第3話 舞台での邂逅
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広大な敷地を誇る王立魔導院ではあるが、その敷地や設備の許容量に対して、在籍している者の数はそこまで多くない。
軍関係の設備や研究施設に詰める者らもおり、教練課程をこなす〝徴兵〟された貴族子弟となれば、さらに数は絞られる。
初級、下級、中級、上級に特級と……修習する課程によって施設ごと分けられているものの、そのほとんどが貴族子弟で構成されている。
つまるところ、ほんのささいな噂であっても、その巡りは早い。
「そう言えば……新興貴族家から特級の者が出たんだって?」
「……すでに殿下もお聞き及びでしたか」
色とりどりの花で飾られた庭園。
散策中のルーク王子が、横を歩くアリアに話を向ける。
「うん。まぁ……あちこちから噂話が入って来るからね」
軽く語っているが、吐き出された声色は苦笑いに近かった。
特級であるルークには、魔導院での必修課程はない。つまり、講義や演習に参加せずとも、形式的には問題ない。
だが、次期王太子として、貴族子弟との社交や魔導院側の体面のために、半ば義務的に上級課程の講義に参加していたりする。
そうなれば、今が好機だとばかりにすり寄って来る者らも多い。
ルークにとっては取るに足らない情報であっても、『ここだけの秘密の情報』だとばかりに装飾を施し、耳打ちして来る者などが後を絶たない。
この度の『官職を金で買った不埒者の家から、特級認定の魔導士が出た』という情報もそうだ。
新入りの考査結果など、魔導院側が公表している。次期王太子を相手に、面会を求めてまで伝えるほどの価値はない。
「……お疲れでしたら、講義や演習への参加は控えてみてはいかがでしょう? 殿下が魔導院に赴き、そろそろ一年が経とうとしています。形式上では、特級認定の者は、魔導院を修了して去る自由もあるはずです」
王家の者として、それができないのはアリアとて理解しているが、言葉にせずにはいられなかった。
魔導院へ来る前は、離宮に籠って政務を学ぶルークに、同年代や地方貴族の者との交流も必要だと考えていたアリアだったが……今となっては、それが誤りであったと認める次第。
もちろん、ルークへの教育方針として、魔導院への在籍を決めたのは彼の父である陛下や王室の祭事を司る王室庁だ。また、母であるバーバラ妃殿下にしても、反対はしなかった。
特にバーバラなどは、大人顔負けに聡明さを見せるルークに、ある種の危機感を抱いていると、アリアに吐露するほど。
「はは。ありがとうアリア殿。だけど、少なくとも今の上級課程の皆が修了するまでは、僕は王子として魔導院に在籍しておかないとね」
「……殿下」
くたびれたような乾いた笑みを見せるルーク。彼も承知している。同じ時期に魔導院へと赴いた大貴族家の子弟たち。彼ら彼女らは、いわばルークの側近候補たちだ。
一人一人を見極めるためにも、お膳立てをした陛下や王室庁への恭順を示すためにも、ルークは魔導院から動けない。
たとえ、ルークからすればすでに選定が終わっているにしてもだ。
それ相応の時間を掛け、吟味して選んだのだという分かり易い状況を作らねば、凡人が納得しないということを――ルークはすでに学んでいた。
そして、アリアも知ってしまった。
すでにルークの中では、常識の範疇にある〝優秀〟と〝凡愚〟の差が、ほとんど意味をなさなくなっている。どちらも同じに視えてしまうほどに――彼は先を歩いている。
「――まぁ僕のことはいいとして、その例の特級認定を受けた御令嬢なんだけど……」
常人と隔絶した道を征くルーク。軽い口調ではあるが――
「(――せめて、私だけでもルーク様の……!)」
文脈がそうではないと知りながらも、アリアには『僕のことはいい』などと思えない。思ってはならないと――改めて誓う。
「アーシェラ殿の〝茶会〟に参加しようとしているんだって?」
「え? えぇ、そのように聞いています。アーシェラ殿と接触を持ったようだと……」
胸中で誓いを新たにするアリアの耳には、先ほどとは少し違うルークの声。
それも、散策の足を止め、わざとらしく庭園の花に目を向けながらだ。
「――そうなんだ」
ぼそりと、それでいて噛みしめるように呟く、次期王太子たるやんごとなき少年。
空を閉じ込めたかのような、その蒼穹の瞳が微かに揺れる。
「……気になるようでしたら、特級認定を受けたという――ジュディ・フォレスト嬢の動向について、少し探らせますか?」
敢えて気付かぬフリをして、それらしい提案をするアリア。
「ん……そうだね。少し気にはなるかな?」
丁寧に並べられた花々を見やりながら、ルークは応じる。
「承知しました。もっとも、こちらから積極的に探らなくとも、情報自体は勝手に集まってくるでしょうが……」
軽く微笑みながら、冗談めかした口調で語る婚約者。
「ははは。まぁ、確かにね」
向き直った王子様の瞳は、それでも婚約者の少女とは重ならない。微妙にずれたまま。
「(――ふふ。周囲に畏怖すらも抱かせる聡明さをお持ちでありながら……相変わらず、殿下は嘘が下手ですね)」
アリアは知っている。日々の中で流石に気付いた。
天与の才を持つ、申し子たるルークが興味を向けているのは、特級認定のジュディ・フォレスト男爵令嬢などではない。
アーシェラの〝茶会〟に属する……怪しき仮面の者。
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今季の新入りの考査については、まさにあっという間に広まる。駆け巡る。
『特級認定の者が出た。それも新興貴族家の者から』
『類する者らのほとんどが上級認定だ』
『フォレスト男爵家が、契約による養子を複数送り込んで来た』
『新興貴族家の者が、不遜にも派閥を気取っているそうだ』
突如として現れた、特級認定のジュディ・フォレスト男爵令嬢と、契約養子という名目の取り巻きたち。
魔導院どころか、デイルの貴族社会の場での話題すらもさらっていく。
なにしろ、ごく一部の者を除き、誰もフォレスト家などに見向きもしなかった。辛うじて名を知る者も、成り上がりの新興貴族家の一つとしてしか認識していない。
デイル王国においては、すでに官職を金で買う行為が横行しており、煩わしいと感じながらも、新興貴族家の存在が当たり前となってしまっていたからこそ。
それこそが、ダリジャン商会やマウクト神聖国の狙いだったのだと……デイルが気付くのは、事が起こった後だ。
少なくとも、元・王子が知る〝かつての世界〟ではそうだった。
「(――思いの外に、真正面から飛び込んで来たな)」
そんな〝未来〟のあれこれを反芻しながら、リオンは内心でぼやく。
ここは舞台の上。
「はじめまして、アーシェラ様。ジュディ・フォレストと申します。まず、私のような恥知らずの粗忽者の目通りをお許し下さり、改めて深い感謝を捧げます」
自虐的とも言える謙遜を口にし、粛々と腰を折る碧い髪の少女。
それ自体は貴族式の礼法通りではあるものの、伴連れもないままに、格上の貴族家の御令嬢の前に立つという不調和を晒す。
「――それで? 私の主催する〝茶会〟へ参加したいと聞いたけれど?」
本来であれば、ジュディの態度に色々と苦言を呈したくなるアーシェラだったが、敢えて本題にのみ気を向ける。
不調法は誘いの可能性があり、格上のガルム伯爵令嬢が指摘したところで利はないと……事前にアヴァンからの指南があったからこそ。
「はい。私どもとベリエル男爵家のオーレス殿は、実のところ協力関係にございまして……」
「ッ!」
なんでもないことのように、あっさりと告げる不穏なるジュディ嬢。
思わずぴくりと反応してしまったアーシェラだったが、傍に控えている侍従のアヴァンや仮面の怪人は、まるで反応を示さない。
「(薄々感じてはいたが、やはりオーレス様は〝切り捨て可能な駒〟か……)」
想定の内。アヴァンはともかく、少なくともリオンは〝茶会〟での付き合いの中で、オーレスの行動原理の一端を知った。
彼は魔導の探究者。
ジュディたちはおろか、おそらくはベリエル家の思惑とも違うモノを身の内に飼っている。目的のためであれば、密約を反故にすることなど何とも思わない人種。
目的に対しての狂信という点においては、リオンと似たり寄ったりの面を持っていた。
「つまり、オーレス殿が〝茶会〟での誓約を破っていると?」
即座にアーシェラは立て直す。彼女もまた、オーレス・ベリエルであれば、目的のためなら誓約の一つや二つ、平気で踏み付ける人物なのは薄々理解していた。
〝茶会〟でのやり取り――リオンが教示する内容が外部に漏れるのは、時間の問題だと割り切っていたほど。
「――いえ、むしろその逆です。ある時を境に、協力関係にあるはずのオーレス殿から一切の情報が出なくなったのです。どうしたものかと調べたところ、彼がアーシェラ様の〝茶会〟に参加していると聞き及んだ次第……」
「なるほど。それで、私に目を付けたというわけね」
「目を付けたなどとは……滅相もございません。ただ、もともとベリエル家とは、金銭的な支援を引き換えにした、魔導技術の供与という協力関係でした。そんなベリエル家のオーレス殿が、我らとの関係を切ってまでも求めたという魔導の業に……興味が惹かれないとは言えません」
紅い光彩の瞳が、その視線が、僅かにアーシェラから外れた。
今、はじめて、ジュディは仮面の君をまともに見やる。
「……」
重なる視線。それでいて、微かにずれている視点。
ジュディが見ているのは、アーシェラが主催する〝茶会〟を、実際に取り仕切っている怪しき仮面の高位魔導士。
「(――久しぶりだな……ジュディ。悪いが今回は、こちらが用意した舞台へと案内させてもらおう)」
リオンが見ているのは、〝かつての世界〟での淡い幻影であると同時に、排除すべき敵。
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