学院1年セリナ編 第六十六章 セリナとの再会② セリナの告白
「……あんまり、大きな声では言えないんだけど」
セリナはそう前置きしてから、少しだけ視線を逸らした。
普段の剣士らしい堂々とした態度とは違い、どこか落ち着かない。
「私に勝った人が……私の彼氏なのよ」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
ルーメンは瞬きをしてから、ようやく理解する。
「……え?」
「だから、剣術大会で私に勝った人」
セリナは肩をすくめ、照れを隠すように早口で続けた。
「剣術に集中したいから、最初は断ってたの。でも、あんまりしつこくてね。『私に剣で勝てたら付き合ってもいい』って言ったら……本当に勝っちゃったのよ」
その言い方は軽い。
だが、そこに込められているのは、剣士としての誇りと、約束を守るという信念だった。
「約束だから……仕方なく、って感じなんだけど」
そう言ってから、セリナはわずかに口元を緩めた。
否定しきれない感情が、その一瞬の表情に滲んでいる。
ルーメンは、言葉を選びながら姉の顔を見る。
「……セリナ姉」
「なに?」
「その人、すごく努力したんだろうね」
セリナは、ほんの一瞬だけ目を見開いたあと、ふっと笑った。
「そうね。認めたくないけど……私が本気で剣を振る相手に、正面から勝ったんだから」
その言葉は、恋人としてではなく、剣士としての評価だった。
セリナにとって、それ以上の信頼はない。
「セリナ姉、彼氏できたんだね」
ルーメンは、素直にそう言った。
「おめでとう」
少し驚いたように、セリナは目を瞬かせる。
「……ありがとう。弟にそう言われると、なんだか変な感じね」
「でも、セリナ姉に勝ったってことは、相当強いってことでしょ?」
「ええ。だから悔しいし、だから認めてる」
セリナは、強さを基準に人を見る。
そして、強さを理由に誰かを選ぶことも、決して恥じない。
ルーメンは、その姿に、姉の「自立」をはっきりと感じていた。
セリナの言葉を聞き終えて、ルーメンは一度だけ息を吸った。
胸の奥に浮かんだのは、驚きよりも先に、妙な納得だった。
(……そりゃ、そうだよな)
剣術に打ち込み、誰よりも強くなろうと努力してきた姉だ。
そのセリナに正面から勝った相手がいるという事実は、意外でありながらも、同時に自然だった。
「その人……セリナ姉に勝つために、相当頑張ったんだろうね」
ルーメンがそう言うと、セリナは一瞬だけ視線を伏せた。
「……ええ。私も、そう思うわ」
それは恋人を庇う言葉ではなく、剣士としての評価だった。
セリナは、剣で語り、剣で相手を認める。
「だからね」
セリナは腕を組み、少しだけ得意げに言った。
「簡単な相手じゃないのよ。私が負けたんだから」
その言葉に、ルーメンは苦笑した。
「セリナ姉らしいな」
「なによ、それ」
「強さで相手を見るところ。昔から変わってない」
そう言われて、セリナは一瞬だけ言葉に詰まり、それからふっと息を吐いた。
「……弟に見抜かれるなんて、癪ね」
だが、その声音には嫌な響きはなかった。
むしろ、自分を理解されていることへの安堵が混じっている。
「今度、挨拶するから紹介してよ」
ルーメンは、自然な調子でそう言った。
「セリナ姉が選んだ人なら、ちゃんと知っておきたい」
セリナは一瞬、驚いたような顔をしてから、少しだけ口角を上げた。
「……そうね。考えておくわ」
その返事は、姉としてではなく、一人の女性として受け止められたことへの、静かな承認だった。
ルーメンは、そのやり取りの中で気づいていた。
セリナはもう、「守るべき姉」ではない。
自分で選び、自分で戦い、自分で責任を取る場所に立っている。
(……追いかける背中じゃなくなったんだな)
そう思うと、少しだけ寂しく、けれど誇らしかった。
セリナは、ふっと視線を廊下の奥へ向けた。次の授業が近いことを知らせる、わずかな気配を察したのだろう。大人びた表情のまま、けれど少し名残惜しそうに、彼女は息をついた。
「……もうすぐ授業ね」
その一言で、短い再会の時間が終わりに近づいていることを、ルーメンも実感する。久しぶりに会えた姉は、昔と変わらない温度を持ちながら、確かに学院の中で自分の立場を築いていた。その距離感が、嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。
「ルーメン」
セリナは、思い出したように声を落とす。
「さっき話したけど……彼氏もね、大魔術師を一度見てみたいって言ってるの。噂になってる弟だもの」
からかうような口調ではあるが、そこに悪意はなく、むしろ家族としての自然な誇りが滲んでいた。
「だから、明日の昼休み、食堂で一緒にご飯を食べましょう」
唐突だが、学院という場所では自然な提案だった。公の場で、きちんと顔を合わせる。その方が、互いにとって余計な誤解も生まれない。
「うん、わかったよ」
ルーメンは素直にうなずいた。
「ちゃんと挨拶するから、紹介してよ」
弟として、そして一人の学院生として。セリナの選んだ相手に礼を尽くすのは、当然のことだと思えた。
「ふふ、そう言うと思った」
セリナは満足そうに微笑み、軽く手を振る。
「じゃあ、また明日ね。授業、頑張りなさいよ、大魔術師さん」
そう言い残して、彼女は自分の教室へと足早に戻っていった。その背中を見送りながら、ルーメンは、学院という場所で姉と弟が交差する、今の距離を静かに噛みしめる。
すぐに鐘が鳴り、休憩時間は終わった。
ルーメンもまた、自分の席へと戻り、次の授業に意識を切り替えた。
翌日の昼休み。
授業の終わりを告げる鐘が鳴ると同時に、教室の空気は一気に緩んだ。ルーメンは席を立ち、隣に座るエアリスへと視線を向ける。
「行こうか」
「うん」
短い返事を交わし、二人で並んで食堂へ向かう。
イーストレイク学院の食堂は広く、昼時ともなれば人の流れが絶えない。各学年、各学科、そして様々な職業判定を受けた生徒たちが入り混じり、賑やかなざわめきが常に満ちている。
食堂に入った瞬間、エアリスが小さく「あ」と声を漏らした。
「もう来てるみたいだね」
視線の先、窓際の少し広めの席に、見慣れた後ろ姿があった。背筋を伸ばして座るセリナと、その向かいに座る見知らぬ男子生徒。さらに空いた席が二つ、明らかにこちらを待っている配置だった。
「席、取ってくれてるね」
ルーメンはそう言いながら、自然と背筋を正す。昨日の再会の続きとはいえ、今日は“紹介の場”だ。弟としての顔だけでなく、一人の学院生として、きちんと振る舞わなければならない。
二人はまず料理を受け取り、それぞれの盆を手に席へと向かった。近づくにつれて、セリナがこちらに気づき、軽く手を振る。
「こっちよ」
その声に導かれ、ルーメンとエアリスは席に着いた。食堂の喧騒の中にありながら、この小さな円卓だけが、どこか改まった空気を帯びているように感じられた。
ルーメンは一度深呼吸し、心の中で小さく気持ちを整える。
……ここからが、本当の“顔合わせ”だ。
そう思いながら、ルーメンは視線を上げ、向かいに座る人物と正面から向き合った。




