第2話 盤上を乱す者
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「貴公が残念がるほどの内容ではなかったわ。今回の相手は、新入りの地方貴族の者としては、そこそこの水準――といったところかしら」
アーシェラは仮面の君に、この度の相手についての所感を伝える。約定の一つとして。
「そうですか。特に目立つこともない地方貴族の子弟が、入学して間もない時期に、意見具申のために大貴族たるガルム伯爵令嬢に〝模擬戦〟を挑む――というのは、少々の違和感があったのですが……実力のほどは、それほどでもなかったというわけですか」
いかにも思案している風を装い、大袈裟に俯きながら顎に手をやる仮面の奇人。道化らしく白々しい所作。
オーレス・ベリエル。
彼に対して、アーシェラが抱いた違和感については、すでに仮面の君――リオンとて察していた。
模擬戦の勝敗などより、はじめから魔導院内で名を売る――目立つことが目的ではないか?
それはまさに、リオン・バリアードのやり方と同じ。
「だからこそ、しばらくの監視を命じたわ。この後、オーレス殿が特定の貴族子弟や派閥と懇意になるようであれば……」
どこか呆れたように、諦めたように、伯爵令嬢はオーレスへの指示を説明する。
これまでの王立魔導院では、このような〝野蛮〟で〝はしたない〟真似は横行していなかった。
秩序だった暗黙の了解の下に、格上の者の目に留まるようにと研鑽を続けるのが……〝普通〟だった。
しかし、古き良き秩序は壊れた。一度一線を越えてしまえば、あとは呆気ないもの。アーシェラもまた、そのきっかけに加担してしまった。
実力を示すよりも先に、まずは目立つ。手っ取り早く顔と名を知らせしめる。
そのためには、格上の貴族子弟に決闘紛いの〝模擬戦〟を挑むのも辞さない。
勝敗は二の次。敗れたとしても、興味を持った者らに拾い上げられる可能性を狙う。目当ての派閥入りを目指すために。
そんな恥知らずな手法が、この王立魔導院にじわりと染み込んでしまった。
ガルム伯爵令嬢の宣言と共に。
「御差配をありがとうございます、アーシェラ様。ある程度の情報が得られ、オーレス様が該当しているとなれば――あとは私の方で対処させていただきますので……」
道化を模した仮面が嗤う。まさに見世物舞台の道化のように、大仰にお辞儀までして見せる。
だが、すでにアーシェラやアヴァンには視えている。その仮面の下から滲み出る狂気が。
「――そう。もう何度となく聞いているけれど……改めて聞くわ、リオン殿」
見せ掛けの道化の仕草などに、今さら惑わされることなどない。
「はい、なんでございましょうか? アーシェラ様」
小芝居を残しながらではあるが、すっと頭を上げて姿勢を正す。リオンも話を聞く体勢へ。
道化は、すでに伯爵令嬢からの質問を知っている。アーシェラもまた、リオンがどう答えるのかを知っている。
これまでにも、何度となく繰り返された定例のやり取り。だが、絶対に必要な手続き。
「貴殿の行いは、デイル王国に背くものではないと――この私に誓いなさい」
「――ええ。このリオンの行いは、決してデイル王国に背くものではありません。バリアード家と、アーシェラ・ウォル=ガルム様の名に懸けて誓いましょう」
所詮は口約束でしかない誓い。しかし、アーシェラは折に触れて、誓いを口にしろとリオンに迫る。
それが、協力するための条件だと言わんばかりに。
実のところ、リオンの〝活動〟について、彼女も詳しいことは聞かされていないまま。
あの日――その論理や理由がどうであれ、リオンは白昼堂々と伯爵令嬢を襲撃した。
それ自体は紛うことなき事実だ。
たとえ、その場で生殺与奪の権を握られ、心を折られてしまったとしても……アーシェラは当然の如く、追及や報復へと舵を切る。
むしろ、ここですんなりと引き下がっては、ガルム伯爵家の名すら軽んじられてしまう。
バリアード男爵家を巻き込み、貴族家同士の話し合いを仕掛けようとした。
――が、結局のところ、そこまでには至らなかった。
報復に動こうとしたアーシェラを止めたのは、他でもない、実家であるガルム伯爵家。
あまつさえ、ガルム家は当主たるジェイド・ウォル=ガルムの名の下に、娘アーシェラに命じた。
『王立魔導院にて、リオン・バリアードなる者に可能な限り協力せよ』――と。
アーシェラの混乱はいかほどだったか。
そして、困惑する彼女の前に現れて、仮面の道化は軽く忠告を残す。
『私の正体と所属を明かすことはできません。ですが、その正体を明かせぬ者が、ガルム伯爵家に〝お願い〟をすることができる――その事実を、その意味を、どうかよくお考え下さい』
面と向かってそう言われてしまえば、もはやアーシェラは、粛々と実家からの命令に従うよりない。
とても信じられないが、この仮面の君は、特務に従事する影。王室庁が管轄する特務兵か、それに類する者。あるいは更にその上――陛下直属といわれる、暗幕に覆われた謎多き隠密衆であるか――。
時と場合によっては、ガルム伯爵家ですら触れてはならぬ者。
そんな背景を、仮面の君に分かり易く示されてしまった。
もう逃げられない。
だからこそ――
「――誓約に偽りがあった時は、貴公のその命を以てして贖ってもらう。ゆめゆめ油断なさらないことね」
一度は折れた牙ではあるが、アーシェラはそれでも――デイル貴族の者として、矜持という刃を懐に備えている。
ガルム伯爵家を利用しながら、その誓約を違えるなど言語道断。当人の命一つでは、到底足りるはずもない。
「はい。私が誓約を違えることはありません。しかし、それはアーシェラ様の御言葉に左右された、我が身かわいさからではないことも……ここに申し上げておきましょう」
定型のやり取り。繰り返されたやり取り。
しかしながら、リオンもまた、アーシェラに等しき真摯さを以て臨んでいる。釘を刺すのは彼も同じく。
「私は、デイル王国に仇なす者らを排除します。故に、アーシェラ様、ひいてはガルム伯爵家がそうなってしまった暁には……どうか御覚悟のほどを」
「……」
このようにして、誓約は交わされ続けている。
◆◆◆
王立魔導院に、仮面を被ったままに過ごす、奇妙な人物が在籍している。
片田舎の地方貴族である、バリアード男爵家の継承権を持たぬ特殊な養子。要するに、彼の家が〝徴兵〟のために用意した手駒だ。
当初は、ただの恥知らずの身の程知らずだと思われていた。
実力で抜きん出ることが出来ず、奇抜な見た目でしか他者の目を引けない。
そうすることで、少しでも格上の貴族に興味を持ってもらい、あわよくば声を掛けられるのを待っているのだと。
そんな浅はかな思惑を察した者らは、ひとしきりその無様さを嘲笑った後に、仮面の者を心底から憐れんだという。
才に恵まれぬ者が、そうまでして上を見てどうするのかと。
たとえ貴族子弟の集う魔導院で低能の烙印を押されたとしても、ただの平民としてならば、魔導の才を持ち合わせたこと自体が稀少で恵まれたことなのだ。
身の程を知れば、見た目だけで人目を引こうなどと考えなかっただろうに……。
そんな風に、一部の者は本気で、当人やバリアード家に苦言を呈することもあった。
神聖暦480年の初頭。
冬の入学組がぽつぽつと魔導院へと集い、その顔触れも一通り揃いはじめた頃。
ルーク殿下とその婚約者のアリア嬢。
御二人の姿も、ようやくに魔導院内にてお見掛けするようになる。
年末には魔導院へと到着されていたのだが、御二人ともに、しばらくは邸宅に留まっておられ、その御姿を魔導院内の講堂などで見掛けることはなかったのだという。
そして、当然に御二人にも、憐れなる仮面の君の情報が耳に入る。
もっとも、その時にはすでに、仮面の君の評価は違ったものになっていたが――。
「……決闘紛いの〝模擬戦〟?」
眉を顰めるやんごとなき少年――ルーク。
これまでには見られなかった、魔導院内の新たな風習について聞かされていた。
「はい。なんでも、格上となる家の者に〝模擬戦〟を申し込み、直接的に力を示すのだとか……聞くところによると、ガルム家のアーシェラ殿がはじまりだったようです」
あくまで伝聞ながらも、そのように説明するのは――婚約者たるアリア。
公私ともに王子を支えるようにと、魔導院内においても、彼女はルークの傍に控え、行動を共にしていた。
「ふぅん……これまでの礼法からすると、少しはしたない感じを受けるね。控えめな優美さがないというか……」
概要を聞かされたルークの所感。貴族社会における、暗黙の了解を平気で踏み越えているような感覚を覚える。
「でも、伝手が少なく、派閥などへ参入しづらかった地方貴族の子弟からすると――そういう直接的なやり取りの方がありがたいのかも知れない……」
ただの否定で終わるのではなく、ルークは利点についても目端を利かせていた。
これまでであれば、大貴族の子弟への伝手を作ろうとすれば、その傘下の者らから順を追って接触し、それぞれから認められる必要があった。
なんなら、目当ての人物へ辿り着く前に、魔導院の必修課程を修了してしまう――そんな笑い話すらあるほど。
「はい。殿下が仰るように、このやり方に利点を見る者も多かったようです。今では、ガルム家のアーシェラ殿以外にも、〝模擬戦〟の申し出を受けるという者らが増えているそうです」
古き慣習から一歩。ほんの僅かに一線を越えれば……そこはかとなく周囲に伝播していく。
リオンはそれを知っていた。だからこそ早めた。
しかし、その過程で――仮面の君は知られた。
「――そして、明日の正午にも、その〝模擬戦〟が行われるそうです」
「なるほど。一度見ておいてもいいかも知れない――というわけだね?」
「はい」
魔導院の新たな慣習。アリアは、それをルークに見ておくようにと具申した。
それは、王立魔導院にて過ごすにあたり、特におかしな申し出でもない。
別に今すぐにでなくとも、いずれ目にする機会もあるだろう。ただ、どうせなら早い方がよいのではないか? ――その程度のもの。
「ちなみに、今回はどのような者たちが〝模擬戦〟を?」
「地方貴族である、オーレス・ベリエル男爵子息が、同じく地方貴族たる、リオン・バリアード男爵子息に申し出たようです」
ルークにはさっそくの違和感。
「え? その〝模擬戦〟というのは、格上の貴族家に挑むというものでは? 地方貴族の男爵子息同士でなの?」
先に聞いた説明と、いきなり食い違っている。王子の疑問も当然と言える。
「伝聞であり、私も詳しい事情には疎いのですが……そのリオン殿という方は、常に仮面を被った奇抜な姿で有名なのだとか。また、どういうわけか、ガルム伯爵家のアーシェラ殿と懇意にもされているようです。この度のオーレス殿の目当ては、どうもガルム伯爵家への目通りのようなのですが……すでに一度、アーシェラ殿に挑んで敗北を喫したとも聞いています」
「え? 仮面……? ――いや、まぁそれはいいとして……じゃあ、今回はそのオーレス殿が、アーシェラ殿への再挑戦を賭けて……という扱い?」
「ええ。おそらくはそうではないかと……」
新たな慣習は、古き因縁を呼ぶ。結ぶ。
盤上の駒は知らない。知る由もない。
そこがすでに荒らされていることも……別の盤にすり替えられていることも。
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