第1話〝模擬戦〟
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魔力が満ちる。術式を形作っていく。
「……」
特に高揚もなく、深い紫の長い髪を軽くかき上げながら、少女は相手をチラリと見やる。
髪色と同じく、その紫の虹彩が相手を捉える。
獲物への視線。一つの合図だ。場に構成された力を、相手へと差し向けるための。
魔術が発動する。
魔力によって生み出された十数本の手槍が、具現化すると同時に、勢いよく射出された。
「く……ッ!」
少女の瞳に捉えられた側――同年代の少年は、自身が発動しようとしていた魔術を強制的に解除し、我が身を守るために、魔力を障壁として前面に展開する。
咄嗟のことであり、それは魔術の体をなしていなかったが、切り替えの早さは見事なもの。
が、この度は、攻める少女の方が上手。
まるで紙を貫くが如く。
飛翔する手槍は、いとも容易く魔力障壁を貫通する。引き裂く。
「うぅッ!?」
襲来。轟音と共に、手槍が次々と突き刺さる。演習場の地面は呆気なく抉れ、多量の土を広範囲に撒き散らす。
距離を置き、周囲でやり取りを見守っていた者らも、飛び散る土や巻き起こる土埃に、思わず顔をしかめてしまうほど。中には、飛んできた土の一部を浴びる不運な者たちまでいた。
「――それで? 仕切り直しの二戦目は必要かしら?」
もうもうと立ち込める土煙に向けて、攻撃を加えた側の少女――アーシェラ・ウォル=ガルム伯爵令嬢が語り掛ける。
疑問形ではあるものの、ある意味では、命令口調とも取れる物言いだった。
「く……ッ! こ、このオーレスは……ここに敗北を認めます。二戦目の必要はございません……ッ!」
手槍を撃ち込まれた側――オーレスと名乗った少年は、隠し切れない悔しさを滲ませながらも、敗北を認める。認めざるを得ない。
土煙が収まるにつれ、周囲の者にも、オーレスが立っている場の状況がはっきりと分かるようになる。
早撃ちを意識していただろうアーシェラ嬢の魔術は、オーレスの魔力障壁を易々と貫き、それでいて、制御を失うこともなく、狙い通りの正確な挙動を見せた。
オーレスが立つ位置から、三歩から四歩程度の場所に着弾の跡。
それは、彼を取り囲むように、等間隔で半円を描いていた。
速度、威力、制御の正確さ。
どれを取っても、アーシェラの魔術はオーレスのそれを上回っていた。
「そう。では……この度の〝模擬戦〟は私の勝ちね」
悔しさを必死に噛み殺そうとしているオーレスとは対照的に、アーシェラの勝利宣言はあっさりとしたもの。
それでも、その勝利宣言を聞いた周囲の見物人たちからは、控えめながらも拍手が贈られる。それは勝者であるアーシェラにだけではなく、敗者オーレスの健闘を称えるという意味も込められていた。
王立魔導院での〝模擬戦〟。
この度については、演習場にて、一定の距離を置いて対峙した者同士が、合図と共に、その場から魔術を撃ち合う。
そして、先に相手側へ魔術を着弾させれば勝ち――というもの。
今回の場合は、〝先に二勝した方が勝ち〟というルールも設けられていたのだが……オーレスが二戦目を辞退したため、一戦だけで決着した。
「お、お待ちを! アーシェラ殿……ッ!」
周囲の拍手が収まるのを待ち、演習場を去ろうとしたアーシェラだったが……呼び止められる。他でもない、模擬戦の相手だったオーレスに。
「……まだなにか?」
魔術の撃ち合いということもあり、二人の距離はそれなりに離れていたが、アーシェラはわざわざ声を張り上げたりはせず、その場で足を止め、呟くように応じるのみ。
「ひ、日を改めて、貴殿に再度の模擬戦を申し込むことは……可能でありましょうか……ッ!」
抉れた演習場の半円。その内側に立つオーレスが問う。懇願する。
「――このアーシェラは、誰の挑戦であっても受けましょう。たとえ、こちらが一度勝った相手からの、再度の申し出であっても……それは例外じゃないわ」
「ッ!!」
その言葉を聞き、オーレスの瞳に火が灯る。
が、対するアーシェラは淡々としたもので、軽く一瞥を向けただけで、止まっていた歩を進める。さっさと演習場を去っていく。
そして、そんな彼女の姿が、演習場から消えると見るや……周囲の見物人たちが、ぽつぽつと騒めきはじめる。
「――アーシェラ殿は流石だったな。具現化系の魔術を、あの早さで編むとは……しかも、威力も申し分ないときた」
「いや、むしろ今回はオーレス殿だろう。結果は伴わなかったが、アーシェラ殿の魔術を目視したあとに、術の強制解除と魔力障壁の構築を、咄嗟にあの速度で行えたというのは……かなりのものだ」
「でも、ちょっと真面目過ぎるんじゃない? 敵に先手を許した以上、馬鹿正直にその場に留まったままというのは……いただけないわ」
それぞれが勝手気ままに、先の一戦を振り返って講評していた。
王立魔導院での〝模擬戦〟。
はじまりは、アーシェラ嬢から。
『このアーシェラを〝模擬戦〟で打ち負かすことができれば……話を聞くわ』
そんな宣言がなされた。
結果として、アーシェラに模擬戦を挑む者が増えた――というだけではなく、他の者らも追従しはじめたのだ。
模擬戦での勝敗が、相手の懐へ飛び込む好機となっていく。
それは、かつての王立魔導院には――なかったモノ。
◆◆◆
「――お見事でした。アーシェラ様」
演習場をあとにしたアーシェラに、そっと影のように付き従う者。
ガルム伯爵家の直属となる侍従――アヴァンが、主をねぎらう。
「この度のオーレス・ベリエル……しばらく監視しなさい。派閥に属していないのが、意図的であるのか、単に相手にされていないだけなのか……見定めるのよ」
魔導院の回廊を歩きながら、アーシェラは、ねぎらいに応じるよりも先に、侍従に対して指示を出す。
今回の模擬戦の相手は、オーレス・ベリエル男爵子息。
とあるやんごとなき御方と同じく、この冬の新入組であり、魔導院に来てからまだ日も浅い。
特に力のある貴族家というわけでもなく、特定の派閥にも属していない。
その上、社交界にもほぼほぼ接点がない――という、ある意味では典型的とも言える地方貴族の者。
にもかかわらず、彼はアーシェラとの接触を望んだ。その手段として、ここ最近になって魔導院の中で定着しはじめた、〝模擬戦〟のルールを利用して。
また、〝模擬戦〟を通じて、魔導士としてのオーレスが、そこまで突出した実力者でないのも判明した。
怪しいと言えば怪しい――という段階。
「――はっ。承知いたしました」
アヴァンは主の指示に応じる。
監視した結果として、なにも出て来なければ、それはそれでいい。それに越したことはない。
ただ、アーシェラにせよアヴァンにせよ……もう油断はしない。
痛い目に遭った。
その結果として……今の状況に至っているのだから。
「それで……この件については、報告を入れておきますか?」
多少の言いにくさを出しながらも、アヴァンは主に確認を求める。
それによってか、すたすたと前を歩いていたアーシェラの足が、ぴたりと止まる。当然に後ろに続いていたアヴァンも。
「――ええ。たとえ細かいことであっても、違和感を抱いた事項については、先方にも伝えるというのが約定だから……ただ、この件については、別にアヴァンから伝える必要はないわ」
「……承知いたしました」
回廊の真ん中で立ち止まったアーシェラは、振り向くこともなく、後ろの侍従にそう告げる。
返事をするアヴァンは、すぐには気付けなかったが……主の指示の意味はすぐに知れた。
「――これはこれは、アーシェラ様。〝模擬戦〟の方はもう終わってしまったのですね。見学させていただこうかと、演習場へと向かっていたのですが……残念です」
アーシェラの視線の先。
そこには、道化の仮面を被った怪しくも妖しき者の姿。
今の状況の――元凶。
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