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学院1年セリナ編 第六十五章 イーストレイク学院入学① 父からの贈り物

第六十五章 イーストレイク学院入学


イーストレイク学院への入学を翌日に控えた夜、ブロッサム家の食卓には、いつもより少しだけ多くの皿が並んでいた。

母さんが朝から台所に立ち、手間を惜しまず作った料理ばかりだと、一目で分かる。香りも、色合いも、どれも見慣れているはずなのに、今夜に限っては特別な意味を帯びて感じられた。


俺は席に着きながら、胸の奥で静かに息を整えていた。明日、ここを出る。正確に言えば、帰れなくなるわけじゃない。休暇があれば戻ってこられるし、家はここにある。それでも、毎日のようにこの食卓を囲む日常は、もう戻らないのだと、否応なく理解してしまっていた。


母さんはいつも通りの笑顔で料理を運びながら、どこか落ち着かない様子も隠していなかった。声は明るいのに、動きが少しだけ丁寧で、ひとつひとつの所作に時間をかけているように見える。それはきっと、送り出す覚悟を固めるための時間でもあったのだと思う。


父さんも、エレナも、特別なことは言わなかった。いつもと同じように「いただきます」と言い、同じように箸を伸ばす。ただ、その沈黙の中に、全員が同じことを考えている気配があった。明日から、生活が変わる。家族の形そのものが、少しずつ変わっていく。


俺は料理を口に運びながら、その味を忘れないように噛みしめた。母さんの作るこの味も、父さんが座るこの位置も、エレナが無邪気に食べる姿も、すべてが今夜のままで止まっていてほしいと思ってしまう。でも同時に、前に進かなければならないことも、もう分かっている。


誕生日を過ぎ、職業判定を終え、そして学院へ行く。これは偶然の流れじゃない。俺が選び、家族が支え、積み重ねてきた結果だ。そう自分に言い聞かせながら、俺は静かに食卓の光景を胸に刻んだ。


この夜が、家族と過ごす「最後のいつもの夜」になることを、全員が言葉にせず理解していた。


食事が一段落したところで、父さんが席を立った。無言のまま奥の部屋へ向かい、しばらくして戻ってくる。その手には、布に包まれた細長いものがあった。


「ルーメン」

低く落ち着いた声で呼ばれ、俺は背筋を伸ばす。父さんは包みを机の上に置き、ゆっくりと布をほどいた。

現れたのは一本の剣だった。装飾は控えめだが、柄の根元には、はっきりとブロッサム家の家紋が刻まれている。特注品だと、見ただけで分かる造りだった。


「魔術師であっても、だ」

父さんはそう前置きしてから、剣をこちらへ差し出した。


「ルーメンは剣も使える。いざという接近戦の時、これを使いなさい」

セリナ姉の剣ほど長くはないが、手に取ると刃の鋭さが伝わってくる。重すぎず、軽すぎない。実戦を想定した、現実的な剣だった。魔術の杖をもらったばかりなのに、さらに剣まで用意してくれていたことに、胸の奥が熱くなる。

「父さん、ありがとう」

自然と、そう口にしていた。


「光属性の杖ももらってるのに、剣まで……すごく心強いよ。この剣があれば、いざという時に対処できる。本当にありがとう」

父さんは小さく笑った。


「大魔術師に剣なんか興味がないんじゃないかと思ってな。だが、そう言ってもらえるなら、準備した甲斐があった」

そう言って、家紋の刻まれた部分を軽く指で叩く。


「魔術は近距離戦に不利だ。何が起こるか分からん場所へ行くんだ、身につけておけ。何しろ、ブロッサム家の家紋入りだからな」

魔術と剣。その両方を託されたのだと、はっきり理解した瞬間だった。守られる子どもとしてではなく、生き延びる者として送り出されている。その重みが、剣の感触と一緒に、確かに手の中にあった。


剣を受け取ったあと、俺はしばらく黙ってそれを見つめていた。机の上には、すでに受け取っていた光属性の杖も置かれている。

杖と剣……魔術師として、そしてブロッサム家の一員として、生きていくための二つの道具が、同時に並んでいた。


正直に言えば、少し戸惑いもあった。

魔術を極めると決めた自分が、ここまで現実的な備えを受け取るとは思っていなかったからだ。けれど、それは父さんなりの覚悟であり、送り出し方なのだと、すぐに分かった。


魔術だけでは、すべてを守れない。

魔術だけでは、生き延びられない場面もある。

その現実を、父さんは剣という形で突きつけてきたのだ。


杖は、学びの象徴だ。

剣は、生き延びるための象徴だ。


どちらも欠けてはいけない。どちらか一方に寄ることも許されない。俺は今、守られる側から、選び、判断し、踏みとどまる側へと移ろうとしている。その境目に立たされているのだと、はっきり自覚した。


「大丈夫だよ、父さん」

思わず、そんな言葉が口をついた。自分に言い聞かせるようでもあり、父さんに向けた言葉でもあった。


「ちゃんと使う。杖も、剣も。どっちも無駄にはしない」

父さんは何も言わず、ただ一度だけ、力強くうなずいた。その仕草だけで、十分だった。俺は剣を大切に布へ包み直し、心の中で静かに誓う。


……これは、武器だ。

……同時に、託された覚悟そのものだ。

その重みを、俺はもう、軽く扱うことはできない。


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