第1話 アーシェラ一派
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「――リオン。君への模擬戦の要請が、また僕の方にあったんだけど?」
開口一番。宿舎の部屋に乗り込んで来たノエルが、飽き飽きしたような顔で問い掛ける。
「ふぅ……ノエル様。面倒事の数々については申し訳なく思っていますが、私も、今のこの状況を望んでいないというのは、どうか分かって頂きたいですね」
自室でありながらも、律儀に仮面を着けたままのリオンが訪問者に応じる。言い訳もどきを口にする。
〝申し訳ない〟と言いつつも、リオンはテーブルで優雅に茶を嗜んでおり、ノエルの方を見向きもせずに、そのままカップを傾けるのを止めない。
言動不一致の例題に使えそうなほど。
「……もちろん、リオンが望んだ状況じゃないことくらいは分かってるさ。だけど、巻き込まれた僕の迷惑も、そろそろ何とかしてもらいたいんだけどねぇ……?」
普段は穏やかな言動のノエルだが、今の彼の目は据わっている。どうやら、我慢の限度を少々超えてしまったか。
「――おっと。これは失礼」
流石にまずいと察したのか、いそいそとカップを置き、さっと居住まいを正すリオン。ノエルにきちんと向き直る。
死んだはずの元・王子も、今や諸々の処世術を身に付けた模様。
「では――まずはこの度の模擬戦要請は、一体どなた様からでしょうか?」
「ふぅ。そうやって、こっちの本気度を測ってから対応する感じが……しかも、それをまったく隠そうともしないのがまた、いちいち憎たらしい……!」
変わり身の早い身内に、無駄と分かりつつも毒を吐くノエル。
「ノエル様。我が主は、基本的に性根がひん曲がっておりますから、いちいち相手にすると疲れますよ? 早く本題をぶつけて、話を進める方が建設的です」
そっと後ろから声を掛けるミア。
すでに魔導院内でも、彼女が本来は仮面の魔導士付きなのはバレているのだが、表向きには、まだノエルの侍従として振る舞っていた。
が、この度は怒りと呆れを湛えるノエルに、諦めと本題を促すという身も蓋もない振る舞いをしていたりもする。
「ミア殿まで……はぁ、分かったよ。さっさと本題へ移るさ。今回、僕の方に君へも模擬戦を申し込んできたのは、ウォルター・マクマラン男爵子息。ジェムス伯爵家に所縁のある方だよ」
諦めたノエルは話を進める。
以前のオーレスとの模擬戦以降、リオンは〝恥知らずな仮面の奇人〟から、〝高位の魔導士〟として評価されるようになったのだが、その分、各方面から積極的に接触を望まれるようにもなっていた。
要は、リオンを管理下に置きたいと考える者らが現れたという話。
当の本人は、そのような申し出に対して、バリアード家の名を出してのらりくらりと躱しているのだが、そうなれば、ノエルの方へと圧が掛かるのは当然の帰結。
そして、今回はジェムス伯爵家の一派が動いているという話。
「ウォルター・マクマラン様にジェムス伯爵家ですか? ええと……ちなみに、どのような方々なのでしょう?」
「……白々しいな。本当は知ってるだろうに……」
「いえいえ、ノエル様。こういうのは建前というのも必要ですから。私はあくまで契約による養子で、本来は平民という立場……貴族家や派閥の特色に詳しかったらおかしいでしょう?」
あくまでそういう〝設定〟なのだと、それをわざわざ自分の口で説明するリオン。
ノエルからすれば、宿舎の自室という閉ざされた場所であっても、思い出したように元の設定で会話を進めようとする、目の前の仮面野郎にイラっとするのは仕方のないこと。
「――はいはい。分かった、分かったよ。えー……ジェムス伯爵家は軍に強い影響力を持つ名家の一つで、アーシェラ殿のガルム伯爵家一派とは、軍閥関係で色々と衝突も多いらしい。そんな派閥だそうで、ウォルター・マクマラン殿も、ジェムス家からの指示で動いているのを隠していないよ。はは、よかったねリオン? 軍閥の名家から目を付けられたみたいで」
棒読みながらも、嫌味を込めて説明するノエル。彼の本題はこの先。そんな連中に目を付けられると、バリアード家としては迷惑なんだという話だ。
「なるほど。ですが、我が身には余りある誉れ。さて、一体どうしたものでしょう……?」
仮面に覆われた眉間に手を当て、いかにも〝神妙に考えています〟という姿勢を取るリオン。さっそくに、ノエルの我慢が限界に来ていることを忘れている。
「――ふぅ。リオン、そろそろ本気で怒るよ?」
「はい、失礼しました」
軽く調子に乗りながらも、指摘を受けるとさっと戻るリオン。ただし、ぎりぎりのところでちゃんとするのが、ノエルからすれば小憎らしいところ。
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「――それで? 私にどうしろと言うのかしら?」
不機嫌さを隠そうともしない声の少女――アーシェラ・ウォル=ガルム。
ノエル経由で受けた、ウォルター・マクマランからの模擬戦の申し出に了承の意を示したリオンが、次に向かったのはガルム伯爵家の宿舎。
本日、アーシェラは演習や講義には出ておらず、邸宅にいると聞いてそのまま向かった。
先触れもなく、約束もない。
当然にアーシェラ側からの心証は悪いが、すでに人物としての評価は底を突いているだろうと、リオンは開き直って突撃訪問した形だ。
「いえ、アーシェラ様――ひいてはガルム家が、魔導院内で積極的に規律ある派閥を作ろうとしないのは承知しているのですが……そろそろ他家や派閥からの接触が鬱陶しくなってきまして……」
「それは分かってるわ。だから、私にどうしろと? まさか、私からジェムス家に対して正面から喧嘩を売れとでも言うのかしら? まぁ知らない者も多いけれど――軍閥関係の衝突はあるにしろ、実のところ、ガルム家とジェムス家の関係は、いたって良好で穏当なのよ?」
アーシェラとて、仮面の君の評価が一変したことにより、周囲からの接触が増えたことは承知している。今のリオンが何を望んでいるのかも、分からないはずもない。
「え? そうなのですか? ――なら、話が早いです」
「……」
さも、〝今、はじめて知りました〟ということを口にしながら、その態度は変わらない。特段に驚きもしない。
下手くそで隠そうともしない、あからさまに白々しい言動。
アーシェラとノエルが直接やり取りする機会は少ないが、二人が話をすれば共通点が見つかるだろう。
このリオンという者へのイラつきは、双方ともに概ね一致しているはず。
「――話が早いというのは?」
アーシェラもこの話の終着は見えている。茶番のようではあるが、とりあえず話を先へ進める。予定調和を埋めるように。
「すでにアーシェラ様とはそれなりに懇意にさせていただいておりますが……ここで一つ、対外的にも分かる形でそれを示していただければ――光栄の限りかと」
「要するに、私の名を雨除けにしたいわけね?」
「いえいえ、雨除けなどとは……滅相もございません」
「(こいつ……本当に白々しいわね……!)」
狙いはあきらか。ジェムス家と違い、ガルム家は魔導院内でことさらに強い連帯を求めていない。
だが、ガルム家のアーシェラが『この者は自らの傘下にある』と言外に表明すれば、他家や別の派閥も迂闊には手を出せない。
今はそれがないからこそ、他家も、高位の魔導士たる仮面の君への接触を諦めていないとも言える。
「――しかし、よろしいのでしょうか? あくまで、リオン殿はバリアード家の者という体です。ガルム家と近付くことで、バリアード家が不利益を被る可能性もありますが……?」
主の苛立ちを鋭敏に察した侍従のアヴァンが、繋ぎの話題を投げ掛ける。
「はい、その辺りも含め、改めてノエル様に確認いたしましたが『それも含めて契約だから』と、納得していただいております」
「「……」」
アーシェラもアヴァンも、諦念に憑りつかれ、ため息交じりのノエル・バリアードの姿を思い描く。
「――まぁいいでしょう。だけど、今回の模擬戦については、了承した以上は受けるのよ? ガルム家ではなく、このアーシェラの個人的な傘下にあるとというのは、一度決まったものを破棄するほどの効力はないわ」
「ええ、心得ております」
大仰に頭を下げる仮面の君。
魔導院での評価は変じたが、直接的に付き合いのあるアーシェラなどからすれば、所々に出る、この道化染みた所作が、余計に目に付いて仕方がない。
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