第4話 異なる舞台
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契約による養子たちが軒並み上級認定を受けた上に、当の御令嬢は特級の認定。
中央の力ある古参の大貴族家であっても、早々成し得ないことを、新興貴族であるフォレスト男爵家がやってのけた。そこまでの人材をかき集めて見せた。
当然、これは魔導院の中だけの話に留まるはずもなく、デイルの貴族社会を揺るがす事態だ。
亀裂が拡がる。
新興貴族家の力を危惧する者らと、彼らを積極的に受け入れようとする者ら。
各々が思惑を持ちながらも、デイル王国の崩壊は止まらない。
むしろ、さらにさらにと加速していくことになるのだが……それらを俯瞰して観ている者は少ない。
「(……やはり、〝演者〟に多少の変更があれど、すでに舞台そのものがこうなっているわけか)」
魔導院においては、ある意味では周囲も見慣れていた仮面姿だったが……今、リオンが歩いているのは王都の街中だ。
領地持ちの貴族が邸宅を構える区域とはまた別の、新興貴族家や財を成した商家の者らが居を構える住宅街。
当然ながら道行く人々は、仮面を被って往来を歩く者に奇異の視線を浴びせる。後ろから指をさし、ひそひそとなにかしらを囁き合う姿も。
ただ、当のリオンは意に介さない。人々にどう思われようが、気にするほどのことでもない。むしろ、奇異の目を向けられるリオンの方こそが、街の様子を、住民たちの振る舞いを、つぶさに観察していた。
仮面を隔てて見やるこの地区の様子は、〝かつての世界〟で見た光景と近しい。
石畳の街路が少し荒れている。まだ目に付くほどではないが、補修されぬまま放置されている箇所がある。
富裕層の住まう地区でありながらも、大通りを外れた路地裏からは、微かに異臭がする。
通りを歩く人々の十数人に一人、行き交う馬車の十数台の内の一台に、どうにも荒事に慣れた手合いが潜んでいる。街の風景に溶けるように振る舞いながらも、まだ馴染みきれていないという印象。
そこはかとなく、退廃的な香りが漂ってきている。
どこぞの〝愚かな王子〟が入り浸っていた、〝かつての逃避先〟に徐々に近付いている。
街並みを、その空気感を肌で感じながら、リオンは通りで立ち止まる。
「――どうされました? お疲れのようでしたら、今からでも馬車を呼びますが?」
リオンの足が止まったことに気付く。前を歩いていた少女が、軽く振り返りながら声を掛ける。
見るからに容姿端麗な御令嬢という佇まいながらも、服装はブレザーシャツにキュロットという、魔導院での演習時を想定したかのような動き易い出で立ち。
「いえ、お構いなく。――というより、なにもジュディ様方が、私の酔狂に付き合う必要はないのですが……」
街並みに向けていた視線を少女に――ジュディへと向けるリオン。
『ふふ……私はどこにも行きません。殿下の御傍にずっとおりますから……』
むせ返るような禁制薬物の紫煙に包まれながらも、仄かな香水の香りが鼻をくすぐる。
ドレスを品なく着崩し、蠱惑的な笑みを浮かべ、しな垂れかかりながら耳元で囁く少女。
リオンの脳裏には、そんな幻想が僅かに過ぎる。
「お誘いしたのはあくまで私ども……客人であるリオン殿に合わせるのは、当然のことです」
軽やかに微笑むジュディ。それはリオンの知る〝幻想〟とはまるで違う姿。
同じ顔、同じ声。姿形は同じくとしながらも、どこか遠い別人。
「(扱う〝武器〟が違う以上、言動もそれに相応しく――というところか)」
王立魔導院にて、マウクトの尖兵であるジュディとの再会を果たしたレイナス。
〝茶会〟への参加を望んだジュディは、主催であるアーシェラに返事を保留とされながらも、さっそくに仮面の君との接触を図った。
新興貴族であるフォレスト家は、魔導院の敷地にガルム家のような宿舎などない。
だからこそ、彼女は是非にと、王都にあるフォレスト男爵家の邸宅へと招いた。怪しき仮面の高位魔導士を。
今のリオンは、魔導院内においては高位魔導士として知られ、周囲の貴族子弟にもそれなりに敬意を払われているが……あくまでバリアード家の契約による養子でしかなく、実態としては平民という扱いだ。
いかに新興貴族家とはいえ、御令嬢直々に、しかも真正面から招待を受けてしまった以上、リオンが禍根を残さずに断るのは難しい。
しかしながら、そもそも今のリオンはアーシェラ・ウォル=ガルム嬢の庇護下にいる。そんな彼を、アーシェラの許可を得ぬままに個別に誘うということ自体が、デイルの貴族社会では品がないと見做される行為だ。
俯瞰して観れば、ジュディは、自らはデイル貴族の常識外れを平気で行いながらも、相手側には常識的な振る舞いを求めるという……かなりの無茶を仕出かしているのだが、敢えてリオンは乗る。乗らない手はない。
なにしろ、ジュディや取り巻き立ちが、意図せずにそのような振る舞いをしているはずがない。そう確信しているからこそ。
また、リオンにとっては、どこか〝答え合わせ〟のような気持ちもある。
〝かつての世界〟では知り得なかったナニか。
マウクト神聖国の、その尖兵たちを動かす信念。
そして、ジュディが歩いていたであろう任務。
『このリオン、身に余る光栄を感受しながら、ジュディ様からのお誘いを、謹んでお受けいたします』
慇懃に腰を折りながらも、その道化の仮面は嗤う。
腹の中になにかしらを隠したまま、リオンはジュディの誘いを受けた。
そうなれば話は早い。
ジュディは間を置かずに動く。広大な敷地を誇る魔導院という立地の点と、貴族家の誘いという礼法の観点から、迎えの馬車をすぐさまに手配した。
招く側としては当然のことだ。
リオンは言われるがままに、馬車での迎えを受け入れたのだが……あろうことか、目的の地区に差し掛かった際に、わざわざ馬車を止め、徒歩での移動を希望したのだ。
相手の用意した迎えに対して、途中からとはいえ拒否するなど、本来であれば言語道断。
ジュディはぴくりと眉を動かすが、それもほんの一瞬だけ。
すぐに微笑む。
何も問わず、ただ『どうぞ、リオン殿のお気に召すままに……』というだけ。
彼女が動けば取り巻きたちも動く。
結果、リオンはジュディ一味に囲まれながら、徒歩にて案内を受けているというわけだ。
仮面姿に奇異の視線を浴びせる住民たちも、視線を向けて陰口を叩くだけで、直接寄っては来ない。
なにしろ、一見すると、仮面の不審人物が連行されているようにも見えてしまうから。
軽やかな微笑みを浮かべ、丁寧な言葉を紡ぐ。
しかしながら、ジュディ一派の視線から警戒の色が消えることはない。
リオンもまた、仮面の裏にて警戒を灯す。
お互いがお互いを測っている。
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「――リオン・バリアード殿。改めて、招待に応じてくれたことを感謝いたします」
来賓用の食堂ホール。長いテーブルの端と端に座る両者。
まずは招いた側の謝意が示される。
「ジュディ・フォレスト様。こちらこそ、こうしてお招きいただいたことに、万の感謝を捧げます」
招かれた側の仮面の君も、応じる形で感謝を示す。形式的なやり取り。
フォレスト男爵家が所有する邸宅。その外観は、ごく平均的な貴族家の邸宅という佇まいだったが、中は違っていた。
「(……成り上がり者に多い、押し付けがましい見せかけの豪奢さ――か)」
邸宅に一歩足を踏み入れれば、金に物を言わせたとばかりに、ぎらついた豪華さが目に飛び込んで来る。
その一方で、分かる者にだけ分かればいいとでも言うような、品のある意匠が目立たぬように施されている。派手な豪華さに隠れるように、さり気なく配置された価値ある美術品がある。
「(どうにもちぐはぐだが――)」
それが偶然の産物とは思えない。
訪れる者の質に応じて見せる顔を変える。
そんな仕掛け。
「(――これらも〝試し〟の一つなんだろう)」
内心で当たりを付けるリオン。
奇抜な恰好にて、魔導院で耳目を集めるため――仮面を着けた理由自体は、その程度の単純さだったのだが、図らずも、副次的な利便性に助けられている。
視界の制限はあるが、その分、視線の移動が他者から分かり辛い。フォレスト男爵家の邸宅をさり気なくつぶさに観察できている。
「では、ささやかですが、軽食を用意しておりますので――」
主催の声掛けと共に、控えていた給仕の者らが滑らかに動きはじめる。食事を交えた歓談という形を取るが、それは招く側としてはごくごく当たり前の歓待。
常識に則った対応と、常識を逸脱した対応が、意図的に織り交ぜられている。
流れるように運ばれてくる軽食という体の、少量ずつ盛り分けられた料理たち。
その種類は多く、瞬く間にテーブルの上を埋め尽くしていく。
「(はは。なるほど、徹底しているな。だが――いつまでも〝お試し〟に付き合うのもな)」
ジュディからの誘いには、その言動や受け答え、審美眼や嗜好を試し、探る意図が随所に、いっそあからさまなほどに散りばめられている。
これがデイル貴族の社交の中で行われるとなれば、品のない行為なのは間違いない。とはいえ、常識から完全に逸脱しているわけでもない。ぎりぎり、その範疇には収まっているというところ。
いちいち面と向かって指摘したり、不快を露わにする方が、度量が小さいと失笑されるのがオチ。
そんな微妙な境界線上で、ジュディ一派は躍っているのだが――
「この素晴らしき歓待に感謝いたします。ですが、なにぶん私は、地方貴族家の契約養子に過ぎぬ身。粗忽者の気質としては、まず、この会談の目的をお教え頂けねば、どうにも腰が落ち着きません。不調法は重々承知しておりますが……この哀れな私めの望みを、どうか聞き入れてはいただけないでしょうか?」
並べられた軽食には目も向けず、道化らしい大仰さを込めて、主催者に問う。
招かれた側としては、少々の不躾さではある。だが――
「ふふ。やはり、こちらの小手先の試しなどはお見通しのようですね」
ごくあっさりと、来賓への試しを認めるジュディ。周囲に控える、侍従という体の一味の者らもまるで動じていない。
「客人を品定めするような趣向が、フォレスト家の嗜みだというなら、私ごときが口を挟むことでもありませんが……」
仮面の道化は僅かに首を傾げる。
「一般論として、来訪者を探るような振る舞いは、あまり外聞がよろしくないかと存じます。ましてや、私のような契約養子の平民ごときをわざわざ試すなど……特異なる才媛ジュディ様の、ひいてはフォレスト家の名折れとなりましょう」
表面上は遜ったリオンの言だが、それはジュディらに対しての痛烈な皮肉だ。『平民ごときを試さざるを得ないほどに、フォレスト家に余裕がないのか?』――と。
長いテーブルの端と端。お互いの視線は真っ向から交わる。
相変わらず、ジュディ・フォレストは微笑みという仮面を張り付けたまま。
その在り様は、どこぞの仮面の君と変わらない。
「ふふ。せっかくの忠言ではありますが、フォレスト家には〝名折れ〟などというものはありません。なにしろ、品のない成り上がり者の家ですから……興味を惹かれる御方に対して、素直に〝知りたい〟と望むだけです」
ふと、ジュディのその張り付けた微笑みに、〝かつて〟の蠱惑的な笑みが重なる。リオンの脳裏に響く。
「〝知りたい〟――ですか。ならば、私などに接触するよりも、それこそオーレス様にお聞きになる方が穏当だったのでは? あの方は〝茶会〟に出入りしており、私の知る魔導の術理についても、ある程度はご存知です」
脳裏にちらつく幻影を無視し、何事もなかったかのように〝当たり前〟を説く。
ジュディ自らが、オーレスと協力関係にあると口にした以上、リオンからすれば『そちらに聞け』となるのは当たり前。常識的にも合理的にも、特段に間違っていない。
「ええ。実のところ、オーレス殿には何度となく〝お願い〟をしたのですが、どうにも彼は、こちらが思う以上に〝茶会〟での誓約を重く捉えているようでして……そのような方を相手に、無理矢理口を割らせても、その情報が正しいとは限りません」
悪びれる素振りすらなく、これまたあっさりと〝無理矢理〟が選択肢にあると明かすジュディ。また、デイルの貴族社会における誓約についても、特に重要視していないのも露呈する。
「なるほど。だから、この私から直接聞き出そうというわけですか。しかしながら、特級の認定を受けるほどの才媛に、私などが教示するなど……いささか畏れ多いことです」
物騒なジュディの言い分をさらりと流し、わざとらしいほどに恐縮して見せるリオン。
「――とはいえ、そこまで仰せになるのであれば……私に応じられることであれば、喜んでお力添えをいたしましょう」
道化の笑顔と微笑みの仮面。
異質なる魔導士を演じながら、リオンは舞台を整えていく。
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