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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
魔導院の怪人

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第6話 道化

 ◆◆◆



「――この度の件は、我がガルム家に非があったことを認め、正式に謝罪いたします」


 そう口にする。深々と腰を折る。


 所作は完璧なもの。礼法として、確かに謝意を示している。


 ただし、その深い紫の瞳の奥は燃えていた。


 アーシェラ・ウォル=ガルム伯爵令嬢。


 纏う気配だけ見れば、まるで獰猛な捕食者の如く。とても謝罪の場に相応しいものではない。


 だが、この場に立ち会う者らは、誰もそこには触れない。迂闊に触れられようものか。


「……このノエル・バリアードは、アーシェラ殿の謝罪を確かに受け取りました。今後、此度(こたび)の件については、一切の言及、追及をしないと、我が家門に誓いましょう」


 固い表情のまま、定型となる文言を口にし、御令嬢から謝罪を受け取るノエル。


 この度の一件は、ガルム家傘下の未熟者が、どうしようもなく先走った結果であることは、彼も十分に理解していた。


 ミアが重傷を負ったのは確かだが、すでに治癒術にて傷も癒えた。まったく取り返しがつかない状況というわけでもない。


 正式な謝罪があるならば、それで仕舞いとしても問題はない。


 ――と、本来はそうなるはずだった。


 今、アーシェラは獲物を前にした猛獣のような気配を纏っているが……その振る舞いについても、ノエルには心当たりがあり過ぎる。


 他の者と同じく、指摘などできようはずもない。


「――バリアード家の侍従の御方についても、この度は申し訳ないことをいたしました……主に代わり、このアヴァンめが謝罪いたします」


 続いて、ガルム家の侍従たるアヴァンが、()()()であるミアの前へと歩み出て、謝罪を口にする。


 流石に貴族家の御令嬢が、他家の侍従に直接謝意を示すような真似はできないため、ガルム家の侍従が代わりに謝罪する。このような形を取る。


 儀礼的にも、特に問題のない処理だ。


 そして、主とは違いアヴァンは、内心はともかくも、見るからに平静で感情を表に出さない。その振る舞いにしても、まるで礼法の教書通り。


「そのお心遣い、まことに感謝いたします」


 短くそう言い切り、両の手を体の前に重ねて揃え、ぴしりと頭を下げるミア。侍従としての返礼であり、こちらも規範の礼法通り。余計な感情が入る余地もない。


 しかし、そのような礼法的には〝普通のやり取り〟でありながらも、それを見やる周囲の者らの空気は、徐々に、徐々にと重たくなっていく。


 ガルム家の粗相について、アーシェラの謝罪が終われば……どうしても〝次〟の話題へと移行するのが目に見えているから。


 場はガルム家の宿舎(邸宅)。その応接間での一幕。


 礼儀としては、本来であればアーシェラ側がノエルの下を(たず)ねるのが筋なのだが、今のノエルがいるのは、魔導院内の狭い宿舎ということもあって、今回は舞台をガルム家側としていた。


 ノエルからしてみれば、まるで猛獣の檻の中へ、自らで進んで入って行くような心持ち。


 同時に、さる貴族家の契約による養子に対して、これまで以上のありありとした不審を抱く。


「――それで……ノエル殿。この度、私からも少々お訊ねしたい旨があるのだけれど……お時間をよろしいかしら?」


 大貴族の御令嬢。それも十代の半ば頃という、まさに花も恥じらう麗らかなる乙女が、満面の笑顔を煌めかせて〝お願い〟を口にする。


 場面だけを見れば、微笑ましい光景として映るだろう。


 しかしながら、その乙女のお願いが合図だったかのように、周囲の空気は一気に張り詰める。


 なんなら、場の空間そのものに、びしりと亀裂が入りそうなほどの緊張感だ。


「……はい。大丈夫です。アーシェラ殿がお聞きになりたいのは、どのようなことでしょうか?」


 どうしても固さが抜けないまま、ノエルは分かり切った受け答えをする。


 アーシェラ・ウォル=ガルムが聞きたいこと?


 この場に居合わせた者で、それを知らぬ者はいない。


 ノエルの応答は、まさに〝次〟への誘い水。


「お時間をありがとうノエル殿。――実は、我がガルム家が()()にしている家の者が、二人も、この魔導院内で()()をしたのよ。そのことについてノエル殿、ひいてはそちらの仮面の君に――ご意見を頂けないかしら?」


 場の空気の重さとは裏腹に、アーシェラの可憐で獰猛な口元からは、すらすらと〝本題〟が流れ出てくる。


 さらに、ノエルへの問いとしながらも、燃えるような怒りを秘めたアーシェラのその深い紫の瞳は、すでに彼の斜め後方へと固定されている。薄らと魔力まで滲む。


「そのようなことがあったのですね。まず、その方々の一日も早い快癒を心から願いましょう。――ただ、申し訳ないのですが、意見をと求められても……このノエルには、快癒を願う以外には……」


 白々しいのは承知の上で、ノエルにはそう告げるしかない。


『悪いけど僕は関係ない』


 丁寧に、丁重に、一線を引かせてもらう。なぜなら、ノエルは本当に知らなかったから。


 まさか、あとは形式的な謝罪を受けて終わりという段になって、直接的で野蛮な報復に出るなどとは思わなかった。


『なぜに今さらそんな真似をする?』――そんな疑問しかない。


 言葉を濁したままにノエルは、質問者であるアーシェラから静かに視線を外す。


『あとは()()()()()でよろしく』――というところ。


 アーシェラとて、バリアード家の監督責任に思うことはあれど、ノエルを本気で追及するつもりもなかった。


 当事者が誰か……それは明らかだったから。


「そう。では――そちらの仮面の君は()()()()()?」


 この会談がはじまって以降、形式的な挨拶以外は、ただただ無言で控えていた仮面の君――リオン。


 ただ、この場に居合わせた者らは皆、はじめから彼を注視していた。


 その道化を模した仮面の笑みが、まるでガルム家を嘲笑(あざわら)っているようにしか見えなかった。


 報復の襲撃を受けた二人ですら、


『よくもまぁ、平然とアーシェラ様の前に出て来られたな』


 などと、別の意味で感心しているほど。


 改めて、周囲の視線を一心に集めたリオンが口を開く。


「ノエル様に同じく、まずは怪我を負った方々の快癒を願います」


 先のノエルに同じく、白々しい文言。


 ただし、ノエルと違うのは、リオンの声には、欠片も気まずさの色がないこと。それはもう堂々としたもの。


「そのお心遣いに感謝いたします。怪我をした者らも……さぞや喜ぶことでしょう」


 ただし、リオンのそんな態度は、アーシェラの獰猛さをさらに引き出す。


 花も綻ぶ微笑ましい乙女のそれから、獣の舌なめずりのようなそれへ。


 外見が中身に追い付いた模様。


「それでどうでしょう。仮面の君……リオン殿と言ったかしら? 怪我をした者の快癒を願う以外に――」


 言葉の途中で、アーシェラの纏う魔力の質が変わる。膨れ上がる。


「――ッ……!」


「く……ッ……」


「ぁ……!?」


 むしろ、周囲に控えていたガルム家傘下の者らが、その圧に巻き込まれて、次々に顔を歪めていく。


 もはや伯爵令嬢は、魔力を、威圧を隠そうともしない。


 そこはまさに獣の檻。


「――()()()()()()()は?」


 アーシェラは再度問う。射貫くような深い紫の瞳で。


 しかしながら、それは単なる威圧ではない。


 ――言い分があるなら聞く。


 そういう姿勢であり、同時に、ここが最後の一線だという警告だ。


 上位者の器と最後通牒。その二つを示す。


「ふむ。()()()()ですか……」


 一方、問われた側はまるで動じていない。


 アーシェラの威圧など、どこ吹く風。


 その仮面の道化は、目元に嫌らしい笑みを浮かべたまま。


 伯爵令嬢の視線を真っ向から受けながらも、リオンはむしろ、巻き添えで苦しむノエルの方へ、ちらりと視線を向ける。


 なお、正面からの巻き添えはミアも同じくなのだが、そちらは少々不快そうに眉根を寄せるだけ。視線をわずかに床に落とし、我関せずで通している。


「(――この者らは……やはり……ッ!!)」


 アーシェラは確信した。


 改めて己の疑念が間違いではなかったと。


 先だって、未熟者を返り討ちにしたという侍従。


 そして、自身の圧を受けて小動(こゆるぎ)もしない、この恥知らずな道化も。


 力を秘めていた。


 その上で、本気で隠そうともしていない。周囲の者が気付くかどうか……試すような真似を続けていたのだと。


 ここに来て、改めて確証を得る。


「そうですね。私が思うのは――」


 たっぷりと間を取ったリオンが、ようやくに口を開く。


 仮面に覆われた視線を、ふいとアーシェラへと戻す。


「――〝まったく(もって)て悠長なものだ〟というところでしょうか?」


 それは特に気負いもない、独白のような呟き。


 だが、次の瞬間。


「ッ!?」


「ぁ……!?」


「こ、これは……?」


 獣の檻が壊れた。


 いや、そっと扉が開けられたというべきか。


 場に充満していたアーシェラの圧が、突然に(ほど)けた。


 圧を感じていた者らが、思わずバランスを崩すほど。


「――――貴様……なにをした?」


 いきなりのことに皆が驚いたが、一番に驚愕したのは当の本人。檻の主だ。


 なぜなら、アーシェラ自身はなにも変わらない。


 今も間違いなく魔力を放出し、場に圧を掛けている。


 にもかかわらず、皆が知覚していた圧だけが消えた。


 訝しむのは当然の反応。


 事もなげに、平然と佇む道化を睨みつける。


「ははは。ガルム家の御令嬢ともあろう御方が、私ごときに教えを()うおつもりで? 申し訳ございませんが、御令嬢の教導は、私なんぞには畏れ多くてとてもとても……どうぞご容赦のほどを」


 道化らしく、おどけたように応じるリオン。腕を振っての、大袈裟なお辞儀の仕草まで。


 それはまさしくアーシェラへの侮蔑。露骨なほどの。


「……いい度胸ね。その恥知らずな仮面姿を晒すだけのことはあるわ。ただの酔狂な身の程知らずではないと言うところかしら?」


 むしろ、真正面からこれほどの無礼を浴びせられ、逆に冷静さを少し取り戻すアーシェラ。


 魔力による圧が消えても、場には別の緊張がありありと残っている。


「お褒めにあずかり光栄の至り。――ですが、デイル王国の次代を担うガルム伯爵家の御令嬢から、そのようなお言葉を(たまわ)るなど……我が身には過ぎたる(ほま)れにございまする」


 あくまでも道化として振る舞うリオン。しかし、その言葉の裏には、当然のように含むものがある。


「ふふ。とても〝光栄〟や〝誉れ〟などとは感じられないのだけれど?」


 誘われている。


 それを承知でアーシェラも乗る。


 言いたいことがあるなら、言うがいいとばかりに。


 獣の如く、その口角が上がる。


 可憐な乙女の顔に、危険な笑みが張り付いて離れない。


「いえいえ、とんでもないことにございます。大層な肩書をお持ちながらも、人を扱うことも、魔力の扱いも、立ち回りすらも、あまりお上手とは言い(がた)い。あまつさえ、特異な状況への危機感も欠いておられる――」


 慇懃に無礼を唄う道化。


 流石に御嬢様の目元もピクリと反応する。取り戻した冷静さが、またもや削られていく。


「――()()()()()でしかないアーシェラ様からの賛辞であっても、喜ばしいことには変わりはありません」


 ここまで来ると、もはやアーシェラよりも、周囲の者らにこそ響く。


 顔色は失せ、引き攣るほどに表情が強張っている者の方が多い。


 先ほどまで冷静沈着な様子を見せていたアヴァンでさえ、今は苦々しい顔を浮かべている。


「――――――ふ、ふふ……あは、はは……は、ははは……ッ……!」


 あまりの無礼によってか、アーシェラの口からは笑い声が漏れる。


 否、漏れていた。自身でも気づかぬ内に笑っていた。


 アーシェラははじめて知る。あまりの怒りの先――そこでは、もはや笑うしかないのだと。


 リオンの言動は、彼女の引いた一線を軽々と踏み越えた。


 異様な緊張感に包まれた応接間には、ただただ、アーシェラの笑い声だけが響く。


 腹を抱え、大口を開けて笑うという、レディとしてあるまじき姿を晒す伯爵令嬢を前にしながら、誰も動けない。誰も口を挟まない。


 張本人たるリオンも、静かにその姿を見守るのみ。


「あはははッ! はは! ――くくく、ふふ……ふふふ、あはは……はぁ……ふぅ……」


 徐々に笑い声が、狂騒が収まっていく。


「ふぅぅぅ…………ふふ。こんなに大笑いをしたのは、幼子の頃以来だわ」


 笑い過ぎて思わず滲んできた、目元の涙を指で払いながら――アーシェラは、改めて無礼千万な道化を見やる。


「貴族様に限らずですが……感情を抑えることができてこそ、ようやくに一人前だという〝悪しき〟風潮もありますので」


 先ほどまでの大仰な口調や仕草は失せ、ゆったりと落ち着いた印象が場に現れるた。


 その上で、リオンはアーシェラの言葉に対して、合いの手のような応じ方をする。


「悪しき風潮? まるで感情を抑えることが間違っているかのように言うのね?」


 アーシェラにしても、ごくごく平静な色合いの語り口にて、リオンの言葉に重ねて返す。


 もう、道化ではない。ナニかが切り替わった。正面で相対している彼女は、いち早くそれに気付く。


 ここからが本題なのだと直感した。


「ええ。傘下にいる者が、格下の地方貴族の者に手を出して返り討ちにあった。そして、事態を収拾するために動いている最中に、当事者が闇討ちされるという蛮行まで起きた」


「……」


 それは寝る前の子に物語を語るような声。


 同じ仮面。同じ立ち姿。


 だが、場にいる者らもその違和感に気付き出す。


 そこはかとなく漂う。仄暗いナニかが、仮面の君からじわりと滲む。


 ――そんな光景を幻視する。


「アーシェラ様。貴女はデイル貴族の者――それも名家の者として、傘下の者の失態について、事態の収拾のために、真っ当な動きをされていたと存じ上げております」


「わざわざ貴公に認められるまでもなく、ガルム家の名に恥じぬよう、これ以上の醜態を晒さぬようにと動いた――そう自負しているわ」


 当然だと言わんばかりに、アーシェラはそう断じる。


 失態はないに越したことはない。だが、人が真に試されるのは、失態の後。それを挽回しようと動く時だ。


 それを彼女は正しく理解していた。己の一時の感情よりも、優先すべきことは山ほどにあるのだと。


 もっとも、道化に対しての一連の怒りについては、今は横へ置き、見なかったものとする。


「ええ。だから読みやすいんですよ。これまでの慣例、常識に沿って動く者らは、次にどう動くかを、親切丁寧に教えて回っているようなもの」


「……」


 リオンは知っている。デイルの貴族社会が、貴族家の者らが、いつ、どのように押せば転がるのかを。


 他でもなく、我が身で経験済みだ。


 そういう手を使って来る連中にとっては――〝常識〟の範疇でしか動けない者など、ただの獲物でしかない。


 いとも容易く罠へと誘導され、あとは仕留められるのを待つだけ。


「確かに、恥知らずで野蛮な襲撃など想定していなかったわ。でも、それがどうしたと? 〝悪しき慣習〟を無視し、感情のままに報復合戦をしろと? わざわざそんな忠告を与えるために、貴公は我が傘下の者らを闇討ちしたとでも言いたいの? 馬鹿馬鹿しい……」


 アーシェラからすれば意味が分からない。


 動きが読みやすい? 次の動きを吹聴しているのと同じ?


 だからどうだというのか。常識や慣例に従うのは、ある意味ではデイル貴族の義務だ。それらを無視すれば、国は成り立たない。


「私は、別にアーシェラ様の在り方を否定したいわけではありません。ただ、王立魔導院という〝揺り籠〟の中であっても、()()()()()()()()()()()()()……と、そうお伝えしたかっただけです」


 妖しき仮面の君は、静かにそう告げる。まるで、本心から貴女を心配しているのだと言わんばかりに。


「――ッ!?」


 今。この瞬間だ。


 内に秘めたる獣の如き本能が――屈してしまった。


 アーシェラは、今こそ、目の前にいる仮面の少年に怖気(おぞけ)を抱いた。


 ようやくに視えた。おそらく、相手がそう仕向けた。そうしてもらわなければ、()()まで気付かなかったというのが……彼女にはどうしようもなく分かってしまった。


「――き、貴公……は……ッ……!?」


 声が震える。気付いてしまった以上、もう無理だ。


 彼女はその場を動けない。その深き紫の瞳には、驚愕と恐怖が混じりて宿る。


 常識、慣例、立場、義務……そして、揺り籠に油断。


 妖しき仮面の言い分は、まさにこの瞬間のためにあった。今の状況を示唆していた。


「? アーシェラ様……?」


 主の異変に気付いたアヴァン。当然に声を掛ける。当然に主の様子を確認しようと動く――動こうとする。


「動くなアヴァンッ!! 他の者もだッ!! 誰一人として、その場から一歩も動くなァッ!!」


「ッ!?」


 恐怖を噛み殺し、アーシェラは吠える。皆に警告を発する。


「――賢明なご判断です。同時に、見事な胆力でもありますね」


 それは紛れもなく本心から。リオンは、アーシェラの気付きと咄嗟の行動を讃える。


 妖しき仮面の少年の周囲には、この応接間には、すでに魔力によって編まれた極々細い糸が張り巡らされていた。


 そして、アーシェラをはじめ、この場にいる者らの身も――すでに全身が糸に絡みつかれている。


 その命を握られている。



 ◆◆◆

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