第3話 違和感
◆◆◆
「――模擬戦? 私を相手にですか?」
呼び止められた。回廊を歩いていたリオンは、伴も連れていない一人の少年に。
その内容にしても、思わず意表を突かれてしまう。
「そうだ。貴殿はガルム伯爵令嬢と懇意にされているとお聞きした。もし私が勝てば、アーシェラ様への顔繋ぎを願いたいのです」
申し出る側は真剣そのもの。彼の名はオーレス・ベリエル。
数日前に、アーシェラとの模擬戦を行ったばかりであり、しばしの監視対象となった者。
「はぁ……確かに、アーシェラ様とは懇意にさせて頂いておりますが……私からガルム家の御令嬢に他者を紹介するというのは、どうなのでしょう? あくまでも私は、バリアード家の契約上の養子であり、厳密には平民にございます」
冬の新入組であるオーレスが、本当に知らない可能性を考慮し、改めて自身の〝設定〟を語って聞かせるリオン。
王立魔導院へ送り込む人材を、血縁の中から用意できなかった貴族家が、魔導の才がある者と契約して養子とする。
貴族社会においては、決して褒められた方法ではないのだが、王国としては、一種の救済措置として黙認しているのが実情。
すでに魔導院では、リオン・バリアードが契約による養子であることも、その奇妙な仮面姿と共に広く知られている。
いくら新入の者といえど、それらの事情を知らぬままに、模擬戦を申し出ることはないはず。
「――改めて説明頂く必要はありません。貴殿が契約上の養子であることは、承知の上です」
リオンの考察通り、やはり彼は事情を知っていた。知った上で、本来であれば平民である者を相手に、大貴族の御令嬢への顔繫ぎを願う。
「(オーレス・ベリエル男爵子息――〝あっち〟の記憶にはない名だが……何者だ? 本当にアーシェラ様への顔繋ぎが目的なのか……?)」
意図が読めない。〝かつての記憶〟に引っ掛かる名でもない。仮面の下で、リオンの警戒が一段上がる。
「ただ……模擬戦の内容について変更を願いたいのです」
「内容の変更?」
非礼を承知で……という前置きをしながら、オーレスは語る。
その言い分はこうだ。
アーシェラとの模擬戦で行っていた、〝距離を置いた状態で向き合い、その場から魔術を撃ち合う〟――というやり方を変えて欲しいというもの。
実のところ、彼は遠方から魔術が苦手であり、どうにも本領を発揮する前に終わってしまったのだという。
できるならば、近接戦闘を含めた――実戦形式で〝模擬戦〟を行いたいとのこと。
「つまり、身分的に格下である私が相手となれば、模擬戦の形式変更も通りやすいと見越したわけですか?」
アーシェラに模擬戦を挑んだ際には、そもそも、模擬戦という無茶をアーシェラ側に飲んでもらっているのがはじまり。その上で、内容の変更を申し出るのは、あまりにも烏滸がましい。
それがオーレスの感覚だった。
「そうやって口に出されると、改めて、我が身の小狡さに恥じ入るばかりなのですが……」
色味の薄い赤毛に、茶系の瞳。色白でそばかすがあるが、顔立ちは十人並みというところ。
年は十代半ば頃で、リオンよりかは年上に見える。その体格も一回りほど大柄。
ただ、物腰は柔らかく、契約による養子であることでリオンを見下すような真似もしない。
「あぁ、すみません。皮肉や当て擦りではなく、本当にただの確認でした。――ええと……このリオン、オーレル様からの模擬戦の申し出をお受けいたします。内容についても、オーレル様の示すもので構いません」
一先ず、リオンは先方の言い分を飲む。あとは実際の現場にて確認するだけのこと。
「――ただし、アーシェラ様への取り次ぎや紹介については、勝敗の如何に関わらず、私に保証できるものではありませんので……その点はどうぞご了承のほどを……」
「あ、あぁ……承知した。重ね重ね、申し開けない……」
こうして、物珍しい〝模擬戦〟は成立した。
◆◆◆
こつこつと靴音を弾ませ、少し早足で回廊を行く仮面の君――リオン。
突如としてオーレスから模擬戦を申し込まれたあと……彼は歩きながら考えていた。
「(……実戦形式の模擬戦――か。多くの貴族子弟が得手とする、遠方からの魔術が不得手という話だが……さてな。どこまでが本当のことなのやら)」
当然に考えるのは、自身に降って湧いた模擬戦のこと。
それらしい理由を並べてはいたが、やはりオーレスへの不審は残る。まるで食事に紛れ込んだ砂利を噛んだかのような気分。
「――それで? ミアはどう見た?」
歩きながらのまま。彼は影のようの付き従う、侍従の少女へと話を向ける。
「そうですね。オーレス様がご自身で仰っていたように、遠距離での魔術が不得意であるかは分かりかねますが――少なくとも、近接での戦闘には慣れているかと……」
すらすらと応じるミア。
重心が安定した立ち姿。その上、リオンとの会話の間も、攻守どちらにも反応できるように備えていた。
纏う気配が、あきらかに近接戦闘に慣れた者のそれ。
そんな所感を、ミアは仮面の主に説明する。
「ほぅ……薄らと魔力の気配がしていたが、やはり備えていたんだな」
「はい。物腰は丁寧でしたが、あの方は臨戦態勢にあったと言えます。――そして、私が気付いたということは、相手にも気付かれているかと……」
後ろに控えていたミアを、オーレスも戦える者と認識していたはず。
「なるほど……多くの貴族子弟が得手とする、遠方からの魔術については不得手。しかし、近接戦闘はそれなり以上に心得がある――か」
「――それに加え、ガルム伯爵家の御令嬢に対して、取り次ぎを強く願っておられます」
状況だけを見れば、もはや〝ちょっとした怪しさ〟を越えて来ている。
「ふぅ。ミアが見るに、彼が〝商会〟の密偵である可能性は?」
ご同輩である可能性を問うリオン。
「あり得ませんね」
ばっさり切り捨てる、元・密偵。
〝商会〟を抜けてから……サラリア離宮が消失し、彼女が〝ミア〟となってから、そろそろ五年になろうとしている。
五年の間で組織の手法、運営が大きく変わっていたとしても……それでもミアは、オーレスが〝商会〟絡みでないと断じる。
「――その理由は?」
リオンとて、オーレスが〝商会〟の手の者である可能性は低いと考えていたが……まさか、ミアからここまで強い否定が来るとは思っていなかった。
「陰鬱な血の匂いがありません。殺気も。確かに、オーレス様はそこそこに戦えるでしょうが……いつぞやの憎たらしい王子様のように、実戦での経験は少ないかと……まぁ、あくまで私の勘でしかありませんが……」
「余計な物言いが交っているようだが、ここは気にしないでおこうか」
元・いつぞやの憎たらしい王子様は、寛大な心をお持ちのようで。
ミアは勘だと示したが、臨戦態勢にありながら、オーレスに殺気がなかったのも事実。
だからこそ、彼は、殺し殺される状況に慣れているわけじゃない――ミアはそう見た。
もちろん、それすらも見越した演技だとすれば……どうしようもないが。
「オーレス・ベリエルの目的がなんなのか……一先ずは保留だな。模擬戦でどう振る舞うかも、少し考えておかないとな」
リオンは必要以上に気負わない。
その場その場の即興劇に身を投じるのも、今ではよしとしている。
きっちりと計画を立て、その計画に、狂いなく正確に当て嵌まるようにと物事を進めたとしても……上手くはいかない。
なぜなら、人には心が、積み重ねてきた歴史がある。場面だけを切り取って、その人のなにが分かろうというものか。
ただし、別に心の内を暴く必要もない。
「彼が〝該当〟するなら始末するまで。そうでなければそれなりに……」
リオンは、自らが〝敵〟だと認識する相手にも、相応の事情があることを身を以て気付かされた。
しかし、だからといって、彼の行動自体に曇りはない。
デイルに仇なす者は排除する。
それだけ。
◆◆◆




