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学院1年セリナ編 第六十四章 職業判定④ 特別生と配慮

校長の合図で、先ほどまで控えていた職員が部屋に入ってきた。

手には書類の束を抱えている。

「特別生について、簡単に説明します」

職員はそう前置きし、淡々と読み上げていく。


「原則として、特別生は一般生とは別の教室で授業を受けます。進度、内容ともに個別調整が行われ、研究や実践に割かれる時間も増えます」

校長は黙って頷き、説明を続けるよう促している。


「学院の施設利用についても、一部優先権が与えられます。研究棟、魔術演算室、文献庫など……」

その言葉を聞きながら、俺の胸の奥には別の思いが浮かんでいた。

(……エアリスは)

同じ学院に通う。

同じ魔術の道を目指す。

それなのに、俺だけが隔離されるような形になるのは、正直、望んでいなかった。


説明が一区切りついたところで、校長がこちらを見る。

「何か、要望はあるかね?」

一瞬、迷った。

だが、今言わなければ、後悔する気がした。


「……あります」

校長の目が、興味深そうに細められる。

「特別生としての扱いは理解しました。ただ……」

言葉を選びながら、続ける。

「できれば、一般生と同じ教室で授業を受けさせてください。同郷の子がいて、その方が……助かります」

職員が、少し驚いたように目を見開く。


校長は、しばらく俺を見つめたあと、静かに口を開いた。

「理由は?」

俺は、正直に答えた。

「魔術の道を、一緒に進みたい仲間がいます。俺一人だけ特別扱いされるより……その方が、力になると思います」

校長は、ふっと小さく笑った。

「なるほど。君らしい答えだ」

そう言って、職員の方へ視線を向ける。


「特別生の権限で、それくらいは問題ない。希望は受け入れよう」

胸の奥で、緊張がほどける。

「ありがとうございます」

「他に、要望は?」

少し考えたが、今は思いつかない。

「……今は大丈夫です。入学してから、困ったことがあれば、相談させてください」

「それでいい」

校長は満足そうに頷いた。


こうして、俺は“特別生”としての立場を得た。

だが同時に、自分なりの居場所も、守ることができた気がしていた。


校長の言葉を受けて、胸の奥に張りつめていたものが、静かにほどけていくのを感じた。特別生という立場は、便利であると同時に、孤立を生むものでもある。だが、その孤立を最初から受け入れるつもりはなかった。魔術の道は一人で進むものではない。少なくとも、俺にとってはそうだった。


校長は職員に向かって簡単に指示を出す。

「一般生と同室、席についても配慮する。希望は通しておこう」

その一言で、今後の学院生活の輪郭が、はっきりと形を持ち始めた。


「ありがとうございます」

と頭を下げながら、俺の脳裏にはエアリスの顔が浮かんでいた。判定の直前まで不安そうにしていたこと、結果が出たあとに見せた安堵の表情、そして、すれ違いざまにかけてくれた短い言葉。あの一言がなければ、大水晶の前で平静を保てたかどうか分からない。


特別生としての自由があるからこそ、誰と並んで学ぶかを選べる。その選択肢を与えられたとき、迷いはなかった。同郷で、同じ道を目指し、これまでずっと隣を歩いてきた存在がいる。それを手放す理由はどこにもない。


校長は穏やかな口調で言った。

「君は自分の力だけでなく、人との関係も大切にするタイプだ。それは決して弱さではない」

その言葉を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた気がした。理解されるとは、こういうことなのかもしれない。


こうして、特別生という肩書きを得ながらも、俺は自分の居場所を選び取った。隔離された才能ではなく、誰かと並び立つ力として、学院に立つ。その第一歩が、静かに、しかし確かに踏み出されたのだった。


職業判定を終えた子どもたちが、順に学院の外へと誘導されていく。ざわついていた空気は、結果が出揃うにつれて次第に落ち着きを取り戻し、広場には疲労と安堵が入り混じった独特の静けさが残っていた。


俺は職員に案内され、待機していた別室を出ると、そのまま帰りの馬車へ向かうよう指示を受けた。学院の敷地を歩きながら、ようやく一連の出来事が現実として体に戻ってくる。


(……終わったんだな)

ただの判定の日のはずだった。

それが、ここまで大きな節目になるとは、正直思っていなかった。


馬車の前には、すでにエアリスが立っていた。こちらに気づくと、少し駆け寄るように近づいてくる。その表情には、判定の場では見せなかった不安が、まだはっきりと残っていた。


「ルーメン……何か、あった?」

声を潜めての問いかけ。

周囲には他校の生徒や引率の教師もいるが、それでもエアリスは、俺の異変を見逃さなかった。


「……ちょっとね」

そう答えてから、馬車に乗り込む。エアリスもすぐ後に続き、扉が閉まると、ようやく二人きりの空間になった。馬車が動き出し、車輪の音が規則的に響き始める。


「大水晶の光り方はすごかったよ……すごく眩しかった」

エアリスは言葉を選びながら、俺の顔を覗き込む。

心配しているのが、痛いほど伝わってきた。


「別室に呼ばれてさ。校長と話をしてきた」

そう前置きしてから、俺は判定の結果と、その後に起きたことを、できるだけ落ち着いて説明した。


『調律癒し大魔術師』という職業名。前例がほとんどないこと。特別生の中でもさらに特別な扱いになるかもしれないという話。

エアリスは黙って聞いていたが、途中から小さく眉を寄せ、最後には息を吐いた。


「……正直、よく分からないけど」

そう言って、はっきりと続ける。

「でも、すごいことだけは分かるよ。ルーメンが、ただの魔術師じゃないってこと」

その言葉に、胸の奥が少し温かくなった。


「それとね」

エアリスは、少しだけ言いづらそうにしながらも、続けた。

「特別生って、別の教室になるんでしょ?」

「本来はね。でも……お願いして、一般生と同じ教室にしてもらった」

そう言うと、エアリスの目が大きく開いた。


「え……?」

「エアリスがいるから。できれば、隣の席でって」

一瞬、言葉を失ったように見えたが、次の瞬間、エアリスはぱっと表情を明るくした。

「……本当に?」

「本当だよ」

その場の空気が、一気に緩む。

張り詰めていた糸が、ようやく切れたような感覚だった。


「ありがとう、ルーメン」

エアリスはそう言って、周囲に人がいないことを確かめると、ためらいなく俺に抱きついてきた。

突然のことで、体が一瞬固まる。

(……ああ、相当、不安だったんだな)

そう思った瞬間、拒む気持ちは消えた。

俺は何も言わず、そのまま受け止める。


馬車は静かに進み、窓の外には見慣れた帰り道の景色が流れていった。

この日、二人は同じ未来へ向かっているのだと、改めて確かめ合ったのだった。


エアリスの体温が、服越しに伝わってくる。抱きつく力は強くないが、離れまいとする意志だけが、はっきりと感じられた。馬車の揺れに合わせて、肩口がわずかに動くたび、胸の奥が静かに締めつけられる。


(……怖かったんだ)

職業判定そのものよりも、その先にある「離れてしまうかもしれない未来」を、エアリスは恐れていたのだと思う。別室での説明や特別生という言葉が、彼女の不安を増幅させたのだろう。だからこそ、同じ教室で、隣に座れると聞いた瞬間、張り詰めていたものがほどけた。


俺は、そっと息を整え、何も言わずにそのまま受け止めた。言葉で慰めるより、今はこの距離を保つ方が正しいと感じたからだ。無理に離す必要も、理由を並べる必要もない。


しばらくして、エアリスは小さく息を吐き、名残惜しそうに体を離した。少し赤くなった頬を隠すように、視線を窓の外へ向ける。


「……ありがとうね」

その一言に、胸の奥が温かくなる。


「一緒にいよう。学院でも、その先でも」

自然と出た言葉だった。約束というほど重くはないが、確かに向き合う意志を含んでいる。


エアリスは、ほんの少しだけ微笑んでうなずいた。馬車は変わらぬ速度で進み、二人の間に、言葉にしなくても分かる静かな安心が満ちていった。


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