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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
再会と別離

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第4話 異なる舞台

 ◆◆◆



 契約による養子たちが軒並み上級認定を受けた上に、当の御令嬢は特級の認定。


 中央の力ある古参の大貴族家であっても、早々成し得ないことを、新興貴族であるフォレスト男爵家がやってのけた。そこまでの人材をかき集めて見せた。


 当然、これは魔導院の中だけの話に留まるはずもなく、デイルの貴族社会を揺るがす事態だ。


 亀裂が拡がる。


 新興貴族家の力を危惧する者らと、彼らを積極的に受け入れようとする者ら。


 各々が思惑を持ちながらも、デイル王国の崩壊は止まらない。


 むしろ、さらにさらにと加速していくことになるのだが……それらを俯瞰して観ている者は少ない。


「(……やはり、〝演者〟に多少の変更があれど、すでに舞台そのものがこ(・)う(・)なっているわけか)」


 魔導院においては、ある意味では周囲も見慣れていた仮面姿だったが……今、リオンが歩いているのは王都の街中だ。


 領地持ちの貴族が邸宅を構える区域とはまた別の、新興貴族家や財を成した商家の者らが居を構える住宅街。


 当然ながら道行く人々は、仮面を被って往来を歩く者に奇異の視線を浴びせる。後ろから指をさし、ひそひそとなにかしらを囁き合う姿も。


 ただ、当のリオンは意に介さない。人々にどう思われようが、気にするほどのことでもない。むしろ、奇異の目を向けられるリオンの方こそが、街の様子を、住民たちの振る舞いを、つぶさに観察していた。


 仮面を隔てて見やるこの地区の様子は、〝かつての世界〟で見た光景と近しい。


 石畳の街路が少し荒れている。まだ目に付くほどではないが、補修されぬまま放置されている箇所がある。


 富裕層の住まう地区でありながらも、大通りを外れた路地裏からは、微かに異臭がする。


 通りを歩く人々の十数人に一人、行き交う馬車の十数台の内の一台に、どうにも荒(・)事(・)に慣れた手合いが潜んでいる。街の風景に溶けるように振る舞いながらも、まだ馴染みきれていないという印象。


 そこはかとなく、退廃的な香りが漂ってきている。


 どこぞの〝愚かな王子〟が入り浸っていた、〝かつての逃避先〟に徐々に近付いている。


 街並みを、その空気感を肌で感じながら、リオンは通りで立ち止まる。


「――どうされました? お疲れのようでしたら、今からでも馬車を呼びますが?」


 リオンの足が止まったことに気付く。前を歩いていた少女が、軽く振り返りながら声を掛ける。


 見るからに容姿端麗な御令嬢という佇まいながらも、服装はブレザーシャツにキュロットという、魔導院での演習時を想定したかのような動き易い出で立ち。


「いえ、お構いなく。――というより、なにもジュディ様方が、私の酔狂に付き合う必要はないのですが……」


 街並みに向けていた視線を少女に――ジュディへと向けるリオン。


『ふふ……私はどこにも行きません。殿下の御傍にずっとおりますから……』


 むせ返るような禁制薬物の紫煙に包まれながらも、仄かな香水の香りが鼻をくすぐる。


 ドレスを品なく着崩し、蠱惑的な笑みを浮かべ、しな垂れかかりながら耳元で囁く少女。


 リオンの脳裏には、そんな幻(・)想(・)が僅かに過ぎる。


「お誘いしたのはあくまで私ども……客人であるリオン殿に合わせるのは、当然のことです」


 軽やかに微笑むジュディ。それはリオンの知る〝幻想〟とはまるで違う姿。


 同じ顔、同じ声。姿形は同じくとしながらも、どこか遠い別人。


「(扱う〝武器〟が違う以上、言動もそれに相応しく――というところか)」


 王立魔導院にて、マウクトの尖兵であるジュディとの再(・)会(・)を果たしたレイナス(リオン)。


〝茶会〟への参加を望んだジュディは、主催であるアーシェラに返事を保留とされながらも、さっそくに仮面の君との接触を図った。


 新興貴族であるフォレスト家は、魔導院の敷地にガルム家のような宿舎(邸宅)などない。


 だからこそ、彼女は是非にと、王都にあるフォレスト男爵家の邸宅へと招いた。怪しき仮面の高位魔導士を。


 今のリオンは、魔導院内においては高位魔導士として知られ、周囲の貴族子弟にもそれなりに敬意を払われているが……あくまでバリアード家の契約による養子でしかなく、実態としては平民という扱いだ。


 いかに新興貴族家とはいえ、御令嬢直々に、しかも真正面から招待を受けてしまった以上、リオン(平民)が禍根を残さずに断るのは難しい。


 しかしながら、そもそも今のリオンはアーシェラ・ウォル=ガルム嬢の庇護下にいる。そんな彼を、アーシェラの許可を得ぬままに個別に誘うということ自体が、デイルの貴族社会では品がないと見做される行為だ。


 俯瞰して観れば、ジュディは、自らはデイル貴族の常識外れを平気で行いながらも、相手側には常識的な振る舞いを求めるという……かなりの無茶を仕出かしているのだが、敢えてリオンは乗る。乗らない手はない。


 なにしろ、ジュディや取り巻き立ちが、意図せずにそのような振る舞いをしているはずがない。そう確信しているからこそ。


 また、リオンにとっては、どこか〝答え合わせ〟のような気持ちもある。


〝かつての世界〟では知り得なかったナニか。


 マウクト神聖国の、その尖兵たちを動かす信念(モノ)。


 そして、ジュディが歩いていたであろう任務(道)。


『このリオン、身に余る光栄を感受しながら、ジュディ様からのお誘いを、謹んでお受けいたします』


 慇懃に腰を折りながらも、その道化の仮面は嗤う。


 腹の中になにかしらを隠したまま、リオンはジュディの誘いを受けた。


 そうなれば話は早い。


 ジュディは間を置かずに動く。広大な敷地を誇る魔導院という立地の点と、貴族家の誘いという礼法の観点から、迎えの馬車をすぐさまに手配した。


 招く側としては当然のことだ。


 リオンは言われるがままに、馬車での迎えを受け入れたのだが……あろうことか、目的の地区に差し掛かった際に、わざわざ馬車を止め、徒歩での移動を希望したのだ。


 相手の用意した迎えに対して、途中からとはいえ拒否するなど、本来であれば言語道断。


 ジュディはぴくりと眉を動かすが、それもほんの一瞬だけ。


 すぐに微笑む。


 何も問わず、ただ『どうぞ、リオン殿のお気に召すままに……』というだけ。


 彼女が動けば取り巻きたちも動く。


 結果、リオンはジュディ一(・)味(・)に囲まれながら、徒歩にて案内を受けているというわけだ。


 仮面姿に奇異の視線を浴びせる住民たちも、視線を向けて陰口を叩くだけで、直接寄っては来ない。


 なにしろ、一見すると、仮面の不審人物が連(・)行(・)されているようにも見えてしまうから。


 軽やかな微笑みを浮かべ、丁寧な言葉を紡ぐ。


 しかしながら、ジュディ一派の視線から警戒の色が消えることはない。


 リオンもまた、仮面の裏にて警戒を灯す。


 お互いがお互いを測っている。




 ◆◆◆




「――リオン・バリアード殿。改めて、招待に応じてくれたことを感謝いたします」


 来賓用の食堂ホール。長いテーブルの端と端に座る両者。


 まずは招いた側の謝意が示される。


「ジュディ・フォレスト様。こちらこそ、こうしてお招きいただいたことに、万の感謝を捧げます」


 招かれた側の仮面の君も、応じる形で感謝を示す。形式的なやり取り。


 フォレスト男爵家が所有する邸宅。その外観は、ごく平均的な貴族家の邸宅という佇まいだったが、中は違っていた。


「(……成り上がり者に多い、押し付けがましい見せかけの豪奢さ――か)」


 邸宅に一歩足を踏み入れれば、金に物を言わせたとばかりに、ぎらついた豪華さが目に飛び込んで来る。


 その一方で、分かる者にだけ分かればいいとでも言うような、品のある意匠が目立たぬように施されている。派手な豪華さに隠れるように、さり気なく配置された価値ある美術品がある。


「(どうにもちぐはぐだが――)」


 それが偶然の産物とは思えない。


 訪れる者の質(・)に応じて見せる顔を変える。


 そんな仕掛け。


「(――これらも〝試し〟の一つなんだろう)」


 内心で当たりを付けるリオン。


 奇抜な恰好にて、魔導院で耳目を集めるため――仮面を着けた理由自体は、その程度の単純さだったのだが、図らずも、副次的な利便性に助けられている。


 視界の制限はあるが、その分、視線の移動が他者から分かり辛い。フォレスト男爵家の邸宅をさり気なくつぶさに観察できている。


「では、ささやかですが、軽食を用意しておりますので――」


 主催の声掛けと共に、控えていた給仕の者らが滑らかに動きはじめる。食事を交えた歓談という形を取るが、それは招く側としてはごくごく当たり前の歓待。


 常識に則った対応と、常識を逸脱した対応が、意図的に織り交ぜられている。


 流れるように運ばれてくる軽食という体の、少量ずつ盛り分けられた料理たち。


 その種類は多く、瞬く間にテーブルの上を埋め尽くしていく。


「(はは。なるほど、徹底しているな。だが――いつまでも〝お試し〟に付き合うのもな)」


 ジュディからの誘いには、その言動や受け答え、審美眼や嗜好を試し、探る意図が随所に、いっそあからさまなほどに散りばめられている。


 これがデイル貴族の社交の中で行われるとなれば、品のない行為なのは間違いない。とはいえ、常識から完全に逸脱しているわけでもない。ぎりぎり、その範疇には収まっているというところ。


 いちいち面と向かって指摘したり、不快を露わにする方が、度量が小さいと失笑されるのがオチ。


 そんな微妙な境界線上で、ジュディ一派は躍っているのだが――


「この素晴らしき歓待に感謝いたします。ですが、なにぶん私は、地方貴族家の契約養子に過ぎぬ身。粗忽者の気質としては、まず、この会談の目的をお教え頂けねば、どうにも腰が落ち着きません。不調法は重々承知しておりますが……この哀れな私めの望みを、どうか聞き入れてはいただけないでしょうか?」


 並べられた軽(・)食(・)には目も向けず、道化らしい大仰さを込めて、主催者に問う。


 招かれた側としては、少々の不躾さではある。だが――


「ふふ。やはり、こちらの小手先の試しなどはお見通しのようですね」


 ごくあっさりと、来賓への試しを認めるジュディ。周囲に控える、侍従という体の一味の者らもまるで動じていない。


「客人を品定めするような趣(・)向(・)が、フォレスト家の嗜みだというなら、私ごときが口を挟むことでもありませんが……」


 仮面の道化は僅かに首を傾(かし)げる。


「一般論として、来訪者を探るような振る舞いは、あまり外聞がよろしくないかと存じます。ましてや、私のような契約養子の平民ごときをわざわざ試すなど……特異なる才媛ジュディ様の、ひいてはフォレスト家の名折れとなりましょう」


 表面上は遜(へりくだ)ったリオンの言だが、それはジュディらに対しての痛烈な皮肉だ。『平民ごときを試さざるを得ないほどに、フォレスト家(そちら)に余裕がないのか?』――と。


 長いテーブルの端と端。お互いの視線は真っ向から交わる。


 相変わらず、ジュディ・フォレストは微笑みという仮(・)面(・)を張り付けたまま。


 その在り様は、どこぞの仮面の君と変わらない。


「ふふ。せっかくの忠言ではありますが、フォレスト家には〝名折れ〟などというものはありません。なにしろ、品のない成り上がり者の家ですから……興味を惹かれる御方に対して、素直に〝知りたい〟と望むだけです」


 ふと、ジュディのその張り付けた微笑みに、〝かつて〟の蠱惑的な笑みが重なる。リオンの脳裏に響く。

 

「〝知りたい〟――ですか。ならば、私などに接触するよりも、それこそオーレス様にお聞きになる方が穏当だったのでは? あの方は〝茶会〟に出入りしており、私の知る魔導の術理についても、ある程度はご存知です」


 脳裏にちらつく幻影を無視し、何事もなかったかのように〝当たり前〟を説く。


 ジュディ自らが、オーレスと協力関係にあると口にした以上、リオンからすれば『そちらに聞け』となるのは当たり前。常識的にも合理的にも、特段に間違っていない。


「ええ。実のところ、オーレス殿には何度となく〝お願い〟をしたのですが、どうにも彼は、こちらが思う以上に〝茶会〟での誓約を重く捉えているようでして……そのような方を相手に、無理矢理口を割らせても、その情報が正しいとは限りません」


 悪びれる素振りすらなく、これまたあっさりと〝無理矢理〟が選択肢にあると明かすジュディ。また、デイルの貴族社会における誓約についても、特に重要視していないのも露呈する。


「なるほど。だから、この私から直接聞き出そうというわけですか。しかしながら、特級の認定を受けるほどの才媛に、私などが教示するなど……いささか畏れ多いことです」


 物騒なジュディの言い分をさらりと流し、わざとらしいほどに恐縮して見せるリオン。


「――とはいえ、そこまで仰せになるのであれば……私に応じられることであれば、喜んでお力添えをいたしましょう」


 道化の笑顔と微笑みの仮面。


 異質なる魔導士を演じながら、リオンは舞台を整えていく。



 ◆◆◆

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