第4話 不穏なる関係
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オーレスからの誓願を丁重に断ったリオンだったが、その胸には、拭い切れぬ違和感が残っている。
まず、オーレスは教えを乞うことを諦めていない。それがありありと分かってしまうから。
マウクトの術式を使いながら、魔導の徒を名乗る者。探究者。理の深淵を目指す者。
その姿は、〝かつての世界〟における、レイナスの周辺にいたマウクトの尖兵たちとは乖離がある。差異に戸惑う。
「(……〝向こう〟での記憶にはない。大罪人として、事後に目を通した記録にも、特別な記載はなかったはず――いや、堕落した当時のレイナスの視界に映っていなかっただけで、オーレス様のような者はいたのか? 俺が見た記録に残っていなかったのも、デイルの争乱には関係がなかったから?)」
常識という一線を、平然と踏み越えるオーレス・ベリエル。
もちろん、それ自体はリオンとて同じだ。
デイルに仇なす者を排除する。
そのために必要とあらば、常識や良心の呵責、禁忌すらも踏み潰す。外道を征く覚悟はできている――というより、すでに外れた道を歩いている。
「――ミア。本部からの報告では、ベリエル男爵家に怪しい動きはないんだな?」
何度か確認している事項ではあるが、再度の確認を求めるリオン。
「はい。白狼様からはそのように伺っております。ですが、現状ではあくまで〝商会〟の影がないと確認されただけであり、ベリエル家が潔白だとは言い切れないそうです」
手狭な宿舎の室内。涼しい顔で控えていたミアが、主から聞かれたことにすらすらと答える。それは本部――隠密衆による調査の結果。
「まぁ……そもそも〝潔白な貴族家〟なんて存在しないだろうしな。分かったよ(結局のところ、〝向こう〟ではジュディたちの暗躍を止められなかった。いかに隠密衆といえども、過度の期待はできない――か。くそ。マウクトの連中が暗躍した〝結果〟だけは知っているが、連中の手の内については不明な点が多いからな……)」
〝かつての世界〟での経験がある。デイルの争乱について、様々な記録を読み解いて来た。知識として知っている。
だが、それらが、寸分の狂いなく〝この世界〟に反映されているわけでもない。そもそも、リオン自身が流れを弄っている最中だ。その結果、どのような支流ができるのか、あるいはできてしまったのか……神ならざる身で、そのすべてを見通せるはずもない。
また、暗躍するマウクト神聖国の尖兵についても、〝かつての世界〟では、レイナスを篭絡したジュディを含め、多くの者らに逃げられてしまった。デイル王国はいわば〝やられっ放し〟であり、マウクトの痕跡を辿る調査は行われたが、連中の手の内の全てを究明できたわけでもない。
「オーレス様は〝該当者〟でありつつ、また別の面もお持ちなのでしょうか?」
内心でなにやらを考えている主に対して、状況を整理するためにミアは問う。
あまり積極的に認めたくはないミアだったが、どうあっても、この怪しい仮面の主とは一蓮托生。
リオンに迷いが生じ、取り返しのつかない一手を打ってしまえば、その破滅にミアは否応なく巻き込まれてしまう。
その前に抜けたいと口にはするが、それが叶わないだろうことも、彼女は承知していた。
「おそらくな。ベリエル男爵家は古参貴族であり、師匠たちの調査でも《《大きな埃》》が出ない以上、流石に数代前から取り込まれて偽装していたわけでもないだろう。また、どこぞの〝ミリル・バルボアナ嬢〟のように、用意された影が本物とすり替わったという話でもない。――にもかかわらず、オーレス様は、デイル貴族として〝普通〟じゃない――」
手元にある情報から状況を整理すると、どうしてもオーレスの存在が浮く。
「――なにしろ、奇抜な恰好をした平民でしかない俺を相手に、彼はさも当然とばかりに、誓願による師事を求めたんだぞ? しかも、マウクト側の指示で俺を探るというより、個人としての好奇が前に出ている印象だったからな……異常なのは間違いない」
確かに餌は撒いた。が、ここまであさっての方向から、これほどの勢いで喰い付かれるとは……流石にリオンも想定していなかった。
「なら、いっそ〝異常な者〟同士で、リオン様とは気が合うんじゃないですか?」
呆れたように茶化すミア。ただ、彼女はもう理解している。仮面の君たる主が、次にどう動くかを。
想定外の事態に直面した時に、そのまま何となくで様子を見る――などという選択はあり得ない。相手が〝該当者〟であればなおのこと。
「はは。ミアに指摘されるのは癪だが……確かにそうだ。異常な者らなど、いっそ一纏めにしておけばいい」
仮面の怪人は仕掛ける。
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「よくもまぁ……この私を都合よく使ってくれるものね」
胸の内にある呆れと怒りを隠そうともせずに、言葉にして吐き出すアーシェラ。
ソファに深くもたれ、足を組んで踏ん反り返ったままにだ。大貴族の御令嬢としては、あまりにも慎みがなく、はしたない。決して褒められた態度ではないが……
「アーシェラ様。今さらリオン殿に、こちらから〝常識〟を求めるのもどうかと存じますが?」
主のはしたない態度そのものではなく、期待する方が悪いと指摘するのは、ガルム伯爵家の侍従アヴァン。彼もまた、遠回しに相手を非難している。
「どうにも誤解があるようですね。私ごときがアーシェラ様を〝都合よく使う〟など、とてもとても……滅相もございません」
魔導院の敷地に置かれたガルム伯爵家の宿舎。
アーシェラの私室にある小ぶりな応接間にて、嫌らしい笑みを張り付けた道化の仮面が、言い訳にもならぬ、白々しい弁を並べ立てる。
「よくもまぁ……白々しい。私の名で〝茶会〟を催したいなどと……〝私とガルム家の名を都合よく使う〟という以外に、どう表現しろというのかしら?」
先ほどよりも増した呆れが、紡ぐ言葉に棘として乗る。
リオンの動きは単純。オーレスの誓願に応じて一対一となれば……いざという時に逃げ道がなくなる。
なら、盾になり得る関係者を巻き込む。もしもの時の選択肢を増やすために。
そして、都合のよいところに、ガルム伯爵家の御令嬢がいた。
「まぁ……客観的に見れば、確かにアーシェラ様を体よく利用していると取られても仕方がないかも知れませんが――私にそのような意図はありません」
「(こいつ……! だから、それ以外の何物でもないと言ってるのよ……ッ!)」
主の内心の怒りが透けて見えるアヴァンは、自らのため息を飲み込み、話を進めに掛かる。
「――リオン殿にその意図がないとしても、ガルム家は、基本的に魔導院内での派閥の連帯強化を求めておりません。また、これまでのアーシェラ様にしても、〝茶会〟を運営したことがありません。リオン殿を傘下に置くと表明した矢先の〝茶会〟の声掛けともなれば……邪推する者も出てくるでしょう」
貴族社会における隠語。
ここでいう〝茶会〟は、言葉通りの意味に非ず。表立った社交ではなく、秘密裏の連帯を求めるモノ。
〝茶会〟――それは結社だ。
ガルム伯爵家は軍閥の名家。
軍という組織において、特定の者らが裏で結び付くというのは、時に同胞からの反発や不審を招く。
それらを危惧したガルム家は、舞台裏での連帯ではなく、あくまでも軍という組織内、表舞台での協働を求める方針へと進んでいった。
アーシェラが家の方針に従うのは当然のこと。
もちろん、ガルム伯爵家とて、根回しという名の密談や密約くらいは束で抱えているが……極力それを見せないようにと苦心しているわけだ。
「はは。むしろ、ガルム家やアーシェラ様としては、その方が都合がよいのでは? 仮に問題が起これば、『仮面の君の我が侭に、酔狂で付き合ってやっただけ』――と、見え透いてはいますが、白を切ることもできるでしょう」
大仰な道化仕草を伴いながら、リオンは語る。いざとなれば、この怪しい仮面の君など切り捨てればいいと。
ぴくりと眉間に反応を示すアーシェラ。
「ふぅ……リオン殿。この私が、その程度のことに思い至らぬとでも?」
深い紫の瞳がすっと細められる。そこには、先ほどの呆れと怒りとは違う……また別種の険が宿る。
家名を背負う意味を、その覚悟を知らぬ、この愚かな道化への怒りが沸々と煮えていた。
ガルム伯爵家のアーシェラ・ウォル=ガルムが、あまりにも安く見積もられたものだと。
「失礼しました。この私めの浅はかな考えを、ここで教示してやろうなどとは思っておりません。むろん、アーシェラ様がご存知であるのは――」
「――違うわ」
声自体は小さいながらも、まるで刺すように冷たく、場に通るアーシェラの否定。大仰に頭を下げ、つらつらと謝罪の弁を述べるリオンを制止する。
「このアーシェラの名の下に〝茶会〟を催すとなれば、たとえどのようなことがあろうとも、私が背負うのが道理よ。ガルム家の娘が、いざという場面で下の者を切り捨て、その責から逃げ果せるなどと……それがたとえ話であっても、不愉快極まりないわ。厳に慎みなさい」
「……」
黙っているだけなら、見目麗しい乙女でしかないが、彼女の身の内には、貴族の矜持と覚悟が、その血と共に巡っている。
「(――おっと、見誤っていたのはこちらか。少なくとも平時においては、名家の名に恥じぬ御方か。ただ、〝向こう〟での争乱の記録には、ガルム伯爵家について特段の言及はなかった。ガルム家やアーシェラ様は、一体どのように動いていたのだろうか……)」
今のリオンに確認する術はないが、ふと思ってしまう。
〝かつての世界〟で、愚かなレイナス王子として生きていた同じ時代。
魔導院に籍を置く同年代の者の多くが、真っ当な貴族子弟として、矜持と覚悟を身に宿していたという事実。
感傷にも似たナニかが、リオンの中の柔らかい部分を、無遠慮に掴んで離さない。
「――承知いたしました。この不肖のリオン、改めて、アーシェラ様に請い願います」
仮面はそのままであるものの、芝居がかった大仰な仕草ではなく、静かにその場で片膝を突いて跪くリオン。
そして、そんな彼に応じるかのように、組んでいた足を戻し、踏ん反り返っていたソファから、アーシェラは静かに立ち上がる。
控えていたアヴァンは半歩ほど後ろに下がり、さっと首を垂れ、待機の構えに入る。
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その日、魔導院内にて、新たな〝茶会〟が発足された。
アーシェラ・ウォル=ガルム伯爵令嬢の名の下に。
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