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ソアラ編 第四十七章 ソアラの魔術とルーメンの疲労③ 原因不明の極度の疲労感

「……もう一度、同じのを」

ルーメンの声は、意識して平静を装っていた。

だが、内側ではすでに“限界に近い何か”を感じている。

ソアラは一瞬だけ息を整え、真剣な表情で頷いた。

彼女自身も分かっている。

今の一撃が、仕上げになるかもしれないことを。

「偉大なる風の根源よ……」

詠唱の音が、澄んだ空気を震わせる。


その瞬間、ルーメンの体に、はっきりとした異変が走った。

(……来る)

胸の奥が、急激に冷えたような感覚。

血の気が引くというより、内側から何かを引き抜かれるような、これまでで、最も強い疲労の兆し。

「集いし刃を、ここに現したまえ……ウインドカッター!」

轟音。

これまでとは比べものにならない。

風は“刃”という言葉通りの形を持ち、水面を叩き割った。

水が、爆ぜる。一直線に裂けた水面の向こう側まで、風圧が届く。

ソアラ自身が、驚きに目を見開いた。

誰が見ても分かる。これは完成だ。

「できた……?」

呆然と呟くソアラに、エアリスとミリィが息をのむ。

「今の……完全だよ」

「うん、上位……間違いない」

その言葉を聞いた瞬間、ソアラの表情が一気に崩れた。

「や……やりました……!」

両手を胸元で握りしめ、感極まった声。

「ルーメン君! 初めて、上位魔術が……!」

彼女は振り返り、真っ直ぐにルーメンを見る。

「本当に……本当にありがとうございます!全部、ルーメン君のおかげです!」


その言葉が届いた、まさにその瞬間だった。

(……っ!?)

世界が、遠のいた。足元が、ぐらりと揺れる。膝が、言うことをきかない。

視界の端が暗くなり、音が一瞬だけ遅れて聞こえる。

(……まずい)

これまでの疲労とは、明らかに違う。“底”に触れた感覚。

ルーメンは反射的に、近くの木に手をついた。

「ルーメン!?」

エアリスが、駆け寄る。

「ちょっと、顔色!」

「だ……大丈夫……」

そう言いながらも、声に力が入らない。

ソアラはまだ魔力切れを起こしていない。

だが、ルーメンの方が先に、限界を迎えていた。

「……エアリス」

かろうじてそう呼ぶ。

「頼む……少し、任せていいか……」


エアリスは、即座に状況を理解した。

「分かった。ミリィ、ソアラさんを見てて!」

「はい!」

エアリスはルーメンの肩を支え、木の根元へ導く。

ルーメンは、そこでようやく腰を下ろした。

呼吸を整えようとしても、胸が重い。

「今、癒すね」

エアリスの声が、近い。

「聖なる神の力よ……」

ブライトヒーリング。

柔らかな光が、ルーメンを包む。いつもなら、これで一息つけるはずだった。

だが。

(……効かない)

疲労が、まったく引かない。むしろ、奥に沈み込んでいく。

エアリスは、はっとしたように目を見開いた。

「……おかしい」

「え……?」

「悪いところは、ないの。どこにも“異常”は感じない」

それなのに、とエアリスは言葉を詰まらせる。

「なのに……魔力が、明らかに減ってる」

「……え?」

思わず、聞き返す。

「そんなに魔術、使ってないよ」

今日使ったのは、自分にかけた癒し魔術だけ。

「うん。だからおかしいの」

エアリスは、はっきり言った。

「使用量と、減り方が釣り合ってない」

ミリィも、少し離れたところから近づいてくる。

「……私も感じます」

彼女は、慎重に言葉を選んで続けた。

「ルーメンさんの魔力、“使い切った”感じじゃないです」

「……?」

「削られた、っていう見え方に近いです」

その表現に、ルーメンの背筋が冷える。

削られた?まるで、外から引き抜かれたかのような言い方。

「でも……原因は、分からない」

エアリスは首を横に振る。

「ブライトヒーリングでも体に異常は感じなかった。」

「それなのに、魔力だけが、妙に減ってる」

川のせせらぎが、やけに大きく聞こえた。

ソアラは、少し離れたところで、不安そうにこちらを見ている。

自分の上位魔術が成功した喜びと、ルーメンの様子がおかしいこと。

その二つを、まだ結びつけきれていない表情だった。


「……教会で、見てもらった方がいいかも」

エアリスが、慎重に提案する。

「癒し魔術が効かない疲労なんて、普通じゃないよ」

「……両親にも、相談した方がいいよ」

ミリィも頷く。

ルーメンは、少し考え、そして、首を横に振った。

「今日は……様子を見る」

声は、意外なほど落ち着いていた。

「今朝は、ちゃんと回復してた。だから、ずっと続くものじゃない気がする」

根拠はない。ただの感覚だ。


「でも……」

エアリスは言いかけて、言葉を止める。

「分かった」

最終的に、そう答えた。

「ただし、無理はしないで。次におかしいと思ったら、必ず止める」

「……うん」

ルーメンは頷いた。

ソアラの方を見ると、彼女は遠慮がちに近づいてきた。

「……あの……」

小さな声。

「私、今日はもう帰ります。ルーメン君体調悪そうですし、私も魔力も、切れちゃいましたし……」

その言葉に、エアリスは即座に頷く。

「うん。今日は、もう十分だよ」

「送っていこうか?」

ミリィが言うと、ソアラは小さく首を振った。

「大丈夫です。家、近いですから」

去り際、ソアラはもう一度だけ、ルーメンを見た。

「……本当に、ありがとうございました」

その目には、純粋な感謝と、少しの心配が混じっていた。


ソアラが歩き去り、川辺に残ったのは三人だけになる。

ルーメンは、ゆっくりと立ち上がった。

まだ、体は重い。だが、立てないほどではない。

(……何なんだ、これは)

疲労。魔力の減少。癒しが効かない現象。

原因は、分からない。

だが一つだけ、確かなことがある。……これは、偶然ではない。

そう感じてしまった時点で、この異変は、すでに始まっているのだと。

川辺の風が、先ほどよりも、少し冷たく感じられた。



翌朝。目を覚ました瞬間、ルーメンはまず自分の身体の内側を確かめた。

呼吸は深く、四肢に違和感はない。

頭も冴えていて、昨日までまとわりついていた重さは、跡形もなく消えている。

(……治ってる)

それが、逆に不気味だった。

原因不明の疲労が、一晩眠っただけで、完全に消えている。

まるで、最初から何もなかったかのように。

(やっぱり、ただの魔力切れ……?)

そう思おうとする。そう思ってしまえば、楽だった。

だから、約束通り川辺へ向かった。

昨日と同じ道。同じ時間。同じ、水音。

エアリスとミリィ、そしてソアラ。四人が揃うと、いつもの空気が戻ってくる。

はずだった。


ソアラと目が合った、その瞬間。

胸の奥が、わずかに沈む。

ほんの一瞬。言葉にするほどでもない、“重さの予感”のようなもの。

(……気のせいだ)

自分に言い聞かせる。


今日は、水魔術の上位。ウォータースライス。

エアリスもミリィも、すでに扱える魔術だ。

理論は単純で、ウインドカッターとほぼ同型。

「基本は同じだよ」

ルーメンは、いつも通り説明する。

「風を水に置き換える。刃を一つにまとめて、無駄を削ぐ。流れは直線、意識は一点」

そして、手本を見せる。

水面が、鋭く裂けた。


ソアラが、一歩前に出る。

「……やります」

詠唱が始まる。

「偉大なる水の魂よ、ここに集いし水の根源よ、脅威なる力を今ここに現したまえ……」

その声を聞いた瞬間、ルーメンの視界が、わずかに揺れた。

「……ウォータースライス」

水が、刃となって走る。

同時に、ルーメンの中で、何かが抜け落ちる感覚。

一気に、ではない。だが、確実に。

(……来た……発動と、同時……?)

疑念が、形を持ち始める。

重い。昨日よりも、早い。そして、はっきりしている。

「……ルーメン?」

エアリスが、すぐに気づいた。

「さっきから、顔色……」

「大丈夫」

反射的に答えてしまう。

「まだ、いける」

自分でも、なぜそう言ったのか分からなかった。ただ、止めたくなかった。


ソアラがもう一度、詠唱する。水面が、より深く裂ける。

そしてまた、同じタイミングで、疲労が重なる。

呼吸が浅くなる。肩が、無意識に落ちる。

エアリスが、即座に判断した。

「ルーメン、今日はもう休んで」

有無を言わせない声だった。

「私たちが見るから。いつものところで、座ってて」

「でも……」

「だめ」

きっぱりと遮られる。

「これは、気合とか根性の問題じゃない」

ミリィも、頷いた。

「今は、休んだ方がいいです」

その言葉に、逆らえなかった。

ルーメンは、川辺の木の根元に腰を下ろす。背を預け、目を閉じる。

(……おかしい)

目を閉じているのに、疲労は、増し続けていた。

まるで、自分が何もしていなくても、“どこかで消耗が進んでいる”かのように。


耳に入るのは、水音と、詠唱。

ソアラの声が、集中を増していくのが分かる。

そして「……できた!」

その声が聞こえた瞬間。

不思議なことに、ルーメンの疲労の悪化が、ぴたりと止まった。

増えない。減りもしない。ただ、そこに残る。

ルーメンは、ゆっくりと目を開ける。

ソアラの前で、水の刃が安定していた。

間違いない。習得だ。

(……終わった、から……?)

その思考が浮かんだ瞬間、背筋に、冷たいものが走る。

ソアラが、駆け寄ってきた。

「ルーメン君!」

弾んだ声。

「ありがとうございます!今日は、早くできました!」

その手が、感謝を伝えるように、ルーメンの肩に触れた。

その瞬間。一気に、疲労が押し寄せた。

息が詰まるほどの重さ。視界の端が、白くなる。

(……あれ……?)

考える余裕は、もうなかった。

「……ルーメン!」

倒れそうになった異変に気づき、エアリスが、すぐに駆け寄ってくる。

「今日はここまで!ルーメン、帰ろう。送るよ」



帰り道。エアリスとミリィに付き添われながら帰っていた。

川辺を離れてからも、ルーメンの身体は、はっきりとした回復を見せなかった。

歩ける。意識もある。けれど、全身に薄くまとわりつくような重さが消えない。

まるで、深い水の中から上がってきた直後のような。息はできるのに、肺の奥がまだ水を覚えている感覚。


「……ルーメン大丈夫?」

エアリスは、横を歩き、顔を覗き込みながらながら言った。

視線こそ合わなかったが、そこには強い気遣いが滲んでいる。

ミリィも、何も言わずに並んで歩く。

無駄な言葉を挟まない分、状況の深刻さが伝わってきた。

(……心配、させてるな)

そう思うが、それを軽く流すだけの余裕は、もうなかった。

身体の内側を探る。魔力が、明らかに少ない。

今日使った魔術は、手本のウォータースライス一回だけ。あとは、休んでいただけだ。

それなのに、感覚としては、長時間、上位魔術を何百発と連発した後と同じ消耗。

(釣り合わない……)

エアリスが、ふと立ち止まる。

「ルーメン」

低い声だった。

「明日、私とミリィ、用事で来られないよ」

「うん……」

「だから、余計に言っておく。無理は、絶対にしないで」

その目は、真剣だった。冗談も、遠慮も、一切ない。

「ルーメンが、少しでも“おかしい”って思ったら、その場で止めて。ソアラさんにも、ちゃんと伝えるから」

「……分かってる」

そう答えたが、自分でも、その言葉にどれだけ自信があるのか分からなかった。

家の前まで来ると、エアリスは最後に念を押すように言った。

「教会、行こうって言ったら、絶対に行って。様子見は、今日までだから」

「……わかった、ありがとう」

それしか言えなかった。

二人が帰っていく背中を見送り、ルーメンは、ゆっくりと扉を開けた。

その夜。横になって目を閉じると、身体の重さは、少しずつ薄れていった。

呼吸が深くなり、鼓動が落ち着く。

(……回復してきてる)

昨日と同じだ。眠る前には、あれほど確かだった消耗が、朝には、きれいに消えている。

まるで“何事もなかったかのように”。

だが、それが、逆に恐ろしかった。

原因は不明。再現性はある。けれど、証明できない。

目を覚ましたルーメンは、昨日の疲労が完全に消えていることを確認して、小さく息を吐いた。

(……また、同じなら)

心のどこかで、分かってしまっている。

ソアラの魔術。発動の瞬間。自分の消耗。

それらが、奇妙なほど、正確に重なっていることを。

けれど、それを、口にすることはできなかった。

理由がない。証拠もない。

何より、ソアラの努力と喜びに、影を落とす言葉を、今は持ちたくなかった。

胸の奥に、小さな違和感を抱えたまま。

それは、恐怖でも、確信でもない。

ただ「何かが起きている」という感覚だけが、静かに、確実に、残っていた。


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