会が近づくにつれて、学院の空気は自然と熱を帯びていった。
一年に一度の大舞台。実力を示し、名を上げるための場。生徒たちはそれぞれの目標を胸に、日々の鍛錬に拍車をかけていた。
周囲から見れば、セリナとカルディは理想的な恋人同士だった。
実力も釣り合い、並び立てば誰もが目を引く。稽古の合間に交わす短い言葉や、互いを信頼しているからこその距離感は、成熟した関係にすら見えた。
だが、その裏で……
剣が振られるたび、勝敗が語られるたび、セリナの胸には小さな棘のような意識が残り続けていた。
(もし、私が勝ったら)
考えないようにしても、思考はそこに戻ってしまう。
約束は約束だ。剣術で決めると、あの時は確かに自分で言った。
カルディもまた、何も知らないふりをして剣を振っていた。
だが、彼の中にも覚悟はあった。負ければ終わる……そんなことは聞いていない。それでも、剣士として、恋人として、負けるつもりはなかった。
二人とも、同じ方向を向いているようで、実は違う場所を見ていた。
セリナは「勝った先」を。
カルディは「勝ち続ける未来」を。
誰にも打ち明けられない約束は、重く、静かに二人の間に横たわり続ける。
それでも剣を置くことはなかった。
剣術大会は、もう目前だった。
そしてその舞台が、二人の関係の行方を決めることになるとは……まだ誰も知らなかった。
16.三年目剣術大会・決勝
三年目の剣術大会当日、学院全体がざわめきに包まれていた。
観覧席には生徒だけでなく、教員や上級生の姿も多く、決勝戦を待ちわびる熱気が空気を震わせている。
ルーメンとエアリスも、その中にいた。
二人並んで観客席に腰を下ろし、視線の先にある試合場を見つめている。
「今年も決勝、セリナ姉だね」
ルーメンが自然と口にすると、エアリスは大きくうなずいた。
「うん。相手も……カルディさんだよね。二年連続なんて、すごいよ」
すでにそれは、学院の中ではちょっとした伝説になりつつあった。
剣術大会の決勝で、同じ二人が顔を合わせる……それ自体が、二人の実力を雄弁に物語っている。
試合場の中央に立つセリナは、いつもと変わらない表情をしていた。
背筋を伸ばし、剣を構え、無駄な力の抜けた立ち姿。
だが、その内側では、確かな緊張が渦を巻いている。
(負けられない)
それは剣士としての誇りだけではない。
自分で口にした約束が、まだ胸の奥で生きている。
一方、カルディもまた静かに剣を握っていた。
表情は落ち着いているが、瞳の奥には鋭い集中が宿っている。
(今度こそ)
何を賭けているのかは、彼自身も正確には言葉にできなかった。
ただ、セリナの前で、剣士として負けるわけにはいかない……その思いだけが、全身を貫いている。
合図とともに、剣がぶつかり合った。
鋭い音が響き、試合は一気に加速する。
互いに三型聖位。技量は拮抗し、攻防は一進一退を繰り返した。
一本。また一本。
気がつけば、得点は四対四。
会場全体が息を呑む。
「あと一本……」
エアリスが小さく呟くと、ルーメンも無言でうなずいた。
制限時間は十分。
だが、残り時間は刻一刻と削られていく。
そして……残り一分。
張り詰めた空気の中で、ほんの一瞬、カルディの動きがわずかに乱れた。
疲労か、焦りか、それとも……。
その瞬間を、セリナは見逃さなかった。
(今だ)
踏み込み。迷いのない一撃。
剣が交差し、次の瞬間、勝敗を告げる声が響いた。
「セリナ……一本!」
会場が、一拍遅れて爆発したように湧き上がる。
勝者の名が呼ばれ、歓声が渦を巻く。
セリナは一瞬、信じられないような表情を浮かべた。
だがすぐに、剣を掲げ、両手を高く上げる。
勝った。優勝した。
その顔には、喜びと……ほんのわずかな、不安が入り混じっていた。
一方、カルディは、膝から崩れ落ちたまま動かなかった。
剣を落とし、視線は虚ろに地面を見つめている。
歓声の中で、ただ一人、音が遠ざかっていくような沈黙に包まれていた。




