第5話 怪人の気付き
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「瞑想……か」
ぽつりと呟くのは、特異なる才媛。
あからさまな試しと強硬手段を匂わせ、彼女は客人である〝異質なる魔導士〟から協力を引き出した。
その術理について教示されたしと。
そう。今の段階で、ジュディ一派はリオンを〝異質な魔導士〟としてしか認識していない。
相手がデイル王国の怨讐を宿しているなど、夢にも思わないままに探りを入れた。能動的に接点を持ってしまった。
「――本当に信用に値するのでしょうか? 適当な物言いで煙に巻いているだけでは?」
「〝瞑想にて魔力を身の隅々に巡らせる〟など……ごくごく当たり前のことでしかない。そんな方法で、やつの術理に辿り着くとは思えませんね」
〝客人〟がお帰りあそばれた邸宅。それなりに広さのある応接間にて、フォレスト家の侍従兼契約養子たちが、ソファに座るジュディを中心に据えて意見を交わしていた。
この度、まずジュディたちが聞き出したのは、リオンが扱う不可思議な術理に至る《《道》》についてだ。
たとえ脅しを含めたとしても、流石に一度目の〝取引〟で、仮面の君が手の内のすべてを晒すなどとはジュディらも考えてはいない。その辺りは弁えている。
が、リオンは特段に勿体ぶるわけでもなく、あっさりと己の魔導の術理についてを明かす。
『私の業は、魔力の本質に寄ったモノ。人の身に宿る魔力も、大気に満ちる魔力も……なんなら、人が〝魔術〟として構成した魔力であっても、結局のところ本質は同じ。私は、それらの魔力を順を追って〝元の姿〟へと戻しているだけです』
もっとも、その意味を聞き手側が理解できるかは別として。
『……魔術を〝元の姿〟へ戻す――?』
デイル式に留まらず、ジュディらはマウクト式の魔導技術にも精通している。だが、そんな彼女らの知識にもない。
一度発動した魔術を、ただの魔力へと還す業など。
『ええ。しかしながら、いかに特異なる才媛であっても、ジュディ様が今すぐに実践することは叶わないでしょう』
道化は慇懃に嗤う。才媛だの特別だのと持ち上げながらも、お前にはできないと。
『――ふふ。では、私がその術理を扱うために必要なものとは?』
ジュディは悠然としたもの。微笑みを張り付けたままに動じない。ならば教えろとばかりに、軽やかに迫るだけ。
『そうですね……瞑想などがよいかと。瞑想にて、魔力を身の内の隅々にまで行き渡らせる……という鍛錬を続ければ、いずれは――というところでしょうか』
『……』
そんな馬鹿な話があるか――という言葉を、直接口に出したりはしない。
周囲の侍従たちの中には、思わずぴくりと反応した者もいたが、ジュディは微笑みを浮かべてリオンの言を流す。
底の浅い詭弁にしか聞こえないのだが、この度、異質なる魔導士から明かされたのはそこまで。
「妄言の類なのだろうけれど、一先ずは受け入れる。その上で次へと繋ぐ」
「まさか……ジュディ様はやつの言うことに従うのですか?」
仮面の君が提示した内容を受け入れるというジュディに対して、疑義を申し出る一人の侍従。意見としては至極真っ当だ。
組んだ足を下ろしながら、静かにソファから立ち上がるジュディ。
仲間内での彼女には、特に微笑みという仮面はない。どこか冷たさを感じる無表情のまま。
意見を口にした侍従の少年を見やりながら、ジュディは口を開く。
「もちろん。まずは相手の提示したものに従ってこそ。その上で無為だというなら、そのまま相手を詰めればいいだけのこと。必要ならオーレスを使ってもいい――なにしろ、このフォレスト家には〝名折れ〟などない。どのような手段を使おうとも……自由なのだから」
嗜虐的な薄い笑みを浮かべることもない。淡々と、ただただやるべきことを無表情のままに語るジュディ。
彼女の優先順位は揺るがない。魔導院の異質な魔導士を調べろと言われたから調べている。
が、本来の任務はまた別。
魔導院にて耳目を集め、飛び抜けた実力を示し、次期王太子たるルーク殿下の目に留まる。接触を果たす。
仮面の君の異質な術理に興味がないわけではないが……この度の件は、あくまでも片手間の、ついでの任務でしかない。
そのついでの任務が、彼女らにとっては、抜け出せぬ泥沼への招きだっただけのこと。
◆◆◆
〝かつての幻想〟が脳裏にちらつきながらも、一先ずはジュディ一派との会談を終えたリオン。
「(――当然ながら、今のジュディたちは俺のことを〝不審な高位魔導士〟としてしか認識していない。やり取りの感触としても、『邪魔になれば始末すればいい』という程度だった)」
内心でほくそ笑む。
が、そこには安堵という意味が乗る。
どこかでリオンは恐れていたのだ。
〝かつての世界〟の感傷に引き摺られているのを自覚しながらも、もしかすると、ジュディには正体がバレているのではないかと、そんなあり得ない状況まで考え込むほどには……不安だった。
〝この世界〟において、〝かつての記憶〟を持つ者が他にいないという確証もない。
もしかしたら……
まさか……
いや彼女なら……
あり得ない。そんなわけがない……
それはリオンの秘めた願望。
もし、自分以外に〝かつての記憶〟を持つ者がいるなら、特別な者がいるなら、それはジュディであって欲しいと……彼は知らず知らずに願っていた。まさに感傷として。
「それで……リオン殿。フォレスト家の者との会談はいかがでしたか?」
その声により、リオンの思考は現実へと引き戻される。
初級課程用の講義室にて、改めて向き直る。
「ええ。オーレス様の仰っていた通り……〝危険な連中〟なのは間違いなさそうでした」
オーレス・ベリエル。
彼は〝茶会〟へ参加……その内容を口外しないという誓約と引き換えに、ジュディたちから課せられていた任務の多くを放棄した。
が、それでも、ジュディたちとの協力関係自体を終わらせたわけでもない。
古い慣習やしきたりを鼻で笑うオーレスではあったが、彼はジュディらの来歴については決して口を割らない。彼女らが、マウクト神聖国の尖兵であるのは黙したまま。
『フォレスト家との契約により、こちらが享受した利もあります。故に、彼の者らを一方的に売るような真似はできません。どうぞご容赦を……』
それがオーレス・ベリエルの言。
魔導の探究のためであれば、平然と常識を踏みつける一面があるかと思えば、契約による誓約を愚直に守る一面も見せる。
己の定めた〝軸〟を曲げない頑迷さ。それもまた、オーレスという人物の狂気か。
「私から軽々に語ることはできませんが……ジュディ殿をはじめ、フォレスト家の者らは、すでに魔導士としては一人前以上の力量を持っており、この魔導院での目的を抱えています。リオン殿の術理を知りたがるのは、あくまでも〝ついで〟かと……」
誓約や義理は遵守するが、オーレスは一線を越えない程度で〝匂わす〟くらいはして見せる。
それはデイル王国への忠誠などではなく、単にリオンの術理を深く知りたいが故の打算ではあるが。
「――ええ。《《承知しています》》よ、オーレス様」
そして、リオンもまた、オーレスという人物の〝身勝手な狂気〟を多少なりとも理解した。
この先のデイル王国の争乱そのものに、彼が積極的に関与することはないだろうとも推察する。
「(考えれば当たり前だったな。たとえデイル王国に属し、貴族としての籍があろうと……《《デイルの先行き》》に興味がない者がいても、そこまでおかしな話でもない。敵か味方か――知らず知らずに、そんな考えに支配されていた。どうにも、俺の視野はかなり狭くなっていたようだ)」
リオンにとって、この先に待つデイル王国の争乱、混迷はまさに悲劇だ。
己の軽挙妄動が招いたという後悔と共に、決して目を逸らすことのできない惨事としてその心に……〝魂〟に焼き付いている。
だが、そうじゃない者もいる。そんな〝当たり前〟を、改めてリオンは知った。
「ありがとうございます、リオン殿。身勝手な願いなのは重々承知していますが……私個人としては、フォレスト家の者らとは、穏便に距離を置いておきたい所存。できるなら、リオン殿もそうあって欲しいものです」
自らの命に危険があるにもかかわらず、オーレスはそれでも探究を望む。そのためにも、危険な連中と関わってくれるなと――リオンに願う。
まさに〝身勝手な願い〟。
「(ふっ……術理を知るために、俺には無事でいて欲しい――か。はは。いっそ清々しいな。だが、よくよく考えれば、オーレス様が特別というわけでもない。それなりの共犯者としてずっと傍にいる……ミアがまさにそうだった)」
内心で独り言ちるリオン。
今も、影のようにひっそりと気配を消して後ろに控えているミア。
まさに彼女は、この先のデイルの争乱自体に興味などない。自らが生き延び、新たな人生を得ることを目的としてこの場にいる。リオンという妖しい人物に付き従っている。
「残念ですが、私はしばらくの間、フォレスト家の御令嬢にお付き合いをせねばなりません。〝茶会〟とはまた別で、魔術の教練をと頼まれたので……」
「……そうですか。しかし、リオン殿の術理は、長期間の研鑽を伴うモノでしょう? ジュディ殿が、数回の教練で納得するとは思えませんし、なにより彼女らは性急に結果を求めるきらいがあります」
『――場合によっては、強硬手段に訴えるのも辞さない』
オーレスは言葉を飲み込むが、リオンには伝わっている。よく、知っている。
笑みを張り付けた道化の仮面は、オーレスの警告に対して軽く頷くのみ。
「オーレス様。私が〝茶会〟で教示した内容に、今こそ伏せていた〝あと一つ〟を加えましょう」
「ッ!」
リオンは改めて思う。この時点で、オーレスのような人物に出会えたのは僥倖だったと。
だからこそ、彼にこそ遺す。魔導の深淵へと至る道筋を。
ジュディ一派は、リオン・バリアードなる人物を、分不相応な怪しき高位魔導士としてしか認識していない。
だからこそ――リオンは仕掛ける。
◆◆◆
「本当によろしかったのですか?」
手狭な宿舎の一室。夜も更けた時分に、共犯者たちは語らう。
「――あぁ。どうにも、俺はいつの間にか〝どうにかして上手くやろう〟としていた。はは……どうあっても、もう《《どうにもならない》》っていうのにな」
力なく笑う。今のリオンに、道化染みた嗤いはない。
魔導院に来てからは、たとえミアと二人だけの時であっても、外すことが稀だった仮面。
〝リオン・バリアード〟を象徴するその仮面は、今は腰ほどの高さのチェストの上に置かれている。
薄暗い室内で素顔を晒していた。
「リオン様の判断自体に意見する気はありませんが……今、そこまでしなければならないのでしょうか?」
久しぶりに見る主の素顔を――実年齢にはまったくそぐわない、拭い切れぬ疲弊を刻んだ、そのくたびれた顔を前に、ミアは問う。
「ああ。このまま時を掛ければ、不利になるのはこちらだ。そうなる前に……相手が身構える前に動く」
「虚を突いた先手は当然に有効でしょうが……こちらとて、準備が万端というわけではないのでは?」
リオンの判断に意見する気はない――そんな前言がありながらも、ミアは重ねる。
〝本当にやるのか?〟と。
「――はは。悪いなミア。後は任せる。いざとなれば、師匠たちに頼ってくれ」
「……」
くたびれた顔のままに、苦笑いに似た微笑みを浮かべるリオン。
仮面を手に取り――彼は征く。
闇に紛れる。
◆◆◆
ある日のこと。
魔導院にて事件が起こる。
ただし、それは公にはされない類のモノ。
事件に気付いたのは、ごくごく限られた者だけ。
ジュディ・フォレスト。
彼女の取り巻きの一人が――静かに姿を消した。
後に気付く。
それは、はじまりだったと。
◆◆◆




