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6話 浪人との邂逅

 ハッハッと荒い息遣いと共に、頬を舐められる感覚で目を覚ます。目の前にはズイの姿が。その足元にはまだ割られていない骨の残りが並べてある。腹が空いて起こしにきたようだ。


水平線から太陽が二つ分昇っている時刻。一旦、葎は身を起こしてぐいっと背を伸ばし、体の凝りをとる。そして骨を折ってやると、ズイは喉に突き刺さんばかりに勢いよくかぶりつく。本当に喉に突き刺さらないよう制しながら、昨晩のように頭を撫でてやると、ズイは上機嫌に尻尾を揺らす。


 葎がズイを可愛がっているとドールが近づいてきた。


『おはようございます、葎様』

『おはよう。寝れたか?』

『ええ、私は。しかし他の人は堪えたようで、ほとんど寝れて無いようです』

『そうか。まあ食われかけたんだから、そうだろうな』


 その襲撃者の一員であるズイを膝の上に乗せて撫でながらいう。ズイの後方には、尻尾の振りすぎで砂の穴が出来上がってしまっている。


『一晩で随分と懐きましたね』

『群れを壊滅させたからな。媚を売ってるやもしれん』


 ズイは腹を上に向けて物欲しそうな目線を葎に送る。それに応えて腹をわしゃわしゃと撫でてると、より一層、息遣いと尻尾が激しくなる。


『…そんなふうには考えて無さそうです』

『だな…水浴びをさせなきゃな』


 ひとしきり撫でた葎の手はズイに付着していた汚れがついてしまった。集落に行く前に体の汚れを落とすことにした葎は、ドールとズイと共に近くの川へ辿り着く。海水が混じっていないことを確認し、ズイを念入りに洗う。洗われていた間、ズイは目を細めておとなしくしている。腹、尻、口周り、肉球を洗っていると透明だった水は黒く濁り、段々とズイの本来の毛色が現れてくる。


「ズイ、元々白かったんだな」


 石鹸がないため完全に汚れは取れなかったが、茶色が白色へと劇的な変化を遂げている。体を震わして水気を飛ばしたズイは、サラサラとした中毛の毛並みをしていた。ズイを洗い終わった葎は、次は自分の体と鎧の洗浄に取り掛かる。


『葎様、すごい筋肉ですね』


 体を洗っている葎の体は筋肉の鎧を着ているようで、特に背中が大きい。しかし柔軟性はあるようで、器用に自分の背中も擦っている。


『それほどでもある。だがドール、お前は細すぎないか?お前も戦いを生業としているんだろう?銃や大砲に頼っていると筋肉が無くなるのか?』

『まあ、はい。そんなところです。特に私は指揮官ですから』


 葎は酷評しているが、ドールは軍人として十分引き締まった体をしている。ドールはそれを自分でも理解しているが、男として葎の肢体が眩しく見える。日々のトレーニングを増やすべきかと悩むドールだった。


 体を洗い終えると次は鎧を洗い始める。鎧の汚れを含んだ水は、心なしか赤く見える。そうして洗い終えた鎧は黒色から暗い赤の色へと変わっていた。


『その鎧は少し赤い色をしていたんですね』

『ああ、俺は赤の軍にいたからな。これが標準の色だ』


 鎧を洗い終え、一部品ずつ振って水気を落とす。ばら撒いた水で発生した虹を背に、葎は手早い動きでいつもの姿に戻る。


『よし、じゃあドール。これから長老に会ってこれからの細かい動きについて話し合おう。とりあえずの目標は、また飛行船を飛ばすことだ』

『そうですね、食料問題と足りない部品を調達する場所を探すことが課題です。』

『そうだ。それじゃ行くぞ、ズイもついてこい』


 暇そうに伏せていたズイも連れて集落まで向かう。集落までの道中、飛行艇を横目に通り過ぎる。そこには昨日もいた親子二人がいた。昨日よりも種類豊富な調理器具で食事を提供している母親と、グレイソン人達の間を走り回っている子供の姿があった。そばに狼の皮が並べられて干されていることから察するに、提供しているのは狼の肉だろうか。


『食事を用意してやる必要は無さそうだな。俺たちはこのまま集落に行って長老と打ち合わせをしよう』

『了解いたしました。…狼って食べられるのです?』

『さあ?あいつらの顔を見ると大丈夫そうだけどな』


 狼の毛皮が視界に入らないように歩いているズイを横目に、葎たちは集落への道を辿る。


 集落に向かう途中、ズイがいきなり葎の足袋を咥えて引っ張ってきた。何事かと足を止めると、ズイはある方向に向かってワンワンと吠える。つられて葎もその方向を見ると、遠くの木々の間から砂埃が立っているのが見える。集落の外に続く道のうち一番太い街道沿いにこちらに向かってきているようだ。


「また襲撃か?…ズイよくやった」


 葎は片膝をついてズイの頭を撫でてやる。


『ドール、また襲撃かもしれん。先に行っているぞ』

『え?…はい、わかりました。私は邪魔になるので、後から追いつきます』


 葎は迫ってくる砂埃を先回る進路で走る。身につけている鎧の重さを感じさせない軽快な走りにより、待ち構えることに成功する。弓と脇差を構えてズイと共に待っていると、その砂埃を巻き上げている正体がわかる。それは、褌一丁を着た筋骨隆々の男だった。葎が筋肉の鎧なら、この男は筋肉の要塞のようだ。


 こちらに気づいたらしい男は、真っ直ぐにドドドドと音を立てながら葎へと駆け寄る。砂埃をより立ち上らせて急停止した男は葎の正面に立ち、仁王立ちでこう叫ぶ。


「やあやあ我こそは、下鉄保(しもがねのほ)から来た、浪人(なみひと)なり!!其方が、流血樹に居着いている赤の軍の武士であるか!」


 無作法者からの武士としての正式な名乗りに葎は一瞬戸惑うが、すぐに返答を返す。


「そうだ!我こそは、赤の軍に仕えていた遠雷葎である!」

「ほう!草木の名を冠しながら苗字付きになるとは!聞いたこともないが、あるもんだな!相手に取って不足なし!手合わせを願いたい!」


 浪人は拳を合わせ身を低くし、戦闘体制に入った。やる気満々な様子の浪人に対し、葎ははっきりと返答した。


「その申し出は…断る!」

「!?なぜだ!?武士ならば、戦うことが本望であろう!?」


 断られることを一切考えていない、勝負への期待に満ちていた顔が、今では驚愕一色に塗り固められている。対し葎は取れる首がないことを知り、落胆しながら言う。


「俺にとって、首の取れん戦いに意味はない」


 勝負する気はないと、弓と脇差はすでにしまっている。


「そ、そうか…残念だ。…む?その兜にある破片…お前上級だな?兜の装飾はどうした?象徴だろう?」

「知らん。戦の時にでも壊れたのだろう。それよりもお前の方がどうした?察するにお前も武士らしいが、なぜ鎧を着ていない?」


 露骨にしゅんと落ち込んでいる浪人は褌一丁である。武士としての正装である武具を着ていないのは、明らかに異常だ。


「いやあ、仕えていた主人が一家丸ごと滅んだから、新しい奉仕先を探そうとしたんだよ。そうしたら迷って路銀がなくなったから、調達しようと賭けをしたら負けて引っぺ剥がされた。」

「主人を失い、放浪の身…つまり浪人(ろうにん)?」

浪人(ろうにん)じゃねえ、浪人(なみひと)だ!」

 聞こえないようにボソッと呟いた葎であるが、浪人(ろうにん)の文字に敏感に反応する浪人(なみひと)。怒っているのをよそに、葎は思考を巡らせる。そうしてたどり着いた答えに基づき、ある提案を持ちかける。


「浪人、主人を探しているのなら俺についてくるか?」

「あん?葎にか?」


 いきなりの提案に、次は浪人が困惑する番である。浪人に聞く耳を持ち合わせていることを確認すると、葎は続けて勧誘する。


「察するにお前は、領土や報酬よりも戦うことが一番重要であろう?」

「…ああ、そうだ」


 核心をいきなり言い当てられた浪人は、目の色を変えて葎を見つめる。


「俺も最近主人を亡くしてな、自由に行動できる。そこでだ、これから大きな戦を起こすつもりだ。百戦錬磨の猛者さえも瞬きのうちに散るような激烈な戦場だ」


 一歩前へ踏み込む葎。低く、決して大きくない声が、浪人には明瞭に聞こえる。


「海の向こうにある大陸には、俺たちの何十倍も人間がいるらしい。何千何万という数がちっぽけに霞んでしまう、何十万何百万の首が飛び交う戦場がそこにある。今は壊れているが、飛行艇さえあれば、戦場のある海の向こうまでひとっ飛びだ」


 葎が言葉を紡ぐたびに、浪人の目は熱を帯び、口元は自然と笑みを浮かべる。今まで、これほど直接的な戦いへの誘いはなかった。領土や金が一切関わらない、純粋な戦闘への渇望が、体を震わせ拳を握らせる。


「浪人、お前には戦場の一番槍を任せる。数ある戦場の全てで、お前は何も考えずに只々猛進していればいい。血と肉が飛び交い、骨が軋み、鼻から硝煙の匂いがこびりついて取れない戦場を与えてやる。絶えず切り裂き、叩き潰し、爆裂して、生傷の絶えない戦場をくれてやる。…どうだ?」


 葎の目に宿る、自分のとは種類の少し違う欲望が浪人の心を揺さぶる。


「ーーならば是非もなし!!」


 弾けるような声に燃えるような感情を乗せ、心に任せた言葉を吐き出す。


「これからよろしくお願いする!」


 浪人は感慨無量に、上体を少し折り会釈する。その仕草から浪人は葎のことを、仕えるべき格上としてではなく、共に戦う同格として認識していることが読み取れる。その様子に葎は満足して手を差し出す。その手を浪人は力強く握り、ニカっと満面の笑みを浮かべる。戦いを楽しみたい者と首を取りたい者の利害の一致があった。


「よし、とりあえずの浪人のやるべき事は鎧を取り戻す事だな…そうだ、浪人はどうやって俺のことを知ったんだ?」

「伝令が来て教えてくれたのさ。ほら、ちょうどあそこにいる奴だ」


 浪人が指を刺す方向には、必死の形相で駆け寄る男が一人。よく見ると、その男は老人の護衛だった。


「ほーん?なるほど、そうか。…浪人、鎧を取り戻す前に流血樹に戻ってもいいか?ちょっと文句を言う相手がいるのでな」

「おん?いいぞ。どうせ俺の鎧は下鉄保にあるからな。…おおっ!葎、お前犬を飼っているのか!」

「ズイっていう名前だ」

「おーズイか。よーしよし」


 浪人に目をつけられたズイは頭と背中をひとしきり撫でられる。撫でられている間、ズイは上機嫌に舌をだらんと垂らし、尻尾が葎の脛を叩いていた。脛も鉄板で防御している葎はズイの尻尾を心配して一歩離れる。


ハッハッハッ…?…!!クウゥーーン


葎が少し離れていることに気づかなかったズイであるが、浪人による可愛がりが一段落ついたあたりで気づいた。ズイは情けない声を出しながら葎に擦り寄る。つい昨晩まで野生だったはずの狼の姿に首を傾げながら、腕に抱えて背中を摩ってやる。段々と機嫌を直すズイを横目に、追いついてきたドールと息を切らしている護衛の男を見て、これからの予定を考えるのだった。

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