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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
再会と別離

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第1話 昏い夜会

 ◆◆◆





「殿下、私はどこにも行きませんから」


 ――嘘だ。君は去って行った。


「レイナス様。いっそ、私と共に国を出ませんか?」


 ――それが嘘で固められたものであったとしても、あの時の俺には救いだったよ。


「安心してお眠りください。怖い夢を見ても、ジュディはこうしてお傍におりますから……」


 ――ああ、そうだな。確かに君はずっと傍にいてくれた。役割を終えるまでは。


 振り返ればお笑い種(ぐさ)でしかないが、それでも、あの時の俺は本気だったんだ。


 ただ君が傍にいてくれればよかった。もう他に望むものなどなかった。


 俺の濁った瞳には、君しか映っていなかった。


「殿下。私が言うのもどうかと思いますが……アリア様とは、一度きちんと話をすべきです」


 ――はは。今思えば、君が演じていただけなのがよく分かる。本当の君は……娼婦の真似事なんて望んでいなかったんだろうさ。


 なにがそうさせた?


 マウクト神聖国への忠誠? デイルに潜伏してた同志のためか? それとも……まるで違う、他の理由があったのだろうか?


 どうしてだろうな。


 決定的に間違え、流されるだけでしかなかった〝一度目〟は、ただ諦めて受け入れたというのに……今は無性に知りたい。


 望んだところで、もはやどうしょうもないと分かっているのに。


〝二度目(今)〟になって、少し分かった気がする。


 平穏な日常、親しい者らとの日々、人並みの幸せ、そして己の命……それらを擲(なげう)ってでも、果たすべきナニかがあるなら――


 人はどこまでも非情になれる。残酷にも残虐にもなれる。己を捨てることさえも。


 人道も、倫理も、常識も、情さえも踏み潰し、果たすべき道を征く。


 ――さぁ、道連れだ。デイルに仇なす者らよ。





 ◆◆◆





「く……ッ……ば、化け物め……ッ!」


「デイルの魔導士風情が……ッ!!」


 血濡れの者らの遠吠え。負け惜しみの呪詛。


 月が笑う夜。暗闇を伴連れにした森の中。


 荒い息遣いや怒号、うめき声以外の音はない。


 森は沈黙している。


 荒れ狂う魔力の衝突により、獣たちは逃げ散り、虫さえもが身を潜めていた。


「――くく。どうした? 時代遅れのデイルの魔導士相手に、ずいぶんと余裕がなさそうだが?」


 嗤う。


 木々を縫って差し込む月明りが、薄らと道化を模した仮面を照らす。


 よく見れば、仮面には点々としたどす黒い付着物が追加されている。


 ささやかでしかない光源では届かない。


 夜の闇と、森の木々が覆い隠している。


 周囲の惨憺たる有様を。


「こ、こんな真似をすれば……貴様とてタダでは済まんぞ……ッ!!」


 隠れ潜み姿は見えない。仮面の怪人を非難する声だけが響く。


「ふっ。こんな真似をすればタダでは済まない? ははは、笑わせてくれる。貴様らとて、人の庭で好き勝手にしてきたんだ。殺される覚悟くらいはあっただろうに……くくく」


 殺し殺される間柄。苦し紛れの〝敵〟からの非難など、むしろ、讃美歌のようにしか聴こえない。


 特にこの仮面の君にとっては、あるはずのない二度目にして、ようやく手繰り寄せることができた機会。


 仄暗い愉悦が込み上げて来る。


「ぁがッ!?」


「くッ!?」


 木々の合間から、くぐもった声と共に、なにやら液体が勢いよく噴出する音がする。


 すでにここは狩場だ。お互いの。


「ガイリーが殺(や)られたッ! すでに奴の手が伸びているぞッ!! 周囲を警戒して身を守れッ!」


 僅かな月明りを反射し、周囲がきらきらと光る。極々細い魔力の糸が、ふわふわと宙を漂っている。


 幻想的な光景ではあるが、その糸のところどころには、赤黒い液体が付着していた。零れ落ちた命の残照がそこにある。


 複数の者らが森の中に潜伏している。


 堂々と姿を晒しているのは、仮面の怪人のみ。


 多対一。本来であれば多勢に無勢。


 しかし、多を追い詰めているのは、一の怪人という図式だ。


 木々の香りに、生々しい血の臭いが混じる。


「しッ!!」


 術式の起動。収束した魔力が術となって弾ける。


 見えざる風の刃が、木々の間から放出された。仮面の怪人へと。


「……ッ!」


 目の前で片手を横薙ぎに振るうリオン。殺到する術を払うかのように。


 事実、周囲に舞っていた魔力の糸が、束となって敵の術の軌道へと割り込む。障壁と化す。


 魔力が弾けた。この度は術同士の衝突によって。


「……」


 魔術を防いだ。リオンの手により、マウクト式の風の魔術は、刃どころかそよ風すらも届きはしない。


 ――だが、よろめく。


 目元に嫌らしい笑みを浮かべたままの仮面の怪人。その肩と右脇腹には、黒く塗られたナイフが生えている。


 投擲用の小型ナイフが、風の魔術に紛れて仕込まれていた。一手が届く。


「今だ! 畳みかけるッ!!」


「はァッ!!」


 素養のない者には視えない。闇に塗られた森の中が、淡く色付き、幻想的な光景を作り上げている。


 それは魔力の煌めき。術式の構成と起動による彩(いろどり)。


 ――血の匂いを生み出す色だ。


「……ふっ」


 薄い笑みを浮かべながら、リオンは敵の魔術を迎える。


 まず、軽く横へ飛び、地面から飛び出して来る土の槍を躱す。


 その上で、殺到する魔術と投(・)擲(・)武(・)器(・)をも躱す。叩き落とす。


 周囲に展開した糸で自らを操り人形と化し、自然法則に反した動きを見せつける。


「ごぶ……ゥッ……!」


 木の裏に張り付いていた者が血反吐を吐く。その胸が貫かれている。先が肥大化し、矢じりのように変質した魔力の糸に。


 それはまるで、自在に動く縄鏢(じょうひょう)の如く。


 躱すだけ、防ぐだけに非ず。


 木々の合間を異様な挙動で跳び回りながら、魔力で編んだ糸を操り、的確に敵の急所を貫く。


 ただし、死をばら撒く操り人形もまた、無傷というわけでもない。


 動く度に血が零れる。月光に照らされたその身は、すでに血に塗れている。


 満身創痍と呼べるほどに。先のナイフが、おまけに過ぎないほどに。


「(くくく。まさか、こんなにも早く訪れるとはな。心残りがないと言えば嘘になるが……〝レイナス〟の清算としては、まぁキリがいいのかもな)」


 仮面の怪人は嗤う。舞う。跳ぶ。――殺す。


「こ、こいつの魔力に底はないのかッ!?」


「非効率なデイル式なのに……ッ!」


「あぁッ!! こ、こんなところで……ッ!」


 特務に従事するマウクトの尖兵たちは、暗い森の中を必死に駆ける。怪人の手を躱すために。怪人を殺す一手を放つために。


 しかしながら、その身の内にはすでに恐怖が居座っている。


 ある者は、根源たる死への恐怖を。


 ある者は、任務を果たせずに終わってしまうという、使命感からの恐怖だ。


 ある者は、敵である仮面の怪人の、魔導士としての不可解さ故の恐怖が。


 それぞれが抱え込んだ。囚われた。


「怯むなァァッッ!! やつとて決して不死身ではない! ここで必ず始末するのだッ!! 古き同胞(はらから)への誓いを忘れたかッ!?」


 恐怖という闇を斬り裂くように、マウクト兵への怒号が飛ぶ。


 次の瞬間。


 いくつかの木々が震える。上方の枝葉が斬り裂かれ、どすどすと地に落ちて来る。


 遮られていた月明かりが、ここぞとばかりに差し込む。まるで森の一部が舞台のように照らされる。


 この場の指揮官にして――


「(ふぅ……やはり仕留め切れていなかったか)」


 リオンは内心でぼやく。ただ、どこかで期待していた自分もいた。その自覚もある。


 舞(・)台(・)の中心に立つのは一人の少女。


 すでに額から血が垂れ、片目も塞がっている。


 折れているのか、左手はだらりと垂れ下がり、右手はその肩を押さえていた。


 足もふらつき、立っているのがやっとという有様。


 だが――


「リオン・バリアード……ッ!! お前はここで死ねェェッッ!」


 周囲の空間を歪ませるほどに荒ぶる魔力の発露。


 敵意に殺意。開いている瞳の眼光は鋭い。


 全身に強き意思が漲(みなぎ)っている。


 二(・)度(・)目(・)のジュディ・フォレスト。




 王立魔導院での再(・)会(・)により、二人の昏い夜会の幕が上がり――終幕へと続く。




 ◆◆◆

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