第2話 目立つ
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森を切り開かれて建造された王立魔導院は、何度となく行われた改修により、今となっては広大な敷地を有している。
その中にはいくつも施設がある。
魔術の講義を行う学舎。
魔導具の研究施設。
膨大な蔵書を誇る大図書館。
実技訓練を行うための演習場に、軍役に就いた者が使う特殊な練兵場。
あと、真偽不明ながら……要人のための秘密の抜け道や避難施設に、魔導の深奥を解き明かすためという大義名分のために、口に出すのも憚れるような実験を行う秘密施設まであるのだとか。
一部に真偽不明な噂話も交じってはいるが、王立魔導院というのは、貴族子弟らが魔術を学ぶ場であるのは間違いなく、規定の訓練課程を修了した者らは軍役に就くことを前提としている。
そのため、王国内はもとより近隣諸国と比べても、その設備や指導者の力量は屈指のもの。
魔導における最高学府だ。
それ故にか、主な在籍者は貴族子弟でありながらも、魔導士を志す多様な人材が集う場でもある。
当然ながら、奇抜な方向性で目立つ者もいた。
そして――リオン・バリアードもまた、早々にその一人となった。
「……なんだ、あれは?」
「仮面?」
「仮面だな」
「なんで仮面を被ってるんだ?」
石造りの回廊を歩いているだけで、あちこちからの視線を感じる。ひそやかな声を拾う。
「(――少々視線が鬱陶しいが、悪目立ちという点では順調だな)」
名だたる貴族家の子弟や、密命を帯びて送り込まれた者たちがひしめく魔導院にて、目立つだけなら容易かった。
額から鼻先までを覆う、道化師を思わせる奇抜な仮面。
それだけで十分だった。それを装着して歩くだけで。
「――あれは……バリアード男爵家が用意した、徴兵用の手駒だとか……」
「なら責任はそのバリアード家だろ。田舎貴族は、手駒の制御もできていないのか?」
「ふん。単にこの魔導院を、低俗な見世物小屋と勘違いしているか――」
リオンは一種の盲点を突いた。
魔導院にいる貴族子弟の多くは、他者からどう見られるかを強く意識している。
だからこそ――目立つためだけに目立とうとする者など、最初から想定されていない。
もちろん、格上の貴族子弟に取り入るため、魔導院に在籍する間に自らを積極的に売り込む者は珍しくない。むしろ、それを可能とするのが徴兵の利点でもある。
ただし、それは才を、実力を示すという暗黙の了解の下でだ。
時には目当ての相手を籠絡するような、品のない手を使う者らもいる。だが、それですら、才や実力を伴っているのが前提だ。
たとえ大貴族からの目に留まるためとはいえ、奇抜な風貌で耳目を集めるなど、品や慎みがなく卑しいだけ。唾棄すべき手段。
まともな貴族子弟ならば、そのような考えに思い至ることすらない。
そんな貴族子弟の生態を知るが故に、成り上がりを狙う新興貴族家や、契約によって駒となっている者たちですら、下手に実行に移したりはしない。
これまでは。
「(――さて。これであっさり誰かが喰いついてくれれば楽なんだが……)」
一度目にすれば絶対に忘れられない異形の姿は、狙い通り周囲からの好奇と蔑視を集めている。
しかし――
「ふふ。いじらしいじゃない? 徴兵の駒でしかない者が、必死に声が掛かるのを待ってるだけでしょう?」
「哀れなものだな……いつまであの仮面を付けて平然としていられるのやら……」
注目を集めて目立つことと、実際に誰かが接触してくることはまた別の話。
周囲の者らも気付く。
奇抜な風貌で注目を集め、格上の貴族子弟から声が掛かるのを待つ――そんな恥知らずで姑息な一手だと。
そんな稚拙な策に、高位の貴族子弟らは乗ったりはしない。
わざわざ奇人に近寄る必要もない。
「バリアード家からは、ちゃんとした血縁も来ているんだろう? なら、特段気にするほどでもない」
契約による養子。バリアード男爵家が用意した徴兵用の駒。
それだけ。その情報があれば必要十分。
なにしろ、高位貴族の多くは、冬場に来られるルーク王子への接触を目的にしている。すでにそのための派閥固めもはじまっていた。
バリアード家自体が、王都の社交界において名を馳せるわけでもなく、特別な魔導士を立て続けに輩出している家柄でもない。
そんな家から送り込まれた、奇妙な仮面の少年。
関わる理由がない。
また、王立魔導院の教師連中にしても同じ。
気にはなっている。だが、触れない。
『奇抜な仮面を付けてはならない』
そんな規則もない。
ここは触れたら負けだと言わんばかりに、皆があえての無視を決め込んでいる。
「(まずは様子見か。悪目立ちをする恥知らずに、いきなり絡むような真似は流石にしないか……だが、連中の視界には入ったはず)」
リオンにとってはそれも想定の内。
彼のやることに変わりはない。
餌を撒く。牙を研ぐ。
◆◆◆
奇抜な仮面を着けた新入生がいる。
そんな噂が広まるものの、魔導院の日々は淡々と過ぎていく。
魔導士を養成する機関ではあるものの、基本的に、ここへ送られる者たちは、ある程度以上の魔術を扱えるのが前提だ。
知識や教養にしてもそう。
手取り足取り、懇切丁寧に、一から魔導士を育成するというわけでもない。
座学にしろ、演習にしろ、一定の能力が認められた者は課程を飛び越える。
つまり、入学時期が同じというだけで、皆が横並びで教練の場に揃うということは少ない。
能力や技術にばらつきのある一年目などは、特にその傾向が強くなる。
「あの仮面、座学の教練にも律儀に参加しているそうだな」
「考査では初歩的な魔術が使えるだけだったと聞いた。やはり、見た目だけの虚仮威しだったか」
「まさに道化。あの仮面は我が身を現してたというわけね」
そんな声が漏れ聞こえてくる。広まっていく。
そうなると、当の本人よりも肩身が狭くなる者がいる。
「……ふぅ。まぁ目立つのは仕方がないと、暗に認めてしまっていたからなぁ」
リオンに直接は言う者はいない。養子として魔導院へ送り込んだ、バリアード家の者に嫌味の乗った当て擦りをするだけ。つまるところ、ノエルにしわ寄せが来る。
「重ね重ね申し訳ありませんね、ノエル様。私自身、こうもあからさまに避けられるとは思ってもみませんでした」
謝罪と反省を口にするものの、その口調は軽く、さらには嫌らしい笑みを浮かべた仮面姿のままときた。
ノエルからすれば、その言葉が本心からのものだと受け取る要素はない。まるで『思ってもみなかった』という味がしない。
「いけしゃあしゃあとよく言うよ。どうせこの状況も想定していただろうに……なんでわざわざ僕と同じ初級の教練課程を選ぶんだよ? リオンを養子にしたバリアード家の目が、まったくの節穴みたいになるじゃないか……」
「はは。いえいえ、こんな奇抜な見た目ですからね。まったく見知らぬ者らの教練に参加するのはどうにも心細くて……」
「本当にどの口が言ってるんだか……」
呆れながらも、諦めが上回るノエル。魔導院でのリオンの振る舞いを、バリアード家側から縛ることはできない。そういう契約になってしまっている。ノエルにできるのは、こうして苦言を呈するに留まる。
リオンはノエルと同じく、初級となる教練課程へ参加していた。
もとより知識量・技量的にも妥当なノエルはともかく、リオンは教師たちが設定する教練の目標を、絶妙な具合で下回っていた。参加する課程のすべてで。
能力・成績に突出したものはない。満遍なく目標値の少し下。
それでいて、決して大きな失敗をしない。
条件を変えれば結果も変わる。だが、その結果はやはり目標値の少し下に収まる。
一度や二度なら、偶然で済む。
しかし、それが座学でも、実技でも、魔力操作でも……すべてにおいて続くとなれば、話も変わってくる。
奇抜な仮面姿とは裏腹に、常に落ち着いた振る舞いを見せてもいる。
まだ魔導院に来て日も浅いが、流石に一部の教師は違和感を抱いていた。意図的な操作ではないかと。
「――言いつけ通り、ノエル様に近付いて来る者への警戒はしていますが……直接的に危害を加えるような接触はありません。今のところ、リオン様への苦言や嫌味だけです」
リオンに任せたままだと話が進まないため、ミアが経過報告を挟む。彼女の役割には、ノエルの護衛も含まれていた。
「あぁ、悪いなミア。なんにせよ一先ずはよかった。ノエル様相手に、いきなり刃傷沙汰を起こすような輩は流石にいないか。それに、周囲だって徐々に分かってくるだろう。バリアード家にも事情があることくらいは……」
リオンは軽い口調でミヤの報告を受け止める。ノエル向きに。
その内心は逆だ。彼はこの魔導院で刃傷沙汰が起こるのを想定している。警戒を緩めない。
「まったくだよ。周りには賢明な判断をしてもらいたいね。そりゃ特殊な事情がなければ、バリアード家だって、こんな仮面の不審人物と好き好んで養子契約をしないよ……普通に考えれば分かってくれるだろうけど……」
実のところ、ノエルとて今のような状況は想定していた。そもそも、ノエルやバリアード家が、一時の不快や不名誉を被るのも契約の範疇。
リオンとバリアード家との関係が、ただの契約養子以上の事情があってのことだと……しばらくすれば周囲も察するだろうとノエルは考えていた。貴族社会の常識として。
「――ですが、たとえ貴族子弟であろうと、皆が皆、分別を弁えているとは限りません。警戒するに越したことはないかと」
「ん? ――ははは、ミア殿。流石にそれは心配のし過ぎでは? ここは王立魔導院で、仮にも選ばれて来ている者たちが大半なんだから……」
ノエルは知らない。知らされていない。
〝今〟の王立魔導院には、これまでの常識では測れない連中が紛れていることを。――そして、これからもここへ入り込んでくることを。
「(――いや、ここが魔導院だからこそ警戒が必要なんだよ、ノエル様。第一王子の死亡により、〝あっち〟とは違う出来事も多くなっているが……それでも、〝ジュディ〟たちは必ずここへ来る――必ず……!)」
リオンは知っている。忘れていない。
この先の魔導院で起こる出来事を。その可能性があることを。
軽薄な笑顔を見せる道化の仮面。
その下には改めて宿る。
レイナスの冷たい覚悟が。
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