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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
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第5話 動き出す

 ◆◆◆



 魔術。


 それは魔力と術式を用いて、現世に奇跡を顕現させる魔導の御業――などと、仰々しく表現されることが多いが……実のところ、ただの技術でしかない。


 乱暴に説明すれば、規則を守りながら術式を構築し、その術式に必要な魔力を流し込めば、どうであれ魔術は発動する。


 そして、技術である以上、個人差や優劣というものも当然に存在する。


 術式の構成の正確さや早さ、魔力の均一性の保持、発動した魔術の制御……などなど。魔導士の優劣を決める要素は多岐に渡る。


 たとえ同じ魔術を使っても、同じ結果になるとは限らない。使用者ごとに差異が出る。


 魔導士にとっては当たり前の話だ。


 だが――


「(――くッ! 発動した魔術すらも……ッ!)」


〝模擬戦〟を観覧していた者の一人――アーシェラ・ウォル=ガルム伯爵令嬢が、内心で負の感情を吐き出す。


 オーレスの放った魔術が、まるでなにごともなかったかのように無力化された。他ならぬ仮面の怪人(リオン)によって。


 彼女からすれば、他人事(ひとごと)ではない。


 アーシェラもまた、魔力を込めた威圧をあっさり無効化された経験がある。


 その時の記憶が蘇る。不愉快な感情とともに。


 しかしながら、同時に、〝魔導士〟としてのアーシェラは思ってしまう。


「(術式に(のっと)って発動した魔術を、こうまで静かに消すなんて……! 悔しいけれど、魔導士としては認めざるを得ない……ッ!)」


 一度発動した魔術を、周囲に影響を残さずに消す。なかったことにする。


 いかにあり得ない現象であるか。


 何を、どうやればいいのか――それすら分からない。


 それが()()()()()()()からこそ。


「……いえ、負けを認めます」


 静まり返った演習場に、オーレスの声が小さく響く。


『もうこれ以上は続けられない』


 素直に敗北を受け入れる。


 実のところ、彼は模擬戦の最中にあっても、リオンとの技量の差をはっきりと認識していた。


 魔導士としての技比べであれば、勝てる見込みはないと。


 実戦形式である以上、不意を突くことができれば……と、願いを託して一手を打ったが――結果はこの通り。


「――よい手合わせでした。ありがとうございます」


 軽く足を引きながら、胸に手を添えて頭を下げるリオン。


 仮面の目元は相変わらず笑ったままだが、動作自体は礼法通りであり、オーレスへの敬意を込めたもの。


 周囲の見る目も変わる。


 契約による養子。貴族未満の者が、仮面姿という奇抜な風貌で耳目を集め、大仰な仕草で道化を演じている。


 もう、そうは見えない。


「ええ。よい手合わせでした。こちらこそ、ありがとうございました」


 オーレスも返礼にて応じる。


 模擬戦の終わり。それを皮切りに、静まり返っていた周囲からも、徐々に囁くような騒めきが戻って来る。


「……視えたか?」


「ええ。魔力の糸が術に触れていた。でも、それだけ。仕組みまでは分からなかったわ」


「何をしたんだか……あれは魔術の構成自体を消したのか? そんなことが可能なのか?」


「さてな。現実に現象を目にしてしまった以上、他者の術を制御する方法があるんだろうが……皆目見当も付かん」


 デイルは魔導大国。魔導に関連する優れた資質や技を持つ者は、それによって認められる。優遇される。時に、身分の差すらも飛び越えるほどに。


 観覧者たちは、もう奇抜な仮面の君への〝採点〟を口にはしない。目の前で行使された、何らかの技術についてを考察するのみ。


 そして、それはやんごとなき御方も同じく。


「――面白いものだね。まさか、あんな風に術を無効化するなんて」


 隣にいるアリアにだけ聞かせるような声量ではあったが、王子が口を開くとなれば、周囲の耳も大きくなるもの。


「殿下には、リオン殿の技の仕組みが視えたのでしょうか? 恥ずかしながら、私はまるで分かりませんでした」


 そして、周囲の注目が集まっているのを分かった上で、アリアはルークに問う。


〝申し子〟たる殿下は、先の現象を理解されているのだと伝えるために。


「え? あぁ、仕組みは分かるよ。術式に介入して、魔術を発動前に()()()だけだよ」


 ルークは当たり前のように、先の仕組みを軽く口にする。アリアの狙い通りに。


「魔術を発動前に戻す……ですか? 一度発動した魔術を、そのように無効化することができるというのは……存じ上げませんでした。浅学(せんがく)を恥じ入るばかりです」


 ただ、ルークの説明を聞いても、それを理解できるかは別。アリアとて、手法を聞いたところで、どうやるかは見当も付かない。


「アリア殿が卑下する必要はないよ。僕だって、今、こうして目の前で見れたから分かっただけさ。こんな手法があるなんて、まったく知らなかったよ」


 あっけらかんとルークは口にする。知らなかった。今、知ったと。


「……」


 アリアは少々の後悔を抱く。


 魔導大国を標榜するデイル王国の王子。それも〝申し子〟たる者。


 そんな御方すら知らぬ技術を持つ――リオン・バリアードなる者を、意図せずに喧伝してしまった。


 他ならぬ、王子の口から。


 ルークは気付いていない。気にもしていないというべきか。


 だが、それがどのような影響を及ぼすか……アリアには想像がついてしまう。




 ◆◆◆




 模擬戦が終わったあと。


 リオンは、オーレスが望んでいたアーシェラへの顔繫ぎを行うことになる。


 ただ、それはリオンからの動きではなく、むしろアーシェラ側が『話を聞こう』となったからこそ。


 模擬戦での立ち振る舞いにより、オーレスが魔導士として、それなりの実力を持っているのは、あの場にいた者は理解した。少なくとも、初級課程では抜きん出た実力だ。


 そして、当然のことながら、魔導院内においてのリオン・バリアードへの評価も一変する。


 一部の者は以前から訝しんでおり、『やはりか』という具合ではあったものの……多くの者は〝仮面を被った恥知らずの奇人〟という認識から、〝殿下ですら知らぬ、未知の高度な技術を持つ魔導士〟へと変わった。


「これも狙い通りだったのですか?」


 まさに影のようにリオンに付き従う侍従――ミアが、ぼそりと問い掛ける。


「はは。今回のは、別に狙い通りというわけでもないけど……魔導院内で注目されるのは、はじめから織り込み済みさ。だからこそ、こんな()()()()()姿()を晒しているんだ。今さら、魔導士として評価されたところで、やること自体は変わらない」


「……我が主は、割りと根に持つタイプですね」


 以前にミアが指摘した、ダサい仮面姿に乗り気である云々を絡めて話すリオン。


「そりゃそうだ。根に持つタイプだからこそ……デイルに仇なす者らを排除するのさ――ま、ミアには分からないだろうけど」


「ええ。私には分かりませんね。あまり興味もありませんし……」


 リオンの目的は変わらない。ミアもずっとそれを聞いているが、その理由には決して触れない。


 それこそが、彼の狂気の源泉であると理解しているから。触れても碌なことがないと、ミアは線引きをしている。


「ああ。興味を持たないのは正解だよ。俺はどうあっても、破滅するしかない道を征くだけだからな」


「……できるなら、そうなる前に抜けさせてもらえると、ありがたいですね」


「善処する」


 どうにも物騒な内容ながらも、どこか飄々と語る主従。


 この度、魔導院内での評価が一変したが、必ずしも良い面だけでもない。


 警戒や畏怖、嫉妬、妬み、下賤な者に先を行かれる屈辱や怒り……などなど。


 奇抜な道化には向けられなかったであろう、強い負の感情も呼び起したりもする。


 相手が〝該当〟する者ならともかく、そうでない者らの相手が増えるとなれば、リオンとしても時間と労力の浪費だ。


 ただ――


「それで、どうするのですか? 結局、オーレス様は〝該当〟していたのですか?」


「ああ。彼は〝商会〟ではなく、マウクト側の手の者だ」


 オーレスを〝該当者〟だと断じる。


 排除すべきモノだと。


「アーシェラ様に顔繫ぎをしたのは、ある意味ではよかった。こちらからも見張り易くなる」


 薄く嗤うリオン。


 彼には確信がある。そして、オーレスの方は、リオンが気付いていることに気付いていない。()()()()では、気付きようがないとも。


「あー……オーレス様が〝該当者〟であると判断した根拠は……私は聞かない方がよさそうですね?」


 唐突な確信。断定。リオンが度々()()なるのを、ミアはこれまでも何度か見て来た。


 遡れば、〝ミリル〟の正体がバレた時もそうだ。


「そうだな。聞きたいなら教えてもいいが……そうなれば――」


「あ、遠慮しておきます。流石にここまで来て、リオン様に始末されるのはちょっと……」


 即断即決。ミアは踏み込まない。ここまで来たら、彼女からしてもある種の意地だ。知らないままに〝次〟へと行きたい。


「――ははは。賢明な判断だよ、ミア」


 軽く笑いながらではあるが、リオンはミアの割り切りを本当に認めている。敬意を払っているといえるほど。


 それは、割り切れない思いを抱いたまま、過去の幻想世界を彷徨う己には、決してできないことだから。




 ◆◆◆

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