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学院1年セリナ編 第六十四章 職業判定③ ルーメンの職業判定

自分の名前が呼ばれた瞬間、周囲の音が一段、遠のいた気がした。

立ち上がると、足の裏に伝わる床の感触がやけに鮮明だった。

 一歩、また一歩と前へ進む間、背中に集まる視線を感じる。


すれ違いざま、エアリスが小さくこちらを見上げた。

「……ルーメン、大丈夫」

それだけで、胸の奥に溜まっていた緊張が、少しだけほどける。

「ありがとう」

声には出さず、唇の動きだけでそう返した。


大水晶の前に立つ。

思っていた以上に大きく、静かで、圧倒的な存在感を放っていた。

(なりたい職業を、強く思い描け……)

職員の言葉を思い出し、両手を水晶に当てる。

ひんやりとした感触が、掌から腕へと伝わってくる。


目を閉じ、深く息を吸った。

浮かぶのは、リリィ先生の研究室。

暴走する魔力に苦しむ人々。

イレンティア大聖堂で見た、癒せなかった現実。


 ――救いたい。

魔力を、心を、命を。

壊れる前に、取り戻す力が欲しい。

ただ魔術を使うだけじゃない。

力で押さえつけるのでもない。

調え、繋ぎ、正しい流れに戻す。

祈るように、願うように、その想いを水晶に預けた。


その瞬間だった。

掌の奥で、何かが脈打つ。

大水晶の内側から、強烈な光が溢れ出した。

眩しさに、思わず目を開く。

大水晶が、これまでとは比べものにならないほどの輝きを放っていた。


眩い光が、広場全体を飲み込んだ。

思わず顔を背ける者、驚きの声を上げる者、立ち尽くしたまま言葉を失う者。

さっきまで静まり返っていた空間は、一瞬でざわめきに満ちる。


「な、何だ……?」

「こんな光、見たことがないぞ……」

職員たちも動揺を隠せず、慌ただしく視線を交わしていた。

大水晶は、まるで内側から爆ぜるかのように輝き、脈動する光が波となって周囲に広がっていく。


俺は、ただその場に立ち尽くしていた。

(……え?)

両手は、まだ水晶に触れたままだ。

掌の奥が、じん、と熱を帯びている。

魔力が流れ込んでくる感覚ではない。

逆に、こちらの内側を“読まれている”ような、不思議な感覚だった。


光は、すぐには収まらない。

誰かが祈るように声を上げ、誰かが後ずさる。

子どもたちの中には、怖さから泣き出しそうな表情を浮かべる者もいた。


「落ち着いてください!」

職員の一人が声を張り上げるが、その声さえ、光の中に吸い込まれていく。


やがて、光はゆっくりと、しかし確実に弱まり始めた。

脈打つような輝きが収束し、大水晶は再び静けさを取り戻していく。

その表面に、文字が浮かび上がった。

他の判定とは、明らかに違う表示だった。

講堂中の視線が、一斉にそこへ集まる。

俺は、喉がひりつくのを感じながら、その文字を見つめていた。


大水晶の表面に浮かび上がった文字を、俺はしばらく理解できずにいた。

光が完全に収まったあとも、その表示だけが、はっきりと残っている。


『調律癒し大魔術師』


一瞬、広場が静まり返った。

次の瞬間、ざわめきが爆発したように広がる。


「……ちょうりつ?」

「癒し大魔術師?そんな職業、聞いたことあるか?」

「大魔術師って……十二歳だぞ?」

周囲から飛び交う声が、耳に届く。

だが、それらはどこか遠く、現実感を欠いていた。


(……調律?)

俺自身が、一番戸惑っていた。

魔術師。癒し。それなら分かる。

だが、「調律」という言葉は、これまで正式な職業名として聞いたことがない。


頭の中に浮かぶのは、これまで自分がやってきたことだった。

暴走した魔力に触れ、流れを読み、歪みを整える。

癒すというより、元に戻す行為。

イレンティア大聖堂で、大神官様が首を傾げていた光景がよぎる。


(……やっぱり、普通じゃないのか)

胸の奥が、すっと冷える。

誇らしさよりも先に来たのは、理解されないかもしれないという不安だった。


職員たちは慌てて記録を取り始め、何度も表示を確認している。

誰一人として、即座に説明できる者はいなかった。

その沈黙が、かえって結果の異質さを際立たせていた。


「……ルーメン・プラム・ブロッサムさん」

少し震えた声で、職員の一人が俺の名を呼ぶ。

「申し訳ありません。こちらへ……奥の部屋へ移動をお願いします」

その言葉で、ようやく現実に引き戻された。


俺はゆっくりと水晶から手を離し、周囲の視線を背中に受けながら、一歩を踏み出した。

背後では、まだざわめきが止まらない。

何が起きたのか。

これが、何を意味するのか。

その答えは、まだ、誰にも分からなかった。


職員に促されるまま、俺は広場の喧騒から離れて歩き出した。

背中に刺さる視線が、はっきりと分かる。

好奇の目、驚愕、困惑……そして、ほんのわずかな畏れ。


(……やっぱり、普通じゃなかったんだな)

足音が、自分のものだけになっていく。

ざわめきは、背後で徐々に遠ざかり、代わりに廊下の静けさが耳に残った。


案内されたのは、学院の奥まった一角にある、小さな部屋だった。

簡素な木製の椅子がいくつか並び、壁には古い魔術陣の図が掛けられている。


「こちらで、少しお待ちください」

そう言って、職員は扉の外に立つ。

まるで、俺がどこかへ行ってしまわないか見張るように。


椅子に腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せてきた。

(……何が起きてるんだ)

魔術師として進む。

それは、もう決めていたはずの未来だった。

なのに、たった一つの表示で、すべてが不確かなものになった気がする。


調律癒し大魔術師。

まだ実感が伴わない。

しばらくして、廊下の奥から、ゆっくりとした足音が近づいてきた。

扉が開き、年老いた男性が姿を現す。

背筋は伸び、穏やかながらも、確かな威厳を感じさせる人物だった。


俺は反射的に立ち上がり、一礼する。

「君が、ルーメン君だね」

落ち着いた声が、部屋に響く。

「私は、このイーストレイク学院の校長――アレクサンドル・ロールスリアルだ。まあ、掛けたまえ」

促され、再び椅子に座る。

胸の奥で、緊張が静かに高まっていく。

ここからが、本当の“判定”なのだと、直感していた。


校長――アレクサンドル・ロールスリアルは、俺の向かいの椅子に腰を下ろすと、しばし黙ってこちらを見つめた。

視線は鋭いが、威圧的というよりも、何かを慎重に測っているようだった。


「君が、ルーメン・プラム・ブロッサム君だね」

「はい」

短く答えると、校長は小さくうなずいた。

「リリィ・アーデントからの特別生の紹介状は、すでに受け取っている。彼女は非常に厳しい人物だ。その彼女が“特別”と明言する生徒は、見たことがない」


そう前置きしてから、校長は静かに続ける。

「大水晶が、あれほど強く反応したのは、私の知る限りでも三人目だ。だが……」

「『調律癒し大魔術師』という表示は、正直に言って、私も初めて見る」

校長の声に、驚きや誇張はなかった。

ただ、事実として受け止めようとする冷静さがあった。


「調律……とは、どういう意味だろうか。君自身、思い当たる節はあるかね?」

問いかけは、試すようでもあり、助けを求めるようでもあった。

俺は一度、息を整える。

(隠す理由は、ない)

「……はい、あります」

そう答えると、校長の目が、わずかに細められた。


「具体的には?」

逃げ場のない問いだった。だが同時に、ここで説明しなければならないとも感じた。

自分の力が、どんなものなのか。それを、誰かに理解してもらうために。

俺は、ゆっくりと言葉を選びながら、口を開いた。


「……魔力に、干渉できます」

口に出した瞬間、自分でもその言葉の重さを噛みしめていた。

校長は、遮らずに、ただ静かに続きを待っている。


「暴走している魔力の流れを読み取って、歪んでいる部分を整えます。壊れた魔力を無理やり押さえつけるんじゃなくて……元の流れに、戻す感じです」

言葉にするのは、思っていた以上に難しかった。

感覚としては、ずっとやってきたことなのに、それを理屈として説明しようとすると、どうしても足りない。


「イレンティア大聖堂で、石化病の治療に立ち会いました。大神官様の神位癒しでも完全には治らなかった症状を、俺は……調律して、回復させました」

校長の眉が、わずかに動く。


「リリィ先生や、大神官様からも……こういう魔術は、見たことがないと言われました」

沈黙が落ちた。

部屋の空気が、少しだけ張りつめる。

誇って言ったわけではない。ただ、事実を並べただけだ。


(……どう受け取られるんだろう)

未知の力は、評価と同時に警戒も生む。

それは、これまでの経験からも分かっている。

校長は顎に手を当て、しばらく考え込んだあと、低く息を吐いた。


「なるほど……」

その声には、納得と困惑が入り混じっていた。

「確かに、それは“癒し”というより……調律だな」

初めて、校長の口から、その言葉が肯定として発せられた。


「魔力そのものに介入し、正常化する。神位とも、従来の癒し魔術とも、性質が違う」

校長は、俺をまっすぐ見据える。


「少なくとも、学院の記録には存在しない魔術だ」

そう告げられた瞬間、胸の奥が、静かに震えた。

自分が歩いてきた道が、やはり“前例のない場所”だったのだと、はっきり理解したからだ。


校長はしばらく沈黙したまま、俺の顔を見つめていた。

試すようでもあり、値踏みするようでもない。

むしろ……これから先をどう扱うべきか、真剣に考えている表情だった。


「……正直に言おう」

やがて、校長は静かに口を開いた。

「この職業名が示す意味を、私自身も即座に定義できない。調律癒し大魔術師……そのいずれもが、既存の枠から外れている。だが一つだけ、はっきりしていることがある」

校長は、指を軽く組んだ。


「君は、特別生の中でも、さらに特別だ」

その言葉は、淡々としていたが、重かった。

「能力の希少性、到達点、そして……危うさ。いずれも、並の生徒とは比較にならない。だからこそ、学院としても、軽々しく扱うことはできない」

俺は、息を飲んだ。

(待遇……どうなるんだ)


「君への具体的な待遇、カリキュラム、研究への関与については、これから学院内で協議する」

校長はそう言って、わずかに目を細めた。


「入学式までに結論を出そう。それまでは、“特別生の中の特別生”として扱う」

その言い回しに、どこか含みを感じる。

「心配する必要はない。君の立場を不安定にするつもりはない」

そう付け加えてから、校長は穏やかに続けた。


「むしろ、丁重に迎えたいと思っている。イーストレイク学院としても、君の入学を楽しみにしているよ、ルーメン君」

その言葉を聞いて、胸の奥に張りつめていたものが、少しだけほどけた。


(……少なくとも、拒まれたわけじゃない)

未知であることは、危険でもある。

だが同時に、可能性でもある。


校長は立ち上がり、扉の方へと歩きながら、振り返った。

「さて、次は、特別生としての説明をしておこうか」

俺は、背筋を伸ばしてうなずいた。


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