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逆行した王子はこうして死ぬ  作者: なるのるな
戻って来た元・王子

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第1話 戻る

 ◆◆◆



「ひぎゃあぁぁぁッ!? ……って、で、で、殿下ッ!? お、お目覚めになられたのですかッ!?」


 悲鳴に近い……いや、まさしく絹を裂くような悲鳴がさる邸宅の一室から響く。


 叫んだのは使用人の若い女。少女。彼女は三日前から寝込んでいる幼い主の世話役として寝ずの番の付き添いだったのだが、ついうとうとと眠気に誘われ、ほんの僅かな間だけ夢の世界へ旅立ってしまった。


 旅から戻ってきた際には、目の前の寝台から主の姿が消えていたという次第。


 数瞬の間が過ぎた後、彼女は自身の失態を認識して肝を冷やす。


 狼狽したままま主の姿を探そうと、キョロキョロと視線を動かしたその時だ。


 寝台から少し離れた窓辺。差し込む月明りに照らされながら、静かに佇む人影がそこにいた。


 幽鬼のように佇みながら、じっと自分のことを見つめている人物がいた。


 目が合った瞬間、思わず得体の知れぬモノへの恐怖を覚えて悲鳴を上げてしまう少女。ただ、悲鳴を上げながらも、すぐさまにその人影が幼い主だと気付く。認識が繋がる。


 自身の失態を見られた羞恥と主が目覚めた喜びなどが混ざり合い、思わず椅子から転げ落ちる少女。


「しょ、しょ、少々お待ちくださいませ! お、お、お医者様をお呼びしてきますので!!」


 作法も礼儀も放り出し、彼女は四つ這いで手足をばたつかせながら、慌てて部屋を飛び出していく。もっとも、今さら彼女が慌てずとも、先の悲鳴により守衛の者などが主の部屋に駆けつけようとしていたのだが……混乱の渦中にいる少女が理解できる筈もない。


 月が夜空に浮かぶ頃合い。それなりに夜も更けていたが、邸宅内は完全に目覚めた。魔導具による明かりが一斉に灯され、状況確認の為の指示が飛ぶ。守衛や使用人たちの走り回る音が響く。邸宅内が騒めく。


 使用人の少女が飛び出した部屋には、窓辺で儚げに佇む男の子が一人残される。


 この邸宅の幼い主だ。


 そのくすんだ金髪と藍色の瞳が月明りに淡く照らされ、幻想的な絵画のような妖しさを醸し出している。


 先の少女と同じように、微睡(まどろ)みから覚めた直後であれば、一瞬、この世ならざる者と勘違いしてもおかしくないほどに〝絵〟になっているその姿。


「彼女は……た、確か、ミ、ミリル? えらく若いと思ったら……まさか俺の方もか?」


 ただし、当人としては別に窓辺でポーズを付けて気取っていたわけでもない。むしろ、ミリルと呼ばれた使用人の少女などよりも、更に大きな混乱が彼の身の内に吹き荒れていた。


「こ、これは一体何なんだ? こ、ここはサラリア離宮……なのか? なぜ俺は生きている? しかも若返って……いるのか? ゆ、夢か? い、いや、だとしたら一体どこからどこまでが?」


 周囲に目を配りつつ、ぺたぺたと自分の顔を確かめるように触りながら、そんな言葉を漏らす男の子。


 彼の中では次々と疑問が溢れてくる。だが、その疑問の数々に答えてくれる者はいない。


 今、この瞬間にはっきりしているのは、まさに彼の名を叫びながら部屋に飛び込んでくる者たちがいるということだけ。


「レ、レイナス殿下ァァッ!!」


「おおッ!? ほ、本当に意識が戻られているぞ!!」


「馬鹿者! まずは部屋に曲者がいないか確認するのだッ!」


 三日前から意識不明で寝込んでいた、サラリア離宮の幼い主。殿下と呼ばれた男の子。


 名はレイナス・アーク=デイル。


 それは、王国暦500年という節目に首を刎ねられた大罪人を指す名の一つであり、彼が()()()()()に名乗ることを許されていた名に他ならない。



 ◆◆◆



 かつての人生の場面ごとの風景、音に感触、味や匂いすらもレイナスは覚えている。


「(()()がただの夢なんかであるはずもない。……まぁこの世界が夢や幻だったとしても、懐かしい者たちの顔が見れた。それだけでもありがたいことだ。もしかすると、これが女神による魂の救済とやらなのかも知れないな……)」


 今現在、彼の内心では混乱が吹き荒れているのものの、表面上は〝ただのレイナス王子〟を装い、寝台に寝かされておとなしく医師の診察を受けていた。


 彼が生活するサラリア離宮の者たちに囲まれている。


「せ、先生、殿下は大丈夫なのでしょうか?」


 老齢の女性。サラリア離宮の使用人たちを束ねる、離宮長のシャーニが不安げに医師に尋ねる。

 

「……そうですね。まだ体内の魔力に乱れがあります。しばらく魔術関連の訓練などは控えた方が良いでしょう。ですが、それ以外は特に問題なさそうですので、日常生活に大きな支障はないでしょう」


 医師のその言葉を聞き、皆がほっと胸を撫で下ろす。張り詰めていた場の緊張が若干緩む。


「ただし、念のためにしばらくは安静にして下さい。殿下、よろしいですね?」


「え……う、うん……わ、分かったよ。あ、ありがとう、ハルビン医師」


 医師からの念押しに対して、レイナスは記憶を手繰りながら〝ただのレイナス王子〟として応じる。


 この世界が夢や幻であっても、『未来で罪人として首を刎ねられて意識だけが戻ってきた』『女神の慈悲による魂の救済だと思う』などと口にして、周りにすんなりと受け入れられるとは流石にレイナスも思っていない。気が触れてしまったとして、別の医師の診察が待っているだけだろう。


 また、今の状況に混乱しながらも、彼は少しでも長く〝ただのレイナス王子〟でいたいと願ってしまう。


「それでは殿下。目覚めたばかりでしょうが、まだ夜も明けておりません。しばし安静にしておいてくださいまし。王宮には連絡を入れておきますゆえに……」


 サラリア離宮にて療養中だった幼い王子が意識を取り戻した。とりあえずのところ、医師の見立ても特に悪いものはない。


 ただ、今は夜半過ぎであり、レイナス王子の容態を各所が本格的に確認するのは夜明けを待ってのこととなる。もちろん、王子の世話を任されているシャーニはこれから各所と連絡を取り合い、休む間などはないが、目覚めたばかりの幼い主に無理をさせるわけにもいかない。


「あ、あぁ、うん。よろしく頼むよシャーニ。あ、そ、そうだ。今回の件でミリルのことはあまり厳しく叱らないでやって欲しい。突然のことで驚いただけだろうから……」


「殿下がそのようなことをお気になさらずとも良いのです。あの娘はあろうことか殿下のお目覚めを見逃し、あまつさえ悲鳴を上げて邸宅を走り回るなど……。はしたない上、不敬にもほどがあります」


「ま、まぁ確かにそう言われるとそうだけど……彼女はそのことを包み隠さずに打ち明けたんだろう? 失態を隠そうと嘘を重ねるよりは良い。正直は美徳だよ。それに、今回は取り返しがつかないというほどの失態でもないんだからさ」


「……ふぅ。殿下がそうまで仰るのであれば、今回は口頭での叱責のみとしましょう」


 シャーニの未熟者への怒りはもっともだが、レイナスはレイナスで思うことがある。


「ありがとう、シャーニ離宮長。俺も含めて、これからも未熟者を導いて欲しい」


「……過分な御言葉でございます、殿下」


 かつてのレイナスは自分のことばかりであり、身の回りの世話をする使用人たち一人一人を気にする機会も少なかった。当たり前過ぎて気にならなかったと言うべきか。


「(確か……()()の記憶でも、俺の目覚めに気付いたのはミリルで、今回みたいにうたた寝をしててシャーニに大目玉を食らっていたはず。おっちょこちょいで、しょっちゅう物を壊したりして……結局、彼女はしばらくしてサラリア離宮から外されてしまった……)」


 レイナスの大罪人としての記憶が疼く。


 腹違いの弟への嫉妬に飲まれた愚かな王子。いや、元・王子。


 母と共に王室に不和と深い断絶を生んでしまった。


 甘言を囁く者どもに付け込まれた。


『私だけが貴方を理解している』などという見え見えの言葉に絆された。分かり易く色によって篭絡された。


 異母弟や婚約者からの誠意ある忠言から逃げた。色欲と怠惰を友とし、堕落によって王子としての責務にも背を向けた。


 気付かなかった。気付きたくなかった。


 ミリルのことだけじゃない。かつての曇った目には、群がって来る間者たちが、魅力ある恋人に、無二の友に、偉大な教導者にすら見えていた。


「(……この離宮には、幼い俺を支えてくれる人たちがいたのにな。当時の俺には見えていなかった……)」


 デイル王室の習いとして、直系の王子王女は五〜八歳をめどに離宮の邸宅と世話役が与えられる。そこで人の上に立つということを実地で学んでいくのだが、当然に世話役たちは身元の確かで有能な者たちばかり。


 七歳で離宮を与えられたレイナス。彼の住まうサラリア離宮に配されたミリルは、当時で十代前半と年若く、まだまだ能力も経験も足りなかったのだが、有能で経験のある者たちばかりの使用人を集めてしまうと、幼い主と歳の近い者がいなくなる為、数名はミリルのような若輩が選ばれるのも通例だった。


 しかし、そのような若輩枠で離宮付きの使用人となっても、いつまでも未熟が許されるわけでもない。時には離宮長の権限で人事異動……要するにクビになることもあり、記憶の中ではレイナスが十歳を迎える前にミリルは離宮から姿を消していた。


「(あの頃の俺は、ミリルがクビになったのにもしばらく気付かなかった。後になって〝そう言えばあの騒がしい使用人を見なくなったな〟と思う程度だった。もう少し周りに気を配っていれば……)」


 レイナスには数多くの後悔がある。たとえ、ここが儚い夢幻の世界であっても、ただの自己満足に過ぎないとしても、自らの後悔をそのままにしておきたくないという気になってしまう。


「(いつまでこの世界に留まれるのかは分からないが、懐かしい顔に会いたいものだ)」


 それは王国暦475年。


 レイナス・アーク=デイル王子が八歳の頃の()()。少なくとも、彼自身がそう考えている世界の出来事。


「(ふぅ……この時の〝ただのレイナス王子〟はまだ知らなかったな。この先のデイル王国に動乱が待っているなど……知りたくもなかった……)」



 ◆◆◆

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