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7、始まりの前に

過去編も最終話です。まあ、過去編はかなり飛び飛びでしたが……。

ローレンスがモニカを失ったフーリエの戦いです。戦いなので、人が死ぬ描写があります。ご注意ください。










 モニカの行方はすぐに知れた。ガリア王国シャレット地方フーリエだ。つまり、あの盗賊はガリア軍だったということになる。


 フーリエに一番近いブリタニア軍の砦に到着したローレンスがまず初めにやったことは、公式外交ルートからのモニカ返還要求である。もちろん、ガリア側はしらを切った。


 もしかしたら、誰かが独断でやったことで、本当に知らないのかもしれないが、それではおさまらないのが目の前で婚約者を攫われたローレンスである。

 不意を突かれたとはいえ、目の前で婚約者を連れ去られたローレンスは、自分が間抜けだという自覚はあった。その上で、卑怯にも無力な女性を連れ去ったガリアの誰かに憤慨した。

 モニカはコールドウェル子爵の娘だが、彼女自身にこれと言った価値はない。あるとすれば、ローレンスの婚約者であると言うことだけ。


 つまり、モニカはローレンスの婚約者であるから攫われたのだ。ローレンスに対する人質で、彼女をおびき出すために。


 ニコラス2世からは、動くな、と命じられている。できるなら今すぐモニカを助けに行きたいが、ローレンスは動けないでいた。ここに駐在するブリタニア軍は、ローレンスではなく国王ニコラス二世のものだからだ。彼の許可なしに動かせない。


 そんなわけで、日々ローレンスのイライラ度が高まっていく。いつもへらっとしている王太子のそんな様子に、兵士たちがビビる。さらにローレンスが顔をしかめる。と言う悪循環が起こっている。


「とりあえず、落ち着いてください、殿下。みんな怖がってますよ」


 シリルが水の入ったゴブレットを差し出しながらローレンスに言った。彼とは、この砦で合流した。ローレンスはゴブレットを受け取りながら、ため息をついた。


「そうだね。一番怒りたいのは君だよねぇ。ごめんねぇ、頼りない主君でぇ」

「……いきなりどうしたんですか。気持ち悪いですよ」

「あ、今のはちょっと傷つく」


 そう言ってローレンスは苦笑を浮かべた。シリルは、モニカの兄だ。ローレンス以上に彼女を案じているはずだ。いつもなら気付くはずなのに、今回はそれに気づくまでにこんなに時間がかかってしまった。

 いつもなら無駄に回る気が回らない。いつもなら、最善策をとうに打ち出して、国王に進言していたはずだ。しかし、それができていない。


 と言うことは、自分は精神的に参っているのだ、と思うしかなかった。


「あ~っ! もうっ!」


 ローレンスは自分自身に悪態をついて、ゴブレットの水を一息に飲みほした。シリルがローレンスの肩をたたく。

「大丈夫ですよ、殿下。モニカのことですから、きっとケロッとして帰ってきます」

「それはうちの妹ならやりかねないけどさ……」

 特にゾフィーならやりかねないな、と思ったが黙っておく。ローレンスはテーブルに突っ伏し、目を閉じた。


「私としたことが、判断を誤ったんだ……モニカから、目を離すべきではなかった」


 大切な存在であるのなら、なおさら。
















 ローレンスの寝息が安定しているのを確認し、シリルは彼女の体を抱え上げた。見た目より重いのは、おそらく筋肉のせいだろう。彼女は女としては少々間違っているだろうと思われる肉体をしている。


 シリルは、外から施錠できる部屋にローレンスを放り込んだ。ベッドの上に寝かせ、シーツをかけてやる。おそらく、モニカが目の前で攫われたことで相当参っていたのだろう。少々乱暴に扱っても起きないくらい熟睡していた。

 彼女に睡眠作用のある薬を飲ませたのはシリルだ。彼の元には、ニコラス2世の指示が届いていた。



『指揮官としてグレアムを送る。ローレンスには戦闘に参加させるな。お前の参加の有無はお前自身に任せる』



 簡単にまとめると、そう言う内容だった。シリルは、参加するつもりだった。

 おそらく、ニコラス2世は、モニカが人質にとられている状況ではローレンスが冷静な判断をできないだろうと思ったのだろう。シリルも同意見だ。おとなしく閉じ込められてくれる相手ではないので、睡眠薬を飲ませると言う強硬策に出た。

 部屋の扉を閉めて、外からカギをかける。


「いいか? 殿下が起きてきて騒いでも、絶対に開けるなよ? 国王陛下の命令だ」

「はあ……しかし、内側から破られた場合は……」


 部屋の前の見張りの兵士の1人の言葉である。こいつら、ローレンスを一体なんだと思っているのだろうか。そう思ったが、とりあえずツッコミを入れるのはやめた。


「まあ、中には刃物はないし、大丈夫だと思うが。もしも扉が破られたら、その時はその時だ」

「はあ……」


 兵士たちはびくびくしながらうなずいた。相当ローレンスが怖いらしい。まあ、気持ちはわからないではない。味方なら安心だが、敵に回したくない相手ではある。何を思って、ガリア側は彼女に喧嘩を売ったのだろうか。





 ブリタニア軍は、すでにフーリエに攻め込む準備ができていた。知らぬはローレンスだけ。すでにこちらにたどり着いていた王族の1人グレアム・ブラックウェルがシリルを見てローレンスの様子を尋ねた。

「よう、シリル。ローレンスは?」

「眠っていただきました」

「……まあ、あいつがおとなしく閉じ込められるわけないもんな……」

 ローレンスの又従兄である彼も、ローレンスの性格をちゃんと把握しているらしい。

「ま、モニカを連れ帰って、あいつの喜ぶ顔でも拝んでやろう」

「そうですね」

 シリルはうなずき、フーリエのガリアの要塞にとらわれているであろう妹に思いをはせた。
















 フーリエのガリアの要塞に、ブリタニア軍が攻めてきた。戦争の音を聞いたモニカは、外を見ようとするが、両足を鎖で室内につながれており、窓から外を見ることはできなかった。


 攫われたモニカは、ガリアの要塞の一室にいた。足を鎖でつながれており、部屋から出られない以外は意外と待遇はよかった。少なくとも、食事はちゃんと出てくる。世話係の少年がしっかりしているだけかもしれないけど。

 バン、と前触れなく部屋の扉が開いた。椅子に座った状態で見上げると、モニカを攫った張本人のお出ましだった。


 ベルナール・シャリエール。子供のいないガリア王が後継ぎとみなしている少年の兄だそうだ。年は、おそらく、モニカの兄と同じくらいだろう。


「ブリタニアが攻めてきた。しかし、あんたの婚約者はいないそうだ。見捨てられたな」

「……」


 モニカは嫌な笑みを浮かべる男を睨み付けた。言うことがそれだけなら、とっとと出てけ。


「『黒い悪魔ノワール・ディアブル』も大したことなさそうだな」


 せせら笑って、ベルナールは出て行った。モニカを子罠がらせたかったのだろうが、あいにく、モニカにはすでに覚悟ができていた。


 ローレンスが出てくれば、彼女は必ずモニカを助けようとする。冷酷で、そして、とても優しい彼女。モニカは足手まといになるのなら斬り捨ててほしいのだが、ローレンスはそうしないだろう。だから、彼女を置いてくるのは当然なのだ。そうでないと、ローレンスがモニカの命を優先して、敵を逃がしてしまう。


 だから、これでいいのだ。


 戦闘音がだいぶ近づいてきたころ、再び部屋の扉が開いた。今度は世話係の少年が入ってきた。剣を持っているところから見て、彼も戦闘に参加していたと見えるのだが、こんなところに来ていていいのだろうか。


 それとも、モニカを殺しに来たのだろうか。


「今、足の鎖を切りますから、逃げてください」


 そう言って、彼は本当に鎖を切った。自由になった足を見つめ、モニカは驚く。そして、少年を見上げた。

「わたくしが逃げたら、あなた、困るんじゃない?」

 モニカの問いに、少年は微笑んだ。

「乱戦になっています。逃げ切れる保証はないですけど、人質に逃げられても不思議ではない状況です。本当は俺がついて行きたいんですけど」

「……いいえ。十分だわ。ありがとう」

 モニカは立ち上がり、走れるかどうか、足の状態を確認した。うん。大丈夫そうだ。


「わたくしはモニカ。あなたは?」

「……レイモンです」

「そう。レイモン。よくしてくれてありがとう」


 モニカは早速部屋を出た。レイモンが言っていたように、乱戦になっているらしく、人が出払っているのだろうか。建物の中に人影はほとんどなかった。モニカに出来るのは護身術程度だが、隠れつつも何とか裏口から脱出した。あっけなくて、ちょっと現実味がない。


 後は、ブリタニアの兵士に保護してもらえばいいのだが……出た位置が悪かったのか、建物の裏手はがらんとしていた。これは建物を回り込むしかないだろうか。


「あれっ。モニカ」


 名を呼ばれて、思わず振り返った。ローレンスの又従兄にあたるグレアムだ。彼が今回の指揮官なのだろう。モニカはほっとした。

「グレアム様。よかった……」

「ああ、よかった。探す手間が省けた」

 そう言いながら、グレアムが剣を抜いた。駆け寄ろうとしていたモニカは、逆に足を後ろに引く。


「グレアム様?」

「君が死んだら、ローレンスはどうするだろうね」

「……!」


 グレアムの眼を見て、彼は本気だ、と思った。モニカはとっさに身をひるがえす。戦闘経験のないモニカには仕方のない話だが、それは戦場で最もしてはならないことだった。

 身をひるがえしたモニカは、グレアムに背後から斬られた。モニカはその場にくずおれた。


「私の出世に、ローレンスが邪魔なんだよ」


 そんなグレアムの声を、モニカは薄れる意識の中で聞いた気がした。

 モニカがこのまま死ねば、ローレンスは取り乱すだろう。そして、もう線上には行きたくないと言い出す可能性もある。そう言う意味では、グレアムの行動は理にかなっているのかもしれない。


 死ぬ前に、兄に、ローレンスに会いたかった。でも、ダメだ。



 ごめん、ローリー。



 モニカは目を閉じた。そして、もう二度と開くことはなかった。
















「ちょっと! 聞こえてるんだろ! 開けろ!」


 目を覚ますと部屋に閉じ込められていたローレンスは扉の外にいるであろう兵士たちに怒鳴っていた。ついでに、扉もたたく。しかし、反応ななかった。実はローレンスの剣幕に兵士たちはビビっているのだが、そんなことは知る由もない。


 一応、窓からの脱出も試みたが、こちらには鉄格子がはまっていた。牢獄か、ここは!


 ローレンスを閉じ込め、フーリエを攻略に行ったのだろう。ローレンスが眠っていた時間から見て、そうであればそろそろ結果が出るころだ。早くいかないと、モニカが……!


「開けろって言ってるだろ!」


 扉を蹴りつけたが、大きな音が響いただけだった。騒ぎ疲れて、ローレンスはその場にしゃがみ込んだ。

「まあ、落ち着け、ローレンス。今開ける」

「父上!?」

 扉の外から聞こえた声は、間違いなく父のものだった。がしゃん、と音がして、扉がゆっくりと開いた。それに合わせ、ローレンスは外に飛び出した。


「……っていうか、何故父上がここに」

「お前の様子を見に来た」

「……それはどうも。それより、戦況は?」

「ああ。負けた」


 速足で廊下を歩きながら、ニコラス2世が答えた。同じ速度で歩くローレンスは「は?」と首をかしげた。


「負けたんですか?」

「ああ。図らずもお前の優秀さが証明されたわけだ」

「そう言うのはどうでもいいです。それじゃ、モニカは……」


 助けることができなかったのだろうか。やはり自分もついて行けばよかった、と唇をかむローレンスを、ニコラス2世はちらりと見た。

「……一応、帰ってきているぞ」

「……一応?」

「会うか?」

 うなずいたローレンスに、ニコラス二世は「後悔するなよ」と言った。

 案内されたのは、砦の中にある小さなチャペルだった。祭壇の前に置かれたひつぎの周囲に、何名か兵士が集まっている。


 ローレンスに気が付くと、兵士たちは棺が見えるように場所を開けた。棺の側にしゃがみ込んでいたシリルも立ち上がる。


「殿下」

「シリル君……モニカは……?」


 彼は、黙って棺の方を見た。ローレンスは震える手を棺の淵に手をかけた。覗き込む。

 中には、モニカが眠っていた。眠っているようにしか見えなかった。


「……フーリエの建物の裏手で、背後から斬られて倒れていたそうです。おそらく、逃げようとしたところを斬られたんだと……」


 重い口調で、シリルが言った。ローレンスはモニカの頬に手を伸ばした。冷たい。その温度のなさが、ローレンスにモニカの死を自覚させた。


「……モニカ」


 棺の中に、ローレンスの涙が落ちた。ローレンスは手をひっこめ、頬に流れる涙をぬぐった。しかし、後から後からこぼれてくるので意味がない。



「……っ! あああああああっ!」



 チャペルに、ローレンスの慟哭が響いた。誰も、悲痛な叫びをあげる彼女に声をかけられなかった。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


祝・過去編完結、『ガリア継承戦争の裏事情』完結です。長かった、と思うのは隔日更新だったからですね……。


本編を書いているときから、モニカのことは書こうと思っていました。最後が決まっていたためか、驚くほどすらすら書けてびっくりしました。おかげさまで更新できました。ありがとうございます。


この作品、かなり際物だったと思います。男装ものも敵と恋に落ちちゃうのも王道だけど、なぜこうなった、って感じではあります←


とにかく! ここまでお付き合いくださった皆様! ありがとうございます!!


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