第4話 提案
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「バーバラ様。少しだけお時間をよろしいでしょうか?」
見舞いも終わり、そろそろ御暇をという段になり、レイナスはバーバラを呼び止める。
「え、ええ。私は構いませんけど?」
「ありがとうございます。すまないルーク、少しバーバラ様をお借りするよ。ミリル、ルークを先に馬車へ案内してやってくれないか?」
「は、はい。承知いたしました。そ、それではルーク殿下、ご案内いたします」
まだ幼いとはいえ、そこは王室の一員。ルークも兄レイナスの提案に異を唱えたりはしない。自身に聞かせたくない話があることくらいは察する。
「それじゃ、兄上。無理せずにゆっくり休んで下さい」
「あぁ、今日はありがとうルーク。流石にエーテルの競い合いはもうできないだろうが、また一緒に遊ぼう」
「ええ!」
訪問時は塞ぎ込んでいたルークだったが、別れの際には笑顔で手を振る。ミリルに連れられて、部屋を退出していく。
そんなルークの様子に、ほっと胸を撫で下ろすのは母バーバラ。ただし、その安堵はあくまで一時のこと。彼女は当然ながら、ルークが申し子である事の重大性を過不足なく把握している。この先の苦難の見立てがある。
「レイナス殿下。それで……どのようなお話でしょう?」
そして、レイナスの〝話〟とやらが、ルークにとっての苦難の一つになる予感も抱いていた。
「バーバラ様。持って回ったやり取りは抜きにして、単刀直入にお伝えします。……ルークの立太子の儀を陛下と王室庁に具申して下さい」
「ぅッ!?」
思わず息を飲む。レイナスからの話は、彼女が想定してた以上の内容だった。
「バーバラ様。聡明な貴女にはお分かりでしょう? 申し子となったルークは、魔導大国を標榜するデイル王国の象徴となり得ます。少なくとも、王室庁や元老院はそう願うはずです。そして、その道は決して平坦ではないでしょう。ならばこそ、王位継承という道くらいは均しておくべきです」
「レ、レイナス殿下! そ、そのような事を! 王位継承について軽々しく口にするのは、い、いくら貴方と言えども不敬ですよッ!? しかも、側室である私から我が子ルークの立太子を陛下に具申するなどとッ!」
それはかつてのレイナスの後悔。その始まりとも言えるもの。
「バーバラ様。流石にルークが訝しむほどの時間をここで話し込む気はありません。ですが、よくお考え下さい。申し子は天賦の才を持ちますが、その力の扱いを誤って自滅する者も多いのでしょう? 王室の一員であるルークはデイルの最高峰の教育を受けることができる。しかし、申し子への魔導教育となれば指導する師たちも手を焼くでしょう。長い時間が掛かることを見越さなければなりません。なので、一時的な負担は大きくなるでしょうが、細々とした王子としての教育などすっ飛ばし、ルークは初めから王太子……次代か次々代の王位継承者として教育するべきです。王太子としての足らずがあるなら、腹心なり婚約者なりを育成して補えば良い」
レイナスは提案する。一つの〝正解〟を。
騒乱の最中、ルークが王として即位し、デイルの国難を乗り越えた実績を知っているからこそ。
しかし、バーバラはそんな〝正解〟など知らない。レイナスの提案をはいそうですねとあっさり飲めるはずもない。
「レ、レイナス殿下、貴方は……意識が戻ってからの僅かな時間でそのようなことを?」
微かに声が上ずる。不穏が胸に広がる。
バーバラをはじめ、この幻想の世界に生きる者たちからすれば、レイナスは意識を取り戻して一晩。そこからルークが申し子であると伝えられていくらも経っていない。
今の時点で、レイナスが弟ルークの立太子について言及することを見通せる者はいない。
「バーバラ様。貴女も了承したはずだ。ルークは王家から出た〝奇跡の申し子〟……その事実を第一王子たる俺が意識を失っている間に公表することをね。つまり、すでにルークは王位継承の一番手だ。今さら立太子を躊躇う必要はないでしょう?」
「……そ、それは……」
事故の後、すぐにルークは意識を取り戻した。申し子という大きな大きなオマケ付きで。
片やレイナスは意識を失ったまま。当人は知る由もないが、実のところ、医師からはそのまま意識を取り戻さない可能性すら指摘されていた。
デイル王国首脳陣の決断は早かった。
先が読めないレイナスの快癒を待つことなく、ルークが〝奇跡の申し子〟であると公表したのだ。これは慶事だと。当然にレイナスが事故で意識不明だという事実を伏せたままで。
「(少し考えれば分かりきったことだった。魔導に造詣が深いデイル王国においても、十年に一人見つかるかどうかという申し子。しかも、王室から申し子が出た記録は極端に少ない。となれば、ルークの存在は象徴としてこの上なく分かり易く民や周辺国へ喧伝できる。余程のことがない限り、ルークを王にする方がデイルにとって都合が良いに決まっている。ふっ……当時の俺はこんな当たり前にも気付かず、ルークへの嫉妬を燃やしていた度し難いほどの愚か者だったというわけだな……)」
レイナスのかつての記憶の中では、ルークは立太子の儀を受けていなかった。正室……第一王妃でありレイナスの実母たるマリアベルやその周囲が反対していたためだ。
良好だった王室での関係性は、ルークの申し子への覚醒を機に割れてしまった。次代の王位継承者を巡っての確執が生まれる。
もっとも、派閥や確執が生まれたとはいえ、圧倒的に有利なのはルーク側。
当時の宮廷では、正室であるマリアベルや第一子レイナスを憐れみ、頭を冷やせば現実を直視するだろうと楽観的に構えていただけ。
ルークが正式に王太子として指名されないままではあったが、皆がルークが王になると知りながら、マリアベル一派の抗議を有耶無耶にしていた。そうこうしている間に第一王子が籠絡され、国を巻き込んで自滅した次第。
「 ルークを王にする。陛下や王室庁がそう判断したなら、デイル国内の意思は早々にまとめておくべきです。ただの王子と王太子では、当人への教育もですが婚約者や側近候補の選定から違ってくるでしょう。なんなら俺の暫定婚約者であるローゼイン侯爵家のアリア嬢をルークの正室候補として教育するのも良いのでは? まぁその辺りはルーク自身やバーバラ様の意向も含めて、改めて検討の必要があるでしょうが……」
今のレイナスに劣等感を拗らせた私心はない。デイルの国益を俯瞰的に考えれば、ルークの道を早めに均しておくに越したことがないというのを十分過ぎるほどに理解している。
己の愚かさが招いた災いを思えば、それらは当然のこととして揺らぐはずもない。
「レイナス殿下……あ、貴方は一体……?」
ただし、そんなレイナスの悔恨など知らないバーバラからすれば、彼の提案は異様なもの。王子としての教育を受け、エーテルの制御にて知能や情緒が年齢以上に高い水準で安定しているとはいえ、それでも八歳の子供が口にする内容とは思えない。
「バーバラ様、俺の提案をよく考えて下さい。もちろん、陛下や王室庁との協議の上で。さぁ、ルークをあまり待たせる訳にもいきませんから……」
「……(レ、レイナス王子が聡明であるのは知っていたけれど……こ、ここまでとは……)」
バーバラが違和感や畏怖を感じようともレイナスは動じない。彼からすれば、いつ消え失せるか分からない幻想の世界で、かつての後悔をやりなおしているだけ。〝あの時こうすれば良かった〟をなぞっているだけなのだから。
「(――ルークへの劣等感を捨てれば、当時の俺にも同じことができただろうか? いや、違うな。できるできないじゃなくて、しなくてはならなかったんだ。俺はデイル王国の王子だったのだから……)」
過去を想うレイナスの胸中には、虚しさと後悔が募る。
◆◆◆
大罪人レイナスの意識が目覚めてからしばらくが経過したある日のこと。
医師からは概ね快癒したとようやく認められ、寝台での安静という名の軟禁状態は脱していた。
「(こちらから注文を付けられる立場じゃないんだが、俺は一体いつまでこの幻想に浸っていられるんだろうか?)」
サラリア離宮。色彩豊かな花や整えられた草木たちで飾られた庭園内を散策しながら、レイナスは自身の状況をぼんやりと考えている。
『近い内に再び意識は霧散して、俺の魂とやらは今度こそ永劫の眠りにつくのだろう』
彼自身はそんな風に見立てていたが、その見立てに反して未だに幻想世界は消えない。彼の意識はこの世界に留まり、エーテルに乱調をきたし、しばらくの間は勉学や訓練を免除された〝病み上がりの王子〟として日々を過ごしていた。
「殿下。本当に申し訳ございませんですぅ……」
そんな彼に付き従うのはミリル。今ではほぼ毎日の付き添いとなった彼女が不意にしょげた声を出す。
その声によって、レイナスは思考の海から引き戻されることに。
「ん? 突然どうしたんだ、ミリル」
「い、いえ……この間の……シャーニ離宮長の言い付けをすっかり忘れていた件ですよ。またしても殿下が庇ってくれたとお聞きしました……」
「ああ、そのことか。別に気にする程のことじゃないさ。ミリルは俺の付き添いで休む間がなく、疲れが溜まっているんだろうとシャーニに伝えただけだよ」
「き、気にしますよ! お部屋の壺を壊しちゃった時も、すっころんでお料理を台無しにして料理長に拳骨をもらった時も! こ、こんな失敗ばかりの私なんかを気遣ってくれるなんて……感謝してもしきれません!」
レイナスはかつての後悔を一つ一つ潰していくように、サラリア離宮で過ごす中でも周囲に気を配るようにしていた。
ミリルの失態の数々を想定していた訳でもなかったが、派手な失態が目に付いたのは言うまでもない。
もちろん、彼女の失態以外についても……かつては見えていなかった、見ようともしなかったモノも色々と見えてくる。
「(ふっ。愚か者は一日にして成らずというところだな。目を開いて過ごしてみると、かつての俺はつくづく何も知らなかったというのが分かる。目を瞑り、耳まで塞いでいたと言っても過言じゃない)」
静かに主を守る守衛。
離宮の庭園を常に美しく保っている庭師。
体調に応じた食事を提供してくれる料理人。
関係各所と連絡を取り合い、公務の調整などをする事務官。
病や怪我を癒し、健康を保ってくれる医師。
教えを授けてくれる各分野の教師。
おっちょこちょいな年若い使用人のミリルに、厳しさの中に慈愛のあるシャーニ離宮長。
レイナス王子の暮らしは様々な者に支えられながら成り立っている。そんなことにすら、かつての彼は気付かなかった。見えず、聞こえず、知ろうともしなかった。
弟であるルークへの嫉妬や劣等感が先に立ち、自身の感情を優先することでしか周囲と関わっていなかったと過去振り返る。
「まぁミリルがどうしても俺に感謝の意を表したいというなら……そうだな。教えて欲しいことがあると言えばあるかな?」
「は、はい! なんでしょう! 私で教えられることなら、何でもお答えしますからッ!!」
「うぉッ!? ち、近い近い! 鼻息荒く迫ってくるなよ!」
感謝を伝えたい、殿下の期待に応えたいというミリルの圧が強まる。物理的にレイナスに向けて踏み込んでくる。
レイナスとしては、あまり切り出したくない話題だったのだが、場所は離宮の庭園。守衛は配置されているが、風景に溶け込むようにして今は多少の距離がある。
庭園にてミリルと二人きりという状況。むしろ邸宅の中よりも内密の話がし易い状況と言える。
子犬がじゃれるように迫ってきた年若い使用人を、わちゃわちゃしながら引き離しつつも、レイナスは話を切り出すことを逡巡していた。
「ほら殿下! 何でも聞いてくださいッ!! 不肖ミリル! 誠心誠意を以てお答えしますよッ!!」
やる気に満ち溢れ、何故か謎に細かく飛び跳ねながらミリルはレイナスの問いを促す。
「うーん……でもなぁ。ミリルの答え次第ではがっかりすることになるし……いっそのこと、聞かないでいる方が良いのかも知れないとも思ってるんだ」
「えぇッ!? 今さらなしっていうのはなしですよ! ほらほら! 私だって殿下のお役に立ちたいんですから!」
ミリルは離宮付きの使用人たちの中では最年少の部類。他の使用人たちよりはレイナスと歳が近く、ここ最近は特に付き添いをすることも多い。幼い主と軽口を交わす程度に打ち解けており、シャーニ離宮長は渋い顔をしていたが、当のレイナスはそんなミリルの振る舞いを咎めることもなかった。
「あ! でもでも! だ、だ、男女のあれこれを知りたいとか、ミリルのことをその、め、め、妾にしたいとかはなしですからね! ま、まだまだレイナス殿下には早過ぎますからッ!」
「誰がそんな話するかッ!」
謎の飛び跳ねから、一転して自分の体を抱きしめて隠すような素振りをするミリル。
感情表現があけすけな娘であり、とても貴族家の令嬢とは思えないような奔放さを持つ。
まだ幼さの残る面差しには、他より抜きんでるほどの美貌はないが、その愛くるしい笑顔と人懐っこさは接する者の心を解す。いつの間にか、相手の心の間合いにするりと入り込んでくるような印象がある。
「あはは! まぁそんな冗談はさておいて、殿下。お気になさらず聞いて下さいよ。そりゃ私はまだまだ学も足りてないし、礼儀作法も未熟ですけど、殿下の期待に応えたいっていうのは本当なんですから」
庭園を堪能するために設置された休憩所。白く塗られた東屋を横にして、幼い主と年若い使用人が相対している。
「はぁ……ま、これも良い機会なのかもな。俺が俺としてここで穏やかに暮らせるかどうかをはっきりさせるのも……」
「はい?」
レイナスは一つの覚悟を決める。
いつ終わるとも知れない甘く優しい幻想の世界。
かつての後悔を取り戻せる可能性。積極的にやりなおす機会を得られるかも知れないという期待。それと同時に、先行きの不安だってある。それら諸々をはっきりさせると決めた。
「なぁミリル。そこまで言うならさ。おふざけなしで聞くよ。どうか俺に教えて欲しい」
表面上はゆったりとした自然体のままではあったが、ミリルもレイナスの覚悟の片鱗を感じ取る。
「え? あ、は、はいッ!」
使用人の少女は背筋を伸ばして幼い主の問いを待つ。
そんなミリルを眺めながら、祈るような心持ちでレイナスは口を開く。
「ミリルはこの世界でも、王国に仇なすダリジャン一派の紐付きなのか?」
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