第2話 新たな風習
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格上の貴族家の者に、直接の手合わせを申し込み、そこで実力を示す――この〝模擬戦〟の新しい意味付けは、すでに魔導院内でそこそこに馴染んでいた。
もちろん、無粋な真似だとして、眉根を顰める者も未だに多い。賛否で言えば、まだ否の方が優勢というところだ。
ただ、〝演習場で手合わせを行う〟というのは、別に今までも当たり前に行われてきたこと。それらを敢えて止めさせようとする者はいない。魔導院側も黙認したまま。
なにしろ、貴族同士で揉めた際の私刑や決闘についても、演習や手合わせという体で誤魔化して来たのも、この王立魔導院の歴史の一つ。
今さら模擬戦なり手合わせなりに、一つ二つの意味が加わろうが、誰も文句など言えるはずもない。
これまで、建前の名の下に行われていた、アレやコレまで掘り返されかねないのだ。
誰も触れることなかれ――
そうして、いつの間にか新たな風習が〝普通〟に染み込んでいく。
「(……思っていたほど、難しくはなかったな。もしかすると、〝あっち〟のジュディたちにしても、仕掛ける側としては楽だったんだろうか? ――いや、今回については、単にアーシェラ様やガルム家の影響力が大きかっただけか?)」
リオンは実例を知っていた。だからこそ、自らの仕込みでそれらを早めた。
結果として、こうして〝模擬戦〟は行われている。
「リオン殿。準備はよろしいか?」
衆人環視の演習場にて声が響く。声の主はこの度の模擬戦のお相手。ウォルター・マクマラン男爵子息だ。
「ええ。こちらの準備は整っております。いつでも構いません」
心の内で独り言ちていたリオンも、声を上げて応じる。
演習場の端と端。それぞれが、地面に描かれた円の中に立っていた。
この度の模擬戦は、遠距離からの魔術の撃ち合い。それも、一定の時間内で、相手の円の中へどれだけ術を撃ち込めるかというもの。ただし、相手に直接魔術を当ててしまえばそれまで。当てた方が反則負けというルールだ。
このような形式になったのは、対戦相手であるウォルター個人の得手不得手によるものではなかった。
むしろ、別の者たちの思惑によるもの。リオンの技を、どうにかして解析してやろうと願う者がいたからこそ。
とにもかくにも、彼に魔術を使わせるための仕込みというわけだ。
「あの仮面、ずいぶんと模擬戦から逃げ回っていたようだが……ようやくか」
「だけど、アーシェラ殿に、自らの傘下に置くと明言されてしまったわ」
「まぁ仕方がない。もともと、アーシェラ殿とは懇意にしていたようだからな」
観衆からも、各々の思惑が漏れる。魔導の技に貪欲な者たちは、リオンの存在を無視できなくなっていた。
「……流石に、殿下はお見えじゃないようだな」
「そりゃそうだろう。初見の時の〝見学〟ならまだしも、殿下や関係者が興味を持ったとなれば、要らぬ騒動になりかねないからな」
「もう十分に騒動になっている気もするけど……」
今回、ルーク王子や婚約者のアリア嬢の姿はない。それでも、こうして観衆が集まったことを考えれば、異質な技を持つ者として、リオンはそれなりに認知されているということ。
「では――行きますッ!!」
ウォルターは掛け声とともに術式を編む。速射を意識してか、高度なものではなく、ごくごく簡易な基礎魔術だ。
彼がリオンに向けて手をかざすのと同時に、魔力で構成された小ぶりな矢が、大量に撃ち出される。
「(――ここは、観客の期待に応えるべきだろうな)」
リオンは殺到するウォルターの魔術を見やりながら、周囲からの期待に応えるべく動く。
陣地に着弾するか否かという機に合わせ、拳を軽く掲げてぱちんと指を鳴らす。
次の瞬間、殺到していた魔力の矢のことごとくが霧散する。リオンの周囲には、ごく細い糸が舞っている。
実力の一端が知れた今となっては、相手への嫌味になりかねない道化仕草ではあったが――
「ッ!」
当事者であるウォルターは、ぴくりと眉が動いただけ。構わない。すでに彼は次の術を編んでいた。
周囲にぽつぽつと火球が生まれている。
「(――具現化系の次は火属性か。おそらく、使う術や順番も指定されているな)」
この度のウォルターは、リオンに魔術を使わせるという役どころ。その役を徹底するつもりなのが透けて見えた。
人の頭ほどの火球が、山なりの軌道を描いてリオンの陣地へと迫る。ちらりとウォルターを見やれば、すでに次の術の準備に入っている。
「(うーん……今回のルールでは、本人への攻撃はご法度だったはずなんだが……俺が防ぐのを前提にするのはどうなんだ?)」
建前のルールを巡って、内心で疑問を呈するリオン。
それでも、淡々と役割を果たそうとするウォルターに敬意を払い、リオンもまた、期待された役どころを演じる。
迫る火球の一つ一つを、魔力で編んだ糸で絡め捕り、次々に〝分解〟していく。
術式を観察したいなら、どうぞご遠慮なくと言わんばかり。
そして、そんなリオンの術式を、挑発通りにつぶさに観察する周囲の観衆たちという構図。
この度の模擬戦の予定調和がこれ。
「(――くそ。何度見ても視えない。あの糸の術自体も高度ではあるが……例の〝分解〟を一体どうやって成立させているのか……まったく意味が分からない――!)」
ただ、観察者の中の一人――オーレス・ベリエルからすれば、この程度の予定調和では、まるで足りないと切に感じていた。
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「――お見事でした。リオン殿」
「いえ、ウォルター様こそです。軽視されがちですが、与えられた役割を全うするというのは、決して万人にできることではありません」
模擬戦が終わり、健闘を称え合う一幕。もっとも、リオンが称えるのは、ウォルターという人物の在り方。
彼は淡々と、事前に指定されていただろう魔術を撃ち続けた。
撃つ度に無効化されながらも、休むことなく手を緩めなかったウォルター。
しかしながら、彼の放った魔術が、リオンの陣地に着弾することはついぞなかった。
結局、制限時間の間際、観衆にも分かるようにと、紐ほどに太くした魔力の糸をリオンが放ち、それがそのままウォルターの陣地に突き立って――終わり。決着だ。
リオンが仕掛けたその唯一の攻撃に対し、ウォルターは反応できていたのだが……それでも、事前に与えられた役割に則り、彼は微動だにせず、そのまま敗北を受け入れた。
「――どの道、軍属ともなれば、上官の命令に従うのが当たり前となるでしょう」
リオンからの賛辞を流し、淡々と応じるウォルター。命令や指示に従うのは、彼にとっては当たり前のこと。〝普通〟だ。
「ええ、まぁ確かにそうですね(――はは。たとえ軍属であろうと……土壇場で、後ろから同胞を斬り付けるような輩も少なくないんですよ、ウォルター様)」
仮面を着けておいてよかった――そう思ってしまうリオン。
目の前で、正しく謙遜するウォルターを、どこか眩しく感じて目を細めてしまう。直視することができない。
腐敗の横行したデイルでは、戦場でのいざという場面で、軍勢の統制が取れずに敗走が続く――そんな〝未来〟をどうしても思い出してしまう。
「それでは、リオン殿。アーシェラ殿が表明した以上、このような手合わせはもうないでしょうが……講義や演習などで一緒となった際には、その魔導技術について、是非にご教示を願います」
特に大きく感情を表さなかったウォルターが、ここぞとばかりに、にやりと悪ガキのような笑みを浮かべる。
「はは。ウォルター様にこの場でそう言われてしまうと、流石に〝私などではとても……〟という謙遜はできませんね。分かりました。次の機会には、私の技について、教示させて頂きましょう」
軍人肌ではあるものの、ウォルターもデイル貴族の者。状況的に断れないような〝お願い〟を差し込んで来る。
ちゃっかりしたものだと苦笑しながら、リオンも了承の意を示す。そうして、改めて二人は、がっしりと握手を交わしてから演習場を後にする。
去っていく二人の背を見送る観衆たちも、模擬戦の内容を振り返り、思い思いの考察を議論しながら、三々五々に散っていく。
「目の当たりにしても、どのような術理なのかが分からないな……一度発動した術を、どうやればあそこまで静かに消せるのか?」
「ルーク殿下曰く、『発動前の状態に戻している』らしいが……意味が分からんな」
「あの糸の魔術は単純に便利そうね。汎用性も高いだろうし。相手の術を消すにしても、あの糸での接触が鍵になるんでしょうよ」
雑多な魔術談義を聞き流しながら、なおも留まる者もいた。
見物人の中でも、一際大きな疑問を抱えていただろうオーレス。マウクトに通ずる者。
「(――調査は後発に任せよ……か。だが、私の任務こそ、こういう調査には向いているはず。それに、後発の者に引き継げる情報というのも、あるに越したことはないだろう)」
人気がまばらになった頃、彼はようやくに歩き出す。ただ、その足が向かうのは、先ほどの模擬戦の勝者――仮面の君の去って行った方向。
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「あー……そういえば、例の仮面の君が、また〝模擬戦〟をしたそうだね」
ふと思い出したかのように呟く。
「え? ――そのようですね。お相手はジェムス伯爵家の派閥に属する、ウォルター・マクマラン殿だと聞き及んでいます」
一瞬、虚を突かれはしたが、すぐに婚約者の呟きに応じる、アリア・ローゼイン侯爵令嬢。
魔導院の敷地内にある、王家縁の者が使用する邸宅の応接間。
テーブルを挟んで向き合い、ルークとアリアはお茶を嗜んでいた。当然に給仕や侍従は控えているものの、気分は二人だけの茶会というところ。
「そう。結果は聞くまでもないだろうけど、その内容について、アリア殿は聞いているの?」
疑問を口にするものの、カップを傾けながら、特にそれほど興味がないような素振りのルーク。
「……」
そんな婚約者の様子を見ながらも、アリアは気付いている。
二人が顔を合わせたのは、アリアが九歳でルークは七歳の頃。
その後、すぐにサラリア離宮の炎上、レイナス王子の逝去という訃報が入り、王宮は大いに揺れた。まるで離宮の炎が飛び火したかの如く。
慕っていた兄の死という現実に、ルークも衝撃を受け、その心は激しく傷付いた。王子という立場でありながら、その動揺を隠し切れないほど。
そんなルークの傍らに立ち、さり気なく彼を支えて来たのはアリアだ。ずっと見て来た。
気付かないはずもない。
ルークは天与の才を持つ者。〝申し子〟として称賛を受けているが、アリアは知っている。彼の真の才は魔力量そのものではなく、その洞察力にあると。
初見の現象でも、その術理を見抜く。また、一度見た物は決して忘れない。真理への探究の旅において、彼は常人の百歩を、ただの一歩で越えて見せる。
そんな〝真なる申し子〟たるルークが、いかにも興味がないという下手な演技をしながら、例の〝仮面の君〟を気にしている。
それだけで異常。
アリアは静かに危機感を募らせる。
「――あくまで伝聞ですが、ウォルター殿が多種多様な魔術を放つも、そのことごとくを、例の仮面の君たるリオン殿が無効化したようです。そして、制限時間の間際にリオン殿が一撃を撃ち込み……それで勝負ありとなったようです」
内心を気取られないように、淡々と〝模擬戦〟の顛末を語るアリア。彼女とて、仮面の君については情報を仕入れていた。
広大な敷地を誇る魔導院ではあるが、ここにいる者らは、基本的にデイルの貴族社会に帰属する者たち。
アリアの立場からすれば、たとえ直属の者を介さずとも、秘匿されていない情報であれば、すぐに手に入れることができる。
「――そう。仮面の君の技を解析しようと、皆が躍起になってるみたいだね」
わざとらしくアリアから目を逸らしながらそう語り、カップを口へと運ぶルーク。
いかに天与の才を持つ者であっても、彼は〝誤魔化す〟という点においては、どうにも年相応――いや、それ以下のご様子。
「ええ、殿下の仰る通りのようです。ちなみに、ルーク殿下であれば、リオン殿の術理を再現できるのでしょうか?」
ルークの下手な演技を追及はせず、あくまで、アリア自身が興味を持ったという体で話を返す。疑問を放り込む。
ある種の期待を乗せて。
「無理だね。似たようなことはできても、同じ真似はできない。僕にも、彼の術理は完全には視えない」
「……」
が、アリアの期待は呆気なく砕けた。
ルークにも再現できない術理。つまるところ、例の仮面の君も、ソレに類する者となってしまう。
「――それでは、あのリオン殿も〝申し子〟なのでしょうか?」
「うーん……ちょっと違うかな? いや、彼が〝申し子〟以上の力を持つのは間違いないだろうけど、あの術理はたぶん別物だよ。もっと、こう……努力や修練によって裏打ちされた技だと思う。……あくまで、僕の勘でしかないけど」
リオンが〝申し子〟以上の力を持つ者だと、ルークはあっさりと認める。その上で、術理の見当は付いても詳細は分からないとも。
アリアの胸が疼く。危機感が、現実の脅威として形を成していく。
「……少し驚きました。まさかルーク殿下が、そこまでリオン殿を評価しているとは……流石に思っていませんでした」
「そう? まぁ僕が評価するというのも烏滸がましいけど……あの仮面の君は、屈指の魔導士だと思うよ。……アリア殿も気付いていたんじゃないの?」
ルークは手にしていたカップを置き、正面からアリアの瞳を覗き込む。自らの言葉に込めた意味を――彼女が理解できるのかを確認している。
「恥ずかしながら、高位の魔導士であるのは見知りましたが、そこまでとは思っていませんでした……我が身の未熟に言葉もありません」
それはアリアの本音。あの仮面の君については、ルークがここまで言うほど魔導士だとは考えていなかった。
今、彼女はぐるぐると考えている。考えを組み直している。
〝ルーク殿下がこれほど高く評価するほどの魔導士〟が、どのように影響するかを。
そして、その検討の第一義は〝殿下にとって益となるか否か〟という点のみ。
アリアは、仮面の君が……リオン・バリアードなる者が、自身と縁があるなどとは考えてもいない。
そんな彼女を見て、ルークは思う。
「(……アリア殿も気付いていない。いや、確か……彼女はあくまでも婚約の内定のみだった。時の経過もある。気付かなくても仕方がないか……)」
僅かな邂逅ではあったが、ルーク・アーク=デイルは気付いている。知っている。
仮面の君。リオン・バリアード。
そう呼ばれる彼が……それ以外の名を持っていたことに。
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