学院1年セリナ編 第六十六章 セリナとの再会③ セリナの彼氏
席に着くと、セリナが一度場を見回し、自然に口を開いた。
「じゃあ、改めてね」
その一言で、食卓の空気がはっきりと切り替わる。ルーメンは背筋を伸ばし、まず自分から名乗った。
「初めまして。姉、セリナの弟の、ルーメン・プラム・ブロッサムです。いつも姉がお世話になっています。どうぞ、よろしくお願いします」
言葉を選び、丁寧に頭を下げる。弟としての礼儀であり、学院生としての礼でもあった。自分が“大魔術師”と噂されていることは承知しているが、こういう場ではそれを前に出すつもりはなかった。
続いて、エアリスが少し緊張した様子で姿勢を正す。
「初めまして。ルーメンの幼馴染の、エアリス・ゼフィラです。よろしくお願いします」
その声は落ち着いていて、学院生らしい品があった。セリナはそんな二人の様子を見て、どこか満足そうに微笑む。
向かいに座る青年……セリナの隣に座る彼は、二人の挨拶を静かに受け止め、軽く頷いた。その立ち振る舞いには、年齢以上の落ち着きと余裕が感じられる。
ルーメンとエアリスの挨拶を受けて、セリナの隣に座る青年が、ゆっくりと口を開いた。
「初めまして」
声は落ち着いていて、無理に威圧するような響きはない。だが、その佇まいには自然と人の目を引くものがあった。
「カルディ・ハクエ・サランディーノです。セリナさんと、お付き合いさせてもらっています。どうぞ、よろしく」
そう言って、軽く頭を下げる。その所作は洗練されていて、育ちの良さを隠そうともしていなかった。
セリナは少し照れたように視線を逸らしつつ、すぐにいつもの調子で補足する。
「彼ね、サランディーノ公爵家の次男なの」
その一言で、ルーメンは内心わずかに驚いた。公爵家……名家の名が出たにもかかわらず、カルディ本人は誇示する様子もなく、ただ穏やかに座っている。
「剣術もすごいのよ。三つの型、全部が聖位。職業判定では騎士って出てるし、剣術大会も、一年の時は準優勝、二年の時は優勝」
そう言ってから、セリナはわざと胸を張った。
「……この私に勝ったのよ。強いんだから」
冗談めかした言い方だったが、その言葉の裏には、確かな評価と信頼があった。カルディは肩をすくめて苦笑する。
「まあ、そんなところかな」
謙遜とも、事実の受け止めとも取れる言い方だった。剣士としての自信はあるが、それを振りかざすタイプではないらしい。
ルーメンは、セリナが選んだ相手なのだと、自然に納得していた。強さだけでなく、その在り方そのものが、姉と釣り合っているように見えたからだ。
セリナは、カルディの言葉に少しだけ眉をひそめた。
「そんなところ、じゃないでしょ」
そう言ってから、ルーメンの方を見て、少しだけ声の調子を変える。
「本当はね、一年の時に私が優勝して、二年の時は準優勝だったの。悔しくて仕方なかったわ。今年こそは絶対に優勝するつもりだった」
その言葉には、剣士としての純粋な悔しさが滲んでいた。
「でも、その二年の時に私に勝ったのが、この人。正直、最初は腹が立ったし、認めたくなかった」
一瞬だけ、セリナの視線が遠くを見るようになる。
「だけど、剣を交えたら分かるのよ。努力してきた人間かどうかは」
カルディは何も言わず、ただ静かにセリナの話を聞いている。その態度が、彼女の言葉に嘘がないことを裏付けていた。
「しつこくされて、剣で勝てたら付き合ってもいいって言ったのは、私の方。でもね……本当に勝たれるとは思ってなかった」
そう言って、セリナは小さく肩をすくめる。
「約束は約束だから。仕方なく、って言いたいところだけど……今は、ちゃんと認めてる」
その「認めてる」という言葉は、剣士としても、恋人としても、同じ重さを持っていた。
ルーメンは、姉のその表情を見て、はっきりと理解した。セリナはもう、家を出た姉ではなく、一人の剣士として、そして一人の女性として、自分の人生を歩いているのだと。
「……そっか」
短くそう返しながら、胸の奥に、少しだけ寂しさと、確かな誇らしさが混じるのを感じていた。
話題が一段落したところで、カルディが改めてルーメンの方を向いた。
「それにしても……君が例の“大魔術師”なんだよね?」
その言い方には、揶揄や誇張はなく、純粋な確認の響きがあった。
「大水晶にそう出たって話、本当なの?」
「はい、本当です」
ルーメンは素直にうなずいたが、すぐに少し困ったように笑う。
「でも、正直あまり実感はなくて……噂になっているみたいで、ちょっと恥ずかしいです」
「恥ずかしがることじゃないと思うけどな」
カルディは肩をすくめる。
「剣術の世界でも、噂になるほどの実力っていうのは、それだけで敬意を払われるものだよ。ましてや大水晶がそう示したなら、堂々としていればいい」
その言葉は、剣士としての価値観から出た、率直な評価だった。
「学院には魔術大会もあるだろう?」
「はい、聞いています」
「なら、ぜひ見に行きたい。どんな魔術を使うのか、興味がある」
思いがけず真っ直ぐな視線を向けられ、ルーメンは一瞬言葉に詰まったが、すぐに小さく息を吸って答えた。
「……ありがとうございます。堂々と、ですね。頑張ってみます」
その様子を見て、セリナはどこか満足そうに、エアリスは少しだけ複雑そうに、二人とも黙ってルーメンを見ていた。
こうして昼食の時間は、噂や肩書きだけでは測れない、それぞれの立場と距離を確かめ合う場として、静かに流れていった。
翌日、授業の合間の休憩時間。
エアリスは、どこか言いたいことがある様子で、ルーメンの隣に腰を下ろした。
「ねえ、ルーメン。昨日会った、カルディさんのことなんだけど」
その切り出し方だけで、ただの世間話ではないことが分かる。
「噂、聞いたよ」
「噂?」
ルーメンが首を傾げると、エアリスは少し声を落として続けた。
「かっこいいでしょ? それに、公爵家の次男っていうのもあって、学院じゃ有名人なんだって。告白する人、ほんとに後を絶たないらしいよ」
「へえ……」
正直、昨日の落ち着いた態度からは、そこまで騒がれる人物には見えなかった。
「でもね、全部、断り続けてたんだって。ずっと前から“好きな人がいる”って言って」
ルーメンは、その言葉に一瞬だけ目を瞬かせる。
「その相手が……」
「うん。セリナさんだった、って話」
そう言って、エアリスは小さく息を吐いた。
「剣も強くて、美人で、しかも優しいって……そりゃ、人気出るよね」
噂として聞くと、改めてその凄さが際立つ。
「ほんと、セリナ姉はすごいよね」
ルーメンは、素直にそう答えた。
「僕から見ると、どうしても“セリナ姉”なんだけどさ。でも、そんな人に見初められるなんて……」
「でしょ?」
エアリスは軽くうなずく。
「同性の私から見ても、かなり綺麗だし。鍛え上げられてて、立ち姿もきれいで……正直、憧れるところもあるよ」
「……そんなもんかね」
「そんなものだよ」
エアリスは、当たり前のように言った。
その言葉の奥に、少しだけ複雑な感情が混じっていることを、ルーメンはまだはっきりとは理解できていなかった。




