第ー章:粉筆と影
数字――真実の礎、文明が築かれる基盤。
それらは私たちの主張に形を与え、成果に価値を割り振り、不確かなものに確信をもたらす。
人生の進路を決める成績から、それを支える投資に至るまで。
研究者の厳密な定量解析から政治家の厳粛な約束まで――数字は権威の重みを帯びている。
しかし、数字は欺くこともある。
確実さの仮面を被っているが、その仮面の奥には曖昧さが潜んでいる。
フェルマーの小定理を例に取ろう。
もしpが素数なら、
a^(p−1) ≡ 1 (mod p)が成り立つ。
これは数学者の優美な真実だ。
しかし逆は慎重にしなければならない。
任意のnがこの式を満たすなら素数だと仮定するのは危険な飛躍だ。
もし
a^(n−1) ≡ 1 (mod n)
が合成数に対して成り立つ場合、私たちは偽物を招き入れることになる――フェルマー擬素数。慎重なチェックの網をくぐり抜け、正真正銘の素数を装う狡猾な詐称者だ。
完璧な形をした論理も、不注意に扱えば裏切りの理想的な道具になる。
どんなに正確に見える数字も、謙虚さと警戒心を持って接する必要がある。
結局のところ、数字だけを盲目的に信じることは、最も純粋な真実からも欺かれることを招くのだ。
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幽玄学園の石畳を軽やかに歩く靴音は控えめに響く。歴史的な建築と現代的な建物が交錯し、磨き上げられたヒノキの木パネルは、最先端のモダンなデザインと対比をなし、過去と未来の調和を物語っている。
近くの寺から鳴る午後の鐘の低く深い響きが、京都の春の澄んだ空気に優しくこだまし、俺の歩みを促した。
深く息を吸い込み、春の新鮮な空気と静寂を味わう。
職員室に近づくにつれて、歴史の響きを残すアーチ型の廊下の先から、馴染みのある背の高い優雅な影が現れた。星野先生だ。
危なかった…遅刻しそうになった
彼女の特徴的なピクシーカットの髪型が美しい顔立ちを縁取り、唇の下の小さなほくろとフレームのないメガネが規律ある魅力を添えている。白衣は伝統的な気品と現代的な対比をなしていた。左手首の繊細で流行のブレスレットが光をひそやかにきらめかせている。
「幽玄学園へようこそ、神崎くん」
忘れられない穏やかな口調で、そっと肩に手を置いた。
「最初の週はどうだった? もう慣れた?」
「ありがとうございます、星野先生。推薦状と奨学金のおかげでここにいられること、本当に光栄です」
感謝の笑みを浮かべて握手を返した。
「授業も教材も素晴らしいし、図書館の資料は豊富で…退屈する暇なんてありません」
入学は熾烈な競争で、合格率は3~5%。学業の卓越性はもちろん、洗練、伝統、リーダーシップ、社交性も厳しく選考される。奨学金は稀で象徴的な意味合いが強い。そんな環境なら自然に卓越した者が育つと思っていた…
だが、会った生徒の多くは裕福な家柄で、傲慢と微妙な毒気を漂わせている者もいる。さすが幽玄学園だ。
数日前にはワイン試飲部でバカバカしいことをした。ノンアルコールワインを耳に当てて、「ブラックベリーとミステリーの囁きが聞こえる」と言ったら、みんな真剣に頷いた。まるでブドウの秘密の言語を見つけたみたいに。
そこで気づいた。何も知らなくても、自信満々に変なことを言えば、みんなついてくるんだ。
「堅苦しいのはやめてくれ」
彼女は鋭く笑い、俺の心を見透かしたようだった。
「学園は人脈や影響力のある社交界への入り口を提供するのよ」
「そんな環境を渡り歩くことで、将来の学業やキャリアに役立つ自信や社交性を養えるの。まあ、やりすぎは禁物。休息も大事だからね」
笑顔はあたたかい。
薄く書道が飾られた廊下を歩きながら、彼女は声を弾ませて図書館や道場、プログラミングに没頭する研究室など学園の宝を案内した。
中庭を通ると、数学の教科書にかじりつく生徒、髪をかきむしる姿や入試のプレッシャーについて囁き合う二人を見かける。桜の花とは不釣り合いな緊張感だ。
彼女は数学研究部の誇りと特別な役割を誇らしげに語った。
「数学研究部って、どんなところ?」と好奇心を抑えきれず尋ねると、
彼女は遊び心のある微笑みを浮かべ、
「知的探求と発見の聖域よ」
「部室では、全国や国際レベルの数学大会に参加し、多様な数学分野の研究にも取り組むの。如月あかりが今の部長ね」
「つまり、基本的に引きこもりの集まりみたいなものね」
「彼女は色々あったけど、心は優しく温かい。メダリストでコーチを兼任し、部に全力を注いでるわ。約束通り、神崎君も数学研究部に入部する。手続きは私がやるから、詳細は後で話そう。君の才能と情熱が部に新たな光と活力をもたらすはず。きっと活躍できるよ」
「部員にはどんな突飛なSTEMの質問も歓迎し、問題解決能力を伸ばせる場。毎日放課後には課題や実験サポートのチュートリアルもある。楽しそうでしょ?」とニヤリ。
如月あかりは長く日本の天才と称えられてきた。ニュースや数学キャンプで名前が挙がり、複雑な理論を語るとき赤い瞳が知性の光で輝く。
如月家の名は京都を越えて知られ、影響力と伝統、卓越の象徴だ。彼女は無理せず自然に注目を集める美しい存在。
本当に関わったことはなかったが、彼女を巡る噂話は絶えず、スキャンダルか真実かは関心がない。
「最高すっ、数学信者の聖地ですよ」
そう、スマホの壁紙はレオナルド・ダ・ヴィンチだなんて言わないけど。
「部に新しい活力を? ちょっと曖昧じゃないですか?」
「言葉の意味も自然に分かるはず。君のビジョンと情熱は輝いている。言葉で言うより、君自身が真実を見つけるべき。そうして君の貴重な視点も欲しい」
「いや、恐縮です。出身の平凡な男です。先生の導きなきゃ沼に沈んでたかも」と笑った。
「私は早くから投資するタイプよ」
彼女の称賛にドキッとし、その美しさに圧倒された。
廊下の突き当たりには、年月に磨かれた重い木製の扉。
「ここが部室よ」と彼女は軽やかに手を振った。
「すぐ戻るから。チャオ!」
扉を押し開けると、学園の活気から切り離された静けさが広がり、黒板にチョークが擦れる音だけが響いていた。
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午後遅くの柔らかな陽光が高いガラス窓から差し込み、机を温かい金色に輝かせている。四人の生徒が静かに期待を込めて座り、ノートを広げ、鉛筆を空白のページにそっと置いていた。
俺は後方の席に滑り込み、整然としたトロフィーケースとアーカイブに目をやった。色褪せた写真には、星野先生と笑顔の少女二人が賞を抱えて写っている。如月の名が刻まれた国際的な金賞は数多く、あたかも彼女だけの特別な表彰台のようだ。チーム戦のものは一つもない。
おお、また金ピカピカのトロフィーが?
まるでもう一つの金閣寺がスポットライトを奪いに来てるみたいや。まあ、数学のせいで観光客は来ないと思うけどね…
IMO、AMGO、EGMO、AMO、JMO、思いつく限り全部や。
俺の視線は教室前方に立つ黒く細い影、如月あかりに止まった。彼女の姿は数学の優雅さを讃える積分式の背後に浮かぶ静かな賛歌のようで、曲線は論理と美の繊細な踊りそのものだ。
彼女は黒髪の束を耳にかけ、正確でゆっくりとした仕草で振り返る。長い睫毛に縁取られた目は部屋を切り裂き、守られた壁の奥に隠れているようだ。
如月の最も印象的な特徴は、低いツインテールにまとめられた長い漆黒の髪だ。冷徹で落ち着いた佇まいで、制服は完璧に仕立てられ、身にまとう空気は重く見え、目に見えない重荷を背負うよう。
前回の訓練キャンプから時間は経ったが、彼女は少なくとも表面上はほとんど変わっていないように見える。ただ背は格段に伸び、新たに加わった距離感と冷たさが瞳に浮かぶ。まるで人間らしい感情を遮る壁に包まれているかのようだ。
「さて」
声は落ち着いていて通る。
「解を見つけるだけでは意味がない。なぜそれが成り立つかを理解せよ。問題を細かく分解し、答えを追う前に構造を見抜くこと。」
「ガンマ関数を見てみよう。通常自然数の階乗を実数や複素数の連続値へ拡張する唯一無二の積分だ。この問題と同様、単なる計算ではなく公式の奥にある意味を掴むことが求められる。」
興味が湧き前のめりに。
ああ、ユーラーのガンマ関数。階乗の連続拡張。数学だけでなく物理やCGにも役立つ。さすがユーラー様!
後方の一年生がおずおずと手を挙げる。
「一般的な質問ですが、どうしても解けない時は? どこから始めていいのか全くわからない場合は?」
如月の落ち着きが一瞬和らぎ、優しさが垣間見えた。
「混乱は理解を求める者すべてに訪れる最初の障壁。慌てず、一歩引き、問題を新鮮な目で見直して。問題を解くより理解することが先決。図を描き、パターンを発見し、特定の例を考えてみて。」
口調は穏やかで忍耐強く、微かな震えは彼女の内面の重さを示している。
少年の鉛筆は力強く動き出し、俺は心の中で頷いた。
良い助言だ。小さく具体的な事例が役に立つ。解決の糸口は尽きない。別の方法、強い結果を推測、検証、間違えば切り替え…試すことは止まらない。
ふいに隣に元気な女の子が現れ、共謀するように囁いて自己紹介した。
「内田美波よ! 部員よ。珍しいゲストね! 数学の質問? それともインスピレーション探し?」
真摯な笑顔で返す。
「はじめまして、神崎惺夜です。数学研究部に誘われて、学びつつ貢献しに来ました」
「わあ、ようこそ、神崎君! 星野先生が褒めてたわ。楽しみね!」
「人間と戦うより方程式と格闘する方が好きだ」と笑う。
「数字はジャッジしないし、反撃もしないから」
内田は驚いたように眉をあげ笑った。
「いい心意気ね! 殴るより描く方がいいわよ」
如月は黒板に向かい、綿密で優雅なチョークの動きで数学の証明を進める。彼女の筆跡は独自のクセがあり、QEDや枠囲み証明は彼女の目の個性に匹敵する署名のようだ。俺も真似ずにはいられなかった。
「学んだことを簡単な演習で試そう」
「 Γ (3/2) = √π/2 を証明して。」
鉛筆の走る音とチョークの響きが静かな部屋に染み渡り、戸惑う者、呆然とする者、疲弊する者がいた。
数学の本には幸せな子供が描かれていたはずだが…
ガンマ関数の形を見分けて首をかしげた。
部分積分が使えそうだ。口を挟もうか? いや、しばらく格闘させてみよう。簡単な問題だ。
ふと周囲を見回し、如月と目が合った。周囲の音が消えたように感じ、時間がゆっくり流れ、彼女が近づいてくる。低いツインテールが揺れ、控えめながら温かい笑顔だ。
「こんにちは。解けたようね。はじめまして、如月あかりです。」
彼女の礼儀作法は完璧で、期待した遠い星のような冷たさはない。
すごい、挨拶の芸術を極めている。
計算された優雅な動きは俺を緊張させ、マナーに気をつけさせた。
正直に言うと、如月の睫毛は長すぎる…
脳が停止し、彼女の圧倒的な魅力に捕らわれた。
「神崎惺夜です。」とぐだぐだな礼を返した。
「よろしくお願いしmaths。」
「で、最近部ってあんまり大会に出てないよね。何があったの?」
少し慌てて愚かな質問をしてしまった。
彼女はチョークをきゅっと握りしめ、微かな震えが指を走ったが、すぐに落ち着かせた。目の奥に影がかかり、内田が驚いて固まる。
「今はコーチングに集中してる。」落ち着いた口調で、
「数学の楽しさを他の人に伝えたいの。」
少し身をずらし、息を整えてこう付け加えた。
「神崎さんは何に動かされてるの?」
「パズルと勉強、あとみんなの役に立つことかな?」
内田が口を挟む。
「そうそう!勝つのは過大評価! 教えることの方が充実してる。」
「負けるのは得意。派手にね。」
「あかりちゃんは最高の先生よ!」と内田が言うが、如月は黙っていた。
扉がキーキーと開き、星野先生が白衣を揺らし、書類を抱え入室。鋭い目は如月に長く留まり、彼女が髪を払う仕草に眉間に皺。
「今日は饒舌ね、素晴らしい!調子はどう?」
「星野先生、おかえりなさい。」如月は礼をし、ほっとした声で。
「ゆっくりだけど着実に、指数関数の曲線のように成長してる。」
星野先生は微笑み、
「どんな山も一歩から! 皆よくやった!」
如月と内田は席を回り、苦戦する生徒を静かに導く。俺も加わり、ある生徒のノートを覗く。積分が消されまくっており、眉間に皺。
「置換試してみて」と囁き、ガンマ関数の問題を指す。
「あそこを u とすると指数が楽になり、問題も扱いやすくなる。」
生徒の目が輝き、必死に書き始める。
内田が目を合わせ、感心し笑う。
「やるじゃん、神崎君! めっちゃ早い!」
「似た問題を前にやっただけ。」
如月が興味深げに見た。
内田が頷く。
「あかりちゃんの羽衣チョーク欲しいでしょ? 数学の神の祝福よ。」
「羽衣? 俺の成績より価値あるな。」
このチョーク『羽衣』は重要な文化的かつ宗教的な遺物だ。なぜまだ大徳寺で展示されていないのだろう?宝物殿に特別な場所を与えるに値するのに。
本当に、一筆で一瞬にして恋に落ちる。そして、そのことを後悔するんだ…
内田はウィンクし、国宝を渡した。俺は黒板に進み書き始めた。
ガンマ関数1.5を求める。べき乗と指数関数の掛け算の積分で定義される無限和のようなもの。
部分積分で分ける。変数の0.5乗を複雑パーツ、指数減衰を簡単パーツに。
評価項は0と無限大で消え、残りは元の形に近いがべき乗がマイナス0.5の積分。
それは有名で、円周率の平方根に等しい。
まとめて、ガンマ関数1.5の値は円周率の平方根の半分。
内田たちは頷くが、如月は考え込む。
「もっとすっきりした表現があるかも。」と優雅にチョークを滑らせる。
ガンマ関数は再帰関係という便利な性質がある。
ある値を一つ小さい値に簡単な係数をかけて繋ぐ近道のようなもの。
1.5の値は (1.5−1) × ガンマ0.5、つまり πの平方根。
部屋に感嘆と静かな困惑が広がる。俺は一歩下がり、半分感嘆し半分挑戦された気分。
彼女の動きは踊りのようで、俺はレンガを運んでいた。
彼女の再帰関係は優雅で洞察に満ちた別次元の数学だった。
「それは…芸術だ。」
「再帰関係が、部分積分で導かれ、非整数の値も再帰的に計算できるなんて美しい。」
彼女がじっと見つめ、目に好奇心が光る。
「特別なことじゃない、裏での静かな作業よ。」と小さく言い、かすかな鎧の割れ目を見せた。
数学を生き生きと優雅に変えていた。俺の方法はスプーンで溝を掘るようなもの。彼女のは複雑さをまっすぐ切り裂く線だった。
感心か決意か分からないが、挑戦の炎が胸に灯った。
内田は困惑して言った。
「再帰関係って、部分積分から? え?」
「皆さん、証明を全部見たい? 神崎さん言った通り、部分積分と境界評価で自然に導かれるの。簡単だから皆で探るといいわ。」
如月は水筒から一口飲み、小さく口を拭った。見なかったが馴染みの動作。
紙の擦れる音と足音が近づき、星野先生が問題集を配っていた。
「それでこそ、皆よくやったわ。」
「この部は情熱が必要、続けなさい。」
彼女の目は俺に少し長く留まり、笑みが謎めいた計画で俺の役割を測っているようだった。
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夕方のベルが鳴り響き、楽しげだった部屋は沈黙し始める。部員たちは荷物をまとめ、声が活気を取り戻す。
何人かが如月に寄り、憧れの表情で尋ねる。
「邪魔してすみません、セルフィー撮ってもいいですか?」
彼女は温かく微笑み、頷く。スマホを囲み、小さなグループに笑い声が響く。一瞬部屋は軽やかになり、若さのエネルギーで満たされた。
笑いが収まると、彼女は黒板に戻り、日々の成果を大きく弧を描いて消した。
再びトロフィーケースに目を移すと、色褪せた写真の如月の瞳は若かりし頃から輝いていたが、今の彼女は静寂よりも重い何かを抱えているように思われた。
大切なことを話したとき彼女が僅かにひるんだ――完璧な礼の裏に隠された重荷は何か?
アーカイブの奥に目をやると、不自然なものを見つけた。赤く染まった古い本が意図的に隠されているようだった。
鼓動が速くなり、指が震えながら開くと、緻密な数学の証明が赤いインクで鮮やかに書かれていた。薄暗い中でほとんど光って見える。
記号は如月の筆跡と驚くほど似ている。部のサインだろうか?
ある証明の隣で名前は激しく消され、元のイニシャルY.Yが大胆に S.H に変わっていた。
ページをめくろうとしたとき、突然の声が静寂を破った。
「許可なく触らないで。何してるの?」
如月の声は鋭く切迫し、ほとんど必死の響きだった。
彼女は影のように現れ、手は震え、瞳には恐怖と怒りが渦巻き、普段の冷静な姿からは想像できない感情だった。
部屋は冷気に包まれ、彼女の警告が空気を支配した。私はすぐに謝罪し、ノートを元の場所に戻した。
彼女は夕暮れの影のように静かに消えた。
そのページには秘密が折りたたまれて、静かに待っているか忘れられているようだった。
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その直後、軽いタッチが頭に。星野先生が問題集を手渡してくれた。
「ミケランジェロが神崎の彫像を大理石から彫ったなんて記憶にないわ。」と含みのある笑み。
「取り決めについて夕食でも話しましょう。形式ばらず、数学部の再生のためのささやかな話よ。」
周囲の寒さを切り裂く柔らかな光だが、彼女の目には深い決意が宿っていた。
「それはいいすっね。無料のご飯と大計画って大歓迎だ。」
彼女は柔らかく自信に満ちた笑み。
「鋭い頭脳を持って、駐車場で会いましょう。学園の外で何か食べに行こう。」
彼女が部屋を出ると、その“輝き”はトロフィー以上に重い意味を感じさせた。
荷物をまとめながら俺は、方程式を超えた何か、如月の揺らぐ壁と星野先生の静かな希望に刻まれた、勝利と傷の物語に足を踏み入れる決意を固めた。
彼女の外の自信は仮面だ。本当の如月あかりはここにいる。輝きながら壊れている。
部屋を出ると、暗い廊下が虚無のように伸びている。
視界の端に、遠くから静かな冷たい気配が見つめている気がした。
高まる不安を飲み込み、足を進める。重い静寂が胸に響いた。