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学院1年セリナ編 第六十四章 職業判定① ルゼリアの朝

第六十四章 職業判定


職業判定の日は、思っていたよりも静かに始まった。

目を覚ましたとき、胸の奥にあったのは、強い不安でも高揚でもなく、ただ避けられないものが来た、という淡い実感だった。

今日という日は、十二歳になったすべての子どもに等しく訪れる節目であり、これからの人生を大きく左右する一日だ。そう分かってはいるのに、心は意外なほど落ち着いていた。


身支度を整えて食堂に向かうと、すでに父さんは席についていた。いつもと同じ朝の光景で、いつもと同じ椅子、いつもと同じ木の匂いが漂っている。それがかえって、この日が特別なものであることを際立たせていた。


「今日は職業判定だな」

父さんはそう切り出して、こちらを見た。その表情に、迷いはなかった。


「どんな結果であれ、ルーメンは魔術だ。心配するな」

断定的な口調だった。励ましというより、最初から疑っていないという言い方だった。職業判定の結果がどう出ようと、自分の進む道は揺るがない。父さんは、そう信じ切っている。


その言葉を聞いて、胸の奥で何かが静かに整っていくのを感じた。自分でも気づかないうちに抱えていた緊張が、少しずつほどけていく。


魔術だ。

それ以外の道が示される可能性が、まったくないとは言い切れない。それでも、もし別の文字が水晶に浮かんだとしても、自分は魔術の道を選ぶ。そう決めている。

リリィ先生の研究室で学び、魔術を極める。その覚悟は、すでに揺らぐことのないものになっていた。


職業判定は「選ばれる」場だと言われている。けれど、父さんの言葉を聞いた今、俺の中ではそれが「確認する」場に変わっていた。


結果がどう出るかではない。

自分がどう進むかを、もう決めている。


食卓に並ぶ朝食の湯気を見つめながら、俺は静かに息を整えた。

今日、俺は試される。けれど、それは才能ではなく、覚悟なのだと思っていた。


朝食の支度を終えた母さんが、湯気の立つ皿を並べながらこちらを見た。その表情は、いつもと同じ優しさを保っているのに、どこかだけ違って見えた。心配と期待が、同じ分だけ混ざり合っているような目だった。


「ルーメン、道中は気をつけるのよ」

その一言に、母さんの気持ちがすべて詰まっている気がした。職業判定という出来事が、ただの行事ではなく、子どもを一段先へ送り出す儀式であることを、母さんはよく分かっている。


「帰りを待ってるわ」

それは命令でも約束でもなく、帰る場所がここにあるという、静かな宣言だった。どんな結果であっても、どんな未来へ進むとしても、戻ってこられる場所がある。その事実が、胸の奥を温かく満たしていく。


そして、隣に座っていたエレナが、ぱっと顔を上げた。

「お兄ちゃん、頑張ってきてね」

無邪気な声だったが、その言葉はまっすぐだった。


「エレナもね、いつかイーストレイクに行きたいな」

そう言って笑う妹の目は、憧れに輝いている。学院という場所が、遠い世界の話ではなく、これから自分たちが向かう未来なのだと、エレナなりに感じ取っているのだろう。


「エレナも学校、頑張るからさ。お兄ちゃんも、頑張ってね」

応援というより、約束のような言葉だった。自分が前に進むことで、妹の背中を押すことになる。その責任と、少しの誇らしさが、同時に胸に宿る。

「ありがとう」

そう答えると、エレナは満足そうにうなずいた。


家族に囲まれたこの時間が、これから先、少しずつ当たり前ではなくなっていくのだろう。そんな予感が、はっきりと形を持って心に浮かんだ。


それでも、怖さはなかった。

家族の言葉が、確かに背中を押してくれていたからだ。

俺は立ち上がり、家を出る準備を始めた。

今日という日は、ただの通過点ではない。けれど、この家が変わらずそこにあることを知っている。それだけで、前へ進む力が湧いてくる。


玄関で靴を履きながら、俺は一度だけ家の中を振り返った。

いつもと変わらない廊下、壁、食卓の気配。朝の光が差し込むこの家は、昨日までと何一つ変わっていない。それなのに、自分だけが一歩先へ進もうとしている感覚があった。


扉の向こうに待っているのは、職業判定という「避けられない日」だ。

結果がどう出るかは分からない。けれど、父さんの言葉が、胸の奥で静かに響いている。


――どんな結果でも、ルーメンは魔術だ。

その確信に満ちた声は、期待ではなく信頼だった。条件付きの応援ではない。結果を見てから評価するのでもない。すでに選び取った道を、そのまま認めてくれる言葉だった。


誕生日から今日まで、ほんのわずかな時間しか経っていない。それでも、確実に何かが変わっている。

祝われる側の子どもでいる時間は、もう終わりつつある。これからは、自分で選び、引き受けていく段階なのだと、身体が先に理解していた。


家を出るという行為が、ただの外出ではなくなる。

戻ってくる場所はあるが、同じ立場では戻れない。そんな予感が、静かに胸に広がっていく。


扉を開ける前に、深く息を吸った。

怖さは、ないわけではない。だが、それ以上に、確かめたい気持ちが強かった。自分がどこへ向かうのか、何を背負うのかを。


「行ってきます」

声に出して言うと、その言葉が自分自身への宣言のように聞こえた。


扉を閉め、朝の空気の中へ踏み出す。

もう、ただ守られるだけの子どもではいられない。そう自覚しながら、俺は学院へ向かう一歩を踏み出した。


学校に着くと、すでに校門の前には馬車が止められていた。普段の登校では決して使われない、学校が用意した特別な馬車だ。木製の車体は手入れが行き届き、御者も正装に近い服装をしている。それだけで、今日が特別な日であることを否応なく意識させられた。


その傍らに立っていたのは、エアリスだった。

俺と同じ十二歳。同じ村。同じ学校。そして、今日一緒に職業判定を受ける、たった二人の同学年。


「おはよう、エアリス。今日はよろしくね」

できるだけいつも通りの調子で声をかけると、エアリスは一瞬だけ肩を強ばらせ、それから小さく笑った。


「おはよう、ルーメン。うん……今日は、よろしくね」

その返事には、いつもの軽やかさがなかった。声は明るくしようとしているのに、どこか緊張が混じっている。手を握りしめる仕草も、無意識のものだろう。


周囲を見渡すと、他の学年の生徒たちが普段通り登校してくる中で、俺たち二人だけが、明らかに違う流れに乗ろうとしていた。教師に軽く促され、エアリスと並んで馬車へ向かう。


馬車の中は広く、向かい合わせの座席が用意されていた。二人で座ると、空間がやけに静かに感じられる。扉が閉まり、御者が合図を出すと、馬車はゆっくりと動き出した。


学校から離れていく校舎を窓越しに見つめながら、俺は改めて思う。

今日は、結果が出る日だ。選ばれる日であり、同時に、何かを手放す日かもしれない。


隣に座るエアリスの存在が、いつも以上に近く感じられた。

同じ馬車に揺られ、同じ場所へ向かうこの時間は、これから先、当たり前ではなくなるかもしれない。

だからこそ、今はただ、隣にいることを確かめるように、俺は静かに前を向いていた。


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