第4話 力量のほど
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初級の教練課程用に設けられた、どちらかと言えば小規模な演習場。
普段はあまり人の出入りがない場所なのだが、その日は違った。
ある者らの模擬戦が行われる。
それ自体は、ここ最近の魔導院ではよく見られる光景。
ところが――この度は、それを見学しようとした御方が問題だった。
ルーク殿下と婚約者のアリア嬢。
二人が動けば、周囲も動く。
「あれが噂の〝仮面の君〟とやらか」
「本当にあんな姿で過ごしているとはな……」
「殿下が興味を持たれたというから来てみたけど……これじゃ見世物だねぇ」
この〝模擬戦〟などという、新しくも珍奇な取り組みについて、普段は否定的な立場を取る貴族子弟らも、『殿下が来られるなら……』と大挙したわけだ。
「聞けば、今回は二人とも地方貴族なんでしょう? 〝いつも〟のやつとは違うのね」
「身の程知らずにも、アーシェラ殿への再挑戦を賭けているらしい」
「初級課程の者らの競い合いかぁ。せめて、少しでも見応えがあればいいんだけど……」
結果として、まるで人気俳優の出演する舞台劇場と化してしまう。
ただし、この場合、人気なのは出演者ではなく観覧者の方だが――。
「はは。まさか、ルーク殿下までお見えになるとは……まるで御前試合のようで緊張してしまいますね」
軽妙に笑い掛けるリオン。が、その内心では、あまりの状況に少々の焦りもある。流石に、かつての弟がお見えになるなど想定外。
しかしながら、表面上は、道化の仮面に相応しく振る舞うのを忘れない。
「リオン殿……き、緊張だけでは済まされない気もしますが……」
一方のオーレスは、見るからに顔色が悪く、動きも明らかに固い。ぎこちない。
大貴族の子弟らに実力を示したいと願いはしたが、流石にここまでを望んでいたわけでもない。
なにしろ、ルーク殿下の御前で無様を晒せば、もう誰からも相手にされない。完全に機を失ってしまう。
「どうしますか? ここでお止めになるとしても、私の方は別に構いませんが?」
「ぅぅ……い、いえ。やります、やりますとも……ッ!」
飄々としたリオンと、自らを奮い立たせるオーレス。
演習場の真ん中で……舞台の上で対峙する二人。
「それでは――この度については、術の撃ち合いではなく、実戦を想定した〝模擬戦〟とし、交戦継続が無理と判断される場合か、あるいは、自らが敗北を認めた場合に決着といたしましょう……ッ!」
見物人らにも聞こえるようにと声を張り、リオンから条件を説明する。要するに、今回は実戦形式なのだという念押し。
「い、委細承知しました……ッ! このオーレス! その条件で構いません!」
同じく声を張って応じる。
ここまでの観衆が集まってしまった以上、ただの〝模擬戦〟で済ませていいわけもない――オーレスもそれを理解していた。
まるで舞台上の役者のような心境である。
さぁ、御両人の覚悟が決まったのであれば――いざ。
「――では、はじめましょうか? オーレス様」
ごくごく軽く、開始を促すリオン。
多少の距離を置いての対峙だが、近接戦闘を得手とするオーレスからすれば、一気に踏み込める距離でしかない。
「……参ります――リオン殿」
自身に有利な条件での模擬戦。
断れない立場の者に、押し付ける形で場を整えた。
胸の内にある情けなさや気恥ずかしさは消えない。それでもオーレスは、己の力を示すために――征く。
「――――ふッ!」
裂帛の気合を乗せて、オーレスは飛び込む。リオンの懐へ。間合いへ。
ほんの瞬きの間に迫る。
踏み込んだ足の先が、演習場の地にめり込むほどの勢い。
一気に距離を潰したオーレスだったが、リオンもまた、相手の動きに合わせて後方へと軽く跳んでいた。潰された距離をいくらか取り戻すために。
だが、オーレスの動きは止まらない。
まだ、徒手空拳では決して届かない距離でありながらも、その場で、両の手を振りかぶる。
「ッ!?」
跳ぶ距離が足りなかった。
リオンは直感する。ここはすでに相手の間合いの内側だと。
「オォォッッ!!」
握りしめた両の手を、思い切り振り下ろす。
「ふッ!!」
道化は再度跳ぶ。自然法則を無視したかのような挙動で。
術で生み出した糸にて、自らの体を無理矢理に操る。
人形師と人形を、我が身一つで同時にこなして見せた。
が、それでもオーレスの一撃は、おかしな挙動の人形を掠める。
左肩付近。微かに紅が滲む。
――目に映らぬ長剣が、リオンの服と薄皮を裂いた。
「(遠方からの魔術が不得手――か。確かに、これは近接戦闘向きの術だな)」
冷静にオーレスの魔術を見極めるリオン。術の構成自体が巧妙に隠されており、発動の瞬間を察知できなかった。あくまで、オーレスの一連の動きによって、次の一手が視えただけ。
ただ、一度種が知れてしまえば、対処する手立てはある。
「――ふんッ!!」
両手で振り下ろしたあと、そのまま勢いを止めずに――跳ね上げる。オーレスは片手だけで、そこにある空間ごと裂くかのような一撃を繰り出す。
しかし、それはただ空を斬るだけに留まる。
リオンはすでに、見えぬ長剣の間合いを見切っていた。こちらも、目視できぬほどに細い操り糸にて、まさに人形のような……通常ではあり得ない挙動で躱す。
くるくると宙を舞い、改めて間合いの外へ――道化らしく大袈裟な動きを入れながら、ぴたりと着地して見せる。
リオンとオーレスの改めての対峙。
しばしの静止。
ここまでの一連のやり取りは、数度の瞬きの間に取り交わされた、まさに一手の応酬。
「あら? 初級課程同士かと思えば、なかなかにやるじゃない」
誰かが零す。
「――だな。どちらも魔術の制御に綻びがない」
「動きにしても、一朝一夕でできるものじゃないな」
二人を採点する声が、控えめな騒めきとなって場に伝播する。
そして――
「へぇ。あの仮面は、伊達や酔狂じゃないんだね……」
やんごとなき御方の目にも留まった。
「――ルーク殿下。再び動くようですよ」
「ん? あぁ、そうだね」
ただ、今は横にいる婚約者の少女から、次の動きがある旨を知らされて口を噤む。
演習場の二人。
オーレスが再度仕掛ける。
「はッ!!」
今度は、はじめから視えぬ剣を肩に担ぐようにして――踏み込む。
そして、そのままの勢いにて振るう。
「ッ!」
目元に笑みを張り付けた道化が避ける。
が、オーレスは止まらない。躱されるのを前提としたように、続けざまに剣を振るう。連撃へと移行する。
踏み込みの度に、視えぬ斬撃が走る。走る。走る。
道化の仮面が舞うように、躍るように躱す。躱す。躱す。
視えぬ剣は、そんな道化を追いながら空を裂く。裂く。
「――あの〝仮面〟は間合いを見切ったようだね」
まるで演武のようなやり取りを見ながら、改めてルーク殿下がぼそりと呟く。
「そのようですね。ですが、剣を振るうオーレス殿が、あまりにも単調なのが逆に気になります」
殿下に応じる婚約者――アリア。
彼女の目には、演武の中に潜む危うさが視える。
わざわざ魔術によって構築した不可視の剣。
それが、一定の形に固定化されているのは――あまりにも見え透いた誘いだとしか思えない。
「演武の旋律に慣れさせ、機を窺っているようにも見える――というか、そうとしか見えない。……実戦形式というに割には、〝仮面〟の方の付き合いが良過ぎる気もするけどね」
「……この模擬戦自体が、オーレス殿がアーシェラ殿に力を示すという前提だからでしょうか?」
「さてね。事前になんらかの取り決めがあったのかも知れない。――そうであれば、少し退屈だけど……」
予定調和からの変調を狙うオーレスと、『さぁいつでもどうぞ』とばかりに律儀に付き合うリオン。
ルークにはそんな風に映る。
二人の力量の差については、すでに〝申し子〟たる王子にはありありと視えていた。
ただ、彼はあまりにも才に恵まれた側に慣れ過ぎており、その異様さには気付かないまま。
「ほら。たぶん、この次の切り返しで動きがあるよ」
「……」
事もなげに、オーレスの仕掛ける機を看破するルーク。
そして、彼の言葉通りに――。
「はァァッッ!!」
視えぬ斬撃が走る。道化が躱す。
――からの、変調。
オーレスが切り返しの一撃を放とうとするが、あきらかに間合いが違う。これまでよりも遠い位置。
「ふんッ!!」
構わず振るう。
「(やはりか……ッ!)」
リオンには視えぬ剣が視えた。刀身が変幻して伸びる。そんな姿を知覚した。
伸びた分を察して、間合いを広く見積もって躱す。
案の定、想定していた部分の空間が裂かれる。オーレスの剣の間合いが伸びていた。
予定調和からの変調――それを見切って躱したリオン。
ただし、そこまでがオーレスの予定調和。
「(――おっと。そう来るか……!)」
リオンは見た。間合いを広くとったオーレスが、掌をこちらにかざし――魔術の構成を編んでいるのを。
遠距離から術を撃ち合うのは不得手。
だが、できないわけでもない。
奇しくも、それは先だっての模擬戦にて、アーシェラ嬢が使用した魔術。
その上で、以前よりは的との距離が遥かに近い。
二十以上の具現化した手槍が、オーレスの周囲に顕現する。
かざした掌から、魔力が弾ける。
撃ち出された。
仮面の君に向けて。
◆◆◆
静まり返った演習場。
周囲の観衆からは、ささやかな騒めきすら起きない。
誰もが口を噤む。
遠距離からの戦術用魔術。
それを、自身にも影響があるほどの近距離で使用する。
ある意味では、その形振り構わない一手は、実戦に即したものだと言えなくもないが……魔導院の初級課程に属する者が、狭い演習場で使用するとなれば、話が変わって来る。
制御をしくじり暴発でもすれば、大惨事になりかねない。
上級課程に属する観衆たちは、瞬時にその危険性にも気付いたが……同時に、それまでのオーレスの魔術の安定性も見ていたため、暴発はしないだろうと結論付けた者も多かった。
結果を見ても、オーレスの魔術は問題なく発動した。
ただ、その後に起きたことを想定していた者は……その場では少数派だっただろう。
派手に着弾し、演習場の地面がめくれ上がることも、多量の土を巻き上げることもなかった。
静かに、本当に静かに。
オーレスの発動した魔術――具現化した手槍たちは、的に向けて撃ち出されたにもかかわらず、全てがその場に留め置かれ……そのまま、術の構成が解かれた。
ただただ静かに消え失せた。
強力な魔術を、さらに強力な術で打ち消す。
そんな激しさとは無縁。
もちろん、オーレスが魔術の発動をしくじったわけでもない。
発動した魔術が消された。そんな結果だけが示された。
もはや〝道化〟とは言えぬ者が、穏やかに問い掛かる。
「さて――どうでしょう? まだ……続けますか?」
そこに立つのは仮面の怪人。
アーシェラが気付いてしまった狂気とはまた別。
その日――場にいる者らは、〝高位なる魔導士〟として、その怪人を認識した。
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