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数学研究部は問題なんて朝飯前  作者: ハチイチ818
数学研究部は問題なんて朝飯前 --フラクタル・ハート 編
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第四章:沈黙の対立

午後の遅い日差しが、桜の花びらをそっと透かし、I-ハウス近くの苔むした石に淡いピンクを散らしていた。春の涼やかな風が若葉を揺らし、遠く宇治川のせせらぎと鳥のさえずりを運んでくる。だが、甘やかな空気の下には、濡れた草と土の鋭い香り—雨の気配が静かに漂っていた。木々の上に暗雲(あんうん)がゆっくりと集まり、重く沈んだその姿は、まるで空が降り注ぐ前にためらうようだった。


俺は数研部へと急いでいたが、花びらの間で動かず横たわるものに、壊れやすい静けさが引っかかった。一羽のカラスがそこにいた。翼は埃にまみれた羽毛(うも)の下でねじれ、光沢のある黒い目は一度、ゆっくりと開いた—まるで独りで背負うには重すぎる年月の疲れを宿しているかのよう。


突然、鋭く切迫したカアという鳴き声が沈黙を裂いた。もう一羽のカラスが舞い降り、暗く筋肉質な姿で、獰猛(どうもう)に着地した。翼は警告の太鼓のように打ち鳴らされ、その声は濃くなる春の空気に対して鋭く響いた。


傷ついた鳥は弱々しくシューシューと鳴き、退こうとしたが、攻撃者(こうげきしゃ)は容赦なく突き進む—つつき続ける。俺は震えが走り、この場所の静かな美が小さな残酷な真実によって砕かれたように感じた。その瞬間、沈黙の戦いの壊れやすい重さが胸に迫った。星野先生の言葉が、まるで冷たい風のように俺を震わせた。


ゆっくり息を吸い、俺はしゃがみ込んで手を差し出した。


「よし…大丈夫だ。俺は君を傷つけない。」


傷ついたカラスの目が俺と合い、大きく警戒しながらも、どこか好奇心を宿していた。それは飛び去ろうとしなかった。攻撃的なカラスは最後の鋭いカアを残し、木々の中に退き、警告(けいこく)の鳴き声をいくつか響かせた。沈黙が戻った。


俺はそっと手を伸ばし、驚かせないよう慎重に。カラスは俺の腕に寄り添い、壊れやすい胸が微かで不規則なリズムで上下する—指先にわずかに感じる温かさ。光沢のある目が一度まばたき、言葉を超えた静かな何かで俺を見つめた。


急がず立ち上がり、濃くなる風が袖を通り抜け、肌を撫で、湿った土と葉の香りを運ぶ。世界は突然、広大で静かに感じられた—葉の微かなざわめき、遠くの鳥の声、手のひらの下の穏やかな脈動。


長い間、俺は小さな脆弱(ぜいじゃく)さの重さを抱き、動かさず、話さず、ただ生命の静かな息吹が自ら語るのを許した。


ブレザーを脱ぎ、傷ついた翼を押さぬよう、そっとその体を包んだ。カラスを抱きかかえ、部室の静かな聖域へと向かった



ーーー


「こんにちは、神崎くん。何を抱えてるの?!」温かな歓迎の声が響いた。


「おかえりなさい、神崎くん。」


「遅いよ、神崎!」


「悪い、みんな。思いがけず客を連れてきた。」


雨が窓を静かに叩き始めた。


部室は暖かく穏やかだった。俺は床に座り、柔らかな布の上にカラスを置いた。その微かな呼吸は、指の下で安定していた。


星野先生と如月が素早く動いた。星野先生は生理食塩水(せいりしょくえんすい)のボトルを差し出し、如月は清潔な布と包帯を渡してくれた。


俺は翼を慎重に調べた。ねじれが明らかで、関節近くに浅い傷—汚れと乾いた血に覆われていた。クリニックでの経験を頼りに、布を食塩水で湿らせた。


「よし、黒いちび、きれいにしよう」と俺はそっとつぶやいた。


繊細に汚れと血を拭き、下の柔らかい皮膚を露わにした。深い傷ではないが、感染を防ぐ注意が必要だった。


緩く包帯を巻き、近くの木の棒で小さな副木を作り、固定した。即席だが、獣医のケアまで持ちこたえるには十分だった。


カラスは静かで、その光沢のある目は信頼か、ただの疲れを映していた。予備の布でそっと包み、急な動きや夕方の冷気から守った。内田がダンボール箱を持ってきた。如月が柔らかい布で敷き詰めた。


「皆、心配しないで。生物学部の獣医顧問に連絡するよ」


静かな安堵が広がった。如月と内田はホッと息をつき、緊張が解けた。


「次に何をすればいいか悩んでいた。さすが星野先生だね。」


外では雨が強まり、厚い雲が空を暗くし、窓を静かな鼓動のように叩いた。


京都の四月にこんな雨は珍しい…


如月も窓を見つめ、同じことを考えているようだった。


星野先生が小さく咳払い。


「さて、せっかく集まったんだから…皆の努力に感謝したい。IMO選抜への準備、本当に見事だった。私の期待を遥かに超えたよ。」


彼女の言葉は、丁寧な響き以上の重みを秘めていた。俺たちはその裏を知っていた。三人とも彼女に視線を向け、沈黙が部屋に静かな緊張を織り込んだ。


「今年の選抜は厳しかった。地域中の優秀な生徒たちと競い合った。最終試験とキャンプの結果を慎重に検討した結果、チームの選出が決まった。」


心臓の鼓動が雨音を掻き消すほどだった。こめかみに汗がにじむ。


「如月さん、神崎くん、おめでとう。国際数学オリンピック日本代表に選ばれた。君たちの献身がこの成果を生んだ。」


心が一瞬止まり、解放された。不確かさの重みが肩から落ちた。


俺は素早く内田を見た。目が合い、言葉のないやり取り。如月と俺は静かに頷き合い—この意味を共有した。


星野先生は柔らかく続けた。「内田さん、この選抜が君にとってどれほど大事だったか分かってる。この結果が君の才能や努力を否定するものじゃない。今年は本当に僅差だった。時には点数や選考者の求める強みで決まることもある。君の未来は輝いてる。これは始まりに過ぎないよ。」


内田は頭を下げ、膝の上で指をそっと握りしめた。唇を噛み、涙が頬を静かに伝った。


星野先生は近づき、優しく抱きしめ、頭に手を置き、髪をそっと撫でた。


その瞬間、壊れやすい堰が崩れた。内田の肩が震え、静かなすすり泣きが、ゆっくりと切ない泣き声に変わった。


「君は…この部は共に学び、成長する場所だよ。まだまだ機会はたくさんある。内田さん、君の努力は本当に貴重で、俺たちは君の可能性を信じてる。」


「君がどれだけ頑張ったか、知ってるよ…」彼女は優しく髪を撫で続け、触れ方は囁きのように軽やかだった。落ち着いた外見の下、目に微かな輝きが宿った。


如月はためらい、近づき、「私…内田さんのためにここにいるわ…」と恥ずかしそうに。


俺は内田の震える肩にそっと手を置いた。「俺たちはいつだって君を支えるよ。」


短い泣き声の後、内田はまるで何もなかったように立ち直り、仮面を被った。


「お...おめでとう、明里ちゃん、神崎くん!やっぱり選ばれると思ってた!この成果、ちゃんと祝わなきゃ!ちょっとした乾杯しよう!食べ物、注文するね!」目はまだ腫れていた。


俺たちは優しい笑顔で互いを見た。如月は特に静かな熱意を帯びていた。



コンコン—ドアが開いた。


「ここは数学研究部ですね?星野先生が来るように言われました。」


「はい、来ていただいてありがとうございます、先生。怪我をしたカラスがいますので、見てください。」俺は軽くお辞儀をした。


「問題ありません。私の仕事の一部です。」


如月はダンボール箱に顧問を導き、診断を求めた。内田は学校のカフェテリアに電話して寿司の箱を注文した。


獣医顧問はカラスの翼と体を注意深く調べ、優しく関節の可動域をテストした。


「素晴らしい!応急処置が完璧に行われています。包帯と副木は安定しており、翼が治るのに必要なサポートを提供するでしょう。」


「傷は深くありませんが、感染を防ぐために注意深く監視する必要があります。消毒軟膏を持ってきましたが、経過によっては抗生物質が必要になるかもしれません。」


彼は微笑みながら私たちを見上げた。「皆さんがこの小さな患者を大切に思っていることは明らかです。このような献身が動物の回復の可能性を高めます。」


俺は安堵した。「わざわざ来ていただきありがとうございます。先生が診るまで、できる限り正しく処置したかったのです。」


「限られた資源で素晴らしい仕事をしました。箱は敏感さとストレスを大幅に減らし、ここの落ち着いた雰囲気もプラスです。」


「数学にアレルギーがないことを願うばかりです。」


私たちは皆、静かに笑い声を上げた。


腫れぼったく疲れた目をした内田に向き直り、「他人を世話するには忍耐と心が必要です。今は大丈夫、心配しないでください。」


小さな誤解があった。泣いている乙女は大人の男性の心を溶かすものだな。


内田は小さく微笑み、重荷が少し軽くなったようだった。


「カラスが暖かく、邪魔されないようにしてください。腫れ、悪臭、過度の無気力などの悪化の兆候が見られたら、すぐに私に連絡してください。」


彼はバッグから小さなメモと連絡先を取り出し、星野先生に渡した。


外の古い雨にもかかわらず、窓の向こうの濡れた木々とともに静かに希望が集まっていた。獣医顧問が部屋を出ると、別のノックがドアに響いた。


「お邪魔してすみません…」



ーーー



雨は降り続けた。


「理香ちゃん、なんでここに?!」内田の目はわずかに赤く、ちらりと逸らしたが、声は安定していた。


「美波ちゃん…どうしたの?!大丈夫?!」


「うーん…まあ…数研部のペットが怪我をして!私、ちょっと…感情的になっただけ。」


内田は私たちをちらりと見、言葉以上のものを理解してほしいと無言で求めているようだった。


「そうそう、カラスはしばらく部の仲間だったんだ」


俺は彼女を和らげるために小さな嘘をついた。


「ああ、大変…大丈夫?美波ちゃんには辛いでしょう…」


如月はいつものように実践的で、すでにやかんに向かい、磁器の柔らかな音が馴染み深い慰めを提供した。内田は友人をソファに座るよう誘い、使い古された布が具体的な日常感を提供した。


再びドアにノックが響いた。俺は立ち上がって開けた。


「お待たせしました、特特上にぎり二つ、厳選にぎり一つ、五目いなり寿司十セット、若鶏の唐揚げ三つ、内田様のご注文です。」


「わざわざありがとうございます。」


「ご愛顧ありがとうございます!」


俺は袋の中の寿司の山をちらりと見、鮮やかな色が俺を笑顔にした。


「内田…155貫の寿司?今夜の夕食は抜きか?」


内田は小さく笑った。「まあ…ストレスがあると食欲が旺盛になるんだよ。そして、皆も逃げられないよ。みんなで楽しく食べよう!」


如月の目は普段は穏やかだが、やかんから目を離すと、唇に微かな笑みを浮かべ、決意に満ちた期待を込めていた。「内田さん、期待しています。」


内田は恥ずかしそうににっこり笑った。「もちろん、もちろん。誰かが模範を示さなくちゃね。」


俺は寿司の箱と食器を茶卓に丁寧に並べ、寿司飯の微かな清潔な香りと風味豊かな唐揚げの香りが漂った。如月は芸術家の正確さで茶器を整え、私たちにお茶を注ぎ、煎茶の繊細な流れがカップに静かに湯気を立てた。柔らかな草の香りが静かな慰めを約束し、波乱の午後からの一時の休息を約束した。星野先生はすでに幸せそうにいなり寿司を頬張り、顎に米粒がほんのわずかに付いていた。


狐だな、星野先生、俺は思った、彼女の狡猾で賢い存在に対する静かな愛情が湧き上がった。


本当に狡猾な狐だな、今その姿を見せた。


「これは煎茶です、料理とバランスが取れ、よく合います。」如月はつぶやき、繊細な長い指でカップの縁をなぞった。


「この煎茶はあなたの家族のものですか、あかりちゃん?素晴らしい香りです」内田は繊細に一口飲んだ。


「お口に合って嬉しいです。どうぞお持ち帰りください」如月は優しく微笑んだ。


「これは…これは素敵です...数学部...仲間…」高見の声が響いた。


私たちの注意は彼女に向けられた。「すみません…変なことを言ってしまいました…」彼女は付け加えた。


「自己紹介させてください—私は高見理香、工学部の副部長です。」


「私たちは大学と政府と協力して、来月の東京ワールドテックエキスポで展示するプロジェクトに取り組んでいます。」


食べ物はほとんど手つかずのままだったが、星野先生が誰にも気づかれずにこっそり取った一片を除いて。湯気がカップから立ち上り、新鮮な煎茶の柔らかな香りを運んでいた。


「カジュアルにしましょう、食べながら話せます」高見は震える笑い声で緊張を和らげた。


「アハハハ…」


内田の強制的な笑いは緊張をほとんど隠せなかったが、肩の力を抜くには十分だった。


私たちは静かにカップを上げ、草のような苦味が口をリフレッシュさせた。マグロを一片、わずかな醤油とわさびで、その繊細な豊かさが滑らかに広がり—完璧な風味の慰めだった。うま味と微かな豊かさが美しく残った。如月はイクラを選び、寿司を味わいながら口を軽く覆い、目に微かな喜びが輝いていた。星野先生はホタテを選び、内田は唐揚げから始めた。


「それで、数学研究部とこれはどう関係があるの?」俺は続けた。


「そう…おそらく、建物で起こっている不穏な現象や奇妙な出来事について聞いたことがあるでしょう。」


「実験は最初は順調だったが、過去数週間、通りかかった学生たちによって謎のタッピング音が聞かれ、報告されました。」


「近くに冷たいスポットが残り、ライトが予測不能に点滅し、廊下で歪んだささやきが聞こえる…装置の読み取り値が不規則に跳ね、機器が定期的にエラーや謎の校正失敗を報告する」


「私たちの顧問は研究室や建物を変え、装置を再校正しようとしましたが…結局、同じ結果になりました…」


「そして、あなたも知っているように…部内では、物事がうまくいかず…崩壊しつつあります」彼女は眉をひそめ、失望を込めて言った。


如月はその言葉を聞いて震え、手のひらを本能的に握りしめた。


内田は高見を慰めようとし、静かなサポートを申し出た。私たちは食べようとしたが、寿司は手つかずのままだった。


「高見さんはさらなる噂を広めるためにここにいるのではないですよね?プロジェクトは具体的に何ですか?」


「はい…如月さんと数学部の能力について聞いています。事件と噂の調査を手伝っていただきたいのです。」


彼女は深くお辞儀をした。


「プロジェクトは、量子フォトニクス実験の安定性を維持するために設計された量子グレードの微小気候チャンバーです。どうか…」


星野先生はお茶でむせてしまい、思わず咳き込んだ。俺は肩を優しく叩き、如月はすかさずナプキンを差し出した。


カラスが休んでいるダンボール箱から、ほとんど聞き取れないほどの柔らかなざわめきが聞こえ、続いて微かな低い鳴き声がした。壊れやすい音は静かな警告を運んでいるようだった。外では、雨が窓を安定して叩いていた。



ーーー



水が沸騰(ふっとう)する中、如月は慣れた優雅さで私たちのカップを満たした。私たちは皆、彼女を見守り、静かに期待が高まっていた—数学研究部の部長として、彼女の意見が最も重要だった。考えにふけり、彼女は遠くにいるように見え、急須を超えた解決策を計るかのように完璧なお茶を淹れていた。


「部長、どう思いますか…」


如月はまばたきし、現実に戻った。「ああ…大変申し訳ありません…高見さんのプロジェクトにどれほど役立てるかわかりませんが…でも…やってみます…」


「ちょっと待って、本当にいいのか、如月?まだ詳細を知らないのに…」


「高見さん、プロジェクトでトラブルがあると聞いて残念です。しかし、まず顧問や監督者に助けを求めましたか?彼らは研究室を移動する以上のことを提案しましたか?」


高見は首を横に振った。


「一部の大学生は協力を単なる履歴書の強化とみなし、核心的な問題に対処せずに信用を主張する程度のことをするだけです。他の人は私たちを「ただの高校生」と見なし、フィードバックを完全に無視します。教員は多忙で手一杯で、問題を私たちに返す以上のサポートはほとんどありません。」


「理香ちゃん、みんなはこのプレッシャーにどう対処してるの?」内田は心配し、高見の手を握った。


「正直に言うと、雰囲気は緊張しています。一部のメンバーは互いを非難し始め、モチベーションが著しく低下しています。建物に渦巻く霊の噂も助けにならず、一部は辞めてしまいました。」


如月の手は、彼女の増す不快感を裏切るほどわずかに震えた。星野先生は手を伸ばし、優しく彼女の手を握り、知るような小さな笑みを交わした。


高見は静かに続けた。「プロジェクトの性質上、私たちが経験している奇妙な異常に対する前例や参考資料が不足しています。士気が低く、プライドは依然として高く、私たちは行き詰まっています。そして、ワールドテックエキスポの発表が近づいています…」


彼女は真剣に如月を見た。「この根本を見つけたいのです。だからあなたの助けが必要です。」


これは難しい問題です。


指揮なき船は波間に揺れ、上層の争いは静かなる甲板の声を飲み込み、離脱する者は波に消えゆく。にもかかわらず、止まぬ注ぎ資金はまるで突破口なき夜の灯火の如く、ただ空しく揺れている。私たち数学部はこの嵐の船に乗り込み、迷いし道を照らし、沈みゆく運命に抗う灯となるべく、その舵を握るのだ。


「交渉のための条件をいくつか設定しませんか、高見さん?」


「もちろん、あなたの期待に応えるよう最善を尽くします。」


「第一に、これは数学研究部への依頼であり、如月個人へのものではありません。調査の結果にかかわらず、責任は部全体にあり、如月個人にではありません。」


「第二に、あなたの監督者にこの協力を公式に認めていただきたいです。立場関係を複雑にしたくないからです。」


「第三に、すべての分析と結果は数研部に帰属し、出版および発表の権利は適切に共有されます。」


「第四に、部はプロジェクトとエキスポに必要な機器、ソフトウェア、研究、旅行の経費をカバーするための適切な資金を要求します。」


「第五に、効果的な作業のために必要なデータ、研究室、人員への完全なアクセスを要求し、あなた側からのタイムリーな更新も求めます。」


如月の目が広がり、瞳孔がわずかに拡張した。星野先生は俺の要求に静かな支持を示すようにうなずき続け、いなり寿司の別の片を食べていた。


先生が口を挟んだ。「数学部の学業へのコミットメントが尊重されることを信じています。彼らの参加が学業や目標を損なうものであってはなりません。また、状況が耐え難いものになったり、部の原則と衝突したりした場合、部は撤退する権利を留保します。」


「これらの条件があれば、部は公平で敬意に満ちたパートナーシップを築き、すべての人に利益をもたらすことができます。」星野先生が話し終えると、彼女は俺にウインクをした。俺はにやりと笑った。


先生、本当にあざと可愛いな。


私たちは再び如月を見、彼女の承認を求めた。彼女は静かな笑みと優しい頷きを返し、温かく私たちのティーカップを満たした。


「公平な取引だと思いませんか?高見さん」


高見は思慮深く一瞬止まり、 手を差し出した。


彼女は微笑み、わずかに安堵した。「素晴らしいです。監督者と話してこれらの点を正式化します。」


内田が口を挟んだ。「それでは、取り決めの書類を準備します!監督者に持って行って、部の紋章で封印してください。」


「あ!最後に一つお願いがあります」


「高見さん、この食べ物を全部食べるのを手伝ってください…」


彼女は笑い声を上げた。「プッ、もちろんです!あなたは神崎さんですよね?」


俺はうなずいて応えた。


私たちが食べ物に落ち着くと、内田は部のコンピュータで合意書を印刷するのに忙しくなった。


彼女は寄りかかり、「さっき、本当にかっこよかったよ…フフフ。」


「まあ、知ってるだろ。船をうまく進めるには、すべての力がバランスしている必要がある。圧力は表面積が増えると減少する、だろ?」


彼らは皆、俺に向き、驚きから喜びに表情が変わった。如月の目はわずかに広がり、内に楽しげな輝きがちらついた。高見の笑みは深まり、感銘を受けた。内田は頭を傾け、俺の言葉を処理しようとしていた。星野先生でさえ、目を輝かせて大きく微笑んだ。


「神崎くん、どこでこの口説き文句を学んだの?」星野先生は遊び心で俺の背中を叩いた。


「痛い…夢の中で啓示されたんだ…」


柔らかな笑い声が部室を満たし、馴染み深い旋律のように暖かく軽かった。


ーーー



食事を終え、高見が署名済みの書類を持って戻るのを待つ間、テーブルを片付けた。結局、すべてを食べ切れず、内田は残りを家に持ち帰るために詰めた。


「内田さん、注文してこのお茶の時間を手配してくれてありがとう。食事の費用は部で負担させてください。」


「あかりちゃん、本当に。大したことないから。心配しないで。」


「どうか私にさせてください。これはあなたと神崎くんのための数学研究部の正式な歓迎会にしたかったのです。こんな食事を楽しむのは久しぶりです…」


「もしそう言うなら…ありがとう、あかりちゃん、そして先生!」


「食事をありがとう、お茶は最高でした。如月と星野先生」


「大したことではありません、皆が満腹なら。あなたたちはこのエネルギーをすぐに消費するでしょう」カラスを優しく撫でながら。


しばらくして、高見が戻り、封印された書類を持って来た。星野先生は注意深く条項を調べ、署名を確認してから自分の署名を加えた。内田は静かに効率的に高見のためのコピーを作った。


「ありがとう、美波ちゃん…今から工学棟に移動しましょうか?」


如月はうなずき、「じゃあ、行きますか…」俺は言った。


星野先生は自ら申し出た。「それでは、私は部室に待機します、学生が来る場合に備えて。神崎くん、何かあれば電話してください。」


「学園の予算が負担しているので、工学部は大学レベルの設備にアクセスでき、産業界や政府の研究室との共同プロジェクトもあります。」彼女の目はメガネの後ろで輝いていた。


「それは実質的に未来への入り口です」


先生はいつも十歩先を見ている。


俺は星野先生に手を振った、彼女は優雅なウインクを返した。


高見は好奇心に満ちた目で私たちを見た。


空は濃くなる雨の下で暗くなり、迫り来る夕暮れに光が飲み込まれた。工学棟に近づくにつれ、学生の喧騒は薄れ、代わりに高効率の空気フィルターの安定したハム音が、滑らかな金属製の格子から柔らかく排出されていた。


建物自体は高くモダンで、ガラスのファサードが暗くなる空を映し、革新の灯台のようだった—キャンパスに点在する古い木造の教室とは大きな対照をなしていた。この学部だけでも、過去年間で数十億円の資金が投入されたと報告されており、幽玄学園が最先端技術でトップ大学や国立研究機関に匹敵する野心の証だった。


「ところで、今夜は6時までに帰らなければならない。アルバイトが7時からで、かなり遠いんだ。」


「え?どこで働いているの?」内田は好奇心に満ちて尋ねた。


「京都市役所前駅の近く」


「へえ、それはキャンパスからかなり遠いね」


如月は俺を見た。「まだ雨が降っている…もしよければ、後で車で送ってあげられるかもしれない、そうすれば急がなくてもいいわ。」


「本当?それは助かる。ありがとう、如月、また借りを作るよ。」


「気にしなくてもいいわ」彼女は微笑んだ。


「市役所前まで行くのは大変だね。皆さんはキャンパスへの通学に時間がかかるの?」高見が尋ねた。


「俺は寮に住んでいるから、通学はないよ」


「御蔵山!私の家は理香ちゃんの家に近いよ」と内田は答え、高見はうなずいて応えた。


「私は南禅寺の近くに住んでいます」


「わあ…さすが如月家だね。それは神崎くんの職場に近いね」


「ねえ…ずっと気になっていたんだけど…聞こえる?深い低音のゴロゴロ音…」内田が尋ねた。


如月は同意してうなずいた。「うん、感じるわ。音というより深い振動に似ているわ」


高見の顔が青ざめ、視線に不確かさがちらついた。


「私…何も聞こえないわ。」


俺は集中しようとしたが、窓を打つ雨の馴染み深い音しか聞こえなかった。


「あなたたちは楽器を演奏するの?俺も何も聞こえないよ」


高見は近づき、工学部に向かって慎重に歩を進める中、彼女の足取りは躊躇いがちだった。すべての可能な音に注意を向け、論理に反する震えが私たちがまだ答えを出す準備ができていない疑問を囁いていた。


「中に入る前に…個人的に受け取らないでください。事前にお詫びします」高見は深くお辞儀をした。


重い二重扉の前で、高見は生体認証スキャナーにIDカードをかざすために一瞬止まった。低いビープ音が彼女の認証を認め、扉は静かに滑って開いた。出入り口の隣には小さなエアロック室が待っていた。私たちは中に入り、通常の靴を滅菌スリップカバーと交換し、フックにきれいに掛かっている軽量のラボコートを着た。フィルターされ、湿度が制御された空気の冷たさが私たちを迎え—外の湿った春の雨の気配はなく—柔らかな白い光が、精密な計器が並ぶ清潔な廊下を照らしていた。


「このエリアは中間的なクリーンルームです」と高見はコートのポケットを閉めながらつぶやいた。「完全なISO6や7クラスのクリーンルームではありませんが、ほとんどの実験で塵やEM干渉を無害に保つのに十分です。」


光る制御パネルの列を過ぎると、学生たち—ほとんどが私たちより少し年上で、静かな集中力で動いており、一部は校正ノブを調整し、他人は空中に浮かぶホログラフィックな読み取り値を観察していた。威圧的な装置と厳格なプロトコルにもかかわらず、空気中の献身的なエネルギーはほとんど電気的で—その場所自体が生きており、発見の約束でハミングしているかのようだった。


私たちはラウンジルームに向かった。高見と俺が最初に入り、如月と内田が後ろに控え、部室は不穏、エネルギー、敵意で満ちていた。


「私たちのプロジェクトを手伝うために、熟練した人たちを連れてきました。彼らはすでにセキュリティチェックを通過しています。どうか親切にしてください」高見は断言した。


高見の言葉が終わると、重い沈黙が流れた。後方で議論していた学生グループは黙り込み、疑念と冷たさを帯びた視線に変わった。数人の工学部メンバーが互いに視線を交わし、囁きが部屋中を落ち着かない風のように通り抜けていく。その後ろから、腕を組み、鋭く懐疑的な目をした背の高い人物が一歩前に出た


「手伝う?…で、具体的に何を手伝えるってんだ?」彼の声は低く、計算されたもので、露骨な挑戦というよりは懐疑の色合いが強かった。


「アドバイスの過剰供給だな。まるで余計な邪魔が必要みたいじゃないか。」


後ろからの声、「あれは奨学金のナマポ奴じゃないか?このプロジェクトは数学の宿題じゃないぞ。」


高見は静かな決意を込めて顎を上げた。「私たちのマイクロクライメイトチャンバーは故障しています。温度は激しく変動し、圧力は予測不能に急上昇、システム全体が不安定です。調査と支援のために専門家を連れてきました。」

ざわめきが広がった。


つぶやきの合唱が上がった。「専門家?一体どんな天才たちだってんだ?」ある学生が嘲笑した。


背後で誰かが動く気配。すると如月が静かに現れ、その落ち着いた視線が部屋を一掃した。空気が変わり、会話は途切れ、囁きは止んだ。


「やば、あれは…如月あかりだ」と誰かが息を呑んだ。


「まじかよ…本物じゃん。彼女が来てるなら、まだ望みはあるかもな」とささやく声が続いた。


如月は彼らの目を均等に見据えた。


「私たちは皆、問題を解決するためにここにいます。時間を無駄にし、懐疑に耳を傾けるつもりはありません。協力したいなら力を貸してください。妨害したいなら、脇に退いてください。進展には協力が必要であって、疑いも気晴らしも不要です。」


静かな静寂が部屋中に広がった。誰もすぐには口を開かなかったが、緊張は夕暮れに柔らかく沈む光のように和らいだ。


俺たちは如月を見つめ、彼女の目が再び俺たちと交わると、その強さが一瞬、馴染み深い恥じらいの微笑みに溶け込んだ——霜の下に隠れた暖かさのように。


何人かは一瞬視線を落とし、幾人かは思案を帯びた目配せを交わした。鋭い敵意の刃先は鈍り、抑制された敬意と残るためらいが混ざり合った空気へと変わった。


まあ、敵意は主に俺に向けられていたけどね。


神崎惺夜はダメージを受けていた。


やがて、眼鏡をかけた一人の人物がこちらに歩み寄り、如月、内田、そして最後に俺に挨拶した。


「ようこそ!工学ラボへ。」



ーーー


研究室は予想以上に清潔で整然としていた。監督者の姿は見えなかった。


「私は佐藤真一、東大三年生で、このプロジェクトの主な設計者の一人です。幽玄学園の卒業生でもあります。遠方からわざわざありがとうございます。高見さんから概要は伺っていると思いますが…一立方メートルの密閉チャンバーで、量子フォトニクス実験に適した安定環境を作るために設計しています。まだ一部調整中ですが、できるだけ精密に仕上げたいと思っています。」


「では…ホワイトボードに描きましょうか。」


彼はチャンバーの概略図を描き、話しながら要所を指さした。


「この装置の主な役割は、埃や振動、急激な温度変化、そして電磁ノイズのような外部の乱れから実験環境を厳密に守ることにあります。そういった乱れは、我々が観測したい繊細な量子効果にすぐに悪影響を及ぼします。」


「量子フォトニクスは、量子コンピューティング、安全な通信、産業用途の三大分野で重要な役割を果たします。」


「量子コンピュータの性能が向上すれば、現在安全とされているRSA鍵を実用的な時間内に破られる可能性があります。数学研究部の皆さんはRSAについて良く知っているでしょう?」


俺たちは頷いた。内田が耳元に顔を寄せる。ほぼ息が触れるほどの距離で、


「ねぇ神崎、RSAって何だっけ?」


如月も静かに身を乗り出し、俺たちの会話に耳を傾けた。

俺は、佐藤先輩の話を遮らないよう気を付けながら囁く。


「RSAはデータ通信の暗号化方式で、みんな毎日スマホで使ってるよ。」


内田の目が少し見開かれ、囁き返した。


「ああ、秘密鍵と公開鍵のアレか!」


如月はさらに身を寄せ、ゆっくりと柔らかな声で言った。

「RSAが安全なのは、二つの大きな素数を掛け合わせるのは簡単だけど、その掛け算を逆にするの、つまり素因数分解がとても難しいからなの。」


内田は繰り返し頷き、小さな微笑みが唇の端に浮かんだ。

「ああ、そうそう。」


如月の目がわずかに柔らかくなり、体を少し引いて、その瞬間を穏やかに閉じた。

彼女たちの混ざり合った香りが一瞬残り、静かに消えていった。


数学好きの俺たちの小さな世界の外では、佐藤先輩の話が続く。


「我々はナノエンジニアリングされた熱電ファブリックに、特殊なナノ流体を運ぶ微細なマイクロ流路を組み合わせています。この仕組みで、温度を素早くかつ非常に精密に制御できます。誤差はわずか±0.01 Kです。」


「さらに、超音波式の加湿器と学習機能を持つスマートセンサーを連携させ、湿度を厳密に調整しています。これは量子ドットのコヒーレンス維持に不可欠です。」


「換気システムはAI制御で、機械学習を使いリアルタイムで環境変化を予測し、能動的に対策を取る仕組みです。まるで決して眠らない監視者のようです。」


「そしてチャンバーの壁は、プログラム可能なメタマテリアルでコーティングされ、特定の周波数以下の電磁波や音響干渉を遮断します。ほぼ完全に外部ノイズを遮断し、実験に影響を与えさせません。」


俺は尋ねた。

「興味深いですね。熱電層にはペルチェ素子を使い、もしくはマイクロ流体の対流冷却だけに頼っていますか?」


佐藤がまばたきし、驚きをちらつかせ高見を見る。彼女は頷きと微笑みで応えた。


「主にペルチェモジュールを用いていますが、マイクロチャネル内の流体流量を動的に調整して熱遅れを軽減しています。MEMS統合マイクロ流体冷却にはご存知ですか?」


「多少は。マイクロチャネル内で安定した層流を維持しつつ音響振動を最小化するのは、特に量子フォトニクスの極低温環境では難しいですね。」


如月が静かに付け加える。

「メモリスタセンサーは適応型フィードバック制御を提供しますが、センサーのヒステリシスによる長期的な温度ドリフトの可能性も考慮しましたか?継続的な再校正が必要かもしれません。」


佐藤は感心して頷いた。

「AI制御と同期した定期的なセンサー校正アルゴリズムを導入していますが、如月さんが指摘した課題はまさに核心です。」


俺は続けた。

「AIシステムについてですが、訓練データはどう収集していますか?シミュレーションだけでは、断続的なEMIスパイクのような予測不能な環境変動を完全に捉えきれませんよね?」


「ハイブリッド学習を実装し、シミュレーションデータで初期訓練した後、リアルタイムのセンサー入力を用いた強化学習で継続的に適応させています。まだ開発途中ですが。」


部屋は静まり返り、技術的なやり取りの重みが浸透した。高見でさえ俺たちに新たな尊敬の念を向けている。数人の学生が囁き合い、視線を俺らの間でさまよわせた。


佐藤が静寂を破った。

「皆さんのシステムへの理解は素晴らしい。数学研究部からの訪問者がここまで深く掘り下げるとは思わなかった。」


「たかが数学の宿題じゃないってことだな。」俺は反対派の群衆を見返した。佐藤と高見は苦笑した。

如月が穏やかに微笑み、囁いた。


「複雑な問題は学際的な協力が必要で、数学はすべての科学の共通言語です。」

内田が元気よく入る。


内田が意気込みながら口を挟んだ。「数学研究部は問題を朝ごはんみたいに平らげるんだ!」


俺は彼女にウインクと親指を立てて返した。内田はうっすらと頬を赤らめ、照れながらも誇らしげだった。


ナイスフォロー、内田—まさに必要な時にチーム全体のバフをかけている。その小さな魔法のサポートが私たち全員を元気づけた。


神崎惺夜は完全回復した!


ーーー


短い技術的なやり取りを経て、プロジェクトのロードマップがより明確になった。一方で、野心的な目標の裏に多くの抜け穴と未解決問題が見え、部内や学校全体に混乱と不穏な空気を生んでいた。物事は決して見た目通りではなかった。


高見が研究分析資料と書類の束を配布した。厚い紙の山がラウンジの机に置かれ、俺たちはまるで企業の会議室にいるように静かに座った。俺は如月と内田の間に座り、彼女たちの馴染んだ香りに意識がゆるやかに引き寄せられていくのを感じた。


如月はすぐに書類に没入し、繊細な指で考え深げに顎に触れた。いつもの如月が戻っていた——優雅で冷静、推論は鋭く致命的だった。俺は知らず知らずのうちに彼女の穏やかな顔を長く見つめていた。部屋の静けさが一層濃くなった。


高見が付け加えた。


「前述の通り、書類にあるように、温度は通常の298Kから278K、ほぼ-15℃まで急降下し、その後313Kに瞬時に跳ね上がります。すべて数秒以内の出来事です。AIは補償に苦戦し、敏感なレーザー光学系の微調整を誤り、量子コヒーレンスの安定性に影響を与えています。」


彼女の視線は疲労に満ちて他の人々を巡った。


「±2キロパスカルの急激な圧力変動がチャンバー内の微細気候の密度を変化させ、量子ドットアレイ内に捕捉された光子の安定性を脅かしています。」


量子実験に求められる精密さは極めて厳格で、どんな乱れも大災害を招く。

彼女は続けた。


「同時に、建物内で不穏な現象が続いています。換気ダクトからは幽霊のメトロノームのようなリズミカルなノック音が響き、研究室の近くには不可解な冷点が現れ、未知の電磁干渉によるライトの断続的な点滅、廊下には歪んだ囁き声が漂い、学問の緊張の高まりと結びついた霊の噂を増幅しています。」


内田は震えをこらえ、喉を鳴らしながら書類を握りしめ、緊張した様子だった。

「我々はハードウェアを中心にトラブルシューティングを試みましたが、分析力が足りませんでした。教師陣は忙殺されて手が回りません…」


静かな緊張が部屋を満たし、エンジニアたちは互いに視線を交わしながら、計算された言葉の陰でフラストレーションを少しずつ露わにし始めた。


若い工学部の学生が落ち着かない様子で体を動かし、低くも確固たる声で話し始めた。

「センサーが根本的な問題ではないかもしれません。もしシステムに機械的共振があれば、AIによるフィルタリングだけでは不十分です。物理的に振動を切り離すことに注力すべきです。」


別の学生が慎重だが断固として応じた。


「おれも同感だ。振動隔離は完璧ではない。ダクトは微小な圧力変化を伝え、付近の重機の稼働でそれが悪化している可能性が高い。」


佐藤の眉がわずかに寄り、冷静ながらも鋭い口調で問う。


「だが、故障があまりにも不規則で予測不能なのはなぜだ?物理的共振は一定のはずだ。」


高見は考え込むようにうなずいた。


「断続的な機械的カップリングが急激なスパイクを説明できるかもしれない。しかし寒冷スポットや点滅するライトは機械的なものでは説明がつかない。」


内田の声が鋭くなり、小さな苛立ちが混じった。


「メタマテリアルの遮蔽層に微細な亀裂が入って、電磁遮蔽が損なわれている可能性はないだろうか?」


技術者が謹厳な態度で応えた。


「遮蔽設計は一般的な環境ノイズをはるかに超えています。もし点滅や寒冷スポットが実際にあれば、ソフトウェアのエラーか、誤ったセンサー読み取りの可能性も考えられます。」


如月は静かに、しかし力強く話した。


「ランダムなセンサーノイズは混沌として無相関なデータを生みます。しかしここでの異常は環境変数、つまり温度と圧力と高度に相関しています。これは単なる機器故障ではなく、非線形動的干渉が原因であることを示しています。」


佐藤は息を吐き、姿勢に緊張が表れた。


「そうだ、非線形動態は単純にモデル化できない。AIは予測不能な強制入力に苦しんでいる…」


如月は続けた。

「チャンバーの挙動は、ダフィング方程式のような微分方程式で支配される非線形システムを反映しています。そうしたシステムはカオスアトラクターを示し、わずかな摂動でも結果が大きく変わります。」


彼女は書類の位相肖像を指さした。


「この奇妙なアトラクターを見てください。決定論的な方程式でありながら、長期予測はほぼ不可能です。AIは本質的に非線形な乱れに線形補正を当てはめようとして苦闘しています。」


皆が同意した。「その通りだ、まさに如月さんの言うとおりだ…」


俺たちは揺れるブランコを思い浮かべた。


やさしく規則的に押せば、ブランコは滑らかで予測可能な軌道を描く。数度ほど押せばどこに行くか予想できる。


だが、押し方を変えたり不規則になれば、ブランコは奇妙に跳ね回り、不安定な軌道を描くことになる。


この実験チャンバー内部で起きているのはそれと似ている。装置もコンピュータも安定を保とうと躍起だが、温度や圧力といった多くの要素が不可解に変動し、システムは“混沌”へと傾いている。つまり、次に何が起こるか予測するのは非常に難しいのだ。


佐藤先輩が提案した。


「如月さん、そして数学研究部の皆さん。これまでのご意見、誠にありがとうございます。では、少し休憩を取り、情報を整理し消化しませんか?」


「それは助かります、佐藤先輩。ありがとうございます。」そう答えると、彼はうなずいた。


ラボの空調フィルターのハム音が静寂を満たし、俺たちはチャンバーの滑らかな外観から離れた静かな隅に集まった。深く息を吸い込み、目の前の課題の重さを実感した。

「よし、数学仲間たち。これらの故障原因を独自に調査する必要がある。まずはチャンバーのログとデータを精査し、パターンや異常を探そう。」


如月の目は近くの端末へ向かう。


「データ分析は私に任せて。ロギングソフトには精通しています。」


彼女の落ち着いた態度は鋭い集中力を隠しきれていなかった。


内田は踵で跳ね、飛び込む準備ができている。


「私も手伝う!大規模なデータセットの傾向分析は得意よ。」


「完璧だ。その間にチャンバー本体も検査しよう。ハードウェアの問題がないか確認しよう。」


佐藤はメガネを直しつつ割り込んだ。



「チャンバーの構成部品を案内し、必要なことは説明しますよ。」

俺はうなずいた。


「すごく助かる。あとで工学部のメンバーとも話してみて、変わったことに気づいたか聞こう。手がかりになるかもしれない。」


近くの高見は決意の表情で腕を組んだ。


「チームをまとめて、インタビューの準備をする。彼らの持つ全情報を提供してもらおう。」


「素晴らしい。1時間後にここで再集合し、発見を共有しよう。そして、心を開いて取り組むこと。見た目以上の何かがあるはずだ。」


みんなでうなずき合い、それぞれ好奇心と決意を胸に散った。


俺は如月にちらりと目を向けた。彼女の落ち着いた表情に決意が宿り、端末へ向かった。


内田の元気な足音が廊下に静かに響き、高見は好奇心に満ちた眼差しで俺を見て微笑む。


深く息を吸い込み、俺はこれからの道の重さを胸に刻んだ。


窓を打つ雨音はまるで秘密のリズムのように—まだ理解できないリズム。


如月は時計をちらりと見て、俺の目と合った。短く眉をひそめ合い、静かな時間管理の合図を交わした。


その一瞬、穏やかで言葉には出せない何かが空気に漂い、俺ら二人だけがまだ認める準備のない静かな招待状のようだった。





これまでのところはいかがですか?

お読みいただき楽しんでいただけていれば幸いです。

少なくとも、いくつかの瞬間があなたに笑顔をもたらしていれば嬉しいです…。

科学と数学のバランスはいかがでしょうか?本当に、ここまでお読みいただきありがとうございます。


ご感想やコメントがあればぜひお気軽にお寄せください。

また、原文の英語の原稿を読みたい場合もお知らせください。

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