第3話〝魔導の徒〟
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「いやぁ、流石は仮面の君殿。見事なものだねぇ~」
模擬戦という名の〝仮面の君の観察会〟も終わり、回廊を歩くリオンの背に声を掛ける者がいた。若干の険を伴って。
「……ノエル様。まだ飲み込めてないんですか? 一応、話し合いの場は持ったじゃないですか」
「ほら、それだよそれ。本当に悪いと思ってるなら、自分で〝一応〟とか言わないでしょ? 普通はさぁ」
リオンが、バリアード家との契約をそれなりに気に掛けているのは分かっている。だが、言葉や態度の節々に、身勝手さが微妙に漏れ出している。その気配を察するノエル。
「いや、でもこうなってしまっては、アーシェラ様の庇護に縋るのが一番穏当だったのは、ノエル様も認めるところでしょう?」
「あぁ、あぁ、分かっていますとも。僕が言いたいのは、そうやって逃げ道を塞いでから話を持ってくるところが……どうにも腹立たしいってだけさ」
「まぁ、私からすれば『でしょうね』――としか言えませんが……」
神妙な声色で火に油。
「だからそういうとこなんだよ!」
ノエルも正しく燃える。吠える。無駄だと分かりつつも。
バリアード家というのは、片田舎の地方貴族に過ぎない。ただ、その領地の運営は手堅く、大きな繁栄はないが、大きな衰退もなくやってこれた。
今さら、中央との新たな繋がりなど求めていない。
ただし――人材だけは別だ。
そもそも、貴族家に課せられた義務である〝王立魔導院を修了した魔導士の輩出〟を、血族だけで賄えないほどに窮している。
中央の政治に口を挟んだり、利権を手繰り寄せるだけの余力もない――というのが、バリアード男爵家の懐事情。
「あーー! 分かってはいるんだ! こんな怪しい輩を引き入れてしまったのが、そもそもの間違いだってことは! バリアードが! 父上が悪いのも分かってるさ!」
頭をガシガシと搔きむしり、地団太を踏みながらノエルが叫ぶ。今さらどうにもならないが、胸の内を思い切り吐き出す。
「ええと……ノ、ノエル様?」
普段の温厚な姿を知っているだけに、流石のリオンも少々引き気味だ。
「――リオン様。少しノエル様に甘え過ぎでは? ノエル様は聡明で穏やかな御方ではありますが、彼もまた、バリアードの家名を背負っているのですよ?」
見かねたミアが、叱責にほど近い苦言を吐く。
『仕方がない』
『選択肢はこれしかない』
『どの道、同じだ』
リオンは淡々と選択肢を選びながら、選ばなかった道を切り捨てて征く。ノエルとて貴族家の者。これまでにしても、不承不承ではあるものの、リオンの選択の意義や意味は理解していた。それは間違いない。
ただ、中央の大貴族、それも軍閥関係で影響力を持つ家の……その御令嬢の庇護を受けるともなれば、バリアード家としても、アーシェラやガルム伯爵家に対して何もなしという訳にはいかない。
貴族家の者が庇護を与えるとなれば、受けた者は、それ相応の返礼をしなくてはならない。
そして、返礼の際には、庇護者から条件を提示されることがほとんどだ。
単純に上納金のような形で済む場合もあれば、誓約による忠誠を求められたり、代を継いでの労力の供出であったりと……その様態は様々。
そして、慣例として庇護者側の方も、まったくの何もなし――では済ませられない。
普段、ノエルに付いているミアは、彼から聞かされたそんなあれこれを、いっそ慇懃無礼となるほどの丁寧さで、この無知な主に説明してみせる。
「な、なるほど……ノエル様だけじゃなく、バリアード家が対応を求められるというわけか。いや、まぁ――普通に考えれば当たり前か……」
デイルの貴族社会を知ってはいるものの、その知識や経験が〝上位者〟側で偏っているリオン。貴族家同士のやり取りについて、自身が無知を晒していたことをようやくに知る。
もっとも、それを知ったところで、彼の行動は変わらない。これからも魔導院で過ごす以上、アーシェラの庇護下に収まるという選択は外せない。撤回はできない。
そして、ノエルとてそれは分かっている。
「――ふぅ……ありがとうミア殿。ちょっと吐き出して、僕も少しはすっきりしたよ」
取り乱していたノエルも、冷静さを取り戻した様子。
「いえ、すべては我が主の事前説明の足りなさや、投げっ放しの行動が招いたことです。むしろ、ノエル様にお詫びのしようもありません」
ミアは不肖の主に代わって、丁寧に頭を下げる。流石のリオンも、ばつの悪さを感じてしまう。
「あー……ノエル様、私からも謝罪を――」
「いや、リオン。今は遠慮してくれる?」
目が据わったまま、にこりと微笑むノエル。
「あ、はい、分かりました」
ここは従う一択だと引くリオン。
諸々を吐き出して、ちょっとすっきりしたノエルだが、まだまだ胸の内に残ったモノがある様子。
今は口先だけの謝罪なんかするなよ? ――という具合。
「はぁぁぁ……ま、契約は契約だからね。リオンの行動に対して、色々と文句はあるけど縛り付ける気はないさ。アーシェラ様やガルム家との繋がりで得られる益もあるわけだしね……はは……」
深呼吸を一つ。胸に手を当て、まるで自分に言い聞かせるようにノエルは語る。乾いた笑いも漏れる。諦めの境地だ。
「――それに、どうやらリオンにお客様みたいだし、僕の愚痴はこれで収めるとするよ」
魔導院の回廊にて、突如として頭を掻きむしりながら叫ぶという奇行に走ったノエルだったが、ようやく周りを見渡すことができた。
奇異な目を向けて通り過ぎて行く者とは、また別の視線がある。そちらへと話を振る。
「……お取込み中のところ、申し訳ございません」
オーレス・ベリエル。
律儀に、少し距離を置いて待っていた。
◆◆◆
広い魔導院内には数多くの講義室があるが、実態として、それらがすべて使われているかと言えばそうでもない。
施錠されていない部屋であれば、少々なら無断で使用することも許されているほど。
リオンとオーレスは、周囲に人の目がない講義室を選び、そこで話をすることに。
「――改めてですが、突然の不作法にもかかわらず、時間を取って頂きありがとうございます」
物腰は柔らかく、丁重に頭を下げるオーレス。すでに彼は、リオンを平民として扱っていない。
魔導大国を標榜するデイルでは、高位の魔導士は身分の壁すらも越える――それを実践している。
「いえ、こちらこそ、身内の恥晒しでお待たせして申し訳ございませんでした、オーレス様」
リオンもまた、礼法に則って頭を下げる。彼は彼で、自らを平民として、上位者への礼儀を崩さない。
「このまま立ち話というのもなんですし、座りましょうか?」
「ええ、そうですね」
整然と並べられた机と椅子の一部を崩し、向き合って座る二人。腰を浮かして手を伸ばせば、一呼吸より前に届く距離。見ようによっては危険な間合い。
お互いが腹の内に秘密を抱えつつも、素知らぬ顔で相対している。
「それで……オーレス様。この度のご用向きをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
さっそくに本題へと舵を切るリオン。
これ以上、貴族的な形式上のやり取りを続ける意味はないとばかりに、ばっさりと切る。不調法とも言えるが、平民であることを理由にすれば、そこまでおかしい話でもない。
「はい。率直なところを言わせてもらえれば……私は、一介の〝魔導の徒〟として――リオン殿に教えを授かりたいのです」
「ッ!?」
オーレスは真っ直ぐにリオンを見据え、自らの願いを口にする。まるでそれが当然のことであるかのように。
それも魔導士としての聖句――誓約を伴うべき〝魔導の徒〟であると示してだ。
デイル王国の作法としてはあり得ない。掟破りの一手。先のウォルターの〝お願い〟とは、意味合いがまるで違う。
貴族家の者としては、恥知らずの誹りを免れぬ手段だ。
「…………オーレス様。それはいけません。聖句での誓願は、自他ともに一人前と認められた魔導士にしか許されぬ行為。もちろん、オーレス様が未熟だなどとは言いませんが、少なくとも、この魔導院を修了しておられないのは、紛れもない事実にございましょう」
仮面の下で、微かにその瞳が揺れる。
目の前のオーレス・ベリエルが、マウクト神聖国の手の者だという確信がリオンにはある。だが、同時に、オーレスが正真正銘、ベリエル男爵家子息であるのも確認が取れている。
デイルの貴族家が、マウクトの手の者に取り込まれた。そう考えていたのだが――思考が少し濁る。そうではない可能性が見え隠れしている。
まさか、デイルにおける魔導士としての掟を、ここまで堂々と蔑ろにして見せるとは思わなかった。
未熟な魔導士が、〝魔導の徒〟と名乗ることは許されない。
理の淵にすら辿り着いていない者が、口にしていい名乗りではないのだ。
今のオーレスは、明らかにデイルの常識を踏み越えている。
「――リオン殿。貴殿ほどの魔導士が、そのような古き慣習に縛られておられるのですか? 仮面の君として、その奇抜な姿を晒して耳目を集めたのは、自らの魔導の業を広く知らしめるためでは?」
彼は言葉を紡ぐ。常識を古き慣習だと断じる。
当たらずとも遠からずではあるが、リオンの狙いを推定して見せる。
その瞳は真摯で真剣だ。世を知らぬ若輩が、根拠のない万能感に酔い痴れるような危うさはない。
オーレスの態度は、己の中に確たるナニかを持つ者のそれ。
「この仮面姿はともかくとして……私はバリアード家の契約養子という身ではありますが、〝デイルの魔導士〟であると自負しております。『古き慣習に囚われている』――そう言われればそれまでですが、それでも私は、〝デイルの魔導士〟でしかありません。オーレス様が、どのような思想信条、哲学の下に、どう名乗られるかは自由ですが……私は、その全てに賛同を示すことはできかねます」
リオンは冷静に、淡々と告げる。魔導士として、特別に革新を望んでいるわけではないと。
「……」
「……」
思想を異とする魔導士が二人。講義室に沈黙が満ちる。
二人の内心には、それぞれに失望と警戒が宿る。
「(……マウクトの術式を使う以上、オーレスが〝敵〟なのは間違いない。だが……もしかすると、ジュディたちとはまた別枠か? それとも、これがマウクトの手だったのか?)」
「(……リオン・バリアード殿。この者は、あれほどの高度な術を用いながら、魔導の深淵を目指す探求者ではないのか?)」
そして、齟齬。どちらもが、相手を理解できないままに決定的にすれ違う。
お互いが思考の海に沈みながらも、先に沈黙を破ったのはリオン。
「――今の状況では、私がオーレス様に教示する道はありません。ですが、一つお聞きしたい。なぜ、私ごときに師事を望むのですか?」
彼はオーレスの狙いを、その真意を探る。
模擬戦にて、マウクトの術式ごと魔術を無効化した技を見極めたいのか、それとも、一個人として魔導の探究を望んでいるのかを。
「リオン殿。独力で解明できない術理を、どうにかして解き明かしたいと願うのは……そこまでおかしなことでしょうか? デイル王国の付与した意味など知りません。ただただ私は――〝魔導の徒〟なのです」
「……」
オーレスの瞳に宿るのは、狂気にも似た純粋な好奇。
リオンは一段と警戒を強める。
マウクトの術式を使う者たちであっても……一枚岩ではない可能性を考えていく。
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