第3話 気付き
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奇抜な仮面を着けた新入生。
その存在はそれなりの話題になった。
廊下を歩けば視線を集める。教練に出れば、ひそひそと声が交わされる。食堂へ行けば、遠巻きに距離を置かれる。教師の中にも、あからさまに顔をしかめる者までいた。
だが、人というものは慣れる。
どれほど奇抜なものでも、毎日のように目にしていれば、それは次第に日常の一部となる。ましてや、王立魔導院に集まる者たちは、良くも悪くも他者への評価が厳しい。
自分がどれほど優秀なのか。誰と繋がりを持つべきなのか。どの家が、どの派閥がどこと繋がるのか。
誰が将来有望で、誰が落ちこぼれなのか。
気にすべきことが多い。
特に、格上の上位者からの誘いについては、即断即決が求められる場合もある。
地方貴族の養子が仮面を被っていたからどうだという話だ。いつまでもそんな些末なことを気にしていられない。
「……あれ、そういえばあの仮面――」
「ん?」
「いや……なんでもない」
視界には映る。慣れた。特別な異物という評価は薄れ、ただの風景と化していく。
たまに話題に上ったとしても……
「――今日も仮面か」
「あいつが仮面を外したところを見たことがあるやつはいるか?」
「さあ? 食事のときも付けてるらしいぞ」
「……あそこまで徹底してると、逆に感心しちゃうわ」
そんな話が交わされる程度。
リオン・バリアード。
奇抜な仮面を着けた男爵家の養子。
初級課程に所属する、さほど優秀でもない魔導士。
少々変わったやつ。
周囲からの彼の評価は、そんなところへ収束していく。
「――では次。バリアード」
「はい」
演習場にて、指導教師から名を呼ばれ、リオンはその場で立ち上がる。
定例の課題。指定された術式を展開し、魔力を流すというだけ。
腹の辺りで両の手の平を上に向け、少し前へ差し出す。それはまるで見えない荷物を受け取るかのような構え。
間を置かず、構えた両手の真ん中あたりに淡い光球が生まれる。魔力の凝集だ。
集った魔力は、構成された術式に沿って広がり、ゆっくりと循環していく。
ただし、その術式構成や魔力循環は、特別に早いわけでも美しいわけでもない。
魔力の凝集や伝達も平均を下回る。遅い。
制御に関してはそれなり。術式をなんとか維持しているという様子が見て取れる。
「……よし。そこまででいい」
「はい。ありがとうございました」
教師の合図と共に、即座に魔力が途切れる。展開されていた術式もあっという間に霧散する。
まるでなにごともなかったかのように。
「……(――こいつ、やはり……)」
さっさと腰を下ろすリオンに対して、教師がわずかに訝し気な視線を投げるが……すぐに次の生徒を指名する。
それだけ。
以前なら、リオンが術式を展開するだけで周囲の視線が集まった。
『大仰な仮面を被っているのは、その未熟な実力を隠すためか』
そんな風に嘲笑されたものだ。
しかし、今では誰も気に留めない。見慣れてしまった。風景の一部に紛れた。
それでいい。
「(――順調だな)」
仮面の奥で、リオンは薄く笑う。
目立つ。そして、目立たなくなる。自分という存在を、魔導院にとってのありふれた異物にする。
珍しい。奇妙だ。だが、害はなさそうだ。実力も見た目ほどじゃない。特になにをするわけでもない。
そう思わせる。
「(――なにも派手な見世物になるだけが道化というわけでもない)」
擬態。
リオンはせっせと仕込みを続けている。
もちろん、皆が皆、その表面上の擬態に騙されるわけでもない。喰い付くために残している隙に気付く者もいる。すでに教師陣の一部は気付いている。
「……妙ね」
演習場の隅。初級課程の様子を眺めている者たちがいた。
ポツリと呟いたのは、深い紫色の髪と瞳を持つ少女。
「なにがでしょう?」
横に控えていた、少女よりも少し年上と見られる少年が即座に反応する。問い掛ける。
「あの〝仮面〟……魔力の編み方は無様なのに、術式を解く際は早い上に綺麗なのよ」
少女は端的に説明する。妙にバランスが悪いと。
「それは……単に流していた魔力が少なかっただけでは?」
「ええ。確かにそのようにも見えた――」
そう言いながらも、彼女の疑念は消えない。
深い紫色の瞳が、再び演習場へと向けられる。目鼻立ちのはっきりした顔立ち。その眼光には、同年代の少女が持つ柔らかな可憐さよりも、凛々しい鋭さが宿っていた。
「気になるようでしたら、少し調べますか?」
疑念を察したのか、また別の少年が進言する。
「……そうね。誘われているようで癪だけど、一度あの〝仮面〟とは話をしてもいいかも知れない」
軽く考えた後に、少女は進言を受け入れる。どこぞの道化が撒いた餌をつつく。
「承知いたしました、アーシェラ様」
右手を胸に添えながら、軽く頭を下げる少年。それは上位者への簡易的な礼法。
アーシェラと呼ばれた少女は、慣れた様子で鷹揚に頷く。
彼女のその胸元には、狼を模した意匠の刺繍。
それは王都でも名の知られた――ガルム伯爵家の紋章。
◆◆◆
〝貴族〟という枠組みが同じであっても、そこには当然に序列がある。特に今の魔導院には、格上の大貴族家の者らがひしめき合っており、通常時よりも派閥の影響は強い。
貴族社会の序列を持ち込んだ上で、魔導院にて新たな序列を作ろうと躍起になっている。
故に場所が魔導院であっても、上位者はごく自然に派閥の下位者らに命じる。〝いつも通り〟に。
しかし、命じられた下位者は〝いつも通り〟というわけにもいかない。
なにしろ、下位者といえども普段は命じる側だ。にもかかわらず、この魔導院には、皆が皆、自家の侍従、使用人という〝手足〟のすべてを持ち込めているわけじゃない。
どうしても自分たちで直接動く必要が出てくる。慣れない動きをせざるを得ない。
その結果――
「は、ははは……どうやら僕は、魔導院という場を少し買い被っていたみたいだよ、ミア殿」
力なくそう漏らすのはノエル。ほんの少し前に笑い飛ばした状況が、現実のものになりそうだ。
「〝だから言ったでしょう〟……などとは私も言いたくありませんが……」
ミアもいる。二人とも連れて来られた。強制的に。
ガルム家に従う者らが〝仮面〟を調べるにあたって、まずはじめに目を付けたのはバリアード家の者。
それ自体は順当ではある。そもそもの責任者はバリアード男爵家なのだから。
ただ、彼らの取った手段が問題。
それは順当とも、穏当とも言えないもの。
「――無駄口を叩くな。さっさとバリアード家の養子である、例の〝仮面〟の出自や来歴を教えろと言っているのだ」
ノエルは今、ガルム家に付き従う貴族家の者らに囲まれている。早い話が『ちょっと顔を貸せ』という連れ去りだ。
彼らにとっての〝調べる〟というのは、強権を伴う尋問でしかなかった。それ以外の手を……普段、自らの手勢が行っている細々とした手立てを、まるで知らなかったともいえる。
そして、上位者であるアーシェラ嬢は、自身の命令がどのような結果を招くかを深く考えていなかった。あくまで〝いつも通り〟。ここが王立魔導院であることを失念していた。
「いえ……そう言われましても、お聞きされた内容は彼とバリアード家との契約上の守秘事項です。もともと僕は詳しい話を聞かされていませんし、たとえ知っていたとしても、リオンの許諾がない以上は応じられません」
ノエルの言い分は当たり前のこと。いかに相手が出自不明の怪しい仮面の人物であろうが、貴族家がその名で契約を取り交わしたのだ。一方的に契約を違えることなどできない。
平民をはじめとした格下相手に、無茶な契約を迫るという恥知らずな蛮行も横行しているが、あくまでも契約には誠実であれ。
それはデイル王国の貴族社会にあっても常識の範疇だ。
だが――
「契約については分かるが、今はガルム伯爵家のアーシェラ様がご所望なのだ。まさか、ガルム伯爵家を知らぬわけでもないだろう?」
「そうだ。別にここで聞いた話を、そこらで吹聴するわけでもないと言っているのだッ! 我らが信用ならないのか!?」
――この場では通じない。むしろ、相手側の反感を買うだけ。
片田舎の地方貴族。魔導院へ血縁を送り込むこともできない規模。契約による養子に頼る弱小。
そんな家の者が、こちらの言い分を聞かない。そんな状況に尋問側は苛立っていた。
「いえ、もちろん、ガルム伯爵家は存じ上げていますし、そんな御方が、勝手気ままに秘密を吹聴するとも思っていませんが……やはり契約は契約なので……」
一方のノエルは、言葉を変えて同じ内容を語る。
『無理なものは無理』だと。相手側が納得しないだろうことも理解した上で。
次の瞬間。
小さく魔力が弾けた。
初級課程のノエルには、その術式自体は認識できなかったが、結果はありありと見えた。
床の一部――ノエルの足先のタイルが、音を立てて割れる。
「――悪いがよく聞こえなかった。もう一度、答えてもらえるだろうか?」
苛立ちを抱えたまま、さっさと答えろと圧を掛ける。
典型的な暴力による脅し。
「……」
一方のノエルは思わず言葉を失う。それは恐怖によるものではなく、どちらかと言えば失望や呆れ。
地方貴族であるバリアード男爵家。片田舎のバリアード領。
そこで生まれ育ったノエルは、力を持つ中央貴族への羨望や憧れというものを勝手に抱いていたのだが……目の前にいる者らの振る舞いは、それらにはほど遠い。
あくまで同年代の未熟な者らであり、ほんの一部の例でしかないだろうが、ノエルの抱いてた羨望が失せるには必要十分だった。
「――では、改めて申し上げます」
胸の内の喪失を表に出さずに、ノエルは前を向く。浅はかな脅迫者どもを見据える。
「ふっ。分かればいいのだ」
「さぁ、さっさと話すがいい」
傲慢なる下位者はもちろん気付かない。
「何度問われようと、バリアード家が契約を交わした以上、僕からはなにも答えらえない。はは。まさか、中央の貴族が契約の重さを知らないなんてね。知らなかったよ」
軽く笑い飛ばす。
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その日、栄えある王立魔導院にて一つの事件。
新入生同士の争いが起こり、重傷者を出した。
残念なことに、〝選ばれて来た者たち〟は、思いの外に短慮だった模様。
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