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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
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第4話 力量のほど

 ◆◆◆



 初級の教練課程用に設けられた、どちらかと言えば小規模な演習場。


 普段はあまり人の出入りがない場所なのだが、その日は違った。


 ある者らの模擬戦が行われる。


 それ自体は、ここ最近の魔導院ではよく見られる光景。


 ところが――この度は、それを見学しようとした御方が問題だった。


 ルーク殿下と婚約者のアリア嬢。


 二人が動けば、周囲も動く。


「あれが噂の〝仮面の君〟とやらか」


「本当にあんな姿で過ごしているとはな……」


「殿下が興味を持たれたというから来てみたけど……これじゃ見世物だねぇ」


 この〝模擬戦〟などという、新しくも珍奇な取り組みについて、普段は否定的な立場を取る貴族子弟らも、『殿下が来られるなら……』と大挙したわけだ。


「聞けば、今回は二人とも地方貴族なんでしょう? 〝いつも〟のやつとは違うのね」


「身の程知らずにも、アーシェラ殿への再挑戦を賭けているらしい」


「初級課程の者らの競い合いかぁ。せめて、少しでも見応えがあればいいんだけど……」


 結果として、まるで人気俳優の出演する舞台劇場と化してしまう。


 ただし、この場合、人気なのは出演者ではなく観覧者の方だが――。


「はは。まさか、ルーク殿下までお見えになるとは……まるで御前試合のようで緊張してしまいますね」


 軽妙に笑い掛けるリオン。が、その内心では、あまりの状況に少々の焦りもある。流石に、かつての弟(ルーク殿下)がお見えになるなど想定外。


 しかしながら、表面上は、道化の仮面に相応しく振る舞うのを忘れない。


「リオン殿……き、緊張だけでは済まされない気もしますが……」


 一方のオーレスは、見るからに顔色が悪く、動きも明らかに固い。ぎこちない。


 大貴族の子弟らに実力を示したいと願いはしたが、流石にここまでを望んでいたわけでもない。


 なにしろ、ルーク殿下の御前で無様を晒せば、もう誰からも相手にされない。完全に機を失ってしまう。


「どうしますか? ここでお止めになるとしても、私の方は別に構いませんが?」


「ぅぅ……い、いえ。やります、やりますとも……ッ!」


 飄々としたリオンと、自らを奮い立たせるオーレス。


 演習場の真ん中で……舞台の上で対峙する二人。


「それでは――この度については、術の撃ち合いではなく、実戦を想定した〝模擬戦〟とし、交戦継続が無理と判断される場合か、あるいは、自らが敗北を認めた場合に決着といたしましょう……ッ!」


 見物人らにも聞こえるようにと声を張り、リオンから条件を説明する。要するに、今回は実戦形式なのだという念押し。


「い、委細承知しました……ッ! このオーレス! その条件で構いません!」


 同じく声を張って応じる。


 ここまでの観衆が集まってしまった以上、ただの〝模擬戦〟で済ませていいわけもない――オーレスもそれを理解していた。


 まるで舞台上の役者のような心境である。


 さぁ、御両人の覚悟が決まったのであれば――いざ。


「――では、はじめましょうか? オーレス様」


 ごくごく軽く、開始を促すリオン。


 多少の距離を置いての対峙だが、近接戦闘を得手とするオーレスからすれば、一気に踏み込める距離でしかない。


「……参ります――リオン殿」


 自身に有利な条件での模擬戦。


 断れない立場の者に、押し付ける形で場を整えた。


 胸の内にある情けなさや気恥ずかしさは消えない。それでもオーレスは、己の力を示すために――征く。


「――――ふッ!」


 裂帛の気合を乗せて、オーレスは飛び込む。リオンの懐へ。間合いへ。


 ほんの瞬きの間に迫る。


 踏み込んだ足の先が、演習場の地にめり込むほどの勢い。


 一気に距離を潰したオーレスだったが、リオンもまた、相手の動きに合わせて後方へと軽く跳んでいた。潰された距離をいくらか取り戻すために。


 だが、オーレスの動きは止まらない。


 まだ、徒手空拳では決して届かない距離でありながらも、その場で、両の手を()()()()()


「ッ!?」


 跳ぶ距離が足りなかった。


 リオンは直感する。ここはすでに相手の間合いの内側だと。


「オォォッッ!!」


 握りしめた両の手を、思い切り()()()()()


「ふッ!!」


 道化は再度跳ぶ。自然法則を無視したかのような挙動で。


 術で生み出した糸にて、自らの体を無理矢理に操る。


 人形師と人形を、我が身一つで同時にこなして見せた。


 が、それでもオーレスの一撃は、おかしな挙動の人形を掠める。


 左肩付近。微かに紅が滲む。


 ――()()()()()()()が、リオンの服と薄皮を裂いた。


「(遠方からの魔術が不得手――か。確かに、これは近接戦闘向きの術だな)」


 冷静にオーレスの魔術を見極めるリオン。術の構成自体が巧妙に隠されており、発動の瞬間を察知できなかった。あくまで、オーレスの一連の動きによって、次の一手が視えただけ。


 ただ、一度種が知れてしまえば、対処する手立てはある。


「――ふんッ!!」


 両手で振り下ろしたあと、そのまま勢いを止めずに――跳ね上げる。オーレスは片手だけで、そこにある空間ごと裂くかのような一撃を繰り出す。


 しかし、それはただ空を斬るだけに留まる。


 リオンはすでに、見えぬ長剣の間合いを見切っていた。こちらも、目視できぬほどに細い()()()にて、まさに人形のような……通常ではあり得ない挙動で躱す。


 くるくると宙を舞い、改めて間合いの外へ――道化らしく大袈裟な動きを入れながら、ぴたりと着地して見せる。


 リオンとオーレスの改めての対峙。


 しばしの静止。


 ここまでの一連のやり取りは、数度の瞬きの間に取り交わされた、まさに一手の応酬。


「あら? 初級課程同士かと思えば、なかなかにやるじゃない」


 誰かが零す。


「――だな。どちらも魔術の制御に綻びがない」


「動きにしても、一朝一夕でできるものじゃないな」


 二人を()()する声が、控えめな騒めきとなって場に伝播する。


 そして――


「へぇ。あの仮面は、伊達や酔狂じゃないんだね……」


 やんごとなき御方の目にも留まった。


「――ルーク殿下。再び動くようですよ」


「ん? あぁ、そうだね」


 ただ、今は横にいる婚約者の少女から、次の動きがある旨を知らされて口を噤む。


 演習場の二人。


 オーレスが再度仕掛ける。


「はッ!!」


 今度は、はじめから視えぬ剣を肩に担ぐようにして――踏み込む。


 そして、そのままの勢いにて振るう。


「ッ!」


 目元に笑みを張り付けた道化が避ける。


 が、オーレスは止まらない。躱されるのを前提としたように、続けざまに剣を振るう。連撃へと移行する。


 踏み込みの度に、視えぬ斬撃が走る。走る。走る。


 道化の仮面が舞うように、躍るように躱す。躱す。躱す。


 視えぬ剣は、そんな道化を追いながら空を裂く。裂く。


「――あの〝仮面〟は間合いを見切ったようだね」


 まるで演武のようなやり取りを見ながら、改めてルーク殿下がぼそりと呟く。


「そのようですね。ですが、剣を振るうオーレス殿が、あまりにも単調なのが逆に気になります」


 殿下に応じる婚約者――アリア。


 彼女の目には、演武の中に潜む危うさが視える。


 わざわざ魔術によって構築した不可視の剣。


 それが、一定の形に固定化されているのは――あまりにも見え透いた誘いだとしか思えない。


「演武の旋律に慣れさせ、機を窺っているようにも見える――というか、そうとしか見えない。……実戦形式というに割には、〝仮面〟の方の付き合いが良過ぎる気もするけどね」 


「……この模擬戦自体が、オーレス殿がアーシェラ殿に力を示すという前提だからでしょうか?」


「さてね。事前になんらかの取り決めがあったのかも知れない。――そうであれば、少し退屈だけど……」


 予定調和からの変調を狙うオーレスと、『さぁいつでもどうぞ』とばかりに律儀に付き合うリオン。


 ルークにはそんな風に映る。


 二人の力量の差については、すでに〝申し子〟たる王子にはありありと視えていた。


 ただ、彼はあまりにも才に恵まれた側に慣れ過ぎており、その()()()には気付かないまま。


「ほら。たぶん、この次の切り返しで動きがあるよ」


「……」


 事もなげに、オーレスの仕掛ける機を看破するルーク。


 そして、彼の言葉通りに――。


「はァァッッ!!」


 視えぬ斬撃が走る。道化が躱す。


 ――からの、変調。


 オーレスが切り返しの一撃を放とうとするが、あきらかに間合いが違う。これまでよりも遠い位置。


「ふんッ!!」


 構わず振るう。


「(やはりか……ッ!)」


 リオンには視えぬ剣が()()()。刀身が変幻して伸びる。そんな姿を知覚した。 


 伸びた分を察して、間合いを広く見積もって躱す。


 案の定、想定していた部分の空間が裂かれる。オーレスの剣の間合いが伸びていた。


 予定調和からの変調――それを見切って躱したリオン。


 ただし、そこまでがオーレスの()()調()()


「(――おっと。そう来るか……!)」


 リオンは見た。間合いを広くとったオーレスが、掌をこちらにかざし――魔術の構成を編んでいるのを。


 遠距離から術を撃ち合うのは不得手。


 だが、できないわけでもない。


 奇しくも、それは先だっての模擬戦にて、アーシェラ嬢が使用した魔術(モノ)


 その上で、以前よりは()との距離が遥かに近い。


 二十以上の具現化した手槍が、オーレスの周囲に顕現する。


 かざした掌から、魔力が弾ける。


 撃ち出された。


 仮面の君に向けて。




 ◆◆◆




 静まり返った演習場。


 周囲の観衆からは、ささやかな騒めきすら起きない。


 誰もが口を噤む。


 遠距離からの戦術用魔術。


 それを、自身にも影響があるほどの近距離で使用する。


 ある意味では、その形振(なりふ)り構わない一手は、実戦に即したものだと言えなくもないが……魔導院の初級課程に属する者が、狭い演習場で使用するとなれば、話が変わって来る。


 制御をしくじり暴発でもすれば、大惨事になりかねない。


 上級課程に属する観衆たちは、瞬時にその危険性にも気付いたが……同時に、それまでのオーレスの魔術の安定性も見ていたため、暴発はしないだろうと結論付けた者も多かった。


 結果を見ても、オーレスの魔術は問題なく発動した。


 ただ、その後に起きたことを想定していた者は……その場では少数派だっただろう。


 派手に着弾し、演習場の地面がめくれ上がることも、多量の土を巻き上げることもなかった。


 静かに、本当に静かに。


 オーレスの発動した魔術――具現化した手槍たちは、的に向けて撃ち出されたにもかかわらず、全てがその場に留め置かれ……そのまま、術の構成が(ほど)かれた。


 ただただ静かに消え失せた。


 強力な魔術を、さらに強力な術で打ち消す。


 そんな激しさとは無縁。


 もちろん、オーレスが魔術の発動をしくじったわけでもない。


 発動した魔術が消された。そんな結果だけが示された。


 もはや〝道化〟とは言えぬ者が、穏やかに問い掛かる。


「さて――どうでしょう? まだ……続けますか?」


 そこに立つのは仮面の怪人。


 アーシェラが気付いてしまった狂気(ナニか)とはまた別。


 その日――場にいる者らは、〝高位なる魔導士〟として、その怪人を認識した。




 ◆◆◆

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