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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
戻って来た元・王子

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第2話 考察

 ◆◆◆



 あるところにデイル王国という国がありました。


 当時のデイル王国には、レイナスとルークという二人の王子。


 共に〝アーク=デイル〟の名乗りを許された、デイル王国の正統な王位継承権を持つ王子様。


 正室の母を持つ第一子のレイナス。


 側室の母を持つ第二子たるルーク。


 その年の差は一つ。一歳差。


 デイル王国の王侯貴族においては、母親が正室か側室かの区別なく、当人たる子の性別も問わず、第一子が家督を継承することが基本。


 ただし、その基本も明文化された法のような厳格さはなく、明らかに能力や人格に差がある場合はその限りではありません。


 第二子や第三子から、その家督に相応しい能力を持つ者が後継者として選ばれることも珍しくもないのだとか。


 血統や生まれ順を尊重はするが、最終的には当人の適性や時々の事情次第というところ。


 レイナスとルークはデイル王の子であり、王位を継承する可能性を持つ王子様ではあったものの、当時はまだまだ幼く、王位に相応しいだけの適性を示せる時期ではありませんでした。


 何事もなく順当に育てば、第一子であるレイナスが王位を継承することになるだろうと、周りの者たちもなんとなくの想定があった程度のこと。


 幸いなことに、当代のデイル王室では、正室と側室の確執や骨肉の派閥争いなどもなく、子供の頃は兄弟である王子二人の仲も良好でした。


 また、レイナスやルーク以外にも王子や王女が生まれる可能性のある時期にあっては、王位継承が重大な問題事として話題に上ることもない……はずでした。


 しかし、ある時、一つの事故が起きてしまいます。そして、その事故が当時の王室を揺るがし、王子の心に影を落とすこととなったのです。


 大人になってからであれば、一つの年の差などあってないようなもの。差があるとしても、それは年齢による差異ではなく、立場やそれまで過ごしてきた日々の結果、個性なり資質などとして扱われることでしょう。


 ですが、十歳にも届かない子供同士であれば、どうしても一歳の差というのは大きく、またその差も分かり易いものです。目に見える形でまず体格からして違うのだから。


 きっかけは子供同士の他愛のない競い合い。害のない背比べのようなもの。


 体格では敵わないからという弟からの要望で、習い始めたばかりの魔力(エーテル)操作で競い合っていた兄弟。


 結局のところ、魔力の操作にしても先に習い始めた兄の方に一日の長があるのは当たり前であり、本来ならば、その背比べの結果は目に見えていましたが……。


 うんうんと唸りながら慣れない魔力の扱いに苦労する弟。ルーク。


 負けず嫌いの弟に花を持たせようと気遣う兄。レイナス。


 周囲の大人たちは、そんな幼い王子たちの様子を微笑ましく眺めていました。


 しかしながら、何事も起きないはずの微笑ましい場で事故は起きたのです。


 魔力(エーテル)の暴走。


 まだまだ慣れないにもかかわらず、皆の前で今度こそ兄を負かそうと張り切ってしまったルーク王子。


 彼の身の内に宿る魔力が漏れ出し、それが呼び水となって周囲の魔力が一斉に場に集束してしまったのです。


〝不味い!〟と、周囲の大人たちが危険を認識するか否かの刹那。


 集束した魔力は集った勢いをそのまま反転させたかのように弾け、暴風のように荒れ狂ったのです。


 結果、至近距離で魔力の発散をまともに浴びたレイナスとルークは吹き飛ばされ、そのまま意識を失うことに。


 幸いにも、弟ルークは怪我や後遺症もなくすぐに目を覚ましましたが……打ち所が悪かったのか、多量の魔力を浴びた影響なのか、兄レイナスの意識が当日中には戻ることはありませんでした。



 ◆◆◆



「(俺は三日三晩眠り続け、四日目の朝に目が覚めたはずだ。一過性の後遺症も含め、あの朝から俺の世界は変わってしまったと……当時は本気でそう思っていた。今思えばくだらないと飲み込めるが……俺は本当に子供(ガキ)でしかなかったな……)」


 レイナスは目覚めた。意識を取り戻した。彼が意識を失ってから三日目の夜半のことだ。


 ただし、それは()()()()()()が知る状況とは微妙に違っている。


「(実際の()()とは少し違う? 本来の俺は夜が明けてから目覚めたはずだ。これは過去を夢として追体験してるわけじゃないのか? いや、そもそも何故に〝俺〟の意識がある? 魂の救済とやらを拒んだ俺に女神が情けを掛けたのか? これは俺の魂を慰める為の幻か?)」


 今の彼を悩ませる最大の問題。


 それは、永劫の眠りについたはずの〝大罪人レイナス〟の意識が目覚めたこと。()()の記憶があること。過去の世界に紛れ込んだというべきか。


「(デイル王国に災いをもたらした愚かな元・王子たる大罪人のレイナス……()()()が夢だった?)」


 当然に彼は考える。


 大罪人として処刑された人生こそが、レイナス王子が意識を失っている間に見ていた夢だったのではないかと。


 しかし、その考えをすぐさま自身で否定する。未来の記憶を持って過去に戻るという訳の分からない状況よりも有り得ないと断じる。


 謀略に絡め捕られていたとはいえ、元はと言えば自らの愚かさが招いたこと。


 稀なる魔力を持つ弟への劣等感と嫉妬により、自身の境遇や周囲への歪んだ怒りに支配されていた彼は、敵国の息の掛かった者たちに容易く籠絡される。


 婚約者がいる身でありながら色欲に溺れ堕落した。苦言を弄する者たちを遠ざけた。自身に都合の良い甘言以外を聞き入れなかった。


 腐っても王子。その立場と影響力を自身も知らぬ間に利用されていただけのこと。その過程や結果は巧妙に隠蔽され彼は気付けなかった。自身を取り巻く環境に多少の違和感を覚えながらも、結局は易きに流れるまま。


 はじまりは辺境地から。


 王子の名を利用して流入した敵国の間者・密偵たち。


 徐々にデイル国内に蔓延していく違法な薬物。また、禁止されていた奴隷取引が密かに行われ、辺境地では人狩りが横行する有様へと移ろっていく。


 汚職に(まみ)れた役人。


 儲けにしか興味のない商人。


 見返りを求め国を切り売りする貴族。


 国内にも売国奴は多数おり、それらを取り込みながら大掛かりな謀略が蠢いていた。


 異変に気付いた者もいるにはいたが、多くは端金(はしたがね)で黙らされる。その程度で黙らない真っ当な者には、躊躇なく暗殺者が差し向けられ、あっさりと現世から退場させられてしまう。


 結果として、デイルの辺境地は敵国の息の掛かった者共が跋扈する前線基地へと変容してく。敵国の密偵たちは順調に足場を固めていく。


 腐敗臭や不穏な匂いが王都にまで漂う頃、民衆を巻き込んだ蜂起が各地で起こり、連動するように周辺国からの侵攻が開始された。


 腐敗した国内の敵と外部からの敵。


 戦や粛清によって荒廃していく人心。


 愚かな王子が外患誘致の大罪に気付いた時には既に手遅れ。


 ただ、王子の籠絡は数ある謀略の手の一つに過ぎず、愚かなレイナス王子がいようがいまいが、デイルへの侵略は実行されていただろう。


 しかし、それでもレイナス王子の罪は罪。


 利用されていたから、知らなかったから、気付けなかったから……では済まない。済まされる筈もない。


 彼の愚かさが被害を拡大させたのは間違いないのだから。


 愚かな王子は罪人として裁かれることになるが、それでも王家の血を引く者。各所からの反発はあったが、彼への罰は終生の幽閉という扱いで決する。


 レイナスは元・王子となり、術式で縛られ、自ら死ぬことも正気を失うことも許されない状態にされて幽閉生活へ。


 荒れていくデイルの状況を事細かに知らされながら、後悔と懺悔、戦や飢饉で命を落とす者たちへの祈りを捧げながら日々を過ごす。


 彼の罪の意識が消えることはないまま、幽閉生活は十数年に及んだ。


 デイルが国難を乗り越え、周辺国との争いが一段落した頃。


 元凶の一つである愚かな王子の処刑を望む声が聞こえてくる。


 民衆の怨嗟の声だ。


 終生の幽閉という扱いは破棄され、公開処刑の場に引きずり出される大罪人の元・王子。


 彼に向けられる視線には憎悪が宿る。


 処刑台へと引っ立てられる間も、周囲からは止むことのない罵詈雑言を浴びせられた。


 ただ、当人はそれらを含めて罰なのだと受け入れていた。むしろ、自身の罪を天秤にかけたなら、公開処刑程度では罰として釣り合わない。手緩いとさえ考えていた。


 抵抗することなく処刑台へと連れられ、そこで執行人である老司教と二、三の問答をする。


『断罪の聖剣による裁きにより、肉体の死をもって現世での罪を流す。ここで改めて罪を詳らかにし、女神の名の下に魂の救済を望むか?』


 レイナスは静かに首を振り、救済など必要ないと応じる。


 彼は民衆の憎悪をあるがままに受け止め、罪の告解や救済の聖句を拒む。


『死によって罪が贖われる。女神の下でその魂は赦される。もはやそんな戯言に興味はない。死後に魂とやらになるなら、俺は安寧を得るよりも永劫の虚無を彷徨うことを望む。何より戦や混乱の中で死んでいったデイルの民は、どのような形であれ俺が救われることを望まないはずだ』


 それが大罪人には相応しい罰だろうと彼は締めくくる。


『せめて作法として女神の救済を受け入れてはどうか?』


 執行人である老司教はそう説くが、レイナスが応じることはない。


 大罪人の……レイナスの澄んだ湖面のような瞳を見た執行人は、諦めたように軽く頭を振る。


 もはや致し方なし。


 刑は執行される。


 女神の法としては最も重い、聖剣による断頭という形式で。


 いざ振り下ろされる聖剣。


 首筋に感じた微かな熱。


 ぶつりと途切れる意識。


 命の終わり。




 だが、彼の意識は再び繋がる。





 ◆◆◆





 レイナス王子の意識が戻ったという報せは適切に各所で共有され、彼の両親であるデイル王とその正室も、予定された公務のいくつかを切り上げて駆け付けた。


 今のレイナスからすれば、黄泉へと旅立った死者との邂逅。非業の死を遂げた両親との再会を果たすことに。


 ()は安堵し、王妃()は子の無事を確認して涙した。


 公務に追われる両親の見舞いは時間にすると僅かなものではあったが、レイナスは生きている両親の姿を再び目にすることができただけで十分に満たされた。


「(父上と母上。お二人と再び〝親子〟として言葉を交わすことができるなんて……それだけでも、この摩訶不思議な幻想に感謝するべきなのかもな)」


 かつては壊れてしまった関係。罪人として裁かれ、幽閉されて以降は会って話をすることも叶わなかった両親。結局、争乱の中で父であるデイル王は暗殺され、レイナスは葬儀への参列も認められなかった。


 夫の葬儀後、間を置かずして心労により倒れ、そのまま(うつ)()を去った母である王妃の時も同じくだ。


「(ただ……()()はすべてが〝俺〟に都合が良いというわけでもなさそうだな。幻想だとしても腹は空くし、眠くもなる。諸々の現実的な感覚だってある。何より、皆はそれぞれの意思で普通に生きている……少なくともそう見える。まぁそれらを含めて、すべてが人智を超えた女神様とやらの差配なら、矮小な俺なんかに理解できるわけもないが……)」


〝病み上がりのレイナス〟として、寝台で安静にしながら彼は現状について考察する。むしろ、今はそれくらいしかすることがない。


 意識が目覚めた直後は、ここは過去の記憶が基になった幻なのだろうと思っていたが、どうにも記憶にはいない人物や知らないことも多く、自分に都合の良いことばかりが起こるという訳でもないと認識する。


「レイナス殿下。バーバラ妃殿下とルーク殿下のお見舞いの先触れが来ているようですが……」


 隣室で待機していたはずのミリルがすぐ横におり、そっと声を掛けられる。


「え? あ、あぁ、す、すまないミリル。ぼんやりしてて気付かなかったよ」


 黙々と考えるにあたり、周囲への注意が散漫になっていたレイナス。ミリルの接近に不意を突かれる形となったが、『やはり()()は俺の都合ばかりじゃない』と改めて実感していた。


「……殿下。体調が優れないようでしたら、その旨を返答いたしますが?」


「い、いや、だ、大丈夫だから。父上や母上とは面会をしたんだ。バーバラ様やルークの面会を断るわけにはいかない。向こうの準備が良いなら、本日中でも構わないと返してくれ」


「承知いたしました。ですが、くれぐれもご無理はなさらないで下さいね?」


「あぁ。体調自体に問題はないから」


 昨夜の反省からか、サラリア離宮の若輩であるミリルは、今は真面目に付き添いの任を務めている。しかし、レイナスからすれば、若干の違和感がある。かつての記憶の引っ掛かりが残っている。今いる()()()()の考察の一つ。


「俺のこともだけど、ミリルも休める時には休んで良いから。俺が意識を失ってから、離宮の皆はまともに休めていないんだろ?」


「え? あ、ありがとうございます。ですが、流石に醜態を晒した私が率先して休む訳にもいきませんので……しかも、殿下自ら離宮長に口添えして頂いたようで……本当に申し訳ございませんでした!」


 そう言いながら、がばりと音がしそうなほどの勢いで頭を下げるミリル。礼儀作法的には未熟ながらも、その姿には誠意が見て取れる。


「いや、別にそこまで畏まることじゃないよ。ミリルにはこれからもサラリア離宮で励んで欲しいからさ」


「で、殿下……! も、勿体ないお言葉です……ッ!」


 分かり易く感激している年若い使用人。ミリル。


 貴族家の娘であり、行儀見習いとして王宮に出仕していたところ、第一王子が離宮へ移る時期と重なり、彼女はそのまま王子の離宮付きという大抜擢を受けた。


 少し短めの亜麻色の髪を束ね、くりっとした大きな瞳。どことなく小動物風の愛嬌と気さくさを感じさせる小柄な少女。


 多くの人から好かれるだろう雰囲気を持つ彼女と接しながら、レイナスはかつての記憶が刺激されてちくちくと胸が痛む。


 王子という立場でありながら、かつての自分は余りにも周りに気を配っていなかった。だからこそ、愚かな王子は敵国の間者にあっさりと嵌められ利用された。


 ただ、幽閉生活での長き贖罪の祈りの中で、過去の己の愚かさがどうのと後悔することすら、所詮は自己満足の言い訳に過ぎないのだと悟った。罪を贖うにはどうすれば良いのか。その問いへの答えが出ないまま、彼は処刑台の露として消えた。


「ミリル、バーバラ様やルークへの先触れへの返答を頼むよ。恐らく、ルークは俺が意識を失った件でショックを受けているだろうから、俺が健勝であることをきちんと伝えておいて欲しい。当然に後遺症のことは伏せておくように頼む。まぁバーバラ様ならその辺りは心得ておられるだろうけど……」


「はい! では、そのようにお伝えしておきますね!」


 ミリルはぱっと花が咲くよう笑顔を見せ、指示された内容を伝えようと回れ右をする。貴族家の子女でありながらも、感情表現が真っ直ぐな娘。


 ぴょこぴょこと跳ねるように寝室を出て行く彼女の後姿を眺めながら、思わずレイナスは願ってしまう。


「(ミリル……()()()ではどうにもならなかったが、せめてこの幻想の世界では……)」


 ()()()()が平穏であることを。



 ◆◆◆


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