シーン11!
放課後、俺は約束通り校内の中心に位置している噴水広場で待っていた。
夕日が噴水のオブジェを照らし、その影が水面に浮かぶ。
ちなみにオブジェがキューピッドの彫刻であることから、俺もここに心地よさを感じ始めている。『意外にも評価されてる感』 があるからかもしれない。
とはいえ、噴水広場に俺一人ってわけじゃない。
やはりシンボルとして強烈なので、絶好の待ち合わせ場所となっているらしく、ぼちぼちリア充たちがお友達を待っている。
概ね、女子が女子を待っているか、男子が女子を待っているかのどっちかだ。
男子がわざわざ男子を待つことは大層、あったもんじゃない。
あったとしても、「一緒に帰ろ」 なんて言葉が出てくることはめったにない。ましてや、女子は手をつないで歩いていることが数多くあるわけだが、男子は一緒に手をつないでいることは見たことがない。
まあ、見ようと思わないが。
「いたわね」
制服姿の怜が俺に声をかけた。
どうやら、同じ部活友達と別れたばっかりらしい。チラチラこっちを見ている。
「今ここにいないと、後に地獄を見る気がしてな」
「それはあんたの仕事次第よ。天国に行くか、地獄に行くかは」
「『生きる』 て選択肢はないのかよ……」
実際、俺は死ぬことはないだろうが、それ以上の痛めつけが待っている気がする。
こんな、漫才をしてる場合じゃない。
俺はさっさと本題に入ることにした。
「で、何をすればいいんだ」
怜は少し俯いた。そして。
「…… ついて来て」
俺は手首を握られて、怜に引っ張られていく。
手は汗でびしょ濡れ、しかも、手には俺の手首が痛くなるほどの力が入っていた。
結構筋力あるぞ、この女。
俺たちは校舎の隣の道を歩いていた。
聞いた話、この学校はベタに方角を軸にして建設したらしく、校舎が丁度北になるように作られているという。だからつまり俺は今、北西の道を歩いているわけだ。
そんなこんなで俺たちはある場所に着いた。どうやら体育館らしい。
大きいが、外見は普通の体育館だ。白い四角型の建物で特にこれといった特徴的印象はない。
俺はそのまま正面入り口から入るのかと思いきや、回り込んで裏の入り口から入るらしい。いわゆる舞台裏だ。人がおらず、薄暗いその廊下には様々な資材が置いてある。演劇にでも使うのだろう。
廊下を通り抜け、檀上の幕の裏に隠れるようにする。
「か、かなり歩いたぞ……」
俺は息がこれ以上なく、切れていた。
体力無いってのに、こんな引き回すなんて…… キューピッドの扱いが酷すぎる。
「シー! 静かに!」
怜は幕を少しずらし、その向こう側を覗く。
その途端、黙り込んでしまった。
「おい、どうした、怜。おい! …………ゲッ!?」
こいつどうしたんだ、と思いながら横顔を窺がってみると、「デヘへ……」 とでも言わんばかりに (実際言っていたが) ほっぺを紅潮させ、よだれさえ垂らしている。 背景に花びらでも浮かんでいるようだ。
とにかく人様には見せられない状態だった。
まあ、俺も怜にデレられる対象に興味がなかったわけではないため、俺も同じ穴に身を投じることにしよう。
そーっと、向こう側を覗いてみる。
音で予想がついていたが、バスケットボールという運動をやっていた。
「で、どいつなんだ、お前のターゲットは」
ひそひそ話でもするようなトーンで語り合う。
「えへ、えへへ…… デレ~~」
とにかく、恋に酔っていた。
幕を上げるための縄を掴んで、
「幕、上げるぞ」
と言った矢先、怜は
「やめて! それだけは!」
と、俺のシャツを引っ張って止めようとした。現実に戻るにはある種の危機感が必要らしい。涙目の上目づかいで俺を見つめてくる怜は不覚にも、とても女らしくて可愛かった。
「全く……」
俺たちは再び覗くことにする。
「もう一度聞くが、どこのどいつだ、俺の怜を取ろうってやつは。 ――ウグッ!」
怜の肘が俺の腹を直撃した。
「誰が 『俺の怜』 なのよ!」
はあ、と呆れたような嘆息をつき、続ける。
「ちょっと待って…… ほら! 今スリーポイント決めた人! あの人よ! キャ――!」
鼻息を荒げて指差している怜は、先ほどの可愛さが消え失せていた。
それはさておき、スリーポイントやらは分からんがどうやら今ボールを籠に入れた人間がそれらしい。俺は出来るだけ外見の印象を拾おうとしたが、それも空しく……
というのも、遠かったため、ほかの選手に比べて少しだけ背丈が低いな、ということだけしか分からなかった。
「近づいてみよう」
「え!? だ、ダメよ! い、いいいきなり馴れ馴れしすぎるわよ、そんな!」
何を勘違いしてるんだろうか。俺は単に顔が見たいだけなんだが。怜は首を思いっきり横に振っている。
「これほど遠くだと、顔の輪郭すら見えねえじゃねえか」
「でででで、でも! ほら、対面するときには心の準備ってものが必要で、行き当たりばったっりていうのは…… な、なんだか、軽率的になっちゃうっていうか、軽々しくなっちゃうじゃない? そういう事態を避けるためにも、慎重に、そう! 慎重に行くべきなのよ!」
言うまでないが、ものすごく焦っていた。
「ふーん」
「う、うん、だからやめたほうがいいわよね? そうよね?」
俺はサラッと呟く。
「いや、ないな」
俺は壇上から降り、そのままターゲットに近づいた。
「あああああ、アモル! 止まりなさい! アモル―――――!」
依然として幕の裏に隠れている怜は声のボリュームを下げるためにかすれた声で叫ぶ。
「ったく、大丈夫だって。ここで俺はお前にしか見えないから安心しろ」
「え?」
俺の言葉に怪訝そうな怜をほおっておき、俺はターゲットまで進む。
何をするかあたふたしていたが、結局ついてくることにしたらしい。試合場の周りを囲んでいる観客席の壁の裏に隠れながら忍び寄ってくるのが感じられる。半信半疑なのはわかるが…… ちょっとうっとおしい。
さて、怜のターゲットの特徴を述べよう。
先ほど背丈が低そうだ、と言ったが、取り消そう。背丈は普通だ。平均な男子だ。他の選手がやたら背が高い輩が多いので、比べたら確かに低いがルックスに支障を持たしているわけではない。かなり鋭い目をしており、これが茶髪ではなく、金髪だったら確実にヤンキーだと評されるところだろう。前髪が片目を隠しているのはとても印象的だが、端正な顔立ちをしているのは間違いなく、全てひっくるめて言えば 『ちょい悪』 的なハンサム男である。
正直言おう、男の外見を説明するほど面倒くさいことはない。しかも、そいつがハンサムだったら尚更だ。男に興味はない。
俺は休憩中で水分補給をしているワル男 (ちょい悪 + 男) を指差して怜に聞いてみる。 ワル男を指差しながら体育館全体に響くように叫ぶ。
「んで、こいつをどうしてほしいんだ?」
怜は体育館の隅にあるボールが入っている大きな箱の後ろでこっちを覗いている。カアァ、と赤面し、顔を俯けながら俺を手で招く。
やれやれ、女性に招かれたら行かざるを得ないだろう。
「あんた、本当に誰にも見られないようね……」
「キューピッドは嘘をつかないぜ」
「その言葉自体がもう完全に嘘ね」
まあ、その通りだが。
「……ま、まあいいわ。ここじゃひそひそ話しかできないし、一旦外へ出ましょう」
どーも、はるまきです。
番外編も加えたら十三話目ですね!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
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