第6話 サラリア離宮の焼失
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うつ伏せに倒れたシャーニ。
床面に、じわりと血溜まりが広がる。
もう動かない。
そこに残されているのは、命が零れ落ちたあとの虚ろな器だけ。
「……本当に仕留めたのですね」
閉め切られ、暗闇に包まれた貴賓室のホール。
微かな灯りを頼りに、離宮長だった者の亡骸を見下ろしながらミリルが呟く。
彼女も密偵として殺すための訓練を重ねてきた身。戦いの中で、実際に敵を殺したこともある。
それでも、シャーニの死には思うところがあった。
〝未熟ながらも天真爛漫なミリル・バルボアナ〟を指導しつつ、決して見放すような真似はしなかった、厳しくも公正なシャーニ離宮長。
組織の〝上役〟ではあったが、離宮長としての振る舞いや言葉の一つ一つが、すべてが偽りだったとは到底思えない。
「あぁ。心の臓を抉ったからな。――ただ、俺はシャーニの命を奪ったが、勝ち負けで言えば間違いなく彼女の勝ちだ。シャーニは徹頭徹尾、ダリジャン一派への忠義を貫いた」
黙礼をしながら、レイナスは勝者への深い敬意を表する。
「忠義を貫いた勝者――ですか。ふぅ……シャーニ様は、自らの意思で、自らの歩む道を選んでおられた……選ぶことができたのですね」
自分の意思で選んだようにと仕向けられ、騙され、信じていた両親に売り飛ばされただけという自分の境遇と比べてしまうミリル。
少なくともミリルは、組織に対して、死を賭してまでの忠義などない。死にたくない、生きるため、他の生き方を知らないから……という、あまりにもあまりな理由しかないのだ。
なんなら、心の奥底では、選ぶことができたシャーニへの嫉妬すらある。
「選択の自由がどこまであったかは知る由もないが……シャーニは自らの死ですら、組織のためにと捧げていた。善悪の区別や詳しい事情はともかく、その忠義は正真正銘の本物だよ」
ミリルの持つ微かに仄暗い感情を察しながらも、レイナスはシャーニを称賛するに留める。
レイナスにとっては、〝この世界〟だけのことでもない。
「(――俺が〝あっち〟で見た記録では、シャーニの遺書は自らの罪を悔い、己の心の弱さが悪かったと綴られていたようだが……〝こっち〟でのシャーニの忠義を思えば、偽装だったと言えざるを得ない。自身を『脅迫に屈した哀れな人物』に仕立て上げ、捜査をかく乱する狙いがあったんだろう。……くそ。まさか、〝未来〟に閲覧していた記録自体が、意図的に歪められていたなんて……思いもしなかった……ッ!)」
盲点。大罪人として過ごす日々で閲覧していた記録の数々。レイナスは、それらを無条件に信じ過ぎてた。今さらながらに気付いてしまった。
幽閉の日々で与えられていた情報は、あくまでも〝記録〟でしかないのだと。
記録を記す者の主観に引っ張られることもあれば、残される記録を逆手に取って、関係者を誘導しようと動く者とている。
しばしの沈黙が場に居座るが……離宮の混乱が遠くから聞こえてくる。
はっと我に返るレイナスとミリル。
「――それで……殿下はこれからどうなされるのですか? すでに離宮には火の手が回っていますが……」
意識を〝今〟に切り替えるように、ミリルが幼い主に問う。実際のところ、すでに計画は前倒しで実行されてしまっている最中だ。
「このまま計画は実行に移す。ただ、シャーニは〝すべての差配が済んだ〟と言っていた。計画を先回りして手を打っている可能性が高い」
シャーニは心置きなく死んだ。旅路が終わったと明言した。
職務遂行に忠実だった彼女がそう言ってのけたのだ。
精神論や自己満足に留まらず、この度のサラリア離宮の焼失と共に、レイナスを仕留め切る確証があったからこそ。そう考えるのが自然。
「では、計画とは別の経路で脱出を?」
「いや、元の計画通りだ。この貴賓室の仕掛けを作動させて目撃者を呼び寄せる。その上で……強行する」
レイナスは計画を組み直そうとしたが、即座に止めた。シャーニの裏をかくならば、彼女が知らない未知の手を出すしかない。変えるのは計画そのものよりも手段。
『隠密衆との関わりがあり、ダリジャン一派の影響を知るという、特異な情報を持つ王子』
ここまではシャーニにも知られていた。
しかし、今のレイナスがどれほどの魔術が扱えるかは――ミリルはもとより、師であるフランクにすらまだ全容を明かしていない。
力尽くで踏み潰す。
「すまないな、ミリル。離宮を脱することができた暁には、改めて新たな人生を用意すると約束しよう」
「……どちらにせよ、私には帰る場所も行く道もありません。一先ずのところ、〝今〟を生き延びるためには、殿下のそばにいる方がいいと判断いたします」
ミリルはある意味では吹っ切れていた。シャーニが組織に情報を流していたなら、このまま一人で逃げ出したところでどうしようもない。
しかも、すでに離宮には火の手が回っている。この状況で、一人であれこれと考えても無理筋だと割り切る。
「――なら、征くか」
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突如として、各所で次々と火の手が上がったサラリア離宮。
離宮の主である王子の安否も不明で、実務上の責任者である離宮長の姿もない。
対処にあたっていた者らの混乱と焦燥が募る。
そんな離宮の状況を嘲笑うように、時間差でひと際大きな炎が立ち上る。
普段は使われていないはずの貴賓室の大ホールから。
離宮内はさらなる混乱に陥る。
消火作業や避難誘導をしながら、動ける者が貴賓室へと向かったのだが……皆はさらに困惑する羽目になった。
探しても見つからなかった幼い主が、第一王子がそこにいたのだ。
陛下から下賜されたマントを羽織り、炎の中に静かに佇んでいる。
貴賓室のホール一帯はすでに炎に巻かれている。火の海だ。
また、中央部分にはどこから運び入れたのか多量の木材が積まれており、物理的な線引きまでなされている。
魔術的な仕掛けなのか、もとより油でも仕込んでいたのか……他の場所と比べて、異様なまでに火勢が強い。
駆け付けた者らが炎の壁の向こうに王子の姿を確認するも、誰一人として近付くことができない。断絶が横たわる。
しかも――
「で、殿下! 一体なにをッ!? ひ、火の勢いがッッ!!」
「お、お待ちくだされェェッッ!」
あろうことか、炎の壁の向こうにいるレイナスは、駆け付けた者らをゆっくりと見渡したのちに、くるりと背を向けて歩き出した。分断された貴賓室の奥へ。まるで無人の荒野を行くかのごとく。
「くッ!? 外から回り込めないのかッ!?」
「む、無理だ!! 火勢が強過ぎるッ!! 早く逃げないと直にここも崩れるぞッ!!」
崩落はそのまま命の危険。さらに前提として周囲は火の海であり、時間の猶予もない。
選択肢を模索しながらも、皆も直観的に理解していた。
『この状況で殿下を助けるのは無理だ』――と。
燃え盛る炎の向こう側で、レイナスの背が小さくなっていく。遠ざかっていく。
駆け付けた者らの苦悩をよそに、その小さな後ろ姿は、貴賓室の奥の間へと消えていく。
「うおぉぉぉッ!! 殿下ァァァ!!」
「お戻りなされェェッッ!!」
叫びは無為に響くだけ。炎の渦だけがその慟哭を聞く。
消えた背は戻って来ない。
それはまさに、〝レイナス・アーク=デイル〟の公的に確認された最期の姿。
サラリア離宮、燃ゆる。
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神聖暦479年。
サラリア離宮の焼失により、第一王子の逝去という王宮を揺るがす大事件から四年。
政治的にも物理的にも、王都からが少々距離のある、とある男爵領にて一つの縁が結ばれる。
〝リオン〟という名の少年が、継承権のない特殊な縁故として、バリアード男爵家の養子として迎え入れられた。
また、彼の傍らには、〝ミア〟という名の少女が付き従っていたのだとか。
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