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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
高位の魔導士

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第5話 誘い

 ◆◆◆



 アーシェラの声掛けによって発足した〝茶会〟は、案の定、ガルム伯爵家の方針にそぐわないため、周囲からは〝何かしらの事情があるのだろう〟と察せられていた。


 また、その存在自体は公にしたものの、何を目的とした集まりなのか、実際に何をするのか、どのようにして参加するのか……などは秘されたまま。


 閉ざされた社交会(サロン)であり、まさに秘密結社の類。


 ガルム家の方針もだが、アーシェラの気質から考えても、あまりに馴染まない形だ。


 これまた事前の想定通りに、周囲は察することになる。


 仮面の君。


 いかにも怪しい人物ながら、アーシェラが庇護を与えると明言した……高位の魔導士たる者。


 この度の〝茶会〟に関わっていないはずがない。


「――やはり、当初の想定通りになりましたか」


 初級課程の講義室の一つに、道化の仮面の呟く声がする。


「〝茶会〟というのは、そもそもが閉鎖的な趣きのある集まりよ。たとえ気になろうとも、招かれぬままにのこのこと様子を見に来るなど……慎みを知らぬ粗忽者だと喧伝しているようなものだわ」


 だらしなく壁にもたれ掛かり、腕を組んだままのアーシェラが、さも面倒くさそうに応じる。とても淑女とは言えない姿を晒している。


「――それに、ここは初級課程用の施設。魔導士を自負する貴族子弟であれば、本来は立ち入ることにすら、恥を感じるはず」


 魔導院の敷地内にある、初級課程用の施設というのは、上級課程の研究室や軍用の重要施設が集中する……いわゆる中央区画からは、遠く離れた位置に置かれていた。


 資質ある貴族子弟の多くは、魔導院へ来るまでに、基礎である初級課程の内容程度は習得している。


 魔導院における初級課程というのは、人員の捻出に苦慮する地方貴族家や、成り上がりの新興貴族家向けであり、ある種の救済措置のようなもの。


 そのような経緯があってか、魔導院の敷地が拡大されるにつれて、初級課程用の施設は、徐々に外縁部に追いやられる形になっていたのだとか。


 つまり、〝まとも〟な貴族子弟であれば、本来は初級課程用の施設に用などない。


 招かれていない〝茶会〟を覗き見するために、初級課程の施設へと足を踏み入れるというのは……〝模擬戦〟のような見世物の見学とは話が違って来る。


「ははは。善し悪しを論ずる気はありませんが……アーシェラ様は、やはり古き良きデイル貴族の御令嬢であられるようですね」


 また別の声。少し低く落ち着いた声。声変わりも終わり、体格もリオンより一回り大きい。


 つい先日、〝模擬戦〟を通じて、アーシェラとの顔繫ぎを果たした者。

 

「――ずいぶんと含みのある物言いね、オーレス・ベリエル殿。どうにも、以前にお会いした時に比べて、雰囲気もずいぶんと変わっているようだわ」


 どこか気怠げな雰囲気を纏いながら、応じて見せるアーシェラ。


「含みがあると誤解されたなら申し訳ありません。先も言いましたが、私ごときがデイル貴族の善し悪しを論ずるなど滅相もございません。ただ……魔導の深淵を目指す者としては、時に〝正しいデイル貴族〟としての振る舞いが、枷(・)になることもあるのだと……自戒しただけにございまする」


「……」


 ぴしりと頭を下げて謝意を示す。それは礼法に則ったものではあるが……アーシェラからすれば、誰かしらの道化仕草が薄らと重なって見えてしまう。


 その上で、誰かさんの道化仕草は、あくまで〝演じている〟のが分かるのだが――


 オーレス・ベリエル。


 彼からは〝演技の匂い〟があまり感じられない。それどころか、デイルの貴族社会を、心底から嘲(あざけ)っているような香りすら漂う。


 彼はアーシェラの立ち上げた〝茶会〟に参加を申し出た。正々堂々、真正面から。


 恥知らずの粗忽者と後ろ指を指されようとも、気にもしないと言わんばかりに。


「――ま、私としては、オーレス様が来られるのを想定してたのですが……まさか、ここまで早く接触があるとは思っていませんでしたよ」


 アーシェラの身の内にある危険を察して、リオンが割って入る。


 ただ、彼の言も社交辞令交じりの方便に過ぎない。


〝茶会〟を催せば、真っ先にオーレスが来るところまでが予(・)定(・)なのだ。


「はは。私からすれば、これがリオン殿の〝回答〟なのだと察したまでです。私のような半端者の誓願などより、〝茶会〟での密談の方がより現実的ですからね。まさか、アーシェラ様の御協力を取り付けるとは……お見それいたしました」


「(この者は……)」


 すらすらと語るオーレスに対して、警戒を強めるアーシェラ。


 彼女とて分かっている。どこぞの道化が、デイルの貴族社会……その隙間を突いているのは。


 これまでの常識や慣例などを逆手に取って動いている。魔導院にて、〝模擬戦〟が浸透しつつあるのがその証左だ。


 当然に、仮面の君はデイルの貴族社会を知っている。知った上でやっている。


 ――どこか、このオーレスにも似たような雰囲気がある。知った上でやる……そんな危うさが。


「……ええ。確かにオーレス様への〝回答〟ではありました。ただ、まずは知っておいてもらいたいのですが――私は、自身が体得した魔導の技について、特段に拘りはありません。徹底して秘匿するつもりもないですが、積極的に他者に開示するつもりもないという姿勢です」


 アーシェラの沸々とした苛立ちと警戒を感じつつも、リオンはオーレスに応じる。


「あれほどの高度な技を持ちながらも、秘匿と開示に拘りはないのですか?」


「ええ。はっきり言ってしまえば、私の技は年単位の修練の賜物です。手法や原理を開示したところで、明日からさっそくに模倣する――というようなことはできません」


「「……」」


 リオンの言に対して、オーレスだけでなくアーシェラもが、無言ながら興味を向けている。その来歴や立場、熱意のほどに違いがあれども、二人とも正しく魔導士なのだ。


「――さて、オーレス様。私がアーシェラ様にお願いし、この〝茶会〟を開催して頂いたのは、まさに私の魔導の技の開示、教練のためです。先々においては、魔導の深淵を目指す研究会――そんなところでしょうか。むろん、口外を禁じる誓いは受け入れて頂きますが……」


 興味を抱く二人を敢えて無視して、リオンは〝茶会〟の趣旨をさらりと言い切る。もちろん、建前として。


 本音としてのこの〝茶会〟は、オーレスを皮切りとし、マウクト側の者をおびき寄せる罠小屋の如くだ。


「私にとっては、まさにうってつけです」


 あっさりと納得を見せるオーレス。その瞳の奥には、やはり狂気にも似た好奇が宿り、危ういナニかが色を増す。


「(なるほどね。これがリオン殿の言う〝デイル貴族として普通じゃない魔導士〟――か)」


 すでにリオンは、ある程度の情報をアーシェラに開示し、目的を共有していた。


『私の狙いは、デイルの貴族社会や魔導士としての慣例などから、大きく逸脱する者、あるいは逸脱することを何とも思わない者らの選定です。詳細をお伝えはできませんが、それらの者の中にはデイルに仇なす者が――間者なり暗殺者なりが紛れている可能性があります』


 それを聞き、改めてアーシェラは求めた。


『――ならば今一度誓いなさい。貴殿の行動は、デイル王国に背くものではないと』


『はい。このリオン・バリアードの行いは、デイルに仇なす者を誅するため。それ以外にはないと、アーシェラ様に今一度誓いましょう』


 何度となく交わされた誓約が、また一つ積み重なる。




 ◆◆◆




 魔導院で新たな〝茶会〟が発足した。


 なにやら、魔導についての自主的な勉強会のようなものらしい。


 アーシェラやガルム家、奇妙な高位魔導士――という関係者の物珍しさから、多少の耳目を集めはしたが……他の派閥関係などに、さしたる影響があるわけでもないと知られれば、すぐに情報は過去のものとして流されていく。


 ただし、『ただの勉強会』だとして、それらを軽く流せない者らも……いるにはいた。


「勝手に動いている者が?」


 王都にある、比較的新興の富裕層らが居を構える……荒れつつある区画。そこに並ぶ邸宅の一つに、フォレスト男爵家名義のものがある。


 豪奢な食堂ホール。一人で昼食を摂る御令嬢の周りには、給仕姿の者らが控えていた。


 ただし、その関係はただの御令嬢と給仕というわけでもない。


「はい。不必要に調査対象者に接触し、その者らが主催する〝茶会〟――密かなサロンにまで参加しているようです」


 給仕の男が、〝任務〟の進捗についてを告げる。


「――そう。先発の者らには、不用意に動くなと指示があったはずだけど?」


 上位者たる少女が――ジュディ・フォレスト嬢が、当然の疑問を淡々と投げ掛ける。その手は丁寧にナイフとフォークを操り、傍目には、いっそ優美な所作で食事を続けながら。


「はい。もちろん、その者にも指示は伝わっております。ただ――厄介なのが、その者は契約による協力者であり、我らの指示よりも、もとの契約を優先する――というのが、その者の言い分のようです」


「面倒な話だ。こちらが下手(したて)に出るから……つけ上がる。――それで? 具体的な契約の内容は?」


 苛立ちを隠そうともしない御令嬢。彼ら彼女らにとって、状況はあまりよろしくない模様。


「……対象はベリエル男爵家。『お互いの魔導技術の供与と、それに伴う適宜の協力』という名目での契約でした。今から十五年ほど前です」


「当時の班(・)の者は?」


「誰も残っていません」


「そう。なら、情報だけ抜き取って始末する。いっそのこと、そのまましばらく泳がせておくとしよう」


 あっさりと方針が決まる。求めるのは従順な駒。我を通す小賢しい駒など必要ない――それが彼女たちの動き方。


「では、しばらく泳がせ、例の異質な魔導士とやらの情報を、少しでも得られるようにしておきましょう」


 始末すると決めたとしても、利用できるならする。搾り切って無駄にしない。信頼できる人員が限られている彼らにしてみれば、当然の手法だ。


 ぴたりと手を止めた御令嬢――ジュディ・フォレストが、薄く笑みを浮かべる。


「――あぁ。どうせなら、私が魔導院に赴いたのちに処理する。そちらの方が、色々と都合がよさそうだ。例の魔導士が、我らの駒となり得るなら善し。そうでないなら……泥を被せてご退場頂こう」


 駒を用いての盤上遊戯。


 ジュディたちは自らすらも駒として、このデイル王国という盤面にて、血塗られた、命懸けの国崩しという遊戯に興じている。


 だが、彼女はまだ知らない。


 すでに〝ジュディ・フォレスト〟を知る人物が、魔導院にいることを。


 仮面の怪人が別の盤を広げ、その上で待ち構えていることを。




 ◆◆◆

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