シーン12!
場は移り変わって今は帰り道。
「で、あの人相が悪い男は誰だ」
「誰が人相が悪い男よ!」
襟首を掴まれながら鋭い険相で俺を睨み付ける。
震えていた手を 「我慢、我慢……」 と呟きながらやっとの思いで引き離す。
「彼の名前は一之瀬奏 (いちのせそう)」
「ほうほう」
「うん」
「…………」
「…………」
思いがけないタイミングで閑古鳥が鳴いた。
「え? それで?」
「ん? それだけよ」
「はぁ!?」
思いっきり本音が口から出てしまった。
怜の攻撃は一段階レベルアップしたらしく、今回は爪で俺の首をひっかいてきた。
首筋を手で触ってみると血が出ている。サァー、と首筋が恐ろしく冷たくなるのを自ら実感した。
「お、お前は俺を殺す気か!? 爪の次は何だ!? 剣か!? ハンマーか!?それとも、銃でも持ってんのか!?」
「あら、正解。しかも順番に言い当てるなんて、勘が鋭いわね」
「いやいやいや、勘じゃなくて冗談のつもりだったんだけど!? 剣が出た時点でもう次は無いだろ!」
「まあ、正確に言えば剣じゃなくて、ナイフだけどね」
「どっちも用途的に変わらねえ!」
こいつはどうにかしてる。
しかも、現在帰宅ルートから外れた道を歩いているのだ。
本来なら一直線で家までつくのだが、今回はあえて回り道をしている。
なぜ、問わないか? 命が惜しいからさ。
結局俺たちは小型の公園のベンチに腰掛けることにした。黄昏が過ぎ、白とピンクがまじりあった桜の木が徐々に闇に閉ざされていく。夕日の光は丁度いい絵を作るエッセンスになりうるが、太陽も、月の光もままならないこんな中途半端な時間帯は、ちょっともったいない。
因みに俺たちはベンチの端と端に座って仲良く口を閉ざしている。
そして何分がたっただろう。
いい加減、帰らせてほしいと考えていたら、怜がやっと話しかけた。
「おかしい…… かしら」
「なにがだ?」
「ろくに知りあってなくて、今では名前しか知らない人を好きになるって……」
「まあ、せめて基本的なデータぐらいは集めるもんじゃないのか?」
「そ、そうかしら?」
「そうじゃないか? クラスはどこかとか、部活は何をやってるのかとか。そんなもの調べるもんじゃないのか?」
「…………」
黙ってしまった。
失言してしまったのだろうか。
怜は突然、煩悶した様子で語り始めた。
「私、イジメに遭ってたのよ。一年前ぐらいかな」
「なんだって?」
意外の何物でもなかった。
脈絡がどこに行ったのかということではない。
大体、俺もそれに関して茶々を入れることもしない。
こいつにとって、こいつがこれから始める話は現在の恋に繋がっているのだろうから。
俺が意外だったのは文脈通り、こんな強気で、平気にスタンガンをどこにでも持ち歩いていそうな女が、イジメに遭っていたことだった。
「それは丁度、一年前、私のお母さんとお父さんが事故に遭って行方不明なってからよ」
俺は自動販売機からコーヒーを買い (金はもちろん愚民の財布から拝借させてもらった) を飲みながら、黙って聞く。
怜も、それに応えるように続ける。
「親が突然行方不明ってのはそれはそれでもちろん悲しかったわ。だけど、最初に直面したのがやっぱりお金の問題だった。拓兄がバイトとかしてやりくりしてくれてたから、具体的なことは分からないんだけど、大変だったことは覚えてるわ」
「……そうか」
「せめて、高校に上がった時の学費だけは奨学金貰おうと思ってね、勉強に打ち込んだわ。休み時間も勉強、帰っても勉強。遊ぶ時間を切るつめたんじゃない、全部勉強に費やした……友達はいなくなっちゃったけどね」
「そりゃそうだな」
「まあ、振り返るとバカなこともしたわよ。カンニングとかね。元々成績がいいわけじゃなかったもの。すぐに結果出そうとすれば、そんなもんでしょ? チクられたりとかはしなかったけど、その代償として」
「イジメか」
だろうな。
「何というか…… 自業自得だな」
こんな時に 「自業自得」 などという言葉を使うべきではないのだろうが、その言葉しか浮かばなかった。
「そう言われちゃ、言い返せないけど、その通りだと思うわ」
「そんな事情じゃ教師にも言えないだろうな」
教師に報告した瞬間に、カンニングのことをばらされるのがオチだろう。
それだけはどうしても避けたかったはずだ。
「だけどね、彼は認めてくれたわ。あ、彼っていうのは奏さんのことね。廊下で私の悪口をしていた人々に通りすがりにこう言い放ったの。『危険を冒してまで結果を出そうとしてるあの子は後ろでネチネチ言ってるお前らよりか遥かにましだな』、てね」
「ほう」
俺はとりあえず頷く。
「そんなことで喜ぶなんて淡い、てのは分かってたわ。自覚してた。でも嬉しかったの。すっごく嬉しかった…… 事情も知らずに純粋に認めてくれたのが嬉しかったの」
「そうか……」
俺は今まで見たことがなかった怜の側面を垣間見た気がした。純粋で、素直で、我慢強そうに見えるけど、実は繊細な少女が。こいつはこいつなりに自分の感情をさらけ出そうとしている。
「だが、なぜ、俺に話すんだ? 俺のことを信頼したのか?」
俺は場を和ますために、わざとらしく、冗談っぽく問いかける。
「さあね!」
怜は立ち上がり、腕をストレッチしながら言った。
「私は、あんたが話を聞くだけしか能がない犬だから話したかったのかもしれないわね」
よくできた切り替えしだ――つくづく利口な奴である。
まだ冬の冷たさが抜けきっていない風が俺たちの体を突き抜ける。
この華奢な背中は今までの重荷をどれだけ担いできたのだろう。
今にも切れそうな街灯を見つめながら、刻々と無言の時が過ぎていった。
どーも、はるまきです!
キュピプロも中盤に入ってきました!
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