第2話 王立魔導院
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黙々と勉学に励む。魔術の修練に勤しむ。常に研鑽を怠らない。
それが周囲の声を振り払うためのものだと、皆も薄々気付いていた。
誰も近寄れない。立ち入れない。当の本人がそれを望んでいないのが、分かり易いほどに滲み出ていたから。
「レイナス殿下。少しお疲れではないですか?」
ただ、たとえ周囲の腰が引けても、踏み込む者もいた。
翡翠の瞳を持つ少女。面差しにはまだ幼さが残るが、その整った顔立ち、美貌は、すでに多くの者が認めるところだろう。
「……アリア殿。なにを根拠にそんなことを?」
周囲に気を遣われた結果として、誰もいなくなった訓練室にて、魔術の構成を編んでいた少年――レイナスが、若干以上の不機嫌さを醸し出しながら問い返す。
「術の構成は完璧でしたが、魔力に揺らぎがあったように見えました。本調子の殿下であれば、そのようなことはなかったはずです」
躊躇うこともなく、アリアは即座に応じる。根拠を示す。
〝今の貴方は、根を詰め過ぎて疲弊している〟と突き付ける。
「――はは。相変わらず、はっきり言ってくれるな……アリア殿は」
自身の不調を自覚していたレイナスは、アリアの実直な物言いに思わず毒気を抜かれる。
「私は、ただ見たままの感想を述べただけです」
一方のアリアはそのまま。
「それがはっきりしていると言っているんだが……」
「殿下がご無理をされているのは分かっていますから」
さらりと重ねる。淡々とした口調ではあるものの、その声色には、レイナスの身を案じる色も交じっている。
腫れ物に触るような扱いに終始する周囲のその他大勢とは違い、アリアはレイナスの側に立つ。
それは婚約者としての役割、振る舞いとしては当たり前と言えるが、それでも彼女は、肩書きや取り巻く環境ではなく、レイナスという人物そのものを見ようとしていた。
「無理をしている――か。だが、俺はそれでも無理をしなければならない。なにもしなければ、ルークとの差が開く一方だ……」
神聖暦480年。
レイナスとアリアが王立魔導院へと来てから半年ほど。つまり、あと半年ほどもすれば、異母弟であるルークが王立魔導院へ来る。
申し子たる第二王子と劣等なる第一王子。
そんな構図をレイナスは恐れ、少しでもルークより優位に立てるナニかを、ただひたすらに、がむしゃらに求めていた。
そして、改めて思い知らされることになる。
『努力では埋まらない才だからこそ、〝申し子〟と呼ばれる』という現実を。
この時のレイナスは、まだそれを知らない。
決定的に道を踏み外す前。
「殿下。そうまでして、ルーク殿下を気にされる必要があるのでしょうか?」
「……ふぅ。アリア殿はなにが言いたいんだ?」
指摘を受けても、それを聞く姿勢がまだあった。
「確かにルーク殿下は申し子であり、魔導士として、遥かな高みを目指せる素地があるのは間違いないかと思います。ですが、レイナス殿下がそれに張り合う必要はないのでは? 王の資質というのは、魔導士としての才がすべてなのでしょうか? ――僭越ながら、私は決してそうではないと考えます」
淡々としながらも、どこか詩を唄うようにアリアは告げる。己の考えをレイナスに語って聞かせる。
「……魔導大国を標榜するデイルにおいて、魔導士としての才が優遇されるのは、アリア殿とて承知のはずでは?」
「はい。当然に承知しております。ですが、当主の選出ともなれば、決してそれだけでは済まない現実もあるかと。比較するのも不敬ですが、我がローゼイン侯爵家においては、我が父ゼンガーよりも、叔父シルトスの方が魔導士としては優秀だと聞いております。しかし、当主となったのは父です。父と叔父の間には、魔導士としての才の差よりも、それ以外の能力による差の方が大きかったそうです」
政略による婚約。ローゼイン侯爵家には目的がある。その目的のために、アリアも身を捧げる覚悟がある。
彼女はレイナスを一人の人間として見ようとしていたが、冷静な計算としては、申し子たるルークが王位継承を果たすだろうことも理解していた。
それでも、当時のアリアはレイナスを支えることを選んだ。支えようとした。
目の前の王子が、ふと消えてしまいそうな……そんな漠然とした危機感を抱いていたからこそ。
だからこそ、王位を継ぐことと、隔絶した魔導士であることは、それぞれ別の話なのではないかと諭す。
「――確かにそう考えることもできる。いや、むしろそうであるのが健全だとも思う。魔導士としての優秀さが、人格や政治力に直結しているわけじゃないのは俺にだって分かっている」
道を踏み外す前。決定的に壊れる前。
「殿下。それでは――」
「――だが、それはあくまでローゼイン侯爵家の話でしかない」
「ッ!」
静かな声色ではあったが、そこには冷たい断絶が横たわる。
アリアは見た。
レイナスの瞳の奥に燻る、昏い昏いナニかを。
「俺とルークは……違う……ッ……!」
まだ、決定的に壊れる前。
だが、壊れていないわけでもない。
◆◆◆
王立魔導院。
それは魔導大国を標榜するデイル王国における、魔導技術の研究機関であると同時に、貴族子弟を対象とした徴兵機関でもあった。
また、さらには貴族子弟の社交の場という意味合いも。
魔導士を養成するだけならば、各貴族家は教師らを招くだけのこと。法による縛りとはいえ、王立魔導院に人材を送り込むというのは、貴族家側にも利があったからこそ。
通常の社交であれば、決して交わらない者らとの接触。
魔導院を修了した後の軍属にしても、その際にできる横や縦の繋がりというのは、後々に役に立つこともある。
だからこそ、余裕のある貴族家は、多少の無理を押してでも血縁の者を送り続ける。
一方、余裕のない貴族家は抜け道に頼る。
結果として、各貴族家の力関係の差が徐々に開いていくという。
もちろん、バリアード男爵家は後者。余裕などない。
「街中の喧騒も驚いたけど……ここが王立魔導院か。学院の設備以外は、本当に周囲になにもないんだな……」
華やかなる王都の姿を見たのち、ノエルが目にしたのは郊外に置かれた、壮麗なる建造物の数々が突き出した……森だ。
「ここら一帯の地下には、魔力の地脈が存在すると伝えられているそうです。偉大なる先人らが森を切り開き、魔導院を設立したものの……やたらと木々の成長が早く、放っておくと数年で森に飲まれるらしいですよ」
「王都の土地不足がどうのって聞いたけど、ここらは使い物にならないというわけかぁ……」
「まぁ維持が困難ですし、そもそも普通に禁止されていますよ」
王立魔導院のちょっとした逸話をノエルに披露するリオン。
奇妙な仮面の少年が、ごく普通の雑談をしている様子は、他者からすればかなり異質に映るだろう。
「――お二人とも。馬車から荷を下ろしますが、よろしいですか?」
ただ、慣れた者からすれば、仮面がどうのよりも、今は漫然と雑談をしていることに意見がある。
「あ、あぁ、これはミア殿。気付かずにすみません」
声に反応したのはノエル。振り返った彼の視線の先には、亜麻色の髪を短めに整えた、ミアと呼ばれた少女の姿。
くりっとした大きな瞳を含め、その顔立ちはどこか愛嬌を感じさせるもの。
「――ノエル様。何度となくお伝えしていますが、私のことは呼び捨てで構いませんよ?」
「い、いや、契約で養子となったリオンはともかく、ミア殿はバリアード家が雇っているわけではない以上、線引きはしておかないと……」
貴族子弟ではあるものの、雇用関係には妙に生真面目なノエル。平民どころか、出自さえ怪しい者に対しても丁寧な態度を崩さない。
「そういうものですかね? ミアは私の侍従ですし、回り回ってバリアード家に雇われているようなものでしょう?」
ちなみに、名義上の兄弟で、ごく普通に呼び捨てにされているリオンも疑問には思っていた。
「ふぅ……今さら二人の来歴がどうのとは言わないけど……貧乏な地方貴族はこういうのを気にするんだよ。雇用関係を曖昧にしたままだと責任の所在が分からなくなるだろ? バリアード家としては、事故などが起きた際に、ミア殿の賠償にまで金は出せないという……苦し紛れな言い逃れの一種さ」
苦笑交じりで説明するノエル。本来であれば『こんな情けない事情を説明させないでくれ』というところだが、二人がその辺りの事情に疎いということは、そう長くない付き合いのノエルも理解していた。
バリアード家との契約により、〝リオン〟の来歴については触れないことになっているが……ある程度の推察はできようというもの。
少なくとも、金の問題でそこまで困ったことがない者。いわんや、その侍従であるミヤも。
牧歌的な片田舎の男爵家の第三子というノエルであっても、リオンとミアが、バリアード家よりも格上の所属だったのは察していた。
「――なるほど。バリアード男爵家では、そんなことまで気にするのが普通というわけか」
「魔導院での振る舞いの際には、気を付けないといけませんね」
まるで悪意なく、通常の温度感で実家を貶めるリオン――と、その侍従のミア。
「(……こういう自然な不遜さが、妙な不穏を感じさせるんだよなぁ。しかも、ミア殿もまるで気にしてないし……っていうか、振る舞いがどうとかより、まずはその仮面じゃないの?)」
慣れはしたが、内心では色々と思うところのあるノエル。もっとも、バリアード家の苦しい事情を助けてもらっているという負い目もあるため、決して口には出さないが。
◆◆◆
王立魔導院は機関の特性上、貴族やそれに類する者らが詰めており、出入りも監視されている。
徴兵組の貴族子弟にしても、基本的には宿舎での生活だ。
生活上の不便がないようにと配慮はされているが、そこまで手厚くはない。気に入らなければ自前で使用人を用意しろというもの。
大貴族などであれば、宿舎の一棟を丸ごと借り上げていたりもする。
もちろん、バリアード男爵家は割り当てられた宿舎に粛々と入るのみ。
ただし、いかに同じ家の者であっても、それぞれが個室の宿舎を選べる程度の自由はあった。
「――さて、一先ずは中へ入れたな」
宿舎の部屋の中に立ち、そう零すリオン。応接間と寝室、洗面に浴室が備え付けられただけであり、貴族の邸宅と比べるのは酷だが、生活上の拠点としてはまずまずというところ。
「それにしても……当たり前と言えば当たり前ですが、やはりその仮面は、かなりの不審を集めていましたね」
狭くはないが広くもない応接間にて荷を解きながら、淡々と当たり前の意見を口にするミア。
「これも一つの手段だ。周りだって、一度目にすれば忘れないだろうさ。――ま、ふと我に返ると気恥しくなるが……」
道化師を模したかのような、目元と鼻先を覆う仮面。
リオンとしては、魔導院へ潜入し、当たり障りなく過ごすことが目的ではない。よくも悪くも、他者の耳目を集めるのが第一段階だ。
これまでの潜伏は目立たないことこそが重要だったが、これからは違う。
バリアード男爵家が用意した徴兵用の駒。契約による養子。
そんな当たり障りのない立場だけでは意味がない。
「そうですか? 私からすれば、リオン様はかなり乗り気なように見えますよ? そのあからさまにダサい仮面」
気恥ずかしいなどと口にする割には、このような室内でも仮面を付けたままなのだ。ミアからすれば、その美的センスに共感はない。主であるリオンの方を見もせず、てきぱきと荷解きを続けている。
「……まったく。ここ最近はさらに遠慮がなくなってきたな」
主を気にする風でもない侍従に苦言を吐くリオン。
「はい? 一体誰の所為でこうなっていると? ふぅ……なにが〝新しい人生を与えてやる〟なんだか。やってることは前と変わらないじゃないですか……」
リオンの言葉通り、遠慮なく文句を付けるミア。そこには慣れ親しんだ空気感と同時に、どこか諦めた風の雰囲気もある。
「契約不履行は申し訳なかったが……状況的に仕方なかったのは、ミアだって分かってるだろ?」
「はいはい。このあとはノエル様の荷解きもあるので私は行きますね。お一人で思う存分、そのダサい仮面を満喫してくださいな。あ、着替えの一式はこちらの棚に入れておきますから……」
主従ではあるが、そこに遠慮はない。
死線を超えた先で、選択肢を選べなかったままの少女。密偵。
覚悟を決めて戦いに挑んだが、気負い過ぎていたことを自覚した少年。大罪人。
新たな舞台で、それぞれの戦いは続く。
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