第1話 リオン・バリアード
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バリアード男爵領。
名の通り、バリアード男爵が領主として治めている地だ。
王都からそれなりに距離はあるものの、辺境地というほどに遠く離れてもいない。
特別な産出物もなく、農業や畜産、林業を生業とする村々があり、それらをまとめる、交易地としてのいくつかの街があるくらいであり、デイル王国の領地としてはごくごく平凡な領地といえる。
バリアード男爵家にしても、領主としての任をつつがなく遂行しており、領地の歴史を振り返っても、統治上の大きな問題もない。
領民からも、特に強い反感を向けられることもなければ、ことさらに慕われるほどでもないというところ。
一応は領地持ちの貴族ではあるものの、デイルの貴族社会においては、特に話題に上ることもなく、社交界になんら影響力を持たないという……典型的な有象無象という扱いだ。
当然、そんなバリアード男爵家が、事情によって特殊な養子を迎え入れたことなど……誰も知らない。
貴族家の血統証明など管理する部署の事務官が、手続きの処理をしたことを僅かに覚えているくらいか。
しかしながら、デイル王国は、遠からず知ることになる。
養子として迎え入れられた、リオン・バリアードという者の名を。
その覚悟を。
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「特になにもない日なのに……本当に賑やかだ。当たり前だけど、片田舎の男爵領とはまるで違うなぁ」
感嘆によるため息と共に吐き出された呟き。馬車に揺られながら、どこか牧歌的な匂いのする声。
「はは。この辺りは馬車通りですからね。露店なども多いし、人々が行き交うようにと整備されているんです。王都のすべてが、ここまで賑わっているというわけでもありませんよ」
どこか慣れた風でそう応じる声。向かいに座る者から。
王都の様子を馬車の中から見やる。
馬車がすれ違えるだけの広さで整備された石畳の道。にもかかわらず、そんな広さを感じさせないほどに人々の往来が多い。
道の傍には露店だけでなく、商店なども立ち並んでおり、市場のようにもなっている。
「――そう言われてもなぁ。そもそも街並みが違うよ。領では、建物がこんなにびっしりと建ち並んでなかったから……」
ゆったりと流れる王都の風景を見やりながら、なおも感嘆の声を上げるのは、生まれも育ちも男爵領であり、王都に来ること自体がはじめてという少年――ノエル・バリアード。
薄い赤毛と茶系の瞳。その面立ちには幼さがありありと残っており、見た目は可愛らしい子という印象がある。
バリアード男爵家の第三子。
「まぁ、確かに建物の造りは違いますね。ですが、王都は土地がないからこうなっているだけですよ。貴族の邸宅がある区域などはもう少し広々としていますが……新興の貴族や平民の富裕層が邸宅を持ちたがり、昨今は貴族区域の土地が切り売りされ、問題になっているとも聞きます」
「へぇ……華やかなる王都は王都で、そんな問題もあるのか……」
馬車の中でそんなやり取りをする二人。
応じる側も、声色からはノエルと同年代だと推察されるが、見た目からは容易に察せられない。
もはやノエルは慣れており触れもしないが、その少年の風貌は異様。
くすんだ金髪が見えるが、誰も彼の髪色や髪形など気にしない。
なにしろ、秘密の舞踏会の参加者よろしく、額から鼻先までが仮面に覆われているのだ。
人目を引くのはまずそこ。どこか道化師を思わせる意匠のその仮面。
リオン・バリアード。
バリアード家へと迎え入れられた特殊な養子。
「――さて、ノエル様。王都の様子に感嘆なされるのはいいですが、これから我々が向かう先は、ある意味では王都にあって王都に非ずです。しばらくは宿舎での生活となり、そもそも郊外なので街中へ出掛けるのにも手間が掛かるそうですから……」
「はぁ……王立魔導院か。僕のような半端者が遣わされるなんて、バリアード家としては恥ずかしい限りだよ。こうしてリオンにも迷惑を掛けてるし……」
これまでのような感嘆によるものではなく、正真正銘のため息を吐きながら愚痴るノエル。
「はは。私としては〝都合がよかった〟ですけどね。――ご協力いただいたバリアード家には、万の感謝を捧げても足りません」
一方のリオンは、大仰な感謝を口にしながら軽く笑う。仮面のままに。
「ふぅ……契約養子を受けてくれたのはありがたいんだけど、いちいち言動が不気味なんだよなぁ、リオンは」
神聖暦479年。
木々が青々と生い茂り、陽射しも強くなってくる時節。
王都を訪れた一団がいた。
貴族を含む一団ではあったが、王都に住む者らは特に気にしない。他にも似たような構成の一団も多く、それらはもはや、王都においての風物詩ともいえる光景だったから。
王都の郊外に設置されている、王立魔導院へ向かう一団の群れ。
現代の魔導大国を標榜するデイル王国においては、優秀な魔導士を輩出するのは国是だ。
特権階級である貴族家に対して、王国は強い圧を掛けている。
王立魔導院へ人材を送り込むというのは、貴族家に課せられた義務の一つ。
当代が現役の間に二人。
最低でも二人に、王立魔導院の課程を修了させよ、優良な魔導士を輩出せよというものだ。
デイルの貴族家からすれば、魔導の才そのものは大きな問題ではない。
魔導士の血統を脈々と継いできたのは伊達じゃない。デイル貴族の本領だ。
ただ、領地持ちの貴族家からすれば、嫡子を王都へとやり、万が一のことがあれば泣くに泣けない。
だからこそ、予備役のような形で、嫡子以外を王立魔導院へ送り込みたいと願うのは、貴族家側からすれば自然な流れだ。
王国としても、貴族社会から強い反発を招くような施策を無理強いするわけにもいかない。
結果として、この王立魔導院送りについては、諸々の抜け道が用意され、黙認されることとなる。
継承権のない養子。王立魔導院への徴兵のために用意する駒。
そんなやり方だ。
まさに〝リオン〟は、バリアード家との利害の一致によりそんな養子となった。
王立魔導院へと潜入するために。
奇しくも、このやり方自体は、とある〝商会〟がデイルの貴族社会へ食い込む手法の一つだったりもする。
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