学院1年セリナ編 第六十六章 セリナとの再会① セリナとの再会
第六十六章 セリナとの再会
休憩時間、教室の扉の外がわずかにざわついた。
いつもの学院の昼前の空気だと思っていたその中に、聞き慣れた声が混じった気がして、ルーメンは顔を上げた。次の瞬間、その声の正体がはっきりする。
「ルーメン、久しぶり」
振り向いた先に立っていたのは、姉のセリナだった。
一瞬、言葉を失った。
最後に会ったときより、確実に大人びている。輪郭の整った顔立ちはそのままに、表情には余裕があり、立ち姿には剣士特有の芯の強さが宿っていた。学院の制服越しでも分かるほど、無駄のない体つきで、日々剣術に打ち込んでいることが自然と伝わってくる。
「……セリナ姉」
呼びかけると、セリナはにっと笑った。
「大きくなったわね。もうすっかり学院生って感じじゃない」
その言葉に、ルーメンは少し照れたように視線を逸らす。自分ではまだ実感が薄いが、こうして姉に言われると、確かに時間は進んでいるのだと思わされる。
「噂はちゃんと聞いてるわよ」
セリナは腕を組み、どこか楽しそうに続けた。
「大魔術師が入学してきたって話。最初は誰のことかと思ったけど……すぐ分かったわ。ルーメンのことでしょ?」
その言い方には、驚きよりも納得が含まれていた。
「ルーメンの魔術、すごいもの。流石じゃない。やっぱり私の弟ね」
誇らしげにそう言われ、ルーメンの胸の奥が少しだけ温かくなる。同時に、学院中に広がっている自分の噂を、改めて突きつけられた気もして、落ち着かない。
「そんなに噂になってるんだ……なんだか恥ずかしいな」
正直な気持ちを口にすると、セリナはくすりと笑った。
「何言ってるの。誇っていいのよ」
その声は、弟を見上げるものではなく、同じ学院に立つ者としての落ち着いた響きを帯びていた。
休憩時間という短いひとときの中で、ルーメンははっきりと感じていた。目の前にいる姉は、もう「守られる側」ではなく、学院という場所で自分の道を歩いている存在なのだ、と。
「でも、本当に驚いたのよ」
セリナはそう前置きしてから、少しだけ声を落とした。
「学院って、噂が広まるのが早いでしょう。しかも今回は“大水晶が異常反応を起こした”なんて話まで出てきてね。最初は誇張だと思ったけど……」
そこまで言ってから、じっとルーメンを見る。
「やっぱり、あなたのことだった」
断定の口調だった。疑いは一切ない。
「すごいじゃない。大魔術師なんて、簡単になれるものじゃないのに」
その言葉に、ルーメンは肩をすくめた。
「自分では、あんまり実感ないよ。たまたま、できることをやってきただけで……」
謙遜というより、本心だった。
自分の魔術が特別だと言われても、危機に直面すれば必死になるだけで、何かを誇れる感覚は薄い。
だが、セリナは首を横に振った。
「そういうところよ」
少し呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑う。
「昔からそうだった。できることを“特別だ”って思わないで、当たり前みたいにやる。だから周りが驚くの」
そして、少し間を置いて、柔らかい声で続けた。
「……本当に、立派になったわね」
その言葉には、姉としての感慨が滲んでいた。
弟が遠くへ行ってしまったという寂しさではなく、きちんと自分の足で立っていることへの安堵と誇り。
ルーメンは、思わず照れたように視線を外した。
「セリナ姉のほうこそ、大人っぽくなったよ。もうすぐ成人だもんね」
「ふふ、そうね」
セリナは軽く髪をかき上げた。
「学院に来て、色々あったから。剣術だけじゃなくて、人付き合いもね」
その一言に、ルーメンは気づく。
姉はもう、“家族の中の姉”だけではなく、学院という社会の中で、自分の立場と関係を築いているのだと。
「でもさ」
セリナは、最後に少しだけ茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「どんなにすごくなっても、ルーメンはルーメンよ。私の弟」
その言葉に、ルーメンの胸の奥が静かに満たされる。
評価されることよりも、その距離感が変わっていないことが、何よりも嬉しかった。
「そういえば……」
セリナは思い出したように言って、腰に提げた剣の柄に軽く手を置いた。
「剣術の調子はどう?って聞きたいところだけど、もう噂は耳に入ってるでしょう?」
「噂?」
ルーメンが首を傾げると、セリナは少し悔しそうに笑った。
「一年目は、優勝したのよ」
さらりと言ったが、その言葉には確かな自信があった。
剣術に打ち込み、結果を出した者だけが持つ、静かな誇り。
「でも二年目は……準優勝」
その瞬間、セリナの目がきゅっと細くなる。
「負けたのが悔しくてね。自分では完璧だと思ってた試合だったから」
ルーメンは素直に感心した。
「それでも準優勝なんだ。すごいよ、セリナ姉」
「慰めはいらないわ」
そう言いながらも、口元には負けず嫌いな笑みが浮かぶ。
「だから、今年は絶対に優勝するつもり。三年目で、きっちり取り返す」
その言葉は宣言だった。
剣術を道として選び、そこで頂点を目指す者の覚悟。
「大会、見に来なさいよ」
不意に、こちらを指差して言う。
「せっかく同じ学院にいるんだもの。弟に優勝する姿、ちゃんと見せてあげる」
「もちろん行くよ」
「セリナ姉が優勝するところ、見逃すわけないじゃない」
その返事に、セリナは満足そうに頷いた。
「そう言ってくれるなら、頑張りがいもあるわね」
短いやり取りだったが、そこには昔と変わらない姉弟の関係と、それぞれが選んだ道への敬意があった。
魔術の道を進む弟と、剣術の頂点を目指す姉。
違う道を歩みながらも、互いの背中を認め合っている。
「それにね……」
セリナは少し声の調子を落とし、周囲を一瞬だけ見回した。休憩時間のざわめきの中で、二人の距離だけが、ふっと近づいたように感じられる。
「私より強い人が、ちゃんといるってことも分かったの」
その言葉は、どこか淡々としていた。
けれど、そこに含まれている意味の重さを、ルーメンは直感的に理解した。
剣術の世界で「自分より強い相手がいる」と認めることは、敗北を認めること以上に、自分の限界と向き合うということだ。
それは逃げれば楽になる現実でもある。
「……でも」
セリナはすぐに続ける。
「それで終わりにするつもりはないわ。負けたからこそ、分かったこともある。私、まだ伸びるって」
その言葉に、迷いはなかった。
敗北を理由に折れるのではなく、次の段階へ進むための材料として受け止めている。
ルーメンは、そこで初めて気づいた。
……セリナ姉は、もう「守られる側」じゃない。
家を出て、学院で剣術に身を投じ、勝ち、負け、選び続けている。
弟である自分が知らないところで、姉は確実に「自分の世界」を広げていた。
「すごいよ、セリナ姉」
思わず、そう口にしていた。
「僕、セリナ姉がずっと強いのは知ってたけど……今の話を聞いて、改めて思った」
セリナは肩をすくめる。
「何よ、改まって」
「ううん。ただ……」
ルーメンは少しだけ言葉を探し、素直に続けた。
「姉としてじゃなくて、一人の剣士として、すごいなって」
一瞬、セリナは目を丸くした。
それから、照れ隠しのように鼻で笑う。
「……弟にそんなこと言われる日が来るなんてね」
だが、その声はどこか嬉しそうだった。
姉と弟。
同じ家で育った二人は、いつの間にか、互いに「違う世界を生きる存在」になっている。
その事実を、ルーメンはこの短い会話の中で、はっきりと感じ取っていた。




