第5話 動き出す
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魔術。
それは魔力と術式を用いて、現世に奇跡を顕現させる魔導の御業――などと、仰々しく表現されることが多いが……実のところ、ただの技術でしかない。
乱暴に説明すれば、規則を守りながら術式を構築し、その術式に必要な魔力を流し込めば、どうであれ魔術は発動する。
そして、技術である以上、個人差や優劣というものも当然に存在する。
術式の構成の正確さや早さ、魔力の均一性の保持、発動した魔術の制御……などなど。魔導士の優劣を決める要素は多岐に渡る。
たとえ同じ魔術を使っても、同じ結果になるとは限らない。使用者ごとに差異が出る。
魔導士にとっては当たり前の話だ。
だが――
「(――くッ! 発動した魔術すらも……ッ!)」
〝模擬戦〟を観覧していた者の一人――アーシェラ・ウォル=ガルム伯爵令嬢が、内心で負の感情を吐き出す。
オーレスの放った魔術が、まるでなにごともなかったかのように無力化された。他ならぬ仮面の怪人によって。
彼女からすれば、他人事ではない。
アーシェラもまた、魔力を込めた威圧をあっさり無効化された経験がある。
その時の記憶が蘇る。不愉快な感情とともに。
しかしながら、同時に、〝魔導士〟としてのアーシェラは思ってしまう。
「(術式に則って発動した魔術を、こうまで静かに消すなんて……! 悔しいけれど、魔導士としては認めざるを得ない……ッ!)」
一度発動した魔術を、周囲に影響を残さずに消す。なかったことにする。
いかにあり得ない現象であるか。
何を、どうやればいいのか――それすら分からない。
それが分かってしまうからこそ。
「……いえ、負けを認めます」
静まり返った演習場に、オーレスの声が小さく響く。
『もうこれ以上は続けられない』
素直に敗北を受け入れる。
実のところ、彼は模擬戦の最中にあっても、リオンとの技量の差をはっきりと認識していた。
魔導士としての技比べであれば、勝てる見込みはないと。
実戦形式である以上、不意を突くことができれば……と、願いを託して一手を打ったが――結果はこの通り。
「――よい手合わせでした。ありがとうございます」
軽く足を引きながら、胸に手を添えて頭を下げるリオン。
仮面の目元は相変わらず笑ったままだが、動作自体は礼法通りであり、オーレスへの敬意を込めたもの。
周囲の見る目も変わる。
契約による養子。貴族未満の者が、仮面姿という奇抜な風貌で耳目を集め、大仰な仕草で道化を演じている。
もう、そうは見えない。
「ええ。よい手合わせでした。こちらこそ、ありがとうございました」
オーレスも返礼にて応じる。
模擬戦の終わり。それを皮切りに、静まり返っていた周囲からも、徐々に囁くような騒めきが戻って来る。
「……視えたか?」
「ええ。魔力の糸が術に触れていた。でも、それだけ。仕組みまでは分からなかったわ」
「何をしたんだか……あれは魔術の構成自体を消したのか? そんなことが可能なのか?」
「さてな。現実に現象を目にしてしまった以上、他者の術を制御する方法があるんだろうが……皆目見当も付かん」
デイルは魔導大国。魔導に関連する優れた資質や技を持つ者は、それによって認められる。優遇される。時に、身分の差すらも飛び越えるほどに。
観覧者たちは、もう奇抜な仮面の君への〝採点〟を口にはしない。目の前で行使された、何らかの技術についてを考察するのみ。
そして、それはやんごとなき御方も同じく。
「――面白いものだね。まさか、あんな風に術を無効化するなんて」
隣にいるアリアにだけ聞かせるような声量ではあったが、王子が口を開くとなれば、周囲の耳も大きくなるもの。
「殿下には、リオン殿の技の仕組みが視えたのでしょうか? 恥ずかしながら、私はまるで分かりませんでした」
そして、周囲の注目が集まっているのを分かった上で、アリアはルークに問う。
〝申し子〟たる殿下は、先の現象を理解されているのだと伝えるために。
「え? あぁ、仕組みは分かるよ。術式に介入して、魔術を発動前に戻しただけだよ」
ルークは当たり前のように、先の仕組みを軽く口にする。アリアの狙い通りに。
「魔術を発動前に戻す……ですか? 一度発動した魔術を、そのように無効化することができるというのは……存じ上げませんでした。浅学を恥じ入るばかりです」
ただ、ルークの説明を聞いても、それを理解できるかは別。アリアとて、手法を聞いたところで、どうやるかは見当も付かない。
「アリア殿が卑下する必要はないよ。僕だって、今、こうして目の前で見れたから分かっただけさ。こんな手法があるなんて、まったく知らなかったよ」
あっけらかんとルークは口にする。知らなかった。今、知ったと。
「……」
アリアは少々の後悔を抱く。
魔導大国を標榜するデイル王国の王子。それも〝申し子〟たる者。
そんな御方すら知らぬ技術を持つ――リオン・バリアードなる者を、意図せずに喧伝してしまった。
他ならぬ、王子の口から。
ルークは気付いていない。気にもしていないというべきか。
だが、それがどのような影響を及ぼすか……アリアには想像がついてしまう。
◆◆◆
模擬戦が終わったあと。
リオンは、オーレスが望んでいたアーシェラへの顔繫ぎを行うことになる。
ただ、それはリオンからの動きではなく、むしろアーシェラ側が『話を聞こう』となったからこそ。
模擬戦での立ち振る舞いにより、オーレスが魔導士として、それなりの実力を持っているのは、あの場にいた者は理解した。少なくとも、初級課程では抜きん出た実力だ。
そして、当然のことながら、魔導院内においてのリオン・バリアードへの評価も一変する。
一部の者は以前から訝しんでおり、『やはりか』という具合ではあったものの……多くの者は〝仮面を被った恥知らずの奇人〟という認識から、〝殿下ですら知らぬ、未知の高度な技術を持つ魔導士〟へと変わった。
「これも狙い通りだったのですか?」
まさに影のようにリオンに付き従う侍従――ミアが、ぼそりと問い掛ける。
「はは。今回のは、別に狙い通りというわけでもないけど……魔導院内で注目されるのは、はじめから織り込み済みさ。だからこそ、こんなダサい仮面姿を晒しているんだ。今さら、魔導士として評価されたところで、やること自体は変わらない」
「……我が主は、割りと根に持つタイプですね」
以前にミアが指摘した、ダサい仮面姿に乗り気である云々を絡めて話すリオン。
「そりゃそうだ。根に持つタイプだからこそ……デイルに仇なす者らを排除するのさ――ま、ミアには分からないだろうけど」
「ええ。私には分かりませんね。あまり興味もありませんし……」
リオンの目的は変わらない。ミアもずっとそれを聞いているが、その理由には決して触れない。
それこそが、彼の狂気の源泉であると理解しているから。触れても碌なことがないと、ミアは線引きをしている。
「ああ。興味を持たないのは正解だよ。俺はどうあっても、破滅するしかない道を征くだけだからな」
「……できるなら、そうなる前に抜けさせてもらえると、ありがたいですね」
「善処する」
どうにも物騒な内容ながらも、どこか飄々と語る主従。
この度、魔導院内での評価が一変したが、必ずしも良い面だけでもない。
警戒や畏怖、嫉妬、妬み、下賤な者に先を行かれる屈辱や怒り……などなど。
奇抜な道化には向けられなかったであろう、強い負の感情も呼び起したりもする。
相手が〝該当〟する者ならともかく、そうでない者らの相手が増えるとなれば、リオンとしても時間と労力の浪費だ。
ただ――
「それで、どうするのですか? 結局、オーレス様は〝該当〟していたのですか?」
「ああ。彼は〝商会〟ではなく、マウクト側の手の者だ」
オーレスを〝該当者〟だと断じる。
排除すべきモノだと。
「アーシェラ様に顔繫ぎをしたのは、ある意味ではよかった。こちらからも見張り易くなる」
薄く嗤うリオン。
彼には確信がある。そして、オーレスの方は、リオンが気付いていることに気付いていない。今の時点では、気付きようがないとも。
「あー……オーレス様が〝該当者〟であると判断した根拠は……私は聞かない方がよさそうですね?」
唐突な確信。断定。リオンが度々こうなるのを、ミアはこれまでも何度か見て来た。
遡れば、〝ミリル〟の正体がバレた時もそうだ。
「そうだな。聞きたいなら教えてもいいが……そうなれば――」
「あ、遠慮しておきます。流石にここまで来て、リオン様に始末されるのはちょっと……」
即断即決。ミアは踏み込まない。ここまで来たら、彼女からしてもある種の意地だ。知らないままに〝次〟へと行きたい。
「――ははは。賢明な判断だよ、ミア」
軽く笑いながらではあるが、リオンはミアの割り切りを本当に認めている。敬意を払っているといえるほど。
それは、割り切れない思いを抱いたまま、過去の幻想世界を彷徨う己には、決してできないことだから。
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