第3話 計画と上役の正体
※予約投稿を間違い、8/8に2話同時公開していました。8/9はお休みします。
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レイナスが指示したことではあったが、日を追うごとにサラリア離宮は閑散となっていく。
使用人の数が見る見ると減り、使用人用の居室や待機部屋、庭園の一部など、いくつかの設備が閉鎖されたほど。
肝心のルークはまだ離宮に移っていないものの、サラリア離宮を去った者らの繋ぎの働き口はきちんと確保されており、一部の優秀な者には、ルークの離宮で任を受けることも確約されているのだとか。
ただ、裏側にある事情を詳しく知らぬ者から見れば、第一王子の処遇があからさまに悪くなっているようにも映る。
「はは。許可を出した王室庁も、まさかここまであからさまな人員整理だとは思っていなかっただろうな」
私室のソファに腰掛けながら、レイナスは零す。
今のところ、彼の描いた絵図に沿って事が運んでいる。
あとは静かに時を待つだけ。仕上げの仕込みを行うための機を待つだけ。
サラリア離宮の終焉。
それに伴い、〝レイナス・アーク=デイル〟が舞台から降りるという絵図は、もうはっきりとした形となって見えてきた。
むしろ、彼にとってはそこからが〝本番〟。デイルに仇なす者らとの暗闘の開幕。
「――殿下。どのような状況にあっても、油断と驕りは厳禁にございまする」
道連れの旅路に気を取られるがあまり、足元が疎かになりつつある幼き王子に苦言を呈する声。
初老の男。白髪交り。柔和な表情に沿っての皺も見られ、これまでの年月を感じさせる紳士然とした姿。
まさに王宮の奥の間にて、レイナスと問答をしていた御仁――王室に仕える隠密衆の一人に他ならない。
昼間ながらカーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、暗がりに溶けるように佇んでいた。
「フランク師よ。俺には油断も驕りもない。デイルに仇なす者らを始末するために、この命を使い潰す所存だ」
レイナスは隠密衆の紳士――フランクにそう応じる。
「殿下。それが油断であり驕りなのです。まだ貴方は〝レイナス・アーク=デイル〟であり、サラリア離宮における計画は結末を迎えておりませぬ。――にもかかわらず、殿下はごく自然に先の話を口にされておりまする」
まさに正論。フランクは、レイナスの先へ先へと逸っている心積もりを、落ち着いた声色で指摘する。本人の認識、自己申告などあてにならないのだと。
「――――あぁ、そういうことか……確かに、俺は計画が終わったあとの話ばかりだった。なるほど……こういう心理状態が油断や驕り、傲慢な振る舞いに通じているわけか……」
自らの言動、心の動きを振り返り、レイナスは即座に指摘を受け入れる。
ルークへの嫉妬と劣等感に塗れた〝愚かな第一王子〟は、傲慢な振る舞いを平然としていたが……当時は自らを省みることなどなかった。目を瞑り、耳を塞ぎ、ただ流されていただけ。
「――ならば、今は目の前の計画に注力するのみ」
レイナスは改めて気を引き締める。
「即時に指摘を受け入れ、己を律することができるのは、殿下の強みでしょう。どのような状況、立場であれ、必要なのは〝今〟に対する備えにございます。まずは目先の問題を終わらせるのが、細心の注意を払うべき要事。〝今〟を生き延びることができた者にこそ……〝先〟を考える猶予が与えられるのです」
フランクは幼き王子に説く。まさに師としての役割のままに。
王室御用達の隠密衆。まさに影たる者たち。
その存在自体はデイル王国でも広く知られているが、その実態を知る者は少ない。
レイナスは、そんな隠密衆に接触することができた。そして、ある程度の協力を引き出すに至る。もちろん、それらは隠密衆に対して裁量権を持つ、王室の長たる陛下の裁可の下にだ。
そう。〝レイナス・アーク=デイル〟が居なくなるというのは、王が認可した計画として動いている。一先ずのところは。
デイル王は隠密衆に命じたのだ。
『レイナスを見極めろ』――と。
「〝先〟を考えられるのは、〝今〟を生き延びてこそ――か」
「はい。また、たとえどれだけ未熟な半端者であっても、生き延びてさえいれば、先へ行けるとも言えます」
「どれほど高尚な信念を持とうが、死んでしまえばそこで終わりでもあるわけか」
生きてさえいれば可能性がある。死ねば終わり。
――もっとも、一度死んで過去の幻想へ迷い込んだレイナスにとっては、少々皮肉な教えでもあったが、フランクの言わんとするところは理解できる。
「フランク師。今の計画に目を向けるのは分かったよ。ただ、先の話をするなと言った先からなんだが……この計画が上手くいった暁には、ミリルとシャーニのことを頼みたい」
計画の中で〝レイナス〟は死ぬ。そして、〝ミリル〟と〝シャーニ〟もだ。
死した後、レイナスは隠密衆との協力体制を敷いた上で市井に潜む。デイルを蝕む者どもとの暗闘に身を投じる。
だが、ミリルとシャーニについては、選択肢を残したいと願っていた。
特にミリルは〝生き方〟すら知らない。好きにしろと放り出しても、それは野垂れ死ねと命じるのと同義だ。ほんの少し前、それで当人から猛々しい怒りを買ってしまったばかり。
新たな名と立場を与え、その立場にあった生き方を教えなければ意味がない。導きが必要になる。
「私はこの度、レイナス殿下に協力するようにと命を受けております。流石にこの場で保証や確約まではできかねますが、ミリル嬢やシャーニ女史の先行きについて、このフランクが尽力する旨はお約束いたしましょう」
表舞台に出ないものの、隠密衆には強い権限がある。
死を偽装し、別人としての新たな立場を用意する程度は造作もない。
ただし、それを実行するかどうかはまた別の問題。いかに特権があろうと濫用できるはずもない。
「――しかし、すべてはこの度の計画が上手くいけばの話です。レイナス殿下がご自身の死を偽装し、無事に表舞台を降りることができれば……陛下もお認めになられるでしょう。殿下が隠密衆として生きることを」
レイナスの望み。計画。
王子としての表向きの特権などいらない。彼が欲するのは、陽の当たらぬ仄暗い場所での裁量。情報網。
〝未来〟の記憶をなぞるだけでは足りない。
この世界における敵の情報が要る。
道連れの旅路を賑やかにするために。
◆◆◆
陽が沈み、夜も更ける。
夜警の者以外は眠りにつく頃合いのサラリア離宮。
閉め切った室内。揺らめく魔導灯に照らされ、微かに踊る人影が対峙していた。
若い娘と初老の女。
若輩枠の使用人と離宮長。
「……そうですか。改めて、ミリルはレイナス殿下に従うのですね?」
離宮長としての固い口調のままに、シャーニは念押しの確認をする。その選択に後悔はないかと。
「はい。私は、本当にそれが可能であるなら……〝シェリー〟でも〝ミリル〟でもない生き方を願います」
緊張のままに、ミリルは自身の願いを吐き出す。
提示された選択肢。
先日の逢瀬にて、一旦は選べない、選ぶ余地がないと、激情に駆られて切り捨ててしまったが、レイナスの提示には続きがあった。
『何者でもない誰かとして生きる。生き直すというのはどうだ? もし、それを望むのであれば、今しばらく俺に従え。このサラリア離宮の終焉を見届けるまで……』
それが本当に叶うのか、ミリルには判断がつかない。分からない。
だが、全身を拘束され抵抗もできない状態で〝上役〟の正体を聞かされてしまった以上、彼女には選択の余地もない。
レイナスの提示に続きはあったが、どのみち〝悪魔の取引〟に違いはなかったわけだ。
「分かりました。率先して殿下に従う道を選んだ私が言うのもおかしな話ですが……組織を抜けることに変わりはありません。その覚悟もできているのですね?」
「――はい。私には、とうの昔に帰る場所などありません。流石にもう事情は分かっています。私は……父と母に売られただけだと……」
もとよりミリルは、ダリジャン伯爵家と取引がある商家の生まれだった。
だが、ある日突然、伯爵家との取引の中で父が先方の怒りを買い、懲罰を受けことになったと聞かされる。当然に家の商売も取り潰しになるとも。
魔導の資質を持つ幼い彼女は、必死になって自らを伯爵家に売り込んだ。父と母を助けて欲しいと。伯爵家が魔導の資質を持つ者を欲していたのも事前に聞き及んでいたからこそ。
――そう信じ込まされていた。
だが、それは作られた物語。
ミリルとて後々に気付く。ダリジャン一派の、組織のやり方を学ぶ中で。
結局のところ、両親が伯爵家に娘を売っただけ。本人が自らの意思でそうしたと思い込ませるため、親や家のための必要な自己犠牲なんだと刷り込ませるために、周りが小芝居を打っていただけ。
どれほど望んでいたことか。
いつか〝ただのシェリー〟に戻り、両親の下へ帰る日を。
渇望していた。過酷な日々の希望の灯火として。
しかし、ミリルが〝シェリー〟に戻る道など、はじめから存在していなかった。
「――承知の上ならよいのです。私はレイナス殿下のことは組織には伏せています。もちろんミリルの件についても。この度の計画にて、サラリア離宮が焼け落ちた際には、組織も〝火災に巻き込まれて死んだ者〟として扱うことでしょう」
シャーニは、離宮長としての口調を崩さぬままに告げる。
サラリア離宮に潜む間者たちを束ねる上役として。
「……今さらですが、レイナス殿下が語っていた内容の一部は、〝私〟に向けてではなく、シャーニ様への密かな伝言が含まれていたのですね?」
「伝言というより……『お前が間者であるのを知っている』という刃を、殿下は言葉の端々で私に向けていました。気の迷いや勘違いを願い、目を逸らし続けていたのですが……まさか、殿下が隠されていた我が子や孫のことまでご存知だったとは……もう、これ以上は無理だと観念した次第です」
ミリルは、レイナスに告げられるまで疑いもしなかった。
このサラリア離宮の実務上の責任者たるシャーニこそが、組織の密偵――しかも直属の〝上役〟だったなどと。
「(ローゼイン侯爵との会談で殿下が名を出した、〝ヒョードル・レグジー〟とその娘〝シャンテ〟。あれがまさしくシャーニ様の……。それにしても、離宮長という立場の御方まで取り込んでいたなんて……ダリジャン伯爵家は、組織はどれほどの影響力を持っているの?)」
本当に今さらだが、ミリルは空恐ろしくなる。自らが属してた組織のその力のほどに。
また、弱みに付け込まれていたシャーニへの心配もある。
「――寄る辺のない私はともかく、その……シャーニ様の方こそよろしいのですか?」
『家族を人質に取られている』
そんなシャーニが、組織を裏切り、レイナスの協力者として振る舞うのは……というのは当然の危惧だ。
「レイナス殿下は、私に恩情を与えてくださいました。長らくにわたり、王家への忠誠を蔑ろにしてきた、この私などに……」
白髪を束ねた離宮長は静かに目を瞑る。彼女はレイナスの意図を理解している。
ローゼイン家が動いた。
ヒョードルとシャンテという〝答え〟から逆に辿れば、遠くない内にシャーニの存在へと辿り着く。
そうなれば、彼女の長年の罪は白日の下へと晒されることとなる。
しかし、同時にヒョードルとシャンテは、良くも悪くもローゼイン家の監視下に置かれ、シャーニや組織の関わりについても調べられるだろう。
組織の手は長く、搦め手を得意としているが……流石に、侯爵家の監視下にある者をどうにかするには時間を要するはず。
シャーニは淡々と、一連の流れをミリルに説明する。
「……組織の手がローゼイン家を潜り抜ける前に、シャーニ様も〝死ぬ〟というわけですか……」
「……」
ミリルとシャーニは、レイナスから〝選択肢〟を提示された。
抜け道も用意してある。協力さえすれば、これまでの罪を見逃すという恩情も。
しかし、それはレイナスの手を取らなければ、即座に身の破滅に直結するという……事実上、選択の余地などない最後通牒でもあった。
「(そう。私は、デイル王国の裏切り者として死んで見せましょう)」
◆◆◆ ◆◆◆
今は昔。
美しい娘が、貴族様と離縁することとなりました。
しかし、娘がこの度の離縁を心の底から喜んでいる姿を見て、貴族様は怒りに駆られます。
貴族様の怒りは凄まじく、娘に愛を捧げた三年の月日すらも、憎悪の炎を燃やすための薪へと変じてしまったのです。
家に帰れる。愛する夫と子と再び暮らすことができる。
そんな喜びに浸る娘には、貴族様の変容にも気付きません。
婚姻後、三年の間に世継ぎを産めなかったとして、全面的に娘が悪かったという理由にて、離縁の手続きは進みました。
愛する夫と子と無理矢理に引き離された娘からすれば、離縁の理由に思うところもありましたが、離縁できるならと割り切ります。
ただ、貴族様には欠片も非はなかったという女神教会の認定を受けるために、離縁の手続きには少々時間を要していました。
貴族様の仄暗い憎悪の火は、その間に向けられたのです。
娘が再会を心待ちにする愛すべき夫と子、娘の両親へと。
まず貴族様は、卸問屋だった娘の実家を締め上げに掛かかりました。
他の商家に対して旗を振り、娘の実家との取引をするなら……と、至極分かり易い脅しを発したのです。
利を追及する商家の者といえど、商売や取引には義理と人情もついて回ります。
貴族様の旗振りに反抗する者らも多かったのですが……貴族様の怒りと憎しみはそんなことでは止まりません。
脅しでは済まず、血が降りました。
そうして、一度一線を越えてしまった貴族様は、躊躇しなくなります。
憎しみが膨れ上がるままに、直接的な暴力と害意を伴って娘の実家を焼き払ってしまうのです。
家に帰るのを楽しみにしている娘はまだ気が付きません。
そうこうしている間に、貴族様のどす黒い憎しみの刃は、ついに夫と子へ――。
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