第1話 意図
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時は少々遡る。
ゼンガー・ローゼイン侯爵との密談が終わったあとも、レイナスはなに食わぬ顔でサラリア離宮での日々を過ごす。
だが、水面下であきらかに事は動いていた。
当然の如く、その異変に即座に気付いた者もいる。いや、気付いた時にはもう遅かった。改めてレイナスの異様さを確信させられた。
状況は否応なしに動く。
レイナスの打った手により、ローゼイン侯爵家が動き出してしまった以上、止める術はない。
結果として、ゼンガーたちが辿り着くのを許してしまう。ベールに覆われた秘密。その至近に。
「――兄上。レイナス殿下はやはりおかしい。今回の件は……我々に調べさせるのが目的だったとしか思えません」
ローゼイン侯爵家の本邸。私室にある応接間にて、ゼンガーは弟にして腹心たるシルトスの報告を受けていた。
あくまでも私室での時間であり、酒を片手にという寛いだ状況だったのだが……シルトスからの報告は想定外に重くのしかかる。
「……ふん。ヒョードル・レグジーの両親をはじめ、親戚縁者の誰一人とて、サラリア離宮で任を受けている者はいない――か」
レイナスからの〝お願い〟。
一代貴族であるヒョードル・レグジーの娘、シャンテ嬢の治療。
ローゼイン侯爵家としては、たとえ殿下の言があろうとも、ヒョードルやシャンテなる人物を調べる。
もし、ヒョードルやその周囲にいる者らに、レイナス王子やローゼイン侯爵家からの厚意を利用しようとする輩が交じっているなら――そう警戒するのはごくごく自然な話。
ゼンガーはヒョードルを調べさせたが、それはあくまで当たり前、常識の範疇での確認作業としてだ。
まさかこの段階で、レイナスの言と一致しない事実が出てくるとは思っていなかった。
「あくまで簡易な下調べでしたが……ヒョードル・レグジーの素性は殿下のお話とは相違があります。これは――」
「ふぅ……皆まで言うな、シルトス」
少々の未練を引きずりながらも、琥珀色の蒸留酒の入ったグラスを静かに置くゼンガー。酒を入れて聞ける話ではなくなってしまった。
「……あの場で、レイナス殿下がまったくの偽りを語るはずもない。改めて、ヒョードル・レグジーという男を調べる必要がある。ちなみに、シャンテという娘が病を患っているのは事実なのだな?」
「はい。シャンテ嬢は典型的な魔力欠乏症です。対症療法は今も続けているようですが、根治的な治療に乗り出すには、行政部事務官の給金では難しいでしょう」
「嫌らしい情報の出し方だな、シルトス。魔力欠乏症の対症療法が続けられている時点でおかしいくらいは、流石に俺にも分かるぞ。そのシャンテという娘の発症がいつ頃かは分かるか?」
魔力欠乏症。それは魔導大国を標榜する、デイル王国においての風土病のようなもの。
魔力の素養を持って生まれた者が、なんらかの要因により、自身の魔力を制御できなくなり、常に魔力を外へ外へと放出してしまう病。症状。
軽症であれば少々疲れ易い程度で済むが、重症ともなれば、常時の重篤な倦怠感や吐き気、眩暈などにより、まともに起きて活動することもできなくなるという。
症例は少なくないが、治療には外部からの継続的な魔力補給が必要であり、どのくらいの時を要するのかも個人差が大きい。つまり、魔力を他者に供給できるほどの魔導士に、期限不明で金を払い続けなければならない。
対症療法としては、定期的に魔力の込められた特殊な薬を服用することで、魔力の放出を緩やかにする程度はできるのだが……こちらの薬も、平民が懐を気にせず買えるほどに安くはない。
「詳しくはまだ分かっていませんが、少なくとも発症から年単位は経過しているようです」
「……」
年単位の対症療法。特殊な薬の継続的な服用。
薬だけならともかく、ヒョードル・レグジーには家族があり日々の生活もある。一代貴族の事務官程度の給金では、とてもそれらのすべてを賄えるはずがない。
この事実をローゼイン家に知らしめ、調べさせることが、あの時のレイナスの狙いだったのではないか――ゼンガーとシルトスはそう考える。そうとしか考えられない。
「ヒョードルという男の周りに誰がいるのか……殿下の仰られたサラリア離宮の要職にある者とやらの関わりを含め、ヒョードルの金や薬の動き、親戚縁者の血縁や地縁、養子縁組などを詳しく調べよ。必要とあれば、ローゼイン侯爵家の名で行政部の者に圧力を掛けても構わん」
「承知しました」
ゼンガーの胸には一抹の不安が宿る。
あの特異な王子は、ローゼイン家になにを求めているのか? どこへ向かって歩き出そうというのか?
「(――デイルに仇なす者らを許さない。一人でも多くの不埒者どもを舞台から引きずり下ろして見せる……か)」
不安と共に、そこにはある種の微かな期待も。
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今は昔。
あるところに、それはそれは美しい娘がおりました。
平民ではありましたが、娘の家は代々の商家、卸問屋であり、幼い頃からなに不自由なく平和に暮らしていました。
花も恥じらう年頃となり、娘は幼馴染の青年と結ばれます。
その翌年には子も生まれ、愛する夫共に、娘は幸せに包まれた日々を送っていました。
――しかし、娘の幸せは長くは続きませんでした。
娘の美貌が、娘にとっての厄を招いてしまいます。
夫と子がいる身であると知りながらも、娘に恋慕し、強く強く言い寄る輩が出て来たのです。
これまでにも似たようなことはありましたが、その都度、実家や夫が娘を守って来たのですが……諦めず、しつこく、しつこく娘に言い寄る輩の正体は、なんと貴族様。
いたわしや、娘は愛する夫と離縁させられ、貴族様に娶られることに。
それ以降、娘は我が子をその手で抱きしめることも叶わず。
貴族様の館にて泣き暮らすのだとか。
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