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ソアラ編 第五十章 謝罪とエアリス④ ちゃんと今日

川辺を離れ、ソアラは家へ向かう道を選び、ルーメンとエアリスは二人で帰路についた。

短い別れ際に、言葉はほとんど交わされなかった。けれど、それで十分だった。

少し歩いてから、エアリスが口を開く。

「……今度さ」

声は、まだ少しだけ強張っている。

けれど、さっきまでの怒りではない。


「今度、私も全部“上位”にしてよ」

唐突なようで、彼女なりの区切りだった。

「じゃないと、ルーメンと釣り合いが取れないんだから」

言い切るその横顔は、悔しさと負けず嫌いと、それでも前に進もうとする意志が混じっている。

ルーメンは、思わず小さく笑った。

「もちろんだよ」

優しく、軽く答えた。


「エアリスを全部上位にして、俺も……もっと上を目指さなきゃな」

その言葉に、エアリスは一瞬だけ驚いたような顔をして、すぐに照れたように視線を逸らす。

(……ずるいな)

そう思いながらも、胸の奥が、少しだけ温かくなる。

歩きながら、ルーメンはふと、昨日までの出来事を思い返す。

夢。ループ。精神の殻。そして、吸い取られていく魔力。

「……それにしてもさ」

独り言のように、ルーメンは言った。


「マナドレインと、タイムループを同時に発症して、その上で精神殻まで作り出すなんて……」

首を振る。

「普通じゃ、考えられないよ」

それは責める言葉ではなく、純粋な事実としての感想だった。

エアリスは、少し歩調を緩めて、ルーメンの顔を見る。


「……本当に、危なかったんだからね」

低い声。怒りではなく、“怖かった”という感情が滲んでいる。

「でも……助けられて、良かった」

その言葉に、ルーメンは一瞬、足を止めそうになる。

「あの時は、エアリスに助けられて……本当に良かったよ」

正直な声だった。


「エアリスがいなかったら、俺、どうなってたか分からない」

エアリスは、少しだけ肩をすくめる。

「私は……ルーメンに助けられたからね」

過去形であり、現在形でもある言葉。

「その恩返しだよ」

そして、少し照れ隠しのように続ける。


「それに……私たち、友達でしょ」

当たり前のことを言うような口調。

けれど、そこには確かな絆があった。

ルーメンは、ゆっくりと頷く。

「そうだね」

そして、柔らかく笑って言う。


「お互い、困った時は助け合わないといけないよね」

少し間を置いて、付け足す。

「魔術以外でも、困ったことがあったら……何でも言ってね」

その言葉に、エアリスの足が、ほんの一瞬だけ止まった。

「……何でも、いいの?」

問い返す声は、冗談とも本気ともつかない。

ルーメンは、迷わず答える。

「うん。何でも」

エアリスは、口を開きかけて、すぐに閉じた。


「……じゃあ……」

小さく息を吸い、

「……ルーメン……私と……」

言葉が、途中で止まる。

「……ううん、何でもない」

誤魔化すように笑って、歩き出す。

ルーメンは、その背中を追いながら、何も聞かなかった。

聞かない、という選択もまた、優しさだと知っていたから。

夕暮れの道に、二人の影が並んで伸びていく。

それぞれが、それぞれの答えを胸に抱えながら、確かに、前へ進んでいた。



エアリスが歩き出したあとも、二人の足取りは自然と揃っていた。

さっきまで並んでいた影が、夕暮れの道に長く伸びて、時々、重なっては離れる。

(……何でもない、か)

ルーメンは、口に出さなかった言葉の続きを、無意識のうちに考えてしまっていた。

けれど、問い返すことはしなかった。

エアリスの背中は、いつもより少しだけ前を向いている。

怒りでもなく、照れでもなく、決意とも違う、曖昧で、でも確かな感情。


(……強くなったな)

ふと、そんなことを思う。

魔術のことだけじゃない。

誰かを守ろうとする気持ちも、自分の感情を押し殺さずに受け止める強さも。

あの頃、消えかけていた彼女からは、想像もできなかった姿だった。

エアリスは、歩きながら、空を見上げた。

夕焼けに染まる雲を、じっと見つめている。


(……言わなくてよかった)

自分でも、なぜそう思ったのかは分からない。

けれど、今はこの距離が、一番しっくり来る気がした。

「ねえ、ルーメン」

唐突に、エアリスが言う。


「……今日はさ、ちゃんと、“今日”だったね」

その一言に、ルーメンは足を止めそうになる。

ループでも、夢でもない。繰り返されない、本当の一日。

「ああ……うん」

噛みしめるように、答えた。

「ちゃんと、今日だった」

エアリスは、小さく笑った。

それは、怒りが消えたあとの笑顔でも、照れ隠しの笑顔でもなく。

「……よかった」

ただ、心からそう思ったと分かる声だった。

二人は、それ以上言葉を交わさずに歩く。

沈黙は、もう重くなかった。むしろ、安心できる、静けさだった。

そしてルーメンは、この沈黙の先に、それぞれの“次”があることを、はっきりと感じていた。

それは、今日の延長線にある未来。

もう、同じ日には戻らない、そんな確信を、胸に抱きながら。


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